第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その17


 すっかりと扉が朽ち果てた入り口が目の前にある。ドワーフ王国、『モルドーア』の『シェイバンガレウ城』……その勝手口。使用人などの、位の低い連中が、ここから入っていたのだろうな。


 そう考えると、何だか地味なルートじゃある。ジェド・ランドールは、この王国を守っていた騎士の家系。彼は正門から入ろうとしたのだろうが……崩落と木の根に邪魔されて、入れなかったわけか。


「……そう言えば、『アプリズ魔術研究所』ってのは、ここにあるのか?」


「ジェド・ランドールの日記によると、この山にある施設に、点在するように入っていたようですね。彼は、先祖たちの国に、勝手に棲み着いていた魔術師集団のことを、口汚い言葉で表現しています」


「墓荒し扱いでもしてたんすかねえ……まあ、オレも、久しぶりに帰った婆ちゃんの家に、見知らぬ魔術師集団どもが居着いていたら、激怒しそうっすわ」


 ギンドウは共感しやすい言葉を使ったよ。たしかに、その通りだ。自分の家に帰ったとき、初対面の魔術師たちが棲み着き、研究所とか名乗っていたら?……気持ち悪いし、腹も立つだろうな。どんな言い訳をされたとしても、そいつら全員ブン殴りそう。


 ジェド・ランドールも、たいそう腹を立てたようだ。


「……しかし、そいつらは何者なのだ?ロロカ姉さまは、聞いたことがあるのですか?」


「ありませんね。『モルドーア』も『アプリズ魔術研究所』という単語も……閉鎖的なドワーフ王国の情報が、世間に流れないことは多々有りますが……」


「オットーも知らないのか?」


「ええ。残念ながら。この土地に、そんなものがあるとは……過去が失われた遺跡は、各地にありますが……比較的、目立つこの城塞が、ここまで無名なのは珍しいことですね」


「ランドールの一族が、情報を消していた可能性はあるのか?」


「……そうかもしれません。先祖の仕えた王国を、盗掘者たちから守りたかったのかもしれない。この規模のダンジョンに、これだけの城……有名になれば、大勢の探険家や盗掘者が足を運ぶことになります」


 それでは、死者たちに安らかな眠りは訪れそうにないな。ランドール一族は、この王城を密かに守る役目を仰せつかっていた可能性もある。戦士としても桁違いに有能であり、『マドーリガ』というマフィアのリーダー。


 ランドール一族が、『モルドーア』に関する情報を消そうとすれば?……多くの情報が消えるだろう。


 ……まあ、オットーも言っていたけど、過去が失われた遺跡ってのは、たしかにあちこちあるし、バシュー山脈なんてダンジョンの宝庫だもんな。この広い世界、オレたちの知らない不思議な場所も、まだ多く存在するということか……。


「……やはり。冒険というものは楽しいものだな」


「ええ!!とても心が躍ります!!未知なる場所に立ち入る……それは、まるで世界の秘密を独り占めしているような気持ちになれます」


 生粋の探険家、オットー・ノーランの言葉は踊っている。冷静沈着なオットーにしては、珍しいことだ。戦略的な判断ではあったのだが、オットーをここに連れて来ることが出来て、良かったよ。


「じゃあ。オレから入るぜ。二番手は、ミア」


「ラジャー!罠を警戒するね!」


「三番手はロロカ、頼むぜ」


「はい。前衛になります」


「四番手にリエル」


「うむ。前後を矢と魔術で守ろう」


「五番手は、ギンドウだ。シアンがいないからって、サボるなよ」


「報酬目当てで、がんばるっすよ」


「最後尾はオットーだ。ドワーフの罠は時限式のモノさえある。まあ、君に多くを言う必要はないな。頼んだ」


「了解です、団長」


 ……頼りになるメンバーだ。オレたちだけでも、100人の盗賊と戦うことは容易い。十分過ぎる戦力ではある。ジェド・ランドールは、この場所に愛されて、先祖たちから情報を与えられていたかもしれないが、単独で潜り、無事に生還した。


 オレたちは6人もいる。全盛期のジェド・ランドールは、猟兵並みに強かっただろうが、オレたちはそれ以上の強さで、6人もいる。


 過剰なぐらいかもしれないが……油断はしない。全力で仕事に取り組む方が、楽しくもあるからな。眼帯を外して、アーレスの力が宿る左眼を全開にする。


 西の勝手口から、ゆっくりと入って行くのさ。罠を警戒しながらな……太陽の光が消え去り……薄暗く、ホコリと湿度が漂う、森臭い空気に満ちた場所へと入る。略奪の果てなのか……かつては調理場だったと思しき空間には……何もない。


 割れたツボの破片だとか……土砂であふれかえっている暖炉と『かまど』が見える。天井には、植物の根が張っているな……屋上にある大樹の根だろうか?


