第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その24
竜太刀を、鞘に収め、仲間たちを見る。オレとスケルトンたちの戦いを、観察していた猟兵たちが近づいて来た。ランタンの灯りに照らされるなか、ミア・マルー・ストラウスが楽しげなリズムでステップを踏み、ぴょーんと抱きついてくる。
お兄ちゃんは義務として、ミアのことを抱きしめるのだ!!
「……ミアっ!」
「あははは!お兄ちゃん、カッコ良かった!」
そんなこと言ってくれるミアは、この世界で一番可愛い……っ。ミアを両腕で持ち上げて、高い高いモードにする!
「わーい!フライング・モードだ!!地下だけど、高ーい!!あはははは!!」
ダンジョンの沈黙を、いたいけな笑い声が打ち砕いていく。闇に沈む、このキノコと死霊だらけの地下迷宮に太陽が見えるんだ……っ。それは、オレが重度のシスコンだからじゃないと思う!!
「ホント、仲良し兄妹っすねえ」
「フフフ。良いことではないか」
「え?リエルちゃーん。数年後、怖くないっすか?」
「む。怖い?」
「赤毛の『ハーフ・ケットシー』が誕生する時が……」
「おい、ギンドウ!!ミアは、お嫁になんて行かせないぞ!!お兄ちゃん、そんな男、ぶっ殺してやる!!」
「あははは!!お兄ちゃんってば、過保護さんだー!!」
「……ああ。そういう意味で言ったんじゃないっすけど。まあ、問題ないことっすね。しかし……ここ、湿度がスゲーっすわ」
ギンドウがランタンで壁を照らす。頑強そうな石の壁には……ヒビが入っていて、そこからわずかに水が漏れている。
「水漏れしてるねー」
「そうだな。地下水道が、この近くにあるからかもしれん」
天井を睨む。ランタンの光を浴びて、オレンジ色に光るそこにも亀裂があって、亀裂の一端には水滴が出来ている……。
「んー……地下水道の下を、王サマの道が走っているんすかね?」
「危ない造りだねえ」
「……『シェイバンガレウ城』の造りは、攻撃的だからな。この脱出路も、敵に追いつかれたら、王サマごと水没して、敵を巻き込むかもしれんぞ」
「道連れにして殺す……あー。攻撃的なドワーフなら、やりかねないっすわ」
……天井が崩落してきそうな気配は、今のところないが。400年の放置によって、あちこちガタが来ているのは事実だ。気をつけた方が良さそうだよ。オレはミアを床に下ろして、ロロカからランタンを受け取った。
全員で円陣を組むようにして集まる。
「……『モルドーア』の槍術は、見ていたな」
「うむ!いい戦いだったぞ」
「回転させる槍術……棒術により近い動きに見えました。彼らの槍は、柄までミスリルにしていた。穂先は細いですが……重量は十分で、重心はより中心に近い。ドワーフらしく、武器を体格に適合させていたようですね」
槍術のプロフェッショナルとして、ロロカ・シャーネルは分析を語る。
「しかし、それゆえにリーチが不足していますね。ソルジェさんの頭を狙う打撃に、角度をつけすぎていた。くぐりやすいです。私たちのように柄の長い武器の使い手は、踏み込みに合わせて突きを放てば、崩しやすい」
ロロカ先生とギンドウは槍を使うし、オットーも棍だからな。ロロカ先生の見つけた必勝パターンは、この三者が共有することが出来そうだ。
……あえて、戦ってみるものだろ?敵への対策が完成することもあるからな。
「しかし。ザクロアあたりの森をうろついていたスケルトンよりは、かなり強さを感じるスケルトンどもだな?」
リエルは粉々に崩れた『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』の残骸を、じっと目を凝らして見下ろしている。
たしかに、それには同意することが出来るな。この白骨兵士は、かなり強い。生前と全く同じとは言えないだろうが……それに近しい力があったのかもしれない。
「……オットー。君の三つ目で、何か分かったことがあるか?」
「……そうですね。呪術の形式は、予想出来るかもしれません」
「さすがだ。教えてくれるか?」
