第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その20


 『溺れる愚者の飛び首/ウィプリ』の群れは、全滅した。何十匹いたのかは分からないが、かなりの数だったのは確かだ。黒い『雷』に粉砕されたヤツらは、金属質なにおいを放ちながら、床に炭化した欠片となって積もっていく。


「……『アプリズ魔術研究所』という組織は、かなりの力を持っていたようですね」


 オットー・ノーランは、三つ目を開いたまま語る。


「ああ。こいつらは皆、人の首が原材料だ。自然発生した『ウィプリ』が、この『シェイバンガレウ城』に集まって来る習性なんて、無いだろうしな」


「そのはずです。『ウィプリ』は魔術師になりたいと願った者たちの成れの果て、彼らは群れることで魔術を唱えることが出来る。そのため、ある程度は群れる習性があるようですが……あそこまでの数は、普通、集まりません」


「……ギンドウさんが壊してしまったせいで、私にはよく分かりませんけれど。先ほどの『ウィプリ』の群れは、ドワーフだったのでしょうか?」


「お、オレのせい!?」


「そうだぞ、浅はかなギンドウ・アーヴィングよ。壊しすぎだ!……粉々になりすぎて、情報収集も出来ん!」


 エルフの弓姫は、人差し指をオレの悪友に向けて不満をぶつける。


「そもそもだが、半分の力で、こやつらなど吹き飛ばせただろう?探索早々、ムダな魔力を使い過ぎだぞ!」


 魔術師としての目線では、たかが『ウィプリ』なんぞに、アレだけの魔力をぶつけてしまう行為は褒められたものではないだろうな。オレは楽しかったが、確かに、あんなに全力で『雷』を放つ必要なんてなかった。


「魔術師の魔力は消耗品だ。ガンガン使うものではない」


「うぐ!?……そ、それは、そうっすけどねえ?オレ、『ウィプリ』って嫌いなんすよ。それに、リエルちゃーんは、生焼けの『ウィプリ』の死骸が転がっていた方が、気持ちいいっすか?」


 美少女エルフさんが閉口する。頭の中で、きっとグロテスクな光景を想像しているのだろうな。


「……ほーら。粉々の方が、マシっしょ?」


「……む、むう」


 リエルの負けらしい。しかし、リエルは正論を語っていた。魔力の消耗が多すぎたし、情報を回収することが可能なほどに原形を留めている個体は、どこにも存在しちゃいない。


 綺麗に炭化しちまっているし、粉々になっちまっている。


 ロロカは眼鏡で、あまり暗闇での視力は良くない。視力は良くないのだが……ディアロス族の特徴である『水晶の角』のおかげで、音と魔力による感覚が優れているようだ。あの三つ編みにされた金色の長い髪から生える、水色の美しい角は、感覚器官なのさ。


 暗闇で見えにくかったとしても、ロロカは『水晶の角』のおかげで敵を認識出来る。どんな形なのかも、どんな動きをしようとしているのかもね。視力も悪いといっても、眼鏡で補正できるしな……。


 あまり見えないが、暗闇での戦闘は問題無く行える―――しかし、あまり見えない以上、暗闇の中を飛び回る『ウィプリ』が、どんな種族の頭部から造られていたかを知ることは出来ない。


 でも、問題ないのさ。


 オレやオットーがいるし、ミアもいるんだ。ミアが、ロロカ先生の前で挙手する。


「あのね!ブヨブヨしたオッサン的なヤツらばかりだったよ!みんなね、スゴく不細工だったよ!」


 うん。その通りだな。極めて精確な言葉だ。『ウィプリ』ってのは、水死体みたいにブヨブヨに膨らんじまっているんだよね……側頭部からは、コウモリの翼みたいなもんが生えているんだ。


 種族もクソもない。


 ……ないのだが、魔眼で観察していたオレの感覚では―――。


「―――人間族が、多かったような気がするぜ。オットーは?」


「私にも、そう見えました。ドワーフも、混じっていたような気がしますね。アゴの広い個体もいましたから……」


「つまり、人間族が大半ではあるものの……色々と人種が混じっていたということなのだな?」


「ああ、そうだと思うぜ」


「……ということは、『アプリズ魔術研究所』は、ドワーフの王国であった『モルドーア』とは因果関係が、ほとんど無い組織なのかもしれないですね」


 ロロカ先生はそう語る。探偵モードのロロカは、槍を巨乳に巻き込むようにして腕組みをしていたよ。シンキング・モードだな。


「おそらくですけれど……『モルドーア』の末裔であるのなら、あんな不気味なモンスターを王城に巣食わせる行為を認めなさそうですし……」


「そうでしょうね。ドワーフ族は王家の血筋を尊ぶ傾向が、他の種族よりも強いものですから」


 探険家として、歴史学や民俗学に詳しいオットーもそう分析するらしい。なるほど、つまり、『モルドーア』と『アプリズ魔術研究所』のあいだは、無関係な組織であるようだ。


「……ならば、どうして、この場所に居を構えたんだろうな?」


「団長。これは私の直感なのですが……彼らは、ここを偶然、発見したのかもしれませんよ」


「偶然か……」


「ええ。『アプリズ魔術研究所』の魔術師たちは、これだけ大量の『ウィプリ』を造っていた。かなり悪質な集団と言えますね」


「近所には絶対にいて欲しくないタイプの悪人どもだな。人々がそんな集団の存在を知れば、抹殺したくなりそうだ」


「はい。だからこそ、彼らは野に潜み、街の人々から身を隠そうと行動する……ですが、パトロンを募るために、街からはあまり遠い場所でないほうがいいでしょう」


「そうだな。『アプリズ』のヤツらに、資金と命を提供した者たちは、少なくとも、さっきの『ウィプリ』の数ほどはいる……」


「かなりの規模です。運営資金も多く必要だったでしょうから。『アプリズ魔術研究所』の連中は『ヒューバード』の市民を、その資金源にしようと企み、アジトを探した」


「……そして、見つけたわけだな、この山を」


「はい。『ヒューバード』から、それほど離れているわけでもない土地であり、秘匿されていた場所。ドワーフの残した場所ですし、100年前、今よりも老朽化していない頃ならば、十分な拠点となったはず」


