第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その22


 ランタンの灯りを頼りにしながら、ゆっくりと湿った石造りの階段を降りていく。天井も床も壁も石造りだ。しかも、それらはカビと苔の棲息地……ああ、足下には、ランタンの灯りに照らされる、やたらと赤いキノコも生えている。


 見知らぬキノコだな。毒でもあるのかもしれない。そもそも、毒が無かったとしても、この環境に生えているキノコを歯で噛みつぶしてみたいとか?……思うわけがない。


 狭い場所だな。この通路の高さは2メートル、幅は1メートル半というところか。短躯のドワーフ・サイズではないことはありがたいが、鋼を振り回すのには狭いんだよ。


 この場所で、『溺れる愚者の飛び首/ウィプリ』の群れに襲われると、かなり厄介だったよ。竜太刀を振り回せない……篭手から竜爪を出して、右手はナイフ。そして、竜鱗の鎧を身につけた体で受け止めながら、前進するのみだったろう。


 ゴリ押しだな。華麗に立ち回ることが好ましいものだけれど、何事も時と場合によりけりだ。そういう事態を想定して、二番手のミアと三番手のロロカ先生を交替させている。


 オレとロロカ先生で、突破力を重視した形だ。『ウィプリ』の群れの前に、オレの突撃が止められたとき。オレはしゃがむ。


 そして、オレの頭上に空間を作るんだ。彼女の槍さばきならば、夫の後頭部を串刺しにすることなく、強烈な槍の連射を放てるさ。彼女の槍が敵を殲滅したら、一呼吸置いて体力を回復したオレが、再び突撃を開始すればいいんだよ。


 この狭い場所でも、ロロカ先生なら槍を使えるのさ。何せ、この通路、縦横こそ狭いが、この階段は一段ずつが大きい作りをしている。短躯な者ならば、槍を使える。ドワーフ野郎もしかり、ディアロス族の女性であるロロカ・シャーネルもしかりさ。


 この階段のある通路は、三十段ずつほど降りると、小さな空間があるようだ。


 『そこ』は、大型階段の折り返し用の『踊り場』なわけだ。奥行き二メートルに、横は三メートルほどの小空間さ。とにかく、そこで階段の角度は90度ほど変わる。ルートが右に向かって直角に曲がるんだよ。その作りに、感心する。


「さすがはドワーフ族ですね、ソルジェさん。この通路。守るには、いい構造です」


「ああ。この角で曲がる度に……死角が出来る。逃げる王の背中を守る戦士は、その角で待ち伏せが出来るからな」


「はい」


「……そして、何よりも、『降りて行く者』からすると、右折されると武器を使いにくい」


「右利きの人物のほうが、世の中には多いですからね」


「そうだ。反面、下で待ち構えている者からすると、武器で斬りつけやすい。ステップが幅広だから、ここならドワーフや女性……小柄な者ならば槍も使える」


 逃げる王のために命を捨てて、この場で敵を待ち構える戦士。そういう忠義者からすると、この右折で降りていく階段は、最高の見せ場となるだろう。


 守るための構造なのさ。『シェイバンガレウ城』は、どこまでも、『戦うための城』ってことだな。


「いいお城です」


「そうだな。武骨なドワーフらしいよ。よほどの戦上手たちだったようだ」


「……ねえ、リエル、今の仕組み、分かってた?」


「……と、当然だな!ミアよ、わ、私を誰だと思っているのだ?」


 ……疑惑を感じる言葉を耳に聞いたよ。でも、こうして戦いの知識を磨くことで、経験値は得られる。


 相手の強さを封じ、こちらの強さを十二分に発揮させるための知識は存在している。戦場で使いこなすことが出来れば?……『壁』を使って戦うことも覚えるだろう。ヒトも建物も自然物も、全てに隠れることが出来るんだ。


 それを認識しているだけで、奇襲攻撃を作れることもあれば、奇襲されることを防ぐことも出来る。どこをどう守るか。どこから攻撃すべきなのか。この階段の意味を理解することで、戦術の幅は広がる。


