第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その27


 闇のなかで、銀貨が回転していく。オットーが指で弾いたそれは、床に転がったよ。床石に引っかかり、オレの足下で止まる……ああ。オレはニヤリと笑う。


「団長の勝ちですね」


「……なんか、負ける気がしていた。ギャンブル運が悪いからな、オレは」


「団長は、ポーカーフェイスが苦手ですからね」


 ……え?


 そうだったのか?


「……戦闘中は、やれてると思うんだが」


「ええ、戦いのときは、自在に表情を操っていますよ」


「君たちとカードの引きの強さを競うときは、アホみたいなツラしているのか?」


「えーと……それなりに、分かりやすくはあります」


「……マジか。それなら、絶対に勝てないよな」


 首を振る、オットー、ロロカ先生、ガンダラ……この三人には、カードやチェスなんかで勝てたことがない。脳みその性能のせいだと考えていたが、その前に、オレはポーカーフェイスが苦手だったのかよ……。


「でも、戦闘中は、出来ているようです。考えが読めないというか……そもそも、多彩で分かりにくいと言うか?」


 あれ?


 後者だったとすると、ポーカーフェイス出来ていない可能性もあるような気がするぞ?……まあ、いいや。複雑なことに向いていない、シンプルな頭の構造をしていることぐらい、オレだって自覚があるんだ。


 アホだし、ガルーナの野蛮人だしな。


「……さて。取り出しますね」


「おう。外科医系お医者さんゴッコは、オットーに任せたよ」


 そうだ。このどこの誰かも分からん『肉食に衝動する屍体/ゾンビ』が、その胃袋に呑み込んでいる『何か』を回収する。手段は、簡単。ナイフで、この死体野郎の鳩尾にナイフを突き立てて、やや下に向けてをかっさばくだけ。


 心臓のすぐ下に胃はあるんだよ。メシを食べた直後に、大樹を斧で切り倒そうとかしていると、よく吐いちまうのも理解しやすいハナシだな。強く拍動する心臓に胃が圧迫されて、中身が出ちまうってことさ。


 死体野郎は痩せていたし、死んで久しいものだから……外科医系お医者さんゴッコはすぐに終わる。切り裂かれた腹に、オットーは古い手袋を通した右手を突っ込んだよ。そして、その空虚な胃の中から、『何か』を取り出す……。


 生者とは異なり、胃には何もない。胃液もないし、血も出ない。オレはランタンで、その物体を照らす。オレンジ色の光に照らされて……黒い色の長細い物体が見えた。錆びているのか?


 いや、そうじゃなかった。オットーが指を使って、その物体の表面を削る。表面についていた、この死体野郎の血液が落ちていき、光の下に、魔銀の煌めきを放つ。


「―――鍵ですね」


「みたいだな。魔銀で作られているようだ」


「魔銀は、条件次第ではミスリルよりも長く保つそうです。酸に漬けたりすると、やたらと長く保存することも出来るとか……」


「この魔術師くんかもしれない男は、そいつを知っていて自分で呑み込み、長期保存を画策したのかな。胃酸とそれを無理やりに呑み込むことで出る、血液でコーティングしちまうことで」


「そこまでは断言出来ません。でも、かなりの荒行ですね」


「ああ。12センチはあるぜ。これを呑み込むのは、ちょっと覚悟がいる。胃袋はズタズタになってもおかしくない。そして……それだけ血が固まっているのを見ると、呑み込んだ後、自分で腹を叩いて、胃袋を血に満たした」