「はい。この骨に刻まれた呪術は、おそらく空気中の魔力を長年かけて集めて行く。彼らの骨に、カビが生えていないのは……おそらく、カビからも魔力を吸い上げたせいでしょう」
「生命から、魔力を吸い取るわけですね。カビも生命には変わりがありません。微妙な魔力を宿していますから」
「ふむ。骨に呪術が刻まれているとすれば、骨に生えたカビは魔力を奪われて死に絶えるわけだな……それゆえに、骨にカビがついていないってことか」
さすがはオットー。目の付け所がいいな。おかげで、『呪い追い/トラッカー』が使えそうだ。左眼に力を込めて足下に転がる骨を睨みつけた……呪術の赤い『糸』が、見えてくる。
その赤い『糸』は、蜘蛛の糸のように、骨の欠片に付着していた。もうすでに、魔力の吸収と復活が始まろうとしている。しかし、どんなに速くても数日はかかるんじゃないだろうか……。
そして。赤い『糸』の『一部』は、空中に浮かび……オレたちが降りて来た階段の方へと向かっている。
「……団長、上に呪いが続いているんですか?」
「ああ、そうだよ、オットー。一部だがな」
「一部?ほかは?」
「この場所から……東に向かっているようだ」
「呪いの発生源が、二つあるということでしょうか……?」
「詳細は、オレにも分からん。だが、ガントリー・ヴァントから伝授された、『呪い追い/トラッカー』の力が正しければ、二つの方向に、呪いの痕跡は続いている」
「……なるほど。何か、仕組みがありそうですね」
「……実は、さっきのホールにあった、石像の『痕跡』。それからも、上に向かう呪いの『糸』が見えた」
「じゃあ、城の上の方に、コイツらを呪っているヤツがいるんすかね?……あるいは、呪いの『中心』になるような、アイテムが設置されてあるとか?」
「そうかもしれん」
「つまり、このスケルトンと、地下への階段を守っていた石像は、『モルドーア』のドワーフたちが遺した呪術というわけですね、団長?」
「そうだと思うぜ。石像もドワーフ・スケルトンも、この王の脱出路を守るための存在。それだと納得出来るぜ。問題は……」
「『もう一つ』の方だな!……でも、考えていても情報は手に入らなさそうだ。呪いの発生源が二つあり、片方は進行ルートにあるのだ。まずは、そちらから片づけてしまおうではないか!」
エルフの弓姫さんは、前向きだぜ。
「そうだな。たしかに、情報が少なすぎる。考えて分かることは、一つぐらいだしな」
「団長、何が分かったんすか?」
「……このドワーフたちは、400年以上前に、ここへ放置されたらしいってことだ」
「ふむ。そうだな。明らかにドワーフの骨格で、古い装備を身につけている」
「400年前、『モルドーア』の王は、遠征中に死んだとテッサは語っていた。そして、その後、国内で内乱が起きて滅んだと。そのときの混乱による死者かとも考えていたが、地下通路への入り口を守っていた呪術と関連がある以上……最初からここにいた」
「うげげ。兵士の死体を、呪術でゾンビ門番にするために、ここに置いていたってことかよ……っ」
「死体を置いたのなら、そいつは良心的だよな」
「……ああ、なるほど。生き埋めパターンもあるっすもんね。そっちの方が断然、辛い」
「……もしも、そうだとするのであれば……」
ロロカ先生が何かを考えている。いつも何かを考えている女性だけれどね。学者肌なんだ。そんな彼女が伝えたがっている言葉には、絶対に耳を貸す価値がある。
「何に気づいたんだ、ロロカ?」
「あのドワーフの戦士たちが、システムとして、ここに配置されていたとすれば。王の護衛として使うためのはず……つまり、無差別には攻撃して来ない」
「……そうだな。王を攻撃するようなスケルトンでは、ここに配置する意味がない」
「スケルトンの兵士に施されていた呪術には、『モルドーア王』を攻撃しないという条件も刻まれているのだと思います」
「……王の『証』が……スケルトンの攻撃性を低くする……そんな仕組みかな」
「はい。そうだと思います」
「王の『証』……じゃあ、血筋とかっすかあ?あるいは、ドワーフ族であるとか?」
「いいえ。王を殺す者は、外敵か親族ですよ。そんな条件にはしないと思います」
