第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その3
「今、テーブルの中央に、エビグラタンの大皿が、ライド・オーンっ!!」
「やったでありますな、ドッキングは無事に成功したであります」
「うん!!テーブルさんの、戴冠式だよ!!」
そうだ。猟兵がそろうテーブルは、今、エビグラタンという名の王冠を乗せたのさ。ミアは歴史のお勉強の効果だろうな。戴冠式……オレが13才の頃には、意味さえ知らなかった言葉で、晩飯の感動を表現している。将来が有望であるな。
「それじゃあ、さっそく、皆で食べよー!!」
「お皿に分けるであります」
キュレネイは、やはりどこからともなくマイ・スプーンを取り出しているな。食事のときに彼女が見せる不思議な現象には、慣れっこさ。それと、あの自分専用スプーンで皿に取ろうというわけじゃなく……さっさと取り分けろという圧力だ。
「分かったよ。すぐに皿に分けるから、待ってろ」
「待機するであります」
「エビの殻を剥いたり、背わたを引っ張ったりしたのは、私だから!最初はミアの皿に盛るべきだと思うっ!」
「ああ。そうだな、ミアに最初のエビグラタンをやるぞ」
「やったー!!背わたを抜いた甲斐があった!!」
「まったくであります」
キュレネイは手伝ってはいない……いや、エビグラタンが『敵』に取られないように見張りについてくれていたのだっけ?……よく分からんが、気にしないでいいさ。
まだ表面が茹だっているエビグラタンを、カミラが運んで来てくれた皿に取り分けていく。ああ、表面にいいカンジの焦げ目、そして、中はトロトロしているな。火はしっかりと通っている。マカロニとエビにホワイトソースの甘い香りが、まとわりついているぜ。
「うおおおおお!間違いなく美味しいグラタンさんの香りだよう!!」
「エビがプリプリしているでありますな」
「熱いから気をつけろよ?ミアは、とくに猫舌だし」
「大丈夫!……猫舌歴には13年のキャリアがあるもん!!」
「じゃあ、ベテランだな」
「うん!」
「ほら。気をつけろよ」
「わーい!」
ミアの席の前まで、エビグラタンを運ぶのさ。ミアは席につき、その到着を待つ。目の前にエビグラタンさんがやって来ると、黒真珠みたいに綺麗な瞳は、キラキラとかがやく。夜だけど、オレは太陽をそこに見るんだ。
「団長、次は餓死寸前の私がいいと思います」
「別にいいが、餓死寸前ってのは言い過ぎだろ?」
「私は発育に課題があるので、すみやかに栄養を取るべきでありますぞ」
キュレネイが胸を張りながら主張する。スレンダーなのもいいと思うけどね。まあ、変な自虐まで使ってまで、エビグラタンを早く食べたいと言うのなら、そりゃいいさ。
「熱いから気をつけろよ」
「イエス。お口の中が火傷してしまうと、食事のペースが落ちてしまうであります」
「ゆっくり食えよ?本当に熱いんだからな」
煮えているグラタンを一気に食べたりしたら、さすがのキュレネイだって危ないだろうからな。
オレは皆の皿に、グラタンをついでいく。食事の準備は進むよ。リエルのウインナーとキノコのソテー、ロロカ先生のサンドイッチに、カミラのサラダ……そして、カミラはオニオン・スープも作ってくれていたな。スープ類もあった方がいいもんね。
食卓は、なかなか豪華なものになったわけさ。温かくて美味く、野菜と肉もある。もちろん、白ワインもあるし、赤ワインもある……あと、強いエールもギンドウが仕入れて来てくれているのさ!!……酒がダメな女子たちには、リンゴのジュースだ。
オレたちはテーブルについて、それぞれのコップに注いだ酒やらジュースやらを掲げた。団長の仕事さ。手短にあいさつしよう。
「いい晩飯にしよう!!乾杯!!」
乾杯!!……団員たちの言葉が重なり、歌声になったよ。
いい晩飯が始まった。ミアとキュレネイが、スプーンでエビグラタンさんから食べていく光景を見たよ。ミアは、エビさんから行きたいようだが、熱そうに見えたようだ。中が空洞だから、噛んでもそれほど熱さが危険ではないマカロニを選ぶ。
「もぐもぐ!……甘いホワイトソースが絡んでて、美味しい……っ」
「エビも最高であります。身がプリプリとして、弾力がお口を幸せにするでありますな」
キュレネイは弾力のあるエビの身を、無表情のままモグモグしてるな。表情は無いが、ウルトラ級に喜んでいるのが分かるよ。
「ミアも、エビさんに行く!」
好物のエビさんを、ミアが口に入れる。大きなエビだから、食べ応えがある。ミアの顔が、太陽よりも輝くよ。エビとオーブンは、いい仕事をしたらしい。でも、猫舌だから、ちょっと熱いみたいだな。はふはふ、言っている。
エビの肉を呑み込むと、リンゴのジュースで猫舌を救助しにかかっていたよ。でも、笑顔を見せてくれる。