 これは武術の腕を磨くことだけでは、なかなか得られない知恵だ。強さは、腕っ節だけじゃないってことだよ。


 賢さだけで、敵を封じることも、敵に有利になることだってある……何事も、経験に組み込まれていく。ダンジョンもまた、戦場と同じく、悪意と合理性に満ちている。戦闘哲学が根底に存在し、戦術という行為をもって我々に敵対しているのだから


 リエルもミアも、この階段の『意味』を知ることでも、戦いの知識を得ているのだ。それは想像力を広げ、より柔軟な戦闘を可能とする。最強の猟兵を、戦術や作戦でも封じられなくなっていくんだよ。


 ……まったくもって、教育的ないい階段だ。ロロカ先生は、それを知っているから、ハナシかけて来たわけだ。リエルやミア、そして、わずかな期待をもってギンドウに聞かせるために。


 オレたちは、このカビ臭く湿気を帯びた空気のなかを、ランタンの灯りを頼りに進みながらも、『強さ』を磨いている―――猟兵らしくて、いい仕事だな。


 歩いたよ、地の底目掛けて沈んでいく階段を、休むことなくね。


 幸いなことに、『溺れる愚者の飛び首/ウィプリ』どもの気配も、ヤツらの小さな魔力も、あの吐き気のする口臭も……この階段の奥からは感じない。まあ、あくまで、今のところだがな。いつ状況が急変するのかは、分かったもんじゃない。


 『ウィプリ』どもは魔力が小さいし、アンデッドだ。弱すぎる気配が、こちらの察知能力を回避することにもつながる。


 ヤツらは、ネズミよりは大きいが、翼をたたんでいれば丸まった猫のような大きさしない。普段はそこらに、あたかも『フツーの生首』に擬態して、転がっているのかもしれん。


 コウモリみたいな翼があるが、足もないらしいからな。たしかに、さっきも足など見えなかった。


 ……ということは、あの腐れ生首どもは、天井にぶら下がることもないのだろう―――いや。あるいは、あの汚れた歯を使って、どこかに噛みついているのかな?


 水死者のように膨れあがった生首が、そこらの壁や天井の高い位置に噛みついているってのも、見たくはない光景だ。


 ……足下に転がっている方がマシだな。


 ギンドウもアレが嫌いらしいが、オレだって嫌いだ。元・金持ちの生首だからじゃない。単純に翼の生えた腐れ頭など、気持ちが悪いからだよ。


 それでも、オレは猟兵だからね。仲間のためには戦術を実行する。


 激しい口臭を放ちながら飛びかかって来る、あの腐れ頭どもに対しても、怯むことなく突撃する気でいるぞ。竜太刀を振り回せない、この狭い空間でも、突撃する。


 なんなら、両腕で抱きしめるようにしてでも、あの腐れ頭どもを後ろには通さない。壁であり、盾になる。そのために鎧を着ている。ヤツらとハグするんだ。ああ、深く考えなくても、臭そうなことが分かるぜ。ヤツらの、ふやけた腐肉の感触も知ることになりそうだしな……。


