第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その19


 『ウィプリ/溺れる愚者の飛び首』というモンスターは、カルトな魔術師集団あたりが製造することの多い、人為的なモンスターだ。


 魔術や呪術は奥深く、その深淵は果てしなく深い闇に包まれている。多くの者が超常的な力を求めるが、生まれもっての才能が大きい。憧れたところで、なれるとは限らない。ウチで言えば、ジャン・レッドウッドのように、魔術的な素養がゼロの者の方が大半だ。


 ……求めても手に入らない力。


 だからこそ、多くの者が劣等感を刺激されたかのように、魔術的な才を求めることがある。


 そして、魔術師の中にも、より多くの才能を求めて、鍛錬のみならず、様々な狂気的な手法を用いて、己の魔力や魔術的才能を増大・拡張しようとする者がいる。


 力に憧れを抱く気持ちは分からなくもない。オレとて、ヒトの生首を悪神に100個ほど捧げたら、今の二倍の魔力が手に入るというのならば、やりかねん。しかし、そんなことをしても、魔力が増えることはないのだ。


 歴史上、多くの狂った連中が、生まれ持った魔力以上を獲得しようと、様々な手段を用いて来たが―――おそらく、その全ての試みは失敗に終わったのだろう。


 それでも、ヒトは魔力と魔術を求めて来た。


 夢見る愚者は数多く、才無き者たちでさえ、魔術と魔力を求めて何もかもを差し出すことがある。


 自分たちの夢を叶えてくれるという、狂気のカルト組織に対して、全てを捧げるのさ。金、忠誠、労働力、他人の命、果ては自分の命までも。


 『ウィプリ/溺れる愚者の飛び首』という人造モンスターは、そんな魔術系カルト組織の『信者』だった連中の成れの果てさ。


 魔術師になれると騙されて、さまざまな呪術をその身に刻む。魔力を一時的に強化するために、他者の血を、輸血することさえもある。そんなバカなことをしていれば、やがて死ぬ。


 そんな魔術師に憧れる夢を利用されたあげくに死んだ者は、無念のあまり、このモンスターになるという。


 自然発生でも、そうなることがあるのさ。理由は、おそらく誰も知らない。その現象を究明することが出来そうなのは、魔術師の集団だけである。だが。まともな魔術師の組織である程に、『ウィプリ』については敬遠するようだ。


 魔術師への憧れを利用した『詐欺』の犠牲者たちだからな。この存在に関われば?……魔術師への誤解と偏見、迫害を引き起こすことになるかもしれない。賢き者たちならば、自分たちを破滅に導くかもしれない厄介なモノには近寄らないさ。


 憧れが、嫉妬やそれから来る迫害に変わることなど、よくあることだからな。魔術師という存在は、この世界では少数派だ。エリートと評されることが多いが……異質な力を持つ者を、排除しようとする本能が、人類には確かに存在している。


 ……まあ、正道を歩む魔術師組織が遠ざける、魔術師の『罪』。それが、『ウィプリ』ってことだよ。


 とにかく、魔術を求めた死んだ愚者の死体からは、首が腐り落ちて、頭から羽根が生えて飛んでいく。それからは、醜悪で無力なバケモノとして、『空飛ぶ死体/レイス』のように、世界を飛び回る。


 まってくもって、ワケの分からん現象だが―――魔術師集団の一部には、こいつを創造するための呪術が継承されているようである。そして、それを一所に集めるための知識もあるようだな。


 一種の『番犬』として、飼うのさ。自分たちのアジトに近づく侵入者を、襲わせる。


「……『アプリズ魔術研究所』とやらは、クズどもの集まりのようだな」


「……これだけの数の『ウィプリ』を造るなんて……どれだけのヒトを、騙していたというのでしょう……っ」


 宙に舞う『溺れる愚者の飛び首』の群れ。その醜悪な存在を数えることなど、オレはしたくもないな。100年前に、カルトの魔術師集団は、一体ここで何をしでかしていたのか……。


 このホールの上空を飛び回る『ウィプリ』どもが、その耐えがたい口臭と共に、呪文の合唱を始めたよ。一匹では、魔術を使う力はない。だが、これだけ、うじゃうじゃ集まれば、ヤツらはようやく魔術を仕えるようになるんだよ。


 嬉しいのかね?


 オレには分からん。他人の苦しみは、誰にも理解してやれることは出来ない。三つの魔術の才を持って生まれたオレには、カルトに染まった愚かな連中の劣等感。それを本質的に理解することは、絶対に出来ない。


 富める者が、貧しい者を理解するとことが出来ないのと一緒でな。こればかりは、どうにもならん。


 ろくな結末になどなりはしないと分かっていたのだろうが、それでも魔術を放ってみたかったのかもしれない。


 悪い夢に、人生と命を捧げた者たちは……今、その醜く膨らんだ溺死者の顔で笑う。青ざめた唇を開き、汚れた歯の間から呪文を歌い始めていた。


『おおいなるいかずちよ……われらのてきを、うちくだきたまえ!!』


 『雷』を使うか。


 何とも因果なものだな。


 お前らとの魔術勝負をしてやる男も、『雷』が大の得意の男だよ。しかも、『狭間』の中でも、最も強力な魔力を持ちながら―――最も、憎悪されている対象である、『ハーフ・エルフ』のギンドウ・アーヴィングだ。