「お兄ちゃん、このエビグラタン!ウルトラ美味しい!!」
「そうか。火傷に気をつけて、ゆっくり食べような」
「うん!!」
素直な返事が耳に嬉しいよ。オレは自分でもエビグラタンを食べた。白ワインを使って良かったよ。ホワイトソースの風味がいい。焼き立てで熱いが、ホワイトソースが甘くて美味い。まったく、ホワイトソースのからんだマカロニってのは、罪深いまでに美味いぜ。
それに、エビも美味い。大きなサイズのエビだから、ほんと歯ごたえがある。食べている!って気持ちにさせてくれる、いいエビだよ。
「我ながら、いい味だ」
「うむ。美味しいぞ」
「そうだろう?」
「私のソテーも食べるように」
「分かっている。今日は、皆、変な疲れ方をしたから、腹が減っているしな。豚肉も食べておきたかった」
「じゃ、じゃあ、お前の正妻が、食べさせてやるから、あーんしろ」
「いいね。そういう、いちゃついたの好きだぜ」
オレは口を開けてみる、自分で言い出したのに照れているのか、耳まで赤くしながら、恋人エルフさんはフォークで、ウインナーとキノコを突き刺して、それをオレの口の中に乱暴に突っ込んできたな。
黒コショウの振られた、刻まれたウインナー。粗挽きの豚肉が詰められて、噛むとカリコリ歌いながら旨味たっぷりの脂があふれるんだよな。キノコとも合うんだよ。
「お、美味しかろう」
「ああ。豚肉の旨味がたっぷりだ」
「うむ。栄養を取っておきたいからな……あ。シアン姉さま!」
リエルに呼び止められて、シアンはその行動を止める。ガンダラの皿に、キノコを移しているのがバレたからだ。
「……残すよりは、良かろう。ガンダラは、キノコが好きな巨人族だ」
「ええ。私はキノコが好きな巨人族ですからな。しかし、ミアがマネすると、教育に良くない行動ですな、シアン」
「それに、キノコは体にいいんですよ、シアンお姉さま!」
「……わかった。『虎』は、三分の一だけ、食べる」
シアンも交渉上手だな。アレだけ野菜嫌いを徹底されると、三分の一でも食べてもらえるのか!……って、心境になる。キノコが好きな巨人族である、ガンダラの皿に、『虎』は素早くキノコを運ぶと、好物のウインナーに噛みついていく。
「……うむ。美味い」
「偏食が過ぎると、体が鈍りますよ」
「……『草』を食べた方が、『虎』の動きは鈍る。肉を喰らうことでこそ、『虎』の野性は研がれるのだ。気の持ちようも大きいだろうが、肉食の獣の動きを目指すのならば、食からも、徹底するべきだ」
「ふむ。説得力を感じなくもない言葉ですな」
知的な巨人は、哲学を帯びた行動を観察するのが好きらしい。シアンを横目で見ながら、カミラのサラダにフォークを伸ばす。レタスとトマトも好きなのかな?……ガンダラは野菜から食べると健康に良いという哲学の信奉者でもある。
「……シアンさん、私のサラダを食べてくれなさそうっすね……」
「オレはサラダも好きだぜ。皆の健康を祈ってくれる優しさもな」
「ソルジェさま……っ。はい、たくさん、野菜も食べて下さいね!ミアちゃんも、コーンとクルトンが入ってますよ?」
コーンとクルトンが大好きなミアの猫耳が、ピクピクと反応していた。そして、何でも好物と自称するキュレネイは、ミアの猫耳にヒソヒソ話する……まあ、こっちにも聞こえるぐらいの声だけどね。
「……ミア。発見したであります。グラタンの熱さにやられそうな口の中を、サラダの野菜で、冷ますでありますぞ」
「……っ!……天才……っ」
大いなるアイデアに、ミアは接触したようだ。新たな猫舌対策を発見したのさ。キュレネイは、たしかに天才。ミアをサラダに誘導している。野菜も食べなくちゃダメだもんな。
「こ、これ、マスタードは入っていますか、ロロカさん?」
「赤い縁のお皿の方には、入っていますよ、ジャンくん」
「そ、そうですか……?なんだか、こっちの方からも、マスタードのにおいがしているような……」
「そんなことはないはずですけど……?」
「そ、そうですよね……いただきます……」
言うまでもないことだが、ジャンは運が悪い。そして、粒マスタードが苦手なのだ。ロロカ先生は、オレのそばに『虎』スペシャルが満載されたサンドイッチを載せた大皿と共にやって来る。
視界の隅で、ジャンがサンドイッチに入っていた粒マスタードに苦悶の表情をしているな。『狼男』の嗅覚には、マスタードはキツいのかもしれない。ジャンが取ったサンドイッチだけに、きっとマスタードは入っていたのだ。
不思議なことに、ジャンはそういった不運に巻き込まれやすい体質をしているんだよ。
そんな視界の隅にある、見慣れた光景から、オレは視線を外していた。目の前に、巨乳で美人で知的なヨメがやって来たら……『狼男』よりも、彼女の方を見てしまうだろ?