 ヤツらの唾液とか浴びるとか、考えただけでも、ホント心が折れそうになるよ。


 でも。実際、その状況になれば怯むつもりはない。だから、前もってシミュレーションをするんだ。飛んで来る腐った頭の群れを、抱きしめるイメージ・トレーニングをな……。


 サイアクに備えていた。


 でも。幸いなことに、この階段を折り始めて、二十分。腐った生首に飛びかかられる経験をしないで済んだのさ。


「……開けた空間が来ますね」


「ああ。次の三十段を降りたら、広いフロアに出れそうだ」


 ミアと交替で『風』を放っている。索敵用の『風』だよ。竜騎士や、『風』の攻撃魔術を使える者ならば、練度次第で、『索敵用のそよ風』を放ち、その声を聞けるようになる。


 ロロカ先生は『風』を使えないが、鍛錬と『水晶の角』のおかげで、『探索用のそよ風』の声を聞けるんだよ。ディアロスの角は、本当に優秀な感覚器官ってわけさ。


 基本的には、恋人以外は触れちゃいけないってのも、分かる。大きな能力を秘めた、ディアロスの特徴だからな。撫でていいのは、愛し合う者同士が基本だ。


「……かなり地下に降りて来ましたね。山の分までは、降りているかもしれません」


「そうだな。ここから、直線距離で『ヒューバード』まで、東に6キロってところか」


「障害がなければ、私たちなら、十数分で走り抜けられそうです」


「しかし、そうもいくまい。ジェド・ランドールは、娘には5時間で『ヒューバード』まで駆け抜けたと語ったらしいからな……そして、地下にはアンデッドだらけだったとも」


「……ジェド・ランドール。前もって情報もないまま、ここに入るのは、かなりの勇気でしょうね。しかも単独となると、勇敢です」


 マトモな行いではないだろうな。ダンジョンの探索ってのは、戦闘能力うんぬんの前に、色々な知識や技巧が必要とされる。


 精神力もな。


 この暗くて、狭い空間に、ひとりぼっちで入るだって?……それだけでも、気が狂いそうになる行為だ。


 ジェド・ランドールが……5時間で駆け抜けた理由も分かる。オレがひとりぼっちでこのダンジョンに入ったら?多分4時間だか3時間で駆け抜けているような気がするんだ。全力で、さっさと抜け出したくなるだろうさ。


 ……仲間たちと一緒だから、この暗くて湿っていて、壁には苔とカビが領地を奪い合うかのように、まだら状に生えているような最低な場所でも、平常心を保っていられるがね……単独で、こんな場所に潜るのは、キツすぎるだろう。


 墓にでも埋葬されたような気持ちになる。


 息苦しいし、闇に沈んでいる。


 ……オレは、この場所にひとりはイヤだな。


 ここに来れば、オレだけじゃなくて、多くのヒトがそう語るだろう。


 でも、例外は何にだってあるもんだ。おそらく、オットーは、へっちゃらだと思う。グラーセスでも、一人で最深部まで潜っていたしな。


 探険家とか、冒険家とか、盗掘者ってのは……特殊な精神構造を持っていないと、出来なさそうだ。暗くて狭くて静かで危険。この四重苦を楽しめるのは、かなりの玄人だ。


 ……変なハナシね。


 今このとき、オレは少し、安心さえしているんだぜ。この階段の出口がつながるフロアから、カラカラという硬くて乾いた音が響いてくる。あまりに、さみしいぐらいならば?……モンスターと殺し合っている方が、まだマシだ。


 オレは立ち止まったよ。オレの左腕に体を当てるようにして、ロロカ先生も歩みを止める。彼女の唇が、静かに語った。


「……いますね。三体から、四体……」


「ああ。このスカスカな魔力の気配、アンデッドだな……スケルトンかもしれない。骨の鳴る音がしている」


「……ランタンを、お預かりしますね」


「ありがとう。ちょっと、行ってくるぜ」


 彼女の右手にランタンを手渡すと、オレは身を屈めながら加速する。『虎』の動き。しゃがむように腰を沈めながら、その重さで踏み込む力を強くする―――沈みながら走る、シアン・ヴァティの技巧だよ。


 トミーじいさんの特性油のおかげで、竜鱗の鎧は今まで以上に音を立てずに、オレの肌に合わせて動く。抵抗が少ないな。まあ、鎧はともかく、鉄靴で石の階段を駆け抜けるんだ、足音はそれなりに立つけどね。


 鉄靴に踏まれた床石からは、火花が散るほどの歩法さ。今回は、無音を目指しているわけじゃない。むしろ、その逆でさえある。奇襲を狙っているわけじゃなく、正々堂々とやりたい。


 どの程度のモンスターがいるのか、推し量っておきたいからな。オレに奇襲されたら、強かろうが弱かろうが、一瞬で粉砕されてしまう。


 それでは、分からないじゃないか?……正面から戦うことでこそ、より精確に『敵の強さ』を識ることが出来るのだから。


 こちらの足音に反応したのか、あるいは闘志に反応した?……それとも、昂ぶる魔力を嗅ぎつけたのか―――骨の鳴る音が激しくなる。オレは、階段を降りきった。そして、骨の鳴る音がカラカラと響く真っ暗闇の中に、たった一人で突入していく!!


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