「……老朽化が進んでいるな」


「うん。雨漏りしてる……?」


 そうだ、雨漏りしていたな。天井から水が、一滴ずつ落ちて来る場所があった。根に砕かれたか、根に押されて建築資材がズレたのか。ドワーフ建造物にしては、不名誉なことに水漏れしていた。


 雨漏りというか……『シェイバンガレウ城』の上階には、大樹の葉っぱなんかが腐って土のようなモノが詰まっている区画が少なからずあるのだろう。その数百年モノの腐葉土に含まれた水が、あの滴となって、ここに垂れてきているのさ。


 静かな空間に、水滴の音が響いていく。床の一部に出来た水たまりがある。あれもまた、長い年月をかけて、ドワーフの王城の地下を崩していくことになるのだろう……もの悲しい場所だ。


 ……オレは、ランタンを使うことにするよ。雑嚢からランタンを二つ取り出して、一つをギンドウに投げ渡す。


「オレも照明要員っすか?」


「ああ。聴覚や魔力に頼っても、進めるが……普通の目玉の力も使った方が、楽だしな」


「たしかに、そうっすねえ」


「前からモンスターが来たら、お前が照らしてくれ。すぐにリエルが、『炎』を呼んで、魔術的な照明を作る」


「了解、了解」


 ギンドウはランタンに火を灯す。オレもさ。明るい橙色の光りが、薄暗い『シェイバンガレウ城』の部屋を照らす……崩れかけた場所ってのは、光りに照らされても、暗いもの悲しさから解き放たれることはなかった。


 とはいえ、床も天井も明るくなって、見えやすい。長丁場になるかもしれないからな。オレはゆっくりと歩き始めたよ。この台所みたいな場所の奥に通路が見えた。真っ暗だがね、そこにはドワーフの『足跡』がある。


 32年前のシロモノさ。靴底の痕跡はさすがに消えてしまっているが、錆びに喰らい尽くされて、ボロボロになった鉄靴が放置されている。幅広で、縦に短い、ドワーフ仕様。ジェド・ランドールは長旅で壊れてしまった鉄靴を捨て置いたのだろう。


 ……先祖が仕えた王城に来るからといって、『ヴァルガロフ』からここまで、フル装備の鎧で旅して来たのかな……騎士としての正装をさ。ガンコな男のようだったから、そんなこともしたのかもしれない。


 だが、ぶっ壊れてしまった。ドワーフの足は頑丈だから、裸足でも耐えられそうだが、代わりのブーツも用意していたかもしれないな。装備品は、壊れてしまうものだから。予備を持っておく必要がある。一人旅なら、かなりの重量だっただろうがな……。


 先人の後を追いかけ、オレたちは暗闇と湿度が立ち込める通路の奥へと進んでいく。


 静かなものだ。


 オレたちの足音だけが、壁と天井に反響していたよ。ランタンの炎が、苔むした石壁をオレンジ色に照らしていく。生命の気配は、虫ぐらいだな……皆で押し黙ったまま、通路の果てに到達する。


 『風』を放つことで、オレとミアは察知している。この先に開けた空間があることを。そして……通路の出入口という場所には、罠が仕掛けてあることが多いということも。出入口ってのは、狭いからな。確実にその場所を通るようになる……。


「お兄ちゃん、罠、発見……っ」


「ああ。床石の一つが、可動式になっている。踏めば……」


 ストラウス兄妹の頭が、天井を向いたよ。オレンジ色の光りがゆれる、その場所に、握り拳と同じぐらいの大きさの穴が、7つ……いや、8つほど横に連なるように開いてある。穴の奥には、錆び付いた鋼の杭が仕込まれているな。


