第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その25


 この地下空間は広い。カビだらけの古い石壁と、4メートルほどの高い天井。あちこちに老朽化は来ているが、大きく崩壊しているところは、今のところ見つけられない。


 幅が10メートルを少し超える程度には広く、西から東に向かって延びているな。このまま6キロ続いていれば、かなり探索は楽になるが……200メートルほど東に向かえば、壁に突き当たるようだ。


 そこには、三つほどの入り口があるな。しっかりとしたダンジョンらしい。逃げる王を追跡する者たちを、分断する仕掛けだろうな……全容を解明するのは、難しそうだし、あちこちに罠が仕掛けられているかもしれない。


 おそらく、死霊の兵士どもも配置されているのだろう……。


 隊列を組んで歩く。カビとホコリと、若干の土が積もっているからな、床石の仕組みを読み取ることは、やや難しくなっている。ランドール家の人々並みに性格の悪い……いや、語弊があったな。


 ……ランドール家並みの『切れ者』の先祖が作ったダンジョンだ。気を抜いていたら、猟兵でさえ重傷を負わされるような罠があるかもしれん。


 基本的には、一列で歩く。オレの足跡を踏んでくれたら、床石をスイッチにしている罠にはかからないだろう。まあ、フロアに一定の重量がかかると崩れる……なんて仕掛けもあるかもしれない。


 考え過ぎか?……テッサがこの城の女王陛下なら、それぐらいは思いつきそうだ。ジェド・ランドール王だったら?……もっと、怖い気がする。


 カビ臭く湿度をまとった空気の中で、オレ、ミア、ロロカ、リエル、ギンドウ、オットーの順番で歩いて行く。罠対策には、一番良さそうな隊列だよ。そのまま慎重に歩いて行く……。


 罠らしき、床石が幾つかある。オレとミアは、それぞれ一つずつ見つけた。一つは、床から杭が飛び出る仕組みだ。リエルが矢を放ち、その床石を射抜いた。床石の周囲に錆びた鉄杭が浮き上がってくる。


 オレとロロカ先生とオットーで、その鉄杭をへし折ったよ。ギンドウは、ニヤニヤと喜んでいたが……今回のは腐食が進み過ぎている。天井に収まっているのならともかく、床下に埋まっていた。水や融けた土に浸かり過ぎていたのだろう。


「ダメっすわ……ミスリルを回収出来そうにねえ……」


「槍で叩き折るときに、軽い感触でしたね」


「同感だ。床から出てくるヤツを、『雷』で削っても、ミスリルの回収は難しそうだ」


「……床下の罠はスルーしましょうよ?」


「ダメだよ、ギンドウちゃん。この錆びた杭が体に刺さっちゃうと、肉が腐って死んじゃうもん。鋭い鋼よりも、かえって危ない」


「その通りだぞ、ギンドウ・アーヴィング、ぶっ壊して進むべきだ。ハイランド王国軍の兵士を走らせる可能性もあるのだから」


「……へいへい」


「はい、は一つでいいのだがな」


 リエルは矢を節約しようと考えたのか、『風』の弾丸を放ち、二つ目の床石を叩いた。バガン!!という荒々しい音がして、その床石の周囲二メートルが崩落していた。ミアとオレがその『落とし穴』に近づいていく……。


「あれ?……あんまり落ちてない。二メートルぐらい……?」


「もっと落ちるための穴が掘られていたのだろうが……泥水が見える。400年の間に、泥と水がたまり……つぶれかけているようだ」


「んー。ギンドウちゃんが好きな、杭もないねえ」


「オレは杭が好きなんじゃなくて、金目のモノが好きなんすよ……っと!!」


 そう言いながら、ギンドウ・アーヴィングは『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』の鎧を足で踏み壊していた。そして、その裏側を調べる……?


「……何かあるのか?」


「……コイツが、一番、錆びてなさそうっすからね。回収しておくっすよ」


 意外と細かい執念を感じるな。戦士の死体から、斬り壊された鎧を剥ぎ取るか……守銭奴って言葉より、もっと浅ましい言葉が似合いそうだな。


「ほら!……この辺りとか、腐食がやっぱり少なそうっす!オットー、コレはどんな具合っすか?」


「ええ。錬金釜があれば、それなりのミスリルとして回収することも出来そうですね」


「よし!小銭ゲット!」


 ……資源回収か。まあ、『ビンテージ・ミスリル』を入手する方法なんて、限られてはいるからな。だが、このペースだと10時間ぐらいかかるかもしれんぞ……急ぐか。


 さて、フロアの最果てに辿り着く。壁に開いているのは、三つの穴か……。


「オットー。ジェド・ランドールは、日記にどう書き残している?」


「……最初は、三つある入り口の、真ん中ですね」


「信頼していいものでしょうか?」


「嘘日記を用意するような人物なのであったな?」


「……疑心暗鬼が過ぎてもペースが悪くなる。罠なら罠で、潰すとしよう。オレに続いてくれ」


 とは言え、慎重にはならざるを得ない。ジェド・ランドールの日記を、全て鵜呑みにするのは危険だからな……先入観を持たせると危険。そう判断して、オットーは教えていない情報を持っているんだろう。


 ……ジェド・ランドールが日記にさえも罠を仕掛けるとすれば……最初は、『正しいルート』を書きそうだ。成功体験で、安心させて、何度か目の分岐で、いきなり裏切りを仕掛けて罠に誘導する……。