 魔術師に憧れた者どもよ。


 ギンドウの腕を見ろ。ヤツは子供の頃に、エルフの母親を人間族の男どもに目の前で侵されたあげく、殺された。そして泣き叫ぶギンドウの腕を、その男どもは叩き斬ったのだ。


 ……魔術師に憧れるのは勝手だし、好きに生きて好きにしねばいいと思うが。魔力が強いからといって、幸せになれるわけではないぞ。


 命が有る内に、その事実と向き合うべきであったな。


 我らの『ハーフ・エルフ』の魔術師殿も、呪文を唱え始める。


「……『雷帝よ、空に君臨する、大いなる暴力の化身よ』―――」


 紫電に光る『雷』が、ギンドウの両腕に発生していく。いつもより、大きな魔力を込めているな。無数の『ウィプリ』と力比べをして……圧倒するためにだ。


『われらのまりょくをくらい……われらのねがいのままに、ちからをしめせ!!』


 飛ぶ頭どもが口臭と共に、呪文を完成させる。渦巻くモンスターどもの隊列飛行に『雷』の魔力が奔り、一つの強大な魔力を練り上げていく。全員参加で、威力を高める。これだけの数の『ウィプリ』がいれば、並みの魔術が十人いるよりは強力な術となるだろう。


 自信があるらしいよ。


 だからこそ、『ウィプリ』という亡者どもは、一斉に笑うんだ。死臭と共に、歪んだ声と、過剰なまでの自信を放っている。上空に不快な気配が満ちていくのさ。


 猟兵たちは、ただ黙って見守る。


 信じているんだ。オレたちのギンドウ・アーヴィングって男のことを。『ウィプリ』が数十匹いようが、数百匹いようが……猟兵が負けるはずがない。


「―――『我が怒りと、願いのままに、紫電をまといし一撃となり……天をも穿て』」


 ギンドウが自信に満ちた貌をする。猟兵の貌だ。『パンジャール猟兵団』の猟兵に相応しいものさ。


 『溺れる愚者の飛び首/ウィプリ』どもが、笑い声と共に、雷光を放つ。


『うひゃひゃひゃははははああ!!……『さんだー・ぼると』おおおおおおおおおッッ!!』


 ホールの闇が、全て打ち払われる。強烈な雷光は白く、世界を埋め尽くす。真白に融ける、視界の奥で、無数の雷が地上目掛けて落ちてくる―――。


「―――砕けえええええええええええええええええええッッッ!!!『雷槍』おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!『ジゲルフィン』ンンンンンッッッ!!!」


 猟兵ギンドウ・アーヴィングが、その両腕から『雷槍』を解き放つ!!今日のそいつは漆黒をも帯びる程に、深く強烈な魔力を帯びていた!!


 黒が、白を切り裂き、呑み込んでいくのが分かった。『ジゲルフィン』が、『溺れる愚者の飛び首』の呼んだ、白い『雷』の全てを砕きながら、空を漂う愚者の頭を圧倒的な威力のままに貫き、粉砕していく!!


『がががごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――』


『ぎぎががおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――』


 魔術を求めた愚者どもは、死後も仲良くつるんでいただけはある。ヤツらの『人生』において二度目の断末魔も、仲良く合唱させていた。


 ギンドウ・アーヴィングの放った黒き『雷』は、一撃のもとに、死後もさ迷える愚か者たちへ……今度こそ永遠の苦悩からの解放を与えてやっていたのだ。もう二度と、愚かな悪夢に囚われることもない。


 破裂した肉片と、焦げて燃え尽きた血が、黒い灰燼へと成り果てながら、空から落ちてくる。オレたちは、その邪悪な粉から逃れるために、階段の下に潜り込んでいた。


 だが、ギンドウだけは違った。


 粉砕した敵の欠片の雨のなかで、爆笑してやがる。


「ははははははははははははははははははははははッッ!!ざまーみやがれ、クソ『ウィプリ』どもがよおおおおッッ!!オレは、魔術師なんぞに貢ぐほどの金持ちに生まれたボンボンどものくせにッッ!!魔術まで欲しがる、欲深い金持ちが、大嫌いなんだッッッ!!!」


 ……桁違いの魔力を見せつけながら、我が悪友殿は、この魔術対決に圧勝してくれたよ。祝いのための言葉を使いたいが、ヤツが元・金持ちどもの破片を浴びながら、大喜びで爆笑していやがるもんだから……声をかけづらい。


「お兄ちゃん」


「なんだい、ミア?」


「けっきょく、ギンドウちゃんってさ、お金持ちになりたいのかな?……あんなに、お金持ちサンのこと、大っ嫌いなのに?」


「……どうだろうなあ。アイツは、金が入っても、自分の好きなことだけに、全部使っちまうような男だから」


「じゃあ、一生、お金持ちになれないよね」


「ククク!!……ああ、それでいいのさ。アイツに、大金貯める姿なんて似合わない。好きなことに、有り金を全部使ってこそ、オレたちの知っている、ギンドウ・アーヴィングなのさ」


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