第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その23


 戦いの熱を血が帯びれば、闇も孤独も受け止められる。戦いのこと以外、頭の中から消え去るのさ。オレは、鋼。オレは、殺戮。オレは……ストラウスの剣鬼だ。


 闇へと踊り出る。戦いの喜びに爆ぜる体は、まっすぐに闇へと突っ込む。骨の鳴る音を正面に見据えた。その気配に対して、こちらから突撃してやったからな。


 竜の力の宿る左眼が、ドワーフ族の短躯にして強固な骨格を見つける。『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』が、400年経っても忘れられない亡国の怨念のためなのか、立ち上がっていた。


 槍を持っている。錆びてはいるが、ドワーフの匠が仕上げたミスリルの槍。赤い錆びに呑まれた槍を、白骨兵は突き出してくる。


 骨となっても、戦いのための技巧が染みついているらしい。それは素晴らしい速さの突きだった。多くの関節が連動した、軽やかにして、豪快な速さ……オレの腹を目掛けて、それは突き出されていた。


 腹に迫るその槍の穂先を、回転しながら避けてみせる。ドワーフの動き、『スピン』だ。回転しながら突き出された槍を躱し、『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』の背後を奪う。


 ホント。竜鱗の鎧が、肌に馴染む。これだけ動いても、体を邪魔しない。『奇剣打ち』が、トミー・ジェイドの仕事を知れば、嫉妬のあまりに……とんでもない鎧を作ろうとするかもしれないな。


 ……それはさておき。背後を取れたことを、頭に入れる。いい動きだが、オーソドックスというところだ。わざわざ、ドワーフ族にはお馴染みのスピンを使ってやった。並みのドワーフよりは鋭いだろうが、国一番のドワーフには負けるだろう。


 人間族の限界―――なんて下らない言葉を使う気にはなれないが、超一流のスピンは、ドワーフの専売なんだよ。


 この白骨兵士は、一流じゃあるが、超一流ってほどじゃない。幻滅はしないよ。肉がついていた頃は、今の十倍強いかもしれないからな。


『ギャガギギキイイイッッ!!』


 白骨兵士は叫び、こちらへと向き直る。ああ、どうやら知性は無さそうだ。ある意味で、安心だな。ときおり死霊と話せるオレではあるが、どの死霊とも話したいわけじゃない。400年も前に死んだ戦士とは、さすがにハナシが合わない気がするんだ。


 ヤツと向き合う。そうだ、あえてそれを許していた。背後から壊すことも出来たが……やらなかったよ。戦闘能力を分析したいからな。


 この個体は……白骨の体に、古びた鎧をまとっている。この鎧が重くて、動きが鈍ったのか?……分からんな。


 相変わらず、死霊の類いの『筋力』を読むのは難しい。そもそも筋肉なんて、この骨には残っていないんだからな。骨の中に入り込んだ『呪いの風』か……あるいは、魔術師だか呪術師によって、骨に注ぎ込まれた魔力で動いているだけさ。


『ギギギイイイイッッ!!』


 ノドの肉さえ失ったのに、威嚇の言葉は持っているか。『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』は、赤く錆びた槍による連続突きで襲いかかって来る。目線は見えない。だが、重心は……血肉を宿す生きた兵士のそれに酷似していた。


 生前の技巧を体が再現しようと動く……どういう理屈かは分からんが、コイツらにはそれが出来て、400年前に失われた『モルドーア』のドワーフ槍術をオレは楽しんでいるようだ。


 右利きの白骨兵士の左側面に向かい、オレは動いた。槍使いの背後を取りたくてな。自賛するのは、慢心している愚か者のようでイヤだが、オレの踏み込みは速い。竜太刀も構えていない状態では、いつもより、脚は鋭く動く。


 背後を取りかける。白骨兵士は、二度もその屈辱を味わうつもりは無いらしい。ドワーフの頑強な白骨が、スピンを踊る。ドワーフ・スピン。竜巻のように鋭い、そいつは、槍術とも相性がいい。


