第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その18


 欲に駆られた時には、あのギンドウ・アーヴィングだって素早く動けるのさ。本当に、素早いものだったから。オレは……感心を通り越して、ドン引きしている。今のギンドウは、戦場で見るギンドウよりも真剣な表情をしていたよ……。


 二十数本あった錆びた杭の破片を、二分もかけずに赤い融けかけの『ビンテージ・ミスリルもどき』にしていた。


 神がかった速さだな。『雷』をバチバチ放電しながら、錆びた鋼の表面を削り、歳月を経て強さを増したミスリルを回収していく。総重量で、4キロほどだろうか。ギンドウはそれらを縄でくくると、雑嚢にひょいと入れたよ。


 何という手際の良さだ。


 そして、魔力の総量に問題が有り、すぐに魔力切れを起こすのがお前だったじゃないか。今さらながら、気がついていた。アレ、嘘だったんだ。ギンドウ・アーヴィングは、戦場ですら本気を発揮していなかったらしい。


 呆れるが。


 それなのに……口惜しいかな、その生きざまがカッコ良くも思えるよ。オレが目指す美徳ではないが、この天才野郎の力は、本当にスゲーってわけさ……魔術師としての努力や、戦士としての欲求が強ければ、ギンドウ・アーヴィングという男は、どれぐらい強くなったのか。


 我が悪友は、こちらの考えになど気がつくこともない。マヌケかつ欲深い顔で、下品に大笑いしていやがったよ。


「へへへ!これだけあれば、銀貨が100や200以上に化けるっすよねえ!!」


 まったく、どこからどう見ても、邪悪な盗掘者のようだし―――きっと、今この場にジェド・ランドールがいたら、ギンドウのことを死ぬほど殴りつけている気がするな……。


 でも、あらゆることは考え方で、認識が変わるものだ。コレは、言わば『資源の有効活用』である。


 壊した罠の破片も、邪魔だしな。高純度の古いミスリルを、湿度に晒して腐らせるのは勿体ない行為だ。このミスリルたちも、ボロボロに腐って崩れ去るより、オレたちと共に戦場で活躍した方が、いいんじゃないか?


 ……なあ、ジェド・ランドールよ。『モルドーア』の亡霊たちよ。『パンジャール猟兵団』の戦いは、ドワーフ族を守るための戦いでもあるんだ。君らの造った鋼を、君らの血を継ぐ者たちのために、くれないか?


 ……そんな解釈をすると。


 罠に使われている鋼まで解体して、ブン取っちまうという浅ましい行動も、正当化することが出来た気がしたのさ―――。


「―――ギンドウちゃん、セコい作業、終わった?」


 ……でも、やっぱり、セコいよな。


「ミアっち。セコい作業を積み重ねていくことで、金持ちになるんすよ、皆?」


「そうなの?」


 違うような気もするし、全てを否定することも出来ないような言葉だった。オレの知る多くの金持ちは、基本的に先天的な金持ちばかりだな。先祖代々、富を独占することで金持ちは誕生する。


 マジメに働いて金持ちになった者など、金持ちの1%にも満たないだろうよ。だが、ギンドウはその1%になるための道を説いている。夢があっていいけど……コイツ、マジメに働くタイプのヒトじゃないよな。


「まずは、こいつを金に換える。そしたら、後は賭場で……ちょっと6連勝するだけっすよ?……すーぐに、豪邸が建つッッ!!」


「うわあ……確率、ウルトラ低そう」


「いいや。バカラなら、50%。いつでも50%っすもん。楽勝、楽勝!!」


 ……ギンドウの財布の中身が、賭場の胴元に吸い上げられるのは構わないが……高度な魔力と技巧を使う、みじめでアホな作業までして得た、古い鋼を失うのは痛いな。


「ギンドウ、『ヴァルガロフ』に戻れば、そいつを引き取ってくれる職人を紹介してやるから、落とすなよ」


「マジっすか?団長、オレが大富豪になったら、18回ほど、酒をおごるっすよ」


 何で18回なんだろうか?……大富豪にしてはケチすぎるが、どうせ、そんなことにはならないだろうから、別にいいや。全額賭け続けるという、ちょっと常人には出来ないギャンブルの果てに、負けて終わりだろうよ……。


