第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その26


 女子がドン引きしそうな仕事を始めよう。猟兵女子たちには、ちょっと離れていてもらう。そもそもヨメにも妹にも、この腐った死体に近づいて欲しくはない。危険性はないけど、グロいし、ちょっと変なにおいもする……。


 猛烈な腐敗臭はしないが、チーズに似た酸味混じりのイヤな発酵臭だな。コレと、チーズを結びつけたくない。頭から追い出そう。コイツからは腐敗臭しかしない!!


 さーて、『肉食に衝動する屍体/ゾンビ』の死体を探る。


 ヒドい作業名だ。ああ、オレとオットー・ノーランの出番だろうよ……ギンドウは、ミスリル回収に忙しそうだ。ドワーフの白骨と鎧を踏み潰しながら、良さげな鋼を探しているからね。


 猟兵女子たちは、ちょっと離れてオレたちを見守ってくれている……いいさ。女子にさせちゃいけない仕事だろ?……ゾンビを近距離からガン見しろとかさ?


 だから、オレとオットーが頑張るんだ。


 死んだゾンビの観察を始めるぞ―――表現に困るね。ゾンビって動く死体だ。とにかく、倒れて、動きもしなくなったゾンビを調べるんだ。


 首はない、オレが魔術で刎ねたから。


 そのせいでコイツを動かしていた呪術は消失した。呪術には儀式で応じるべきだ。斬首は、象徴的な死を与える作業でもある。儀式的な殺害方法だな。アンデッドの呪術を壊すには、持って来いなんだよ。


 はあ。コレをどこからどう見ても、腐っている死体だな。


 よく、そこら辺に転がっている人間族の死体だ。山賊なんかに弄ばれて、山道に放置されると、こんなカンジで腐っているさ……多くの疑問は浮かばない。疑問は、二つ。


「なあ、オットーよ。コイツ、どこの誰だと思う?」


「……さすがに、詳細を知るのは難しそうですね。ポケットの中にも、何もありません。ですが、人間族。『モルドーア』のドワーフとは無関係でしょう……服装も、鋼を使った装備じゃありませんね……戦士というよりは、一般人のようです」


「盗掘者の成れの果てと呼ぶには、どうにも軽装過ぎるか」


「はい。靴も……旅人のモノと言うには、貧弱なブーツです。腹ばいで徘徊を続けたせいで、靴の損傷もヒドいですが、経年劣化によるもの……靴底は、キレイなものですよ」


 オットーがゾンビの靴を引き抜いた。オレは、この場にいる虫が食したモノが何なのかを理解していたな。


 間違いない。ゾンビや骨をかじることで、あの小さな虫どもは生きているのだろうな。ゾンビの右足は白骨化していたし、名前を知りたいとも思えない小さな虫が数匹いたよ。


 ああ、楽しくない光景だった。死体の腐り果てた脚の骨なんて見たからね……得られる情報はあった。


「ホントだな、綺麗な靴底してるよ」


 靴底は、大して磨り減っていない。この靴を履くようになってから、死んでしまうまで、そう長い期間は無かったらしい。


「死後、どれぐらいだろうか?」


「難しいですね。ゾンビになるまで呪われると、死体が長期間保存されることがあるそうですから……常識的には、ここまで腐るのには数ヶ月というところですが……衣服の損傷が酷い」


「靴底までも色褪せているな……日の当たらない地下では、色が長持ちするってハナシだ。30年や、40年の雰囲気ではない……ジェド・ランドールは、生前のコイツと出会っていないかもな」


 色褪せている靴底の木……それを指で押すと、その靴底は簡単に潰れて、壊れてしまった……。


「……雑な推理になってしまうが、コイツは、100年前のヤツかな?」


「……可能性はありますね。どうにも、旅人とは思えない靴ですし……『アプリズ魔術研究所』に所属していた、魔術師だったのかもしれません……」


「……肯定する材料に乏しいが―――」


「―――否定する材料も、少ないような気がします」


「だよなあ……一般人が、ここに来る?……可能性は低すぎる」


「ええ」


「……よし。オレにはさ、二つ疑問があって、一つは、コイツの正体だったんだ。まあ、これは、おそらく例の魔術師たちの一人としよう」


 『溺れる愚者の飛び首/ウィプリ』を作った、カルトの魔術師どもの一員でいい。消去法だが、他に考えが浮かばない。


「……ええ。アンデッドと化したことで、腐敗の速度が、脅威的に遅くなっていたのかもしれませんね」


「ああ。カルトな魔術師組織なら、自分たちの仲間をゾンビにするぐらいのことはしちまいそうだもんな。『ウィプリ』を大量生産していたような狂人どもだしよ……だから、一つ目の疑問は、それで納得する」