「そうして、血と胃酸でコーティングされて、100年保った……」


「……他殺かな」


「……可能性はありそうです。鍵を呑まされて、腹を散々に殴られた。そちらの方が、戦士には見えないこの人物には、あり得そうです」


 そうだな。


 コイツは戦士ではない。


 鋼を振り回して来た体格はしていないからな。骨格が細いし、靴も服装も、戦士を感じさせる気配はない。


 オレたちのような戦士ならば、胃袋を自分でズタズタにするような根性もあるだろうが……生粋の戦士でもない人物には、少々、難易度が高い行動だ。


「君の推理が正しそうだ。さすがだよ、オットー」


「……いえ。ただの予想でしかありません……追い詰められたり、薬物で錯乱していたりすれば、戦士ではない人物でも、自分でやれるかもしれません」


「そうだな。だが、どちらにせよ……こいつの胃袋は、ゾンビになる前から壊れていたか」


「ゾンビは、『肉を食べたい』という衝動だけで行動する、低級なアンデッド……でも、彼は胃が壊れていて、食欲も無かったのかもしれません」


 『肉食に衝動する屍体/ゾンビ』というのは、哀れな存在だ。肉が食べたくて徘徊して、生き物を襲う。この鈍足で狩りが成功することも稀だが……そもそも、屍体だからな。メシを食って、胃を満たしても、しばらくすれば逆流して吐き出すだけ。


 そして、また空腹感に駆られて、その辺りをうろつくわけだよ。ヒドいモンスターだ。殺してやれたことは、自慢していい善行の一つかもしれん。


「この環境では、食べられる肉なども無かったでしょう……つまり、胃腸の活動が少なかった。だからこそ、鍵を吐くこともなかった」


 悪意として、デザインされているようだな。色々な条件が、『鍵の保存』に対して、やけに有利じゃないか……?


「計算高い犯人に、『鍵の容れ物』にされたのかね」


「……そうかもしれません。このゾンビは……私たちに向かって来ました」


「来客者に、姿を見せろという『命令』を、呪術で与えられていたか」


「これが、偶然の出会いとも、思いにくいです」


「ああ。悪意は、いつだって合理的なもんさ。でも、ジェド・ランドールは、コイツに遭遇しなかったのか?」


「ジェド・ランドールは、この地下迷宮を単独で動いていました。ゾンビなど、無視したでしょう。かなりの腕前だったと聞いています。ゾンビなど、見て見ぬフリをする」


「……出会うモンスターを一々、皆殺しにしていたら、キリがないもんな」


「ええ。アレだけ強いスケルトンがいるのです。スケルトンを切り抜けられる強さの戦士なら、ゾンビなんて無害なモノに興味は持たないでしょう」


「……まさか。このゾンビを……あえて、弱く作った?」


「そうかもしれません」


「……これ以上は、妄想の域に入っちまいそうだな」


「ええ。とりあえず、手元の情報から整理していきましょう」


 オットーは、指でそれに付着していた黒い血液の固まりを削ぎ落とした後で、右に左にと動かして、形状を確かめる。古典的な鍵だな。長い棒があって、そこからデコボコとした金属の仕組みにつながる。


 大きすぎるというコトも、ポイントか。


 こんなに大きな鍵を作るのは、ちょっと実用性に欠ける気がするな。つまり、実用性以外の理由で大きい。


 『象徴』としての大きさ。


 つまり、コイツは『いかにも大事そうな鍵』ってことさ。ゾンビの腹を開けて、その中から取り出した鍵―――少しぐらいは価値があるものであって欲しい。そうでなければ、古い手袋を一つダメにしながら、ゾンビの腹に手を突っ込んだオットーが報われない。


「……このダンジョンに、使う場所があるかな?」


「ここか……もしくは、地上の施設群。『アプリズ魔術研究所』の、主な施設は、ジェド・ランドールの日記によれば、王城以外の施設に、点在していたようですから」


「……興味深い鍵を手に入れたな」


「ええ。この鍵を使えるのは、大きな扉でしょうね……あるいは」


「あるいは?」


「…………いえ。妄想が始まりそうでしたから、大丈夫です」


「ふむ。そうだな……あまり、先入観を作っちまうのは、良くないよな」


 とくに、ガルーナの野蛮人みたいな、頭の出来が良くない人物にはな。大丈夫さ。オレが考えられなくても、オットーは考えてくれている。二人して、同じことを考える必要はない。


