第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その4


 メシを食べて、酒を呑んだよ。いい晩飯だったな……宴会はしばらく続いたよ。エビグラタンには、やはり白ワインが合う。辛味の強い白ワイン。チーズの香りが強調されるからね……ミアには、まだ教えてやれないが、大人になったらこの味と風味を教えたい。


 グラタンのホワイトソースが絡んだエビとマカロニ、そして表面の焦げ目を少し入れたチーズ!こいつをスプーンに乗せて、大きな口で喰らうのさ!!……そいつを歯と舌で楽しんだ後に、酸味と辛味のある白ワインを一口入れるのさ。


 チーズとワインの酸味が融け合うようだ。個人的には、白ワインを呑んだ後に、焦げ目の入ったチーズの部分を喰うと最高に美味いんだが、メシの楽しみ方は千差万別、ヒトそれぞれあるからなあ。


 シアンは……赤ワインが好きだ。真の意味での肉食系だからか。血の赤いワインを、彼女が豪快に呑む姿は、勇ましくて強さを感じさせる。


 ……ギンドウはアホだからな、赤ワインと白ワインを混ぜ始めた。すでに酔っ払っている。食前酒という概念はヤツにない。ガンガンと酒を呑む……料理よりも酒。それがギンドウ・アーヴィングの哲学だ。


 蛮族のオレでも分かる。下品で愚かな行いではあるが―――しかし、何だか憧れてしまうよ。愚行?……なんとも、いい響きだ。遊びに関しちゃ、オレよりもギンドウの方が上だからな。


「ロゼワインの完成だぜッ!!」


 赤と白を混ぜれば、ピンクか。ある意味、冒涜的な発想だ。酒の専門家とかなら、絶対にやらない手法だろうけどね。赤ワインと白ワインって、別物だ。赤同士とか、白同士ならともかく。こいつらを混ぜるようなもんじゃない。


 だいたい、マズくなるもんだがね……ある意味、天才なんだろう。ヤツが混ぜると、ほぼほぼ美味くなってしまう。天才とは怖いものだ。ゲヘヘと酔っ払った口で下品に笑いながら、オレに差し出してくる、その赤白ワイン。


 風味は良くないと思うが、呑むことには抵抗がない。どうせ美味いんだろうからな。その予感は的中する……酸味と甘味と辛味……色々なモノがごちゃ混ぜになっている。しかし、酔っ払いの舌には、それが何とも合うもんだ。


 何がいいのかは、正直、分からん。しかし、不思議なことに、抵抗なく呑める赤白ワインがそこにあった。遊び心というのは、愚者にしか使いこなせないのかもしれんな。


「美味いっすかあ?」


「ああ。酸味と甘味、呑んだ後には辛味も来る……口惜しいが、矛盾したはずの味が、バランスを保ってお互いを殺さない……」


「へへへ。さっすがオレっすわ。腕一本、義手なのに、器用なもんだぜ」


 そう言いながら、ギンドウも赤白ワインを呑んでいく。ヤツのハーフ・エルフの耳が真っ赤になっているな……。


「……フフ。こうして皆で、食事を取るのは、やはり楽しいものですね」


「異存はありませんな。たまには、仕事を忘れるべきでしょう」


 オットーとガンダラが、静かに呑んでいる。大人の男っぽい雰囲気でいいな。ギンドウとオレとシアンは、誰が最強の肝臓の持ち主なのかを決めるかのように、ガンガン酒を呑んでいるんだ……なんか、品が違う。


 まあ、ギンドウはともかく、オレとシアンは料理も食べるがね。オレは野菜も好きだから、サラダを食べるよ。クルトンを噛みたい。子供っぽいとバカにされるかもしれないが、レタスと一緒にクルトンを噛むときの食感が好きなんだ。


 メシを平らげながら、酒をたくさん呑んだ……またたく間に、時間が過ぎ去り、食卓の上には空の皿が並んでいく。


 ミアは幸せ顔になっている。エビグラタンを楽しんだし、オレと同じくクルトンとレタスの食感を楽しんだようだな。キュレネイは、オレたちが呑み始めたエールに興味があるのか、じーっと見つめている。


 その内、キュレネイには教えてもいいかもしれないな。『パンジャール猟兵団』で最強の酒豪の座を、奪われてしまいそうな予感がしているがね。


 でも、まだ早いか……ん?


 我が妹分、ククルがこっちを見つめているな。何かを考えているような……?


「……ククル、どうかしたか?」


「え?そ、その……赤ワインを見ていて、思いついたオヤツがあるんですが……もう、お腹とかいっぱいですよね?」


「いや、ククルのデザートなら、食べたいよ」


 シスコンだからね。妹分にも、お兄ちゃんは激甘だよ。


「ほ、ホントですか?」


「キュレネイも食べるだろ?」


「もちのろんでありますぞ」


「だってよ!作ってくれるか、ククル?」


「は、はい!!」


 ククルも料理の腕を見せたくなったのかもしれないな。赤ワインを片手に、キッチンに向かう。バナナを剥いてるな……そいつを半分に切って、フライパンで……焼くのか。


 焼きバナナ。フライパンにバターを融かし……その上で切ったバナナを転がしている。


 そうしながら、赤ワインと、蜂蜜を混ぜているぞ。その液を、焼いているバナナにかけながら、フライパンで煮詰めるのか。そして、焼き上がったバナナにシナモンを振りかける……シンプルだけど、いい料理だ。