「では、二つ目は?」


「『トラッカー』で見える赤い『糸』なんだが……」


「はい」


「この部屋にいた5体のスケルトンどもは、さっきの部屋のスケルトンと同じだ」


「『上』と『東』に、呪いの痕跡が続いているわけですね」


「ああ。二つある……『東』については、完璧な追跡は出来んが、方向だけは確かなんだよ。でも、このゾンビ野郎にも、呪いの『糸』が生えている。『東』に向かって」


「……ふむ。スケルトンは、十中八九、『モルドーア』の残した存在です。そして、このゾンビは『アプリズ魔術研究所』の魔術師が作った存在……」


「両者はアンデッドだ。でも、作ったヤツも、作られた時代も、まったくの別物のハズなんだが……何故かは分からないが、同じ方向に『糸』が延びている……二つの内、一つだけなんだがな」


「『上』には、ないと?」


「ああ、『上』には向かっていない」


 オレは首を右に向ける……東側の石造りの壁にある、通路たちを見つめる。四つの通路がある。どれも東に向けての穴だ。


 一つから、このゾンビが這い出て来たな。とにかく、スケルトンからもゾンビからも、赤い『糸』が踊り出て、あの方角を示していたよ。


「『東』だけだ……スケルトンと同じ方向だよ」


「……ふむ」


「これだけの情報で、考えさせるには、酷なハナシだと思うが……オットー、どう思う?君の三つ目で、このゾンビ野郎と、『モルドーア』のドワーフたちに、共通項は見えるか?」


 オットーは三つ目を大きく見開いて、アンデッドどもを見つめていく。集中させるために黙る。もちろん、オレも魔眼を『肉食に衝動する屍体/ゾンビ』に向けて、何か情報が無いかと探ってはいる……。


 だが、腐肉の奥にある骨格は、どうやら大した損傷が無いことを理解したぐらいだった。首は折れているが、そいつはさっきの落下によるものだろう。


 そこらに転がるコイツの頭も見るが……頭蓋骨が大きく砕けていたりはしない。ちょっとヒビが入っているが、さっき、オレがコイツの首を刎ねてしまい、床に顔面から落ちちまったからだ。


 総評して、予測する。自信があるよ。コイツは、戦闘で死んだわけではない。


 毒殺させられたのか、あるいは窒息死?……そんなところさ。もしかしたら、病死かもしれないし……そうだな……溺死かもしれない。『溺れる愚者の飛び首/ウィプリ』を山ほど見たせいで、そんなことを考えているだけかもしれないが、可能性だけならある。


 他には……ああ、もう一つだけなら見つけている。


 コイツの腹には……いや、より正確に言うならば、『胃袋』には『何か』があるな。十センチあるかないかの物体で、かなり細い。


 死因にはならんだろうが、生きていた時にそれを呑み込んだとすれば、気持ち良くは無かっただろう。


 アレぐらいの大きさのモノが胃にあるぐらいでは、死ぬことはないさ。死後、飢えて徘徊するバケモノになった後で、呑み込んだのかもしれない。


 一つ確かなことは、アレが呪術にまつわる品ではなさそうなことだけ。『呪い追い/トラッカー』の赤い『糸』は、その『何か』には反応することはない。


 情報は、それで全て。


 オレの推理は、とりあえず手詰まりだよ。


 ……戦闘で血が熱くなりすぎているのかもしれないし、元々、ガルーナの野蛮人の頭など、この程度のものじゃあるだろう。冷静さと集中力混ぜ合わせて、深く思考するという行いが、今はそれほど出来ていない。 


 このダンジョンにいるだけで、探険家ではない竜騎士の精神力は消耗し続けてはいるんだ。狭くて、暗くて、じめじめしているし、死霊がうろついている。こうしている瞬間も、敵に備え続けているからな……体力以上に、頭が疲れていやがるのさ。


 今、広い草原に行けたなら?