 そういう作戦を仕掛けて来るかもな。欲深く、時間と労力を節約したいと考える職業的な墓荒しなら、その日記に引っかかるかもしれん。


 油断は出来ないさ。ジェド・ランドールは切れ者だったからな……。


 『風』を放ち、魔眼で睨みつけ、ランタンの灯りでも照らす。中央の通路を調べながら、ゆっくりと侵入していく。


 とくに、何もない。


 だが、緊張は解かない。オレが緊張を解けば、皆から警戒心が下がってしまう。プロフェッショナルだったとしても、必ず油断をするものだ。オレたちは洞窟探検が本職ではないからな……ダンジョンに潜ったこともあるが、真の盗掘者や探険家と比べると少ない。


 ドワーフの王城地下のダンジョンだ。気を抜きすぎていては、本当に全滅させられるかもしれない。


 通路を進む。狭くて長い。竜太刀を抜けないな。ランタンの灯りに照らされて、何を食べて生きているのかも分からない、小さな虫がカビの中で動いている。それ以外には、罠も含めて何もない……。


 50メートルほど通路を進むと、右に直角に曲がっている。それを曲がるとまた50メートル進み、今度は左折だった。それからは100メートルほどの、何もない通路を歩くと、再び広い空間へと出る。


 出る前から、オレは楽しみにしていたよ。骨の鳴る音と、スカスカの魔力の気配を感じたからな……正方形のフロアには、『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』が、5体ほどいる。


『ギギギギギイイイイキキイ!!』


 かけ声?それとも号令だろうかな。軋むような音を白骨兵士どもは叫び、こちらへ向かい脚の骨と、鎧を鳴らしながら走ってくる……。


 どいつもこいつも、槍装備―――『モルドーア』では、槍が盛んだったのかもしれないな。それに、木製装備は、朽ち果てたのだろうよ。全体がミスリル製である、その槍だけが残っているのかもしれないな。


 オレとミアが、通路から飛び出す。安全を確保しながら左右に出口の左右に配置する。オレたちの動きに、白骨兵士どもは誘導されて。二手に分かれようとするが、ロロカ・シャーネルは突撃を開始していた。


 ディアロスの槍術だ。素早く突撃して、ミアを狙っていた二体の『モルドーア・スケルトン』の一体目の頭を槍で突き刺して仕留める。次の瞬間には、ブン回した槍の柄で二体目の槍を打ち砕いた。


 その体と共に槍が舞い、叩き下ろされた槍が武器を砕かれた『モルドーア・スケルトン』の頭骨を破壊し―――それどころか、鎧をまとった胴体さえも潰していたよ。さすがだな。


 三体目は、リエルの矢に頭骨を射抜かれ、四体目はミアの放ったスリング・ショットの鉄弾に、頸椎を粉砕されて仕留められる。


 だから、オレは五体目だけを相手にするので良かった。竜太刀で、振り下ろされた槍を叩き折り、左の篭手から生やした竜爪を使い、そいつの頭骨を引き裂いて壊したよ。


 ……いい連携だった。ギンドウとオットーは、参加出来なかったが……疲れないように戦うべきだ。ギンドウは錆びたミスリルを背負っているし、オットーは最後尾で後方の安全を一手に引き受けているから、精神力を消耗するはずだ。


 白骨兵士どもを瞬殺した我々は、再び、この新たな大部屋を調べて、三つの罠を破壊したよ。今度は上空から杭が落ちてくるタイプの罠が二つ……これまた半ば潰れてしまった落とし穴が一つだったよ。


 ギンドウが、杭から『ビンテージ・ミスリルもどき』を回収する『雷』を使った作業を始めようとした時だった―――うめき声が聞こえたよ。


 次のフロアにつながっているであろう、東側の壁に開いた、いくつかの通路。四つほど見えていた。二つは普通の通路だが、残りの二つは、変わっていたな。壁の中ほどの高さに、その小さな一メートル四方の通路が開いていたが、そこから何かが這い出して来た。


 それは、ズルリという生々しい音を盾ながら、通路から滑り落ちる。


 そのまま、二メートルの高さを落下して、床に体を思いっきりぶつけた……頭から落ちたよ。生きている者ならば、即死だったろうな。だが、それはへし折れた首のまま、ゆっくりと立ち上がった……。


 アレもまた、有名なアンデッドだよ。


 『肉食に衝動する屍体/ゾンビ』……腐敗して、紫色の皮膚となった、ヒトの死体が、ゆっくりと近づいてくる。首を落とせば死ぬし、動きが遅いことで有名なアンデッドだ。数十匹と同時に戦うことにでもならない限り、脅威とは言えないな。


『ぎぎい……ぎぎいいい……』


 ふらつくその下級モンスターに近づいていく。オレは、一つの疑問を抱えながらも、そいつの右に大きく曲がってしまった首に、『風』を放つ。真空の刃は、腐りかけた首を刎ねて、唾液まみれのゾンビの頭部を床に落としたよ。


 首無しの死体は四歩も進み、ようやく状況を理解したのか、そのままバタリと崩れ落ちた。


「……ゾンビだと。400年も、ここで腐らないとは考えられん。コイツは『モルドーア』の戦士ではないな……そもそも、体格的に、人間族の男だ」


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