 強いエールのコクにも合う、甘くてビターな焼きバナナの完成だった。甘い香りが飛んでくるな。


「お待たせしました!!赤ワインは、煮詰めたので、アルコール成分は、ほとんど飛んでいると思いますから、キュレネイさんも食べれると思います!」


「そうだな」


「いただくであります……もぐもぐ。美味しいでありますぞ」


「やった!じゃ、じゃあ、兄さん!あ、あーんしてください」


「また、餌付けされるんだ」


「はい。どーぞ」


 フォークで突き刺した、とろけそうな焼きバナナ。ククルが楽しげに、ガルーナの野蛮人の口元に運んでくれる。オレは、そいつを口で受け止め、ビターな甘さを帯びた焼きバナナを楽しんだ。


「美味いぜ」


「は、はい!メルカの蜂蜜も使いましたし……素材を活かしました!」


「ミアも、欲しい!!」


 ミアがおねだりモードになりながら、ククルの背中に抱きついていた。ククルは、頼られることに喜びを感じたのか、はい!と良い返事をしていたよ。ククルは、よりスイーツの面を特化した焼きバナナの調理に取りかかっていた。


 チョコを垂らしてみたりしている。バーベキューでも、よく焼くけど。焼いたバナナの濃密な甘さってのは本当に美味いよ。


 ミアには、赤ワインを煮込んだコイツは、ビターすぎるかもしれないから。エール呑みながら、酒の肴としてオレが味わうのさ。妹分の手料理ってのも、シスコンのハートに響くものだからね。


 猟兵女子たちは焼きバナナが好きなようだ。シアンも、食べさせられているな……チョコを垂らしたヤツなら、ビターでエールの肴にもなりえるし……少しでもシアンに、『植物』を食べさせようといいリエルとカミラの行動であった。


 甘いモノなら、それなりに食べる。フルーツは『草』ではないらしいよ、『虎』の価値観の中でもね。


 料理を喰らい、酒を呑み、デザートまで楽しみながら……『パンジャール猟兵団』の夜は更けていったよ。


 ……このまま、ここで酔っ払って眠ってしまいたいところだが…………悲しいかな、明日の午前中には、『アプリズ魔術研究所』に向けて出発することになっている。ソファーで眠るよりも、ベッドで眠るべきだからな。


 それに……夜の外に出て、『パンジャール猟兵団』の『家族』である、ゼファーと『白夜』に会いたい気持ちもあるからね。


 レストランの中庭に、ゼファーと白夜はいるのさ。ヒトの料理は、二人の口にも胃袋に合わないからな。ゼファーは、ヴェリイの屋敷で牛を丸ごと食べて来たばかりだし、『白夜』は干し草を食べていた。


 竜とユニコーンは、鼻先を合わせながら対話中だったようだな。どんなことを、話していたのかな?


 わからない。二人の秘密の話なら、オレたちが無理やり聞くようなものでもないさ。


「ゼファーよ、牛は美味しかったか?」


『うん!とっても、おしかった!!』


『ヒヒン!』


『びゃくやも、ごはん、おいしかったって!』


「そうか。我々の全員が、いい晩飯を楽しめたようだな」


 ゼファーの鼻先を撫でたよ。眠たそうなミアは、ゼファーの背に乗った。落っこちないように、オレが乗ろうとしたが……リエルがミアのことを背後から抱きしめるように、ゼファーに乗ったよ。


「……じゃあ、歩くか」


 そうだ。ホテルまでは、ちょっとの距離だからな。300メートルほどさ。飛ぶことはないし、『ヴァルガロフ』の街路は、ゼファーが歩いても問題はない。テッサ市長が、そう許可しているからだ。


 とくに、この南地区は、『アルステイム』のテリトリーだからな。ゼファーやユニコーンが歩いていても、ここのケットシーたちは驚きはしても、あまり怯えることもなかった。


 ……300メートルなら、ゼファーがいる必要がない?……それは違うね。いる必要はあるのさ。『家族』が一緒にいるべきだよ。例え、家屋の中に入れなかったとしてもな……。


 我々は、ホテル『ワイルド・キャット』へと戻る。風呂にも入り、背骨を楽にして眠れる大きなベッドでいびきをかくために―――そして、ちょっとしたミーティングもするためにだ。


 夜道を歩き終えるのは、すぐだ。千鳥足で夜道を歩くというのも、アホみたいだが楽しいもんだよな。


『おやすみー』


 ゼファーが、広い荒野に飛び去っていく。そっちの方が、街中で寝るよりもゼファーには居心地が良いからな。『白夜』は、『ワイルド・キャット』の近くにある厩舎に歩いて行ったよ。


 さて、酔いが少し醒めたオレたちは、エールの瓶を片手に、チビチビと呑みながらも、ホテルの大部屋で短い会議を始める。オットーは、テッサから渡された資料を読みながら、明日の作戦を語る……。


 ダンジョンに潜るために要りそうな装備や物資は、日が出ている内に、購入済みだからな。


 ロープに、灯りや調理に使うための油は買っているし、食料も補給している。リエルは消費した造血の秘薬と止血の秘薬を調合してくれた。


 鎧や装備の新調は、時間がかかるが……新しいツルハシや、削岩用の火薬も、城塞破壊に使うための、ギンドウが魔力を込めた特製爆弾も準備している。


 宴の前に、それなりに色々な準備を、働き者なオレたちは完了させていたわけだよ。


 あとは、オットーから作戦を聞き、オレがメンバーを選定すればいいだけなんだ。


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