第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その16


 翼を羽ばたかせながら、ゼファーは『シェイバンガレウ城』の西側へと向かう。翼が生み出す風は、かなりの強さを持っているのだが、石畳が崩落することはないようだな。


 だからと言って、オレを支えるほどの頑丈さを保っているとは限らない。


「お兄ちゃん、準備完了だよ!」


 ミアは、ゼファーの来ている黒ミスリルの鎧―――その首周りにある金具に、ロープを結びつけてくれた。


「ありがとうな。ミア、手早い仕事だ」


「えへへ!」


 笑う妹からロープの束を受け取り、蛮族の指でそれを握りしめる。麻縄の感触を確かめた後は、ロープをほどいて、その先端を地上へと垂らすのさ。


「じゃあ、行ってくるぜ」


「うむ。気をつけろ、ソルジェ。周辺にモンスターがくれば、射殺してやるぞ」


「ミアも、ルクちゃんから届いた、『毒弾』を使って援護するね!」


「ああ、二人の援護射撃があるから安心だよ」


 ドヤ顔のコラボに見送られながら、オレは山猿みたいな器用さを発揮する。竜の首から垂れるロープを伝って降りていくのさ。指と脚をロープに絡めたまま、体重を使ってロープをすべり落ちていく。


 ……この降下の瞬間って、かなり楽しい。一種の爽快感を手に出来るよな。


 だが、警戒は怠らない。この山城はモンスターと獣の巣窟……地下にはアンデッドの群れまでいるらしいしな。躾のなっていない狂犬みたいに乱暴かつ俊敏な怪物が、木から降りる山猿みたいな体勢のオレに、いきなり横から飛びかかって来る可能性もある。


 あるいは……気配を隠すのが上手い盗賊が、このロープに刃物を投げつけてくるとかな。色々な可能性はある。想像力を使うべきだよ。危険に満ちた空間を探索しているわけだからね。


 視界を使う、周囲の全てを確認する。物陰に厄介かつ悪意を持った存在がいないかを確認する。聴覚を使う、獣の動きや、風に揺れる枝葉の音に潜む動きがないかを確かめる。嗅覚も使うぞ、木々の枝葉や獣の屍肉が腐る、酸っぱさと甘さの融け合った、森特有のにおいも嗅ぐんだよ。


 あらゆる感覚を総動員させて、あらゆる方向に、あらゆる種類の気配を探っていく。


 ……色々なものがいるのさ。モンスターも獣も、ちょっと大きめのイヤな虫なんかもいるんだよ。ここは、生命の密度が濃くて、森とダンジョンの二つの属性を持つ、身を潜めるには最高の環境だ。捕食者も被食者も、隠れながら自身の生存形式を全うする場所だ。


 近くに、生物の気配は、あちこちにあるんだが……こちらに対する興味は希薄らしい。木陰に身を伏せて、壊れた城塞の亀裂からのぞき見しながらも……どれも襲いかかっては来ない。


 テリトリーに踏み入るだけで激怒する獣もいるが……今のところ、オレの周囲には、そういった存在はいないらしいな。


 ロープを降下する楽しい時間は、すぐに終わった。鉄靴の底が、石畳に触れる。地面は完全武装状態の竜騎士の体重を、揺れることなく受け止める。頑丈に思えるが、確認すべきだ。


 命綱のロープを片手で握りしめたまま、オレはその場でジャンプする。はしゃいでるガキみたいにな。でも、マジメな行動だよ。地面が着地の衝撃で抜けないか、揺れないかを確かめる行動なのさ。


 いきなり地面が崩落する可能性だってある。そのためにロープを握っているんだよ。崩落に巻き込まれて生き埋めになる?……そんな死に方を避けるためにな。命綱とつながったまま、そこら中で跳ねて回った。


 魔眼と聴覚に頼り、地上にわずかな異変が起きないかを調べ上げる。上空からは、オットー・ノーランの三つ目も、地上を睨みつけているだろう。


 『サージャー/三つ目族』の魔法の目玉は、空間を精密に認識する。オレは視界だけでなく聴覚にも頼りがちになるが……三つ目族は視覚だけで、脅威的な空間認識能力を持っているようだ。


 まあ、オットーはオレの魔眼よりも、地面が揺れているかどうかを目で確認する能力が優れているということさ。負けず嫌いの竜騎士サンも、必死だよ?全力をもって、地面に異常がないかを探っている。それでも、オットーの方が上なのは、知っているよ。


 目玉の能力だけじゃない。探険家としての知識と経験値が、この作業における精度をオットーに持たせている……リスペクトしているさ、最高の探険家、オットー・ノーランのことを。それでも、オットーが気づけないものに気づいてみたいから、オレは必死になる。


 必死に調べた結果……地面に異常を見つけることは出来なかった。


「オットー!!そっちから、異常は見つけられたか!?」


「……いいえ。まったくありません。その場所は、大丈夫なようです」


「そうか。誰か、異常に気づいた者はいるか?」


 数秒の沈黙が続く。


 それが答えだった。


「よし!安全そうだ!皆、一人ずつ降りて来てくれ!」


「じゃあ、ミアから降りるね!」


 そう言いながら、ミアがロープをスルスル降りてくる。降りながらも、周辺の警戒はしている。視線が周囲を見回しながら、黒髪の間から生えている猫耳サンも、ピクピク動く。


 何事も起きることはなく、ミアは地面に着地した。その後は、ロロカが降りて来た。続いて、猟兵の中では最も運動神経が悪いギンドウが降りてくる……。


「あー……崖から落ちた日のことを、思い出しちまうっすねえ」


「危険な行為の最中に、縁起の悪いことを考えるのは、慎重になれていいことだぞ」


「団長、前向き過ぎっすわ」


 ギンドウはギャンブルに対して見せる楽観主義者の気配を消し去り、まるで自分が常識人であるかのようなセリフを吐いた。


 遊び人のギンドウは、短めの槍を肩に担いだまま、周辺の警戒に当たる。生身の腕の方には、『雷』の魔力を帯電させながらね。『雷』は、襲撃者対策には持って来い。『炎』と『風』よりも速く―――敵の動きを封じる力でもあるからな。