 仲間だからね。皆で違うコトを考えて、その後で知恵を出し合った方が、より多くの情報を組み立てられるだろう。


 この得体の知れないダンジョンには、多くの考え方で挑んだ方が有効だと思うぜ。


「……グロいの終わった?」


 ミアが、オレたちに背を向けたまま、そう語る。ああ、小さな背中が語っている。ノー・グロテスク。分かっちゃいるし、オレたちだって、やりたくてやっている作業じゃない。情報を集めたかっただけなんだよ……。


 ミアはロロカ先生の胸に顔を埋めているな……たしかに、ゾンビの解体ショーなんて、13才の女の子に受けるハズがなかった。


「ミア。安心しろ、もう終わったぜ」


「やったー!早く、次に行こう!!ここには、もう、何もない!!罠も無いし、モンスターさんもいないし……ギンドウちゃんも、セコい仕事を終わらせるよ?」


「え?セコい仕事じゃねえっすよ。金持ちになるための、誠実さに満ちた、第一歩なんすからね?」


 聞こえが良すぎるが、実際、盗掘者そのものの行いだからな。


 『雷』を使い、ギンドウは錆びた鉄杭の外側を削り、多くの『ビンテージ・ミスリルもどき』を生産していた。


 さすがに、重たそうだよ。総重量で、30キロ近いかもしれない。だが、あそこまで集まって来ると、ちょっと壮観ではあるな。


 ホンモノの『ビンテージ・ミスリル』とは違うが、古く落ち着いたミスリル鋼であることは確かだからな。


 純度の高いミスリルか……もちろん、金にもなるが、今のオレは、『ヴァルガロフ』で一番の鎧打ちである、トミー・ジェイドに渡してみたくなっている。


 これがあれば、我々、全員の防具に使われている鋼を、強化することも可能だからな。


 オットーは……あの魔銀製の鍵を、バッグにしまい込んでいる。


「……じゃあ、もう行けるが……その前に、『彼』を焼いておくか」


「そうですね。二度とアンデッドとして復活しないように……このまま白骨化すれば、この土地の呪いに呑まれて、スケルトンにされてしまうかもしれません」


「……ああ。リエル、消毒用のキツい酒はあるか?」


「うむ。あるぞ。オットーに使ってやれ」


 リエルから消毒用の酒を受け取ったよ。そのフタを取り外すと、オットーに手を出させる。ゾンビの腹に手を突っ込んだんだからな。直接ではないが、何か消毒しておくべきだって気持ちになるだろ?


 その強いアルコールをオットーの手にかけてやりながら、彼の手指の下に位置する『ゾンビの死体』にもかけていく……その霊酒をたっぷりと、哀れな役目を背負わされていた死者にかけてやる。ねぎらいにはなるだろうさ。


 ちょっと乱暴だが、鉄靴で蹴って、彼の頭部を死体に並べる……ああ、鉄靴にも酒をかけて清めたよ。あとは魔力を使い、『炎』を呼んだ。


 朽ちかけの骸だからな。


 その乾いた肉と骨に、よく霊酒は染みこんでいた。『炎』が、またたく間に、彼の体を燃やし尽くしていく。オレの魔力と、度数の高い霊酒だぜ?……欠片も残さずに、全てを灰にしてしまうさ。


 ヤツにかけられていた呪いが、金色の炎に焼かれて、消滅していくのが見えた。赤い『糸』が宙で消えていたよ……『東』にある『呪いの中枢』から、これで解放されただろうさ。


 これ以上は、忙しくて弔ってはやれんが、悪くない供養だろ。酒を呑めたんだぜ?100年ぶりだとすれば、死ぬほど美味いはずだ……ゆっくりと、眠るがいい。


「じゃあ。行くとしようぜ。ジェド・ランドールの日記では、次はどの道だ?」


「左側の方ですね」


「よし。皆、オレに続け!!」


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