クールな発想だが、たしかにこの国は内乱で滅びた。王位継承権を巡って王子同士が殺し合ったのか、それとも部下の反乱のせいなのかは知らないが……事実として、身内が王を継ぐべき者を殺した。それに……。
「……ジェド・ランドールは、地下でアンデッドに襲われたと伝えたわけですよね。このスケルトンのことを告げていたのか、それとも、他にいるのかは分からないけれど……ランドール家は、『モルドーア』の名門騎士の家系」
そうだ。王族の脱出路について、彼らは知っていたのだからな。最上位の騎士だったんじゃないかね。
「小王国で、名門騎士となれば……王家の血を引いていることも多い」
王家が、子供を国内の有力者と結婚させることで、有力者を取り込むってわけだ。騎士や貴族なんて、薄いか濃いかの違いはあれ……代を遡れば、王族の血に行き着くものさ。
「つまり。ジェド・ランドールが、アンデッドに襲われているということは……王サマの『証』は、血筋でもなく、ドワーフ族であることでもなく……もっと他にありそうってことっすねえ……?」
「はい。きっと、王権を示せるようなアイテムだと思います」
「おおおおお!!金のにおいがするっすねえ!!ドワーフの王サマの、身分証明グッズ?……宝石だったら、嬉しいっすけどねえ!!」
「……欲深い男め」
はしゃいでいるギンドウを見て、リエルがドン引きしているな。
だが、ギンドウを喜ばせたいワケじゃないが……オレの目は、降りて来た階段の方を見つめる。ロロカ先生のハナシを聞いている内に、赤い『糸』が濃くなった。東に向かう『糸』の濃さは変わらないが……上に向かう『糸』は、確実に。
オレの視線に、ロロカ先生は気がついていた。彼女は、それで察してくれる。愛の成せる以心伝心というよりも、知性から来る推察だろうな。
「……この城の上部……王の間には、そのアイテムがあるのかもしれません」
「マジっすかあ!!即・行こうぜ!!」
「……ですが、それは異常なほどに厳重に守られているものか、全く何の価値も無いようなアイテムであるのかもしれません」
「ロロカ姉さまのおっしゃる通りだ。金目のモノであるのならば、略奪されているだろうし……金目のモノであったとしても、ドワーフの騎士たちでさえ、近づけない頑強な仕組みに守られている」
「む……厄介そうだが、『トレジャーハンター』である、オレは行ってみたいっすよ―――」
「―――最悪の場合は、そのアイテムを奪うことで……この城が崩落するような罠が仕掛けてあるのかもしれません」
「げ……っ」
ドワーフの王族なら、それぐらいの罠も作れそうだ。とくに、『モルドーア』のドワーフは血の気が多そうだからな。
それにヤツらの子孫も二人だけ知っているが、一人は『戦槌姫』、もう一人はその父親で、呪術を駆使して『戦神』を創り出した危険人物だぜ?
ここの王サマも……マイルドな罠とか、どう考えても仕掛けなさそうだな。オレはスケルトンの脚の骨に、傷痕を見つけている。
下腿の骨の遠端部に刃物が走った傷痕がある……アキレス腱を、切断したんだよ。死体じゃなく、生きた兵士を配置したパターンかもしれない。ランドール家の荒くれた血に、通じる狂気を感じるんだよね。
「挑戦するにしても、今すぐは止めておいた方が無難です。この地下通路が崩壊してしまえば……『ヒューバード』の攻略に問題が出ますから」
「……はあ。マジメにミスリルを回収するしか無さそうっすねえ。トレジャーハンターは店じまいっすわ」
「うむ!それでいい。あまり欲をかくと、失敗しそうだぞ!」
「そうだな。それに……大きな謎も残っている。100年前に、呪いが広がったことだ」
「……そうですね。今のところ、情報不足。その呪いが、『モルドーア』の呪いなのか、それとも『アプリズ魔術研究所』の魔術師たちが作ったものかも、判断がついていない」
「じゃあ!探索を再開しよーよ!!」
「……ああ。よし、とりあえず……東につづく呪術の痕跡を追うぜ。そこにスケルトンがいるかもしれないし……何か、この状況を把握するための情報もあるかもしれない」
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