 マトモに考えることさえもアホらしい。


「よし、行くぞ」


「おう!!へへへ、こんな罠、たくさんねえかなあ?」


「ギンドウ、あまり荷物を抱えると、重たくて動けなくなりますよ?」


「男の体が三つあるんだ。150キロまでは行ける。オレとオットーで、50キロ。残りのガルーナ人が100キロ背負えばいいんすよ」


 ……古い鋼が150キロってのは魅力的だが、ガルーナ人が背負う重量が大きすぎるのが気になるプランだ。


 無視するか。


 オレは通路を出て、その先にある広い空間に入った。暗い場所だが、完全な闇ではないランタンがあるからではなく、その天井部分に、わずかながら、空が見える。ここは『シェイバンガレウ城』のホールか。


 正門の裏側にある、広々とした場所で……上階に向かうための階段が、東西の壁に備え付けられている。中央部には、崩落した天井の一部が転がっているな。それが抜けて来たから、空が見えるわけだ……。


 魔眼に力を入れる。この高い吹き抜けは、30メートルほどの高さはある。『シェイバンガレウ城』の屋上近くまであるわけだ。最上階は大きく崩れているのさ、おそらく、屋上にある大樹の根に崩されることで。


「ソルジェ、地下に行く階段も、あそこにあるぞ」


 リエルが教えてくれる。東側の階段の、裏側……そこには、地下へと向かう階段があったよ。もともとは、隠し階段だったのだろう。ブチ抜かれているな。ジェド・ランドールの仕事にしては、乱暴な気がする。


 過去のモノに敬意を払う男なら、力尽くで壁を壊すことはしなさそうだよ。おそらく、そんなことをしなくても、あの隠し扉を開ける術はあったんじゃないかね?……王族の脱出路だぜ?……壊すような開け方したら、敵に攻め込まれた時、バレバレだもんな。


 つまり、ここをこじ開けたのは、『アプリズ魔術研究所』とやらを作った、よそ者の魔術師たちだろう。


 地下への階段に近寄っていく。その手前の床には、何か大きな物体が置かれていたような痕跡がある。オレは反対側を見たよ。西側の方さ、あっちにも階段があった。


 鏡合わせのように同じ作り……ただし、向こう側には『巨大なドワーフ族の彫像』があった。腰に両腕を当てている、過去の偉大なドワーフ王らしき石像サンだよ。


 そいつは、おそらく、この西側にも存在していた。そして、地下への階段を隠していたのだろうな……ん?……魔眼が……わずかな呪術の痕跡を見つける。


 赤い『糸』が、石像の台座が置かれていた辺りに、フワフワと漂っていた。ふむ。なるほど。かつて、ここにあったであろう石像には、呪術が刻まれてあった。


 地下への道を見つけられると……石像は動いたのさ。ここにあった石像は、『徘徊する石像/ゴーレム』の一種だろう。魔術師たちを背後から襲って、何人かを殺し……その後で、壊されて撤去されてしまった。


 やはり、攻撃的な城だな。


 ……『呪い追い/トラッカー』で見える、呪いの赤い『糸』。オレの想像とは異なり、『上』に向かっているんだ。


 地下の階段に続いていると考えていたが……そうでもないようだ。しかし、『上』に向かう『糸』は、どんどん薄らいでいく。上空を見上げても、その先を見ることが出来なかったよ。


 『呪い追い/トラッカー』を組み立てるための、情報量が足りないのだろうな。追いかけると、呪いの源にたどり着けるかもしれない。ここの『上』には、何かがある。それだけは確かなようだ。


 しかし。


 どうしたもんかね……。


 ……天井に見える空へと、再び顔を向けていたせいだろうな、リエルが訊いてくる。


「ソルジェよ、上が気になるのか?」


「ああ……正直、かなり気にはなる。だが、そうだな。やはり、下に行こう。トラップを破壊することは、いい作業だが。ギンドウを調子づかせると、100キロの鋼を背負わされることになりそうだ」