ニコニコとした笑顔のまま、彼女はサンドイッチを掴み、オレの目の前に差し出してくるのであった。
「ソルジェさんは、マスタード入りの方が、お好きですよね。はい、あーんして下さい」
対抗意識というワケでもないのだろうが、ガルーナ人の旦那に餌付けしてみたいのが猟兵女子の中でブームなのかもしれない。ハムが三倍入った、『虎』スペシャルのサンドイッチが、オレの口のなかにやって来た。
肉厚のハムと、卵……ンそして粒マスタードのピリリとした刺激が、最高に美味い。シンプルだが、わずかな調味料の使い方で化ける料理なのさ、サンドイッチというものは。
「……リエルちゃんと、ロロカさん、ズルいっすよ。自分も、ソルジェさまの妻として、やるっす!」
カミラまでやって来る。ヨメにモテてるな。カミラは、スープを飲ませてくれるらしい。オニオン・スープをスプーンですくい、ふーふーして冷ましてくれる……カミラは、普段は素朴で、田舎臭い雰囲気もあるが―――何だか、ときおり感じる色気がスゴい。
さすがは、既婚者の吸血鬼というかな。オレの妻なんだけど、これが人妻の色気なのだかろうかな。つややかな唇に、妖しい魅力に輝くアメジスト色の瞳が美しかった。
「はい、あーんしてくださーい」
言われるがままに口を開けて、オニオン・スープを飲み込んでいた。何だか、看護されているみたいだな。
「……兄さんに、あーんさせられるモノを、私はどうして作っていないのか……っ」
このゲームに参加したかったのだろうか、我が妹分、ククルが頭を抱えている。ガルーナ人に餌付けするのって、そんなに楽しげなことなのだろうか……?
「オットー、ワインのおかわりどうっすかあ?」
すでにグラスの中のワインを飲み干したギンドウが、オットーに聞いている。オットーも、それなりに早食いなもので、かなりのペースでグラタンを食べていた。熱い料理が好きだもんな……というか、例のダンジョンの資料を早く読みたい空気も出ている。
ギンドウは、その空気を察しているようで、それを妨害したいらしい。
「……仕事熱心なのは、いいっすけどねえ。たまには、オレたちとつるむのも、いいもんっすよう?」
「……そう、ですね。では、おかわりを頂きますよ、ギンドウ」
「そう来なくっちゃ!ガンダラも、呑むっすよ?……オレたち、女どもに負けないように酒に頼るんだ!!」
消極的な作戦だが、有効そうではあるな。それに、男どもで酒を酌み交わしたいという願望はオレにもある。参加しなくてはな。
「オレも、ワインおかわりだ!」
「……『虎』もだ、ギンドウ・アーヴィング」
オレとシアンも空にした杯を突き出していたよ。シアンも呑みたいらしい。それは、そうだ。こんな美味い料理たちに囲まれた夜には、酒も必須なのさ!!
「はははは!!強いエールも買ってきているっすから……今夜は、上手いモンをたらふく食べながら……樽を空けちまうレベルで、呑むっすよ!!」
「おうよ!!」
「……望むところだ」
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