「では、次は私が降りるとしよう」


「ええ。どうぞ、お先に」


「うむ。行くぞ」


 リエルがロープを素早く降りて来た。


 遠距離攻撃が可能である弓使いのリエルは、本来ならば最後であるべき……という発想も出来るが、最後尾というポジションは最も危険だからな。リエルに能力を疑うわけじゃないが、防御の達人であるオットーならば、より安全なのさ。


 それに、オットーには、三つ目の力で、地上を警戒する役回りもあるからな。床が抜けないかもそうだし……地上に異常が起きないかを調べ――――――。


「―――皆さん!!」


「分かっている、リエル!!」


「うむ!!……私の出番だな!!」


 森のエルフの弓姫は、狩猟者の貌になる。祝福と聖なる素材で組み上げられた、大型弓に矢をつがえ、狙いを定める。それは瞬時に行われたよ。オレだって、常人の半分ぐらいの時間で弓矢を構えることの出来る。


 だが、リエル・ハーヴェルは、そんなオレよりも半分の時間で、射撃のための動作を完了させていた。


 うつくしい指が、矢から離れ……聖なる弓は稲妻のような速さを帯びた矢を放つ。


 矢が狙ったのは、60メートルほど先にある、林と茂みの混じった場所だ。深い緑の中から、こちらに向かい、走り始めていた巨大な獣……いや、モンスターなのか?……とにかく、その巨大なイノシシの眉間に、リエルの矢は突き刺さっていた。


 パキン!!という乾いた木を斧で割る時にも似た音が響く。体長5メートルほどの大イノシシの頭蓋骨が撃ち抜かれ、その脳に矢は達していた。我々を、あの巨体を使った体当たりで押し潰すつもりだったのだろうが、突撃は三歩目で破綻し、ヤツは大地に沈んだよ。


 四つも大牙を持った巨大な野獣は、憎しみと怒りに燃える大きな目玉で睨んでくる。


 だが、リエルはやさしいのさ。


 立ち上がろうとするその大イノシシに、苦しみを終わらせる矢を放つ。狩猟者の矢は再び放たれて、もがきながら立ち上がろうとする巨獣の眉間を再び射抜いていた。


 『一瞬の赤熱/ピンポイント・シャープネス』を弓に使い、さっきよりも倍近い速さを持っていた矢は、大イノシシの頭骨を深く射抜き、ヤツの命を壊す。


『ギュヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!』


 木々が揺れるほどの大声で、ヤツは断末魔を響かせていた。敗北に対する怒りが込められた歌であり、それが終わる頃に、巨獣の命も尽き果てる……。


「見事だ」


「……一撃で、仕留めるつもりであったのだがな」


 森江のエルフの弓姫は、理想が高い。


「リエル、どちらも急所に当たっていましたよ。アレは、大きすぎますし……皮膚に苔がついています。その苔が、あなたの矢の威力をわずかに奪っただけ」


「ロロカ姉さま……」


「そうそう。あのイノシシさんが大きすぎただけ。お手柄さんだよ。もし、あんな大きなのが来たら地面が崩れていたかもしれないもん!」


 ミアがそんな言葉でリエルの勝利をたたえていた。リエルは、ようやく納得したらしい。彼女は、仲間を完璧な形で守ったのだからな。


「……うむ。そうだな、勝利は勝利だ、納得しよう!」


 エルフの弓姫がドヤ顔になる頃、オットーはロープを使い地上に降り立っていた。


 さて。これで、全員が降りたな。


 ……地面は、崩れやしない。


 どうやら安全だったようだ。


 上空を見上げて、ゼファーを見たよ。


「ゼファー!この山をもう一度、偵察して、地形を覚えておくんだ!」


『らじゃー!!』


「その後は、『ヒューバード』に接近して、今度は敵に見つかるんだ。敵の弓兵の矢が届かない高さから、敵の状況を観察し続けろ。偵察と同時に、プレッシャーをかけて、敵の作業を妨害するんだ。絶対に、近寄り過ぎるなよ」


『うん!やが、ささらないように、きをつける!!』


「そうよ、ゼファー。気をつけなさい。ムチャはダメよ」


『わかった!じゃあ、いってくるね。『まーじぇ』たちも、きをつけてね!!』


 ゼファーはそう言い残すと、右に大きく傾いて、南に向かって滑空していく。そうして得たスピードを使って、『シェイバンガレウ城』の周囲をグルグルと回る。城と、地上を睨みつけながら、オレたちの脅威を探しつつ……言いつけ通りに地形を覚えているのさ。


 竜の記憶力は圧倒的だ。上空からでは見えない道もありはするが……ジェド・ランドールの日記もある。彼の残した情報と、ゼファーからの偵察を合わせることで、いい地図が完成しそうだな。


「……さてと。オレが最前列で城に入るぞ。鎧を着た男の役割だからな」


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