 両腕を使い、槍を前後が入れ替わるように回転させながら、脚は強烈に鋭いスピンを刻む。上下、左右、前後……槍の穂先と石突きが、目まぐるしく回転している。ドワーフの槍術使いは、やはり、この竜巻のような暴れっぷりが美しい。


 まるで、鋼の結界を張られたような気持ちになっていた。


 短いが、豪腕。それゆえに、槍を凄まじく速く回転させることが出来る。短く強靭な脚が生み出す、スピンのステップと組み合わせることで、破壊力に満ちた暴風のような威力を組み上げるのさ。


 これはドワーフ族にしか到達することの叶わない、強靭な短躯ゆえの威力。重心が座っている短躯だからこそ、これほど大暴れしても動きが崩れやしないというわけだ。人間族が、こういう槍術を使うと、膝が壊れてしまうだけさ。


 槍の真髄は二つ。


 突くことと、叩くこと。


 それで、ドワーフがどちらに向いているのか?……もちろん、後者だ。


 横殴りに襲いかかって来る鋼の旋風。当たれたば骨が爆ぜてしまいそうな速さと力を込めた暴力だ。それを、オレは避け続けている。


 ステップワークに頼っていた。前後左右に身を踊らせながら、ギリギリで躱していく。ギリギリなのは、あえてだ。何故か?……より近くまで引きつけて躱す方が、彼に打撃の軌道を修正されなくていいからな。


 攻撃を修正するための余地を与えなければ、技巧に優れた者の槍でさえも、瞬発力を頼ることだけでも避けられる。ロロカ・シャーネルと、どれだけの数、鍛錬を繰り返して来たことか。


 オレは、槍を避けるのも上手い。竜騎士にも槍術があるからな。


 さて。並みのドワーフの槍術使いなら、これだけ、回転攻撃を続ければ……目が回って来たり、腕が痙攣してしまうはずなんだが―――スケルトンの利点だろうな。脳も三半規管もなければ、痙攣するための筋肉さえも消滅している。


 だからこそ、『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』は、無限に槍を回し続けることが出来るようだな……それだけは、死霊となっていることの利点かもしれない。


 ……生前は、この鋼の旋風で相手を威圧しながら接近し、薙ぎ倒すようにして敵を撲殺していたのだろう。


 『モルドーア』の槍術は、豪快なものだったらしい。気に入ったよ。生きているアンタと、鋼を打ち合わせたかったものだ。


 その骨の体は、よく動く。確かに力強さも残っているのだろうが……少しばかり、軽すぎて、ドワーフの腕力と呼べるほどの豪快さは残っていない。動きで、速さは足りているが……強さの方が、足りていない。


 目と体に慣れてきた、鋼の旋風。それは右に左に、上に下にと素早く動きを変えてはいるが、そろそろ『入れそう』だ。


 鋭く速い?


 そいつはね、オレだってそうなんだよ。槍術は敵を殴打することの方が、使いやすい。実戦向きの攻撃法は、ブン回して、叩きつけることだ。


 しかし、槍術には突きもある。その突きの魅力は、全身の筋力と体重を捧げることで最大の威力を放てることと―――リーチを使うコトによる、防御の間合いの構築だ。


 ブン回したり叩きつけたりしようとしていると、間合いが短くなるぞ。ただでさえ、短躯のドワーフのリーチが、短くな。


 オレの右側頭部を打ち抜こうと向かって来た、赤錆びの槍。そいつをしゃがみ込みながら加速することで、かい潜った。赤い髪の毛が、チリリという音と共に、何本か虚空に消えて行た。


 槍の旋風に、数本の髪の毛を捧げながらも、オレは槍をくぐり、ヤツの背後へ迫る。ヤツは短い脚で、床を踏み……また竜巻になろうとする。右腕をフックのように使いながら、槍の柄による打撃を放つ動き。


 ドワーフ族以外の槍術使いや、棒術の使い手でも、あのカウンターは速い。これがドワーフ族なら、なおさら速いんだよ。だが、こっちも手は速い。竜爪の篭手を使い、銀に煌めく一閃を放っていた。


