第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その28


 ダンジョンを進む。『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』の群れを仕留めながら、狭い通路を進んでいった。


 罠を見つければ、力尽くで排除していく。起動させて壊し、錆びた杭を見つければ、ギンドウ・アーヴィングは、それを『雷』で表面を削り取る。そんなことを繰り返しながら、五つ目の大部屋にたどり着いた。


 ……この大部屋にも、罠とアンデッドの組み合わせが待っているのかと考えていたのだが……この部屋に、それらは存在しなかったよ。その代わり、壁に大きな穴が開いている。


 岩で作られた頑丈なはずの壁が、崩されている……そして、その先に、オレたちは予測していたモノを見つけるのだ。


 崩れた岩壁の穴を通ると、そこには古い『水路』が走っていた。ドワーフの地下水路だよ。予想はしていたものではあるが、実際にそれを見つけられると、妙な達成感があった。


 オレが15のガキだったら、三時間ぐらい語りそうだが……オレは26才で、それなりの大人になっていたのさ。


「……あったな」


「ええ。ありましたね、ソルジェさん」


「ああ……なんか、嬉しいぜ」


「団長、その気持ち、分かります。これも、探険の醍醐味ですよ」


 醍醐味?……そうだな。ダンジョンのように劣悪な環境でさえも、楽しみというものが存在しているのだ。その構造を予測する楽しみもあれば、それを踏破し、征服するような楽しみもある。


「……魚いるんすかね?」


「……ん?」


 遊び上手なギンドウが、そんな質問をして来やがったな。


「……まさか、魚を釣りたいのか、ここで?」


「いや。別に、今ここでというワケじゃないっすけど。何か、いたら楽しそうじゃないっすか?目玉のない魚とかいるんすよねえ、洞窟って?」


「そうですね。色素が抜けて、白い魚もいたりしましたよ」


「へー。さすが探検隊に所属していた、オットー・ノーランっすねえ。釣ったりしたっすか?」


「あまり活動的な魚はいませんね。モンスターなら別ですが。地底にある水源に巣食う生物の動きは、かなり鈍いモノが多いです。釣るよりも、直接、捕まえた方が早いですよ」


「……なるほど。でも、ここじゃあ、そいつはやらない方が良さそうっすね。かなり、深そうっすわ」


 ランタンを持った腕を、ギンドウは水面の上に突き出した。ランタンの光に照らされても、地下水道の底は見えない……まあ、魔眼を使えば、分かるんだがな。深さ、3メートルってところだ。


「レンガ造りの水道さんだね」


「うむ。レンガ造りだな。壁の裏側に、こんなものが走っているとは、さすがはドワーフの王国か……しかし、水は、どこから来ているのだろう?」


「リエル。そういう難しいことで、迷ったら、ロロカに訊くんだよ!」


「そうだな。ロロカ姉さまは、とても賢くて物知りであられる」


「ぷ、プレッシャーになりますから……っ」


「『パンジャール猟兵団』で、最も多くの知識を持っているのは君だ。どう思う?」


「は、はい。この水の流れが、それほどに速くないどころか、ほとんど流れていないところを見ると、水源は、溜め池なんだと思います」


「溜め池か。たしかに、それなら早い流れは起きなさそうだぜ」


「はい。この地下水道は、『ヒューバード』に、水を送るためだけのモノです。あまり大量に送り込んでも、街が水没してしまいますから。川の流れを呼び込んだものではありませんね」


「えーと。『ヒューバード』より『先』がないから、ガンガン送り込んだら、あふれちゃうってことなの?」


「ええ。必要以上の水はいりませんからね。おそらくは、『ヒューバード』からトンネルを掘った後で、終着点に溜め池を作っている。ここから西の山間のどこか……かなり低い土地に、人口の池があるのだと思います」


 グラーセスでも思い知らされたが、ドワーフのダンジョンってのは、本当に壮大なものがあるな―――。


「―――谷底だとか、下手すれば山を幾つもくり抜いて、山のふもとかもしれません。斜面を利用しているとは思いますが……そこに、溜め池を造り、標高を調整したのでしょう。水量が一定の高さを超えてしまえば、水がその池から排水されるような設計をしておけば、この水道を通って、常に安定した水量を『ヒューバード』に供給することが出来ます」


 ふむ。ミアの目が点になっているな。ロロカの言葉について行けてない。しょうがないさ、オレも半分ぐらいしか理解が及ばない。


 ……かなり低い場所に、溜め池というのを作っていそうだな。溜め池の高さってのは、『ヒューバード』より低い標高にあるだろうってことさ。だから、『ヒューバード』に、あふれることなく水を送れる……『送れる』というのも違うかもな。


「正確には、この地下水道そのものが『溜め池』の一種なのだと考えてください。10キロか、20キロの長さがあり、山を幾つもくり抜きながら、『ヒューバード』までつながっているんですよ。これ、水道じゃなくて、たんに水を溜めている『長い溜め池』です」