 永続性のあるトラップ。


 大がかりの仕組みだな。壁や床、そして天井の裏側には、ドワーフの技巧がたっぷりと注ぎ込まれた大がかりな罠が存在しているのだろう。つまり、構造が大きく破綻するか、あるいはこれを制御しているであろうスイッチがオフになっていない限り、機能する。


 オレは足下にランタンを置いたよ。


 ミアが、オレのとなりに出てくる。


「ねえねえ。これ、さすがに初歩的過ぎるけど、どうしよう?」


「オレたちは生粋の冒険者でも、ドワーフ文化の保護活動家でもない。『虎』の部隊がここに来ることもなりそうなんだ。ぶっ壊しておこう」


「オッケー!」


 ミアが走った。風のように走り、わざとトラップ用の石を踏みつけ。奥の部屋へと踊り出る。ドワーフの罠は、素晴らしく素早かった。400年も経っているのに、作動まで、1秒もかからない。


 沈んだ床石に足を取られていたマヌケがいたら、串刺しにされているだろうな。


 ズドシャアアアアアアアアアアアアアンンンッッッ!!!


 激しい音が響いて、オレの目の前に、ミアを串刺しにしようとしていた8本の鉄杭が落下している。ミアは、したり顔さ。


「危ないね。マッチョな『虎』さんでも、即死しちゃう威力。遅すぎるけど」


「ああ……本当に、ストラウス兄妹を狙うにしては、遅すぎるぜ」


 処理はもう完了している。


 落下してきた鉄杭に、竜太刀を使った斬撃を放っているからな。切断された鉄杭が、ゆっくりと崩れていく。細切れにされたそれらは、ガランゴロンと、うるさげな断末魔を響かせていた。


 これで、二度とこの仕掛けが鉄杭を吐き出すこともないだろう。


「古典的な仕掛けですね、さすが400年モノです」


「そうですね、ロロカ姉さま。よほどの愚か者しか引っかかりません!」


 猟兵女子はそう言いながら、ランタンを拾い上げているオレの横を通り過ぎて、ミアの待つ通路の先へと歩いて行く。たしかに、アホみたいに単純な罠だったけど、褒めて欲しかったなあ……。


 まあ、事ある毎に褒められていたら、ダメな男になりそうだし……いいか!……ん。ギンドウが、オレの足下にしゃがみ込んで、ニヤニヤしていやがるぜ。


「……なあなあ、オットーさーん」


「どうしたんですか、ギンドウ?」


「これって、ビンテージ・ミスリルかなあ?」


「え?……錆びてますし、違うと思いますよ」


「でも、400年モノの古い鋼っすよね」


「そうですね……」


「三つ目の眼力で、良さげな部分だけ識別してくれません?……持って帰ったら、高く売れるかも?」


「……それは、構いませんが?外側は、錆び付いていて、どれも価値がないですよ?」


「なら。内側……あんだけの衝撃に、この杭は耐えていた……って、ことは。『芯』の部分の鋼は、ガッツリ健在ってことっすね?」


「ええ」


「それなら、こーだ!!」


 ギンドウが両手に鉄杭の破片を握りしめる。そして、ヤツは魔力を使うんだ。『雷』だな。紫電が鉄杭に奔り……その錆び付いた表面を焼き崩していったよ。


「相変わらず、金が絡むと器用なヤツだな」


「へへへ!どうっすか、オットー?」


 ギンドウはあの義手で、赤く熱を帯びた鉄杭を握りしめている。生身の方じゃ、火傷しちまうからムリだろうが、『魔銀の手』なら大丈夫ってことさ。オットーは三つ目を開いた、両目と額の目を開き、ギンドウの掲げる、赤い鋼を見つめている。


「……これは、いい純度のミスリルですね。さすがに、ビンテージ・ミスリルとまではいきませんが……十分な強度を持っているはずです」


「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!大金、ゲットおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 ……ギンドウは、意外と冒険者という名の盗掘者どもに向いているのだろうな。文化の保護、学術的な研究……そういうモノとは全く別の目線で、400年以上も昔のドワーフ王国の遺構を見ているのだから……。


 だが、まあ。『いい鋼』を手に入れられるということは、オレたちにも有益だ。鎧職人、トミー・ジェイド……この『ビンテージ・ミスリルもどき』を渡すと、いい鎧に仕上げてくれるかもしれないからね。


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