 『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』の槍持つ左腕が肩のつけ根から斬り落とされる。竜爪が、ヤツの鎧ごと左腕の骨を断っていた。宙に鋼同士の衝突が生んだ、赤い火花を煌めかせながら……槍持つ左腕が落ちていく。


 スピンが、破綻する。鋼で作られている槍は、かなり重たいからな。両腕で操るべき槍を、スケルトンの細い腕一つでは動かさない。


 ドワーフの肉が、骨についていたら。力任せに、最後の動きを放とうとしたかもしれない。だが、そうだとしても……結果は同じだ。ガルーナ人の腕は、二本ある。左腕も素早くバカ力だが―――右腕はそれよりも速くて、更にバカ力と来ているのさ。


 『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』の頭骨に、蛮族の拳が突き刺さる!!乾いた頭蓋骨を、漆黒のガントレットをまとった鉄拳が粉砕していく!!


 戦士の骨が、砕けながら弾けていた。スケルトンの肉のない頭骨は、一撃のもとに破壊されたよ。砕けた頭骨から、何かが抜け出していく光景を、アーレスのくれた左眼で見た。呪いを編んでいる魔力だ。


 そいつが抜けた途端、400年モノの白骨に、彼は戻っていく。カラカラと弱くて軽々しい音で鳴きながら、肉の剥げ落ちた骨格は湿った床石の上に転がり落ちていった。


 この白骨兵士の弱点も、頭らしい。


 死霊もまた、生者に弱点を倣うことことが多い。頭、心臓。そういう部分を破壊されると、不思議と壊れて滅び去るものだ。生者のマネをさせるからだろうか?『生者ならば死ぬ攻撃』を浴びせられたら、生者であるという思い込みが消えるのかもしれん。


 骨にまで『モルドーア』の槍術の技巧が染みついている……ヒトであったことは、たとえ死霊となり操られる瞬間でさえも、心と体を縛っているのかもしれないな。


 ……とにかく。『モルドーア・スケルトン』の戦術と力は、十分に観察出来たよ。オレは竜太刀を抜く。オレの周囲を、ゆっくりと取り囲もうと集まって来ていた、他の白骨兵士ども。


 赤く錆びた槍を構える、そのアンデッドどもに対して、オレは躊躇なく襲いかかっていく。理解しているし、慣れているんだ。『モルドーア』槍術の真髄までは知らないが、スケルトンの身で放つことの出来る鋭さと速さは学んだ。


 悪い動きじゃない。速いし、鋭い。だが……相手が悪かったな。


 竜太刀と竜爪、そして、白い牙を剥き出しにする。闘争本能に燃える魔王の血は、ただ乱暴な行進を実行させた。


 正面から突撃した。鋼の嵐を、『モルドーア・スケルトン』どもに叩き込んでいく。竜太刀と、竜爪の鋼が、銀の閃光となり、闇と共に、白骨兵士を槍と鎧ごと引き裂くのさ!!


 またたく間に二体の死霊に、死を刻みつけた。崩れる骨の音を聞きながら、最後の白骨兵士にも襲いかかる。槍を振り下ろしてくるが―――竜太刀で、その槍の柄を、白骨の腕ごと断ち斬って、返す刀で、スケルトンの首を刎ねてやった。


 スケルトンの頭骨が、宙を舞い。落下して、床石に叩きつけられるだけで割れてしまう。首を刎ねられた時、戦士にかけられていた呪いは解けていたのさ。


 後に残っていたのは、400年の時に晒されて、すっかりと弱くなり、強度を失った骨だけだったようだ。


 闇のなかで、四体の死者を殺し終える。


 獣の熱を帯びた血が、冷めていくのが分かった。戦いの時間は、とりあえず終わりだ。近くには、敵はいない。体から解き放たれている闘争の熱量、それを惜しむ気持ちもあるが……今は、この小さな勝利に満足するとしようか。


 『モルドーア』の失われた槍術の一端を、喰らうことが出来た。いい勝利だよ。


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