「まったく、アレは欲深い男だ」


「リエルちゃーん。ゼファーの鎧だって、コイツがあれば強化出来るんすよ?」


 竜を愛するエルフの耳が、ピクンと揺れてしまっていた。美少女エルフさんは、あのピンク色の唇に曲げた右の人差し指を当てて、熟考する。


「…………ありか?……うむ……ないはずが、ない…………」


 ゼファーへの愛情につけ込まれたよ。


「……まあ、皆の装備も修繕したい時期だからな。素材の回収ってのも、悪くはない」


「う、うむ。そうだな。皆のためだもの!!」


「じゃあ。ミアは、400グラムまでなら、持つね。それ以上は、動きが鈍るから」


「ああ。あまりムリはしなくていいぞ」


「……素材の回収ですか。そうですねえ、どこかに錬金用の窯があれば、コンパクトにまとめられそうなのですが……」


 ロロカ先生だった。彼女は、ギンドウが肩に担ぐ、いかにも重たげな見た目となった雑嚢に視線を向けている。


「……より純度の高い『ビンテージ・ミスリル』だけのインゴットにも、錬金術で加工することが出来ると思います」


「マジっすか、ロロカ!?」


「はい。難しくはありません。ただ、小一時間ほど、時間はかかると思いますが」


「うひゃひゃひゃひゃ!!金持ちへの道が、見えてるっすよ!!コイツは、ビッグなビジネス・チャンスだああああああああああああああッッ!!」


 雄叫びを上げるギンドウを見ていると、とても楽しくなる。でも、そんな愉快な男、ギンドウ・アーヴィングがいきなり黙りやがった。


 ……そうだな。


 あんなのでも、『パンジャール猟兵団』の猟兵なのだ。戦闘に対するモチベーションは低くとも、その強さは猟兵と呼ぶに相応しい男である。ギンドウはランタンを床に置くと、短めの槍を両腕で構えていた。


「……『炎』よ、暗闇を照らせ」


 リエルが呪文を唱え、空中に『炎』の球体を放つ。それは、まるで小さな太陽のように強く輝いて、この広いフロアに十分な光量を与えてくれる。


 『炎』の赤い光に包まれる中……ホールの北側にあった通路から、何かが飛んで来る。


 だから?……走るのさ。その空中を飛ぶ、『何か』に目掛けて跳びかかり、竜太刀を叩き込む!!


『ぎゃがひゅう!?』


 『何か』は叫びながら二つに斬り裂かれて、床にその醜い体を横たえる。それは、不気味な形だった。コウモリみたいに横に広い翼を持っている。まあ、その翼よりも、不気味なのは胴体のほうだが。


 翼が生えているのは、ヒトの頭と同じぐらいの大きさを持つ胴体?……いや、そのモンスターには、正確に言えば胴体なんて無かった。ブヨブヨに歪んだ人頭だけが、そこにある。コウモリの羽根が生えた、水死者の頭だよ。


 ……『ウィプリ/溺れる愚者の飛び首』。そう呼ばれる、アンデッドだ。


 そいつは、1匹だけじゃなかった。視界に入れるだけでも目薬を使いたくなるほどの、醜く不気味な姿の連中が、北側の通路から何十匹も飛び出してくる。


 グロテスクな光景だし。羽音はやかましく、ギシシシシ!という鳴き声もウザい。何よりも、不愉快な臭気を放っている。これは、ヤツらの口臭だろうか?よく分からんが……することは分かっていた。


「壁になるぞ」


「はい、ソルジェさん!」


 オレとロロカ先生が、最前列に飛び出した。山ほど飛び出してくる『ウィプリ』に対して、竜太刀と槍で叩き落としていく。


 夫婦そろって大暴れだよ。


 圧倒的な威力を持って、次から次に『ウィプリ』を鋼で瞬殺していくが……なんとまあ、数が多いな。


 そして、コイツらは、一体ずつなら、ただ不細工なコウモリに過ぎないんだが……。


「ロロカ。たしか、この『ウィプリ』ってのは―――」


「―――ええ。群れると、魔術を合唱して来るモンスターですっ!!」


 そうだよ。『魔術師の出来損ない』とも言われているコイツらは、数が集まれば魔術をも使う。


 討ち漏らした『ウィプリ』どもが、このホールの上空で、群れを成しながら旋回していく。水死者の頭部の列が、不気味な声で鳴きながら、頭上を飛んでいやがる。


 ヒトによれば、サイアクな体験の一つにもなりかねない。だが、オレたちは『パンジャール猟兵団』。ガルーナの魔王と、その仲間たちだ。戦闘において、怯えるようなことはない。


 『ウィプリ』に対して、ギンドウ・アーヴィングが魔術を放とうとしている。悪いな、不気味な飛び頭ども。今日のギンドウは、いつもよりマジメなんだよ。


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