 バカ犬みたいに全速力で、駆け回りそうだ。青い空の下で、広い空間を好きに走り回りたいもんだよ……思考力が、鈍っている。探偵モードが終わっちまいそうだ。


 アホ面下げて、頼るように、オットーの顔を見たよ。オットーは三つ目を閉じて、考え込んでいる……それから、10秒ほど経った頃、彼の口が動いた。


「……おそらく、『アプリズ魔術研究所』の魔術師たちは、『モルドーア』の地下空間を汚染している呪術を利用した」


「呪術を、利用?」


「アンデッドの研究をしていたのか、それともここにアンデッドがいたからかは分かりませんが……魔術師たちは、ここに踏み入って、『モルドーア』のアンデッドを研究したのでしょう……」


「探求者の好奇心は、底無しだからな」


「ええ。そして……『モルドーア』のアンデッドを動かしている呪術の体系を、間借りするような形で、アンデッドを操る呪術に、この人物を組み込んだのでは?」


「……なるほどな。『上』がロロカの推理によるところの、『王と認識出来るアイテム』で、『東』にあるのは、アンデッドを作るためたけの『呪術の中心』……」


「『アプリズ魔術研究所』の魔術師たちは、『モルドーア王』を認識する必要も無いわけですからね」


「つまりは、『制御のための力』を外し……ただ、アンデッド化するための呪術を研究していたのかな」


「……断言は出来ませんが、団長の魔眼から得られた情報を解釈すると、この考えが、個人的には納得できます」


「……そうだな。オレも、異論はない」


「現時点では、その認識で問題はないと思います。どちらにしろ、硬いはずの靴底が、飴細工のように脆くなるほどには大昔のことですから。確証を得ることは、容易くはないです」


 考古学者や探険家たちは、とんでもない難しい推理をしているわけだ。オレたちは傭兵であり、知識の探求者じゃない。可能な限り情報を集めるだけで、十分ではあるな。


 まあ。ドワーフの地下ダンジョンに転がっている謎と出会えば、男の遊び心がくすぐられちまうもんさ。


「……不謹慎な言葉になるが……ちょっと、楽しいな」


「……ええ!」


 探険家、オットー・ノーランは微笑みながら、しっかりとした言葉で返事をくれたよ。やっぱり楽しんでいるようだ。分かる。オレも、何か楽しいんだからな。


 妖しい魔術師集団は、ドワーフのアンデッドを調べて、自分たちの同胞かもしれない男をアンデッド化の呪術に組み込んで……一体、何をしていやがったのか。


「……『東』には、『呪術の中心』があると見て良さそうだな。そいつがあるせいで、100年前から、『ヒューバード』にはアンデッドが出るようになった……おそらく、『アプリズ魔術研究所』の魔術師が、何かをしでかしたせいで」


「ええ。その結果、彼らもここを撤退したのか、あるいは全滅するハメになったことを考えると、ジェド・ランドールも予測していた通りに、事故のようなことでしょうね」


「『呪術の中心』に、何をしたのかな……?」


「分かりません。ですが、ここから『東』にあるというのならば?」


「行ってみれば、ハナシが早いというわけだな」


「はい。考古学的な探求の道は、いつだってフィールドワークですよ」


 オットーは喜んでいるよ。時の流れに埋もれてしまった『事件』を、これから解明出来そうだっていうのだからな……。


「さてと、オットー。どっちがやる?……コイツの胃袋にあるモノ、放置しておけるほど知的好奇心が小さくないだろ?外科医系お医者さんゴッコで、取り出さないとな」


「……そうですね。では、コインで決めますか?」


「おいおい、珍しいことを言うな」


「ギンドウの影響かもしれません。こうした変な場所では、ユーモアが大切ですよ」


「ククク!そうだな。じゃあ、オレは……裏!」


「私は表です。では、銀貨を投げますね」


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