「……ギブアップ!」


 我が妹はそう言いながら、ロロカ先生の胸に飛び込んでいた。色々と考えようとして、疲れてしまった頭を彼女の胸で癒やしているようだ……。


「……む、難しいよう……っ」


「ご、ゴメンね、ミア。私の説明が、悪いのね」


 地下に存在し、山を幾つも貫いている、『長い溜め池』……それを説明するのって、難しそうだな。


 この地下を走る『長い溜め池』の西には、水を集めるための入り口がある。そいつは見た目上は池みたいなもんで、斜面にでもあるのかもしれない。


 あまり水がたまり過ぎれば、斜面にあるものだから水があふれる。そうなれば、必要以上の水かさが、『長い溜め池』には存在しないで済む。この地下水路の底が深いのは、これ自体が『溜め池』だからってことだな。


 深さ3メートルで、最短でも10キロだか20キロもある溜め池だぞ?実際は曲がりくねっていたりするから、もっと長いかもな。とにかく、この地下の溜め池がキープすることが可能な水量は、莫大な量になる。


 天井を見上げる……水滴が落ちてくる。それは、そうだ。この『長い溜め池』には、地上から染み出る水滴も注ぐし、地下の湧き水を取り入れるポイントもあるかもしれない。そして、そうなっても……『出口が壊れない限りは、水量は一定』ということだ。


 とんでもないものを作ってくれたよ。


 コイツは、説明するのも、ややこしいんだが……ある意味では、シンプルと言えば、シンプル。


「……勉強、難しい……っ」


「……し、しかし。さすがは、ロロカ姉さまだ!『これ』を見ただけで、建造方法まで見抜くなんて……!!」


「い、いえ。理屈こそ、簡単なんですけど、ドワーフの建築技術が無いと、理想の通りには作れないですよ……」


「賢者の理想を実現する程の、職人たちの技巧か……あらためて、ドワーフのスゴさを学べているな」


「ええ。そうですね、ソルジェさん。ミア、今度、分かりやすく実験機材を作って、教えてあげます」


「……ど、どんと、来い……っ」


 ビビっているな。でも、多分、面白い実験になりそうだぜ。ロロカ先生の言う通り、この道はとんでもなくシンプルなんだよ。『ヒューバード』の標高が、意外と高いってことさえ分かると、理解しやすそうだな。


「……しかし」


「どうした、ソルジェ?」


「……この『穴』、どうして開いたんだろうな」


「そう、だな……自然に開いた穴には、見えないな」


「ああ……とんでもない力で、貫いたように見える」


 地下水道と、王の脱出路のダンジョン。それを隔てていたハズの強固な壁には、穴が開いている。だからこそ、オレたちはこうして地下水道を見下ろすことが出来ているわけだがな……。


 ……大穴の断面を見る。その厚さは、一メートルか。ドワーフの作った岩壁を、これだけブチ破るってのは、どういうことだろうな……?誰が、開けた。そして、いつ?そもそも何のために?


「オットー。ジェド・ランドールの日記には、この『穴』については?」


「ええ。ありました。彼は、それほど深くは気にしなかったようですね。その時は、スケルトンや……何かよく分からないアンデッドに襲われたと?」


「何かよく分からないアンデッド?」


「はい。記述には、そうありますね。なにせ、これだけ暗い場所です。モンスターの群れと戦っていれば、全てを把握することは出来ない……」


「彼は、単独で挑んだわけだしな……このさみしげなダンジョンに」


 勇敢な男だよ。ダンジョンに一人で潜るってのは、とんでもなくキツいはずなのに。なんといっても、さみしいしな。


「ねえねえ。この穴……『破片』がないよ?」


 ミアの言葉に、オレたちは気づかされた。


 そうだ。


 たしかに、何人もが同時にのぞき込めるほどに巨大な穴だというのに。その破片が見当たらない……。


「そういえば、そうですね。ソルジェさん、オットーさん。水底に、沈んでいますか?」


「いいや。見つからん」


「ええ。私も同じく」


「……ならば、どこに行ったというのだ、この大穴を開けるときに出たであろう、大量の瓦礫は……?」


 リエルの言葉に、誰も答えを与えられる者はいなかった。その沈黙に、リエルは少し気持ち悪さを覚えたようだ。


「な、なにか、しゃべるのだ!」


「ああ……仮説というか、何というか。誰かが片づけたってのは、事実だな」


「32年よりも前に?」


「そのときは、破片があったかもしれないし、無かったかもしれない」


「何だか気になるぞ」


「オレもだ。なあ、みんなちょっと、どいてくれ。地面を『炎』で焼いてみる」


「痕跡を探すんですね」


「そうだ。こちらから開けたのか、あちら側から開けたのかが分かれば、少しは謎解きのヒントになるかもしれないからな」


 そうだ。これだけ派手にぶっ壊したのなら、飛び散った岩の破片がそこら中にぶつかっているはずだ。カビを焼き払ったら、ここの床が、より見えるようになる……こちら側の床に傷が無ければ?……ここにいた者が、高火力の一撃で、ぶっ壊したのだろう。


 ヒトか、モンスターかは知らないがな。反対なら?……この床が傷だらけなら?あちらの水路側から貫いて来た可能性があるな……つまり、あの水路には色の抜けた魚よりも、数万倍は危険なモノがいるかもしれないのさ。


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