「ドワーフの遺跡があるということぐらいは、伝わっていたかもしれないしな」


「……この土地で、何が起きていたのか。かなり興味が湧いて来ました。ですが」


「ああ。分かっている。今は、地下の探索に集中しようぜ。『ヒューバード』への道が、今もって健在なのかを確かめる必要がある。そっちを優先しよう。地下にアンデッドがあふれているということは……ここの魔術師たちが残した呪術の痕跡が、そこにあるかもしれん」


「それを調べるだけでも、『アプリズ魔術研究所』がどんな組織だったのか、何をこの土地で目指していたのかを、知ることが出来るかもしれません」


「……それって、必要なんすかあ?」


「基本的には好奇心だ。しかし、より多くを把握しておくべきだ。仕事としても、オレたちのプライベートな理由としてもな。お前も、『ビンテージ・ミスリル』を回収したいだろ?」


「そりゃそうっすねえ」


「いいかギンドウ。『アプリズ魔術研究所』のヤツらは、ここに『見張りを立てた』んだぞ?」


 ……その言葉に、ギンドウは一瞬の間を置いた後で、目を輝かせていた。


「なーるほど。『見張り』がいるってことは……何か、ここのクソ魔術師どもにとって『大切なモノ』がる場所ってことっすねえ?」


 オレはうなずいた。


「そうだ。あの『ウィプリ』の数だけ、魔術師どもに資金と命を提供した連中がいる。ヤツらは、かなり貯め込んでいた」


「お宝の臭いがするっすねえ!!ドワーフの『ビンテージ・ミスリル』に……クソ魔術師どもが貯め込んだ金目のモノがありそうっすわ……っ!!」


「それに、ヤツらが滅び去った理由となった『何か』もな……テッサは、魔術師たちが呪いを暴走させたとか言っていたが?」


 『ヴァルガロフ』愛は持っているが、400年前の祖先については、あまり興味が無さそうなテッサ・ランドールが、それほどこの土地の情報を調べていたとは思えない。つまり、彼女はジェド・ランドールから聞かされていた程度なのだろう。


「……それは、あくまでもジェド・ランドールの推理のようですね。彼は、この城の地下ダンジョンと、『ヒューバード』の地下にあるドワーフの遺構に、同じ種類のアンデッドがいることを知り……『ヒューバード』の歴史を調べたんです」


「『ヒューバード』の歴史を調べると、どーなるの、三ちゃん?」


「モンスターが発生した時期を、知ることが出来たんです」


「それが100年前だってこと?」


「ええ。その頃から、あの街の地下の遺構には、アンデッドが発生するようになったそうです」


 ジェド・ランドールはその時期を知ることで、『アプリズ魔術研究所』の魔術師どもが『呪術を暴走させる事故』を起こしたと判断したわけか。


 なるほど。確実な根拠ではないが……悪くない推理だろうよ。呪術にも十分に詳しい知識があった彼が出した結論だというのなら、なおさらな。


「ふーん。じゃあさ、オットー。ここで事故が起きたのが100年前で、だから、あっちの街の地下でも同じ時期にアンデッドが湧いたってことなの?」


「ジェド・ランドールはそう考えていたようですね。『ヒューバード』の地下と、この城の地下はつながっていますから。もちろん秘密の通路で連結されているだけとは言え、呪術は伝わった……媒介する手段が存在していた可能性がありそうですね」


「む。媒介する手段か。まるで伝染病のようで、何だか気味が悪いぞ」


「いいえ、リエル。アンデッド化の呪術は、生者には効かないはずですから、そこは安心してもいいと思います」


「ロロカ姉さま……うむ。そうだな。呪術は、対象を限定した方が強い。だから、アンデッドの呪術は、死体を対象にしていて、生者には無効……」


「オレたちも死なない限りは、呪いにはかかりそうにないな」


「んー。ねえねえ、三ちゃん、あっちの街にいるアンデッドって、ここから出て行ったわけじゃないの?」


「……ジェド・ランドールの日記によれば、『ヒューバード』の地下に現れているアンデッドは、元々、『ヒューバード』の地下に埋葬されていたドワーフたちの遺体らしいですね」


「じゃあ。このお城の地下から呪術が『流れて行って』、あっちの死体さんたちがアンデッドに化けたの?」


「……ねえ。ミア、何て言いましたか?」


「え?あっちの死体サンがアンデッドに化けた?」


「いえ。それよりも、少し前です……『呪術が流れて行った』。そう言いましたよね?」


「う、うん。そうだけど?えーと、どこか、変かな?ロロカ……?」


 ロロカ先生が、何に気がついたのか、オレにも分かったよ。オットーをチラ見すると、うなずいている。リエルとギンドウは、気がついていないようだ。


 オレはミアの頭をナデナデする。


「お手柄かもしれないぜ、ミア」


「え、え、え?」


「ミアのおかげで、呪いを媒介したモノの正体が分かったかもしれない」


 そうだ。流れるモノ。そして、ここは山の上であり……『ヒューバード』には、足りないモノがあるよな。


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