序章 『鋼に魅入られしモノ』 その33


「……それは、今回の事件解決に対する『報酬』かな?」


「そう受け取ってもらってもいい。お前には、世話になったからな」


「『未来』においての、相互利益ってのは?」


「そのままの意味だ。ガルーナもゼロニアも、似たような立場。隣りに強大な潜在敵国が位置している。帝国を打倒し、ガルーナを再興しても、必ず、バルモアはお前の王国を侵略しに来るだろう。歴史は、必ず繰り返す。侵略者は、また来るぞ」


「……ああ。知っているとも」


「『自由同盟』は、バルモア連邦と組みたがる。バルモアは、ファリス帝国に戦で負けて呑み込まれたわけではない。ユアンダートに懐柔されて、有力諸侯たちが、帝国側に寝返るような形で統一されただけ……それゆえに、バルモア貴族の地位は高い」


 インテリさんは、本当に歴史に詳しい。オレも、野蛮人ぶるのを止めて、もっと休日に冒険も恋愛も出て来ない、つまんない本を読み漁るべきだろうか?……『蛮族にも分かる初めての錬金術』は読んだけどね。


 『金』って、ちょっとした爆弾代わりに使えるらしい。勿体ないから、絶対にやらないけど。


「そして……バルモア人に対して、帝国人は露骨な敵意と警戒心を抱いているようだな。暗殺騎士団という懲罰的な制度に……ルード会戦での、『敵前での仲違い』……」


 ニヤリと笑うのは、それがオレたち『パンジャール猟兵団』の仕業だと、知っているからだろうかね。


 それとも、オレと自分の立場が似ているから、協力関係を深められそうだなあ、という計算から来る笑みなのか。


「……バルモアほどの勢力を、『自由同盟』が声をかけないとは思えない。バルモア人は不満を抱いている。帝国の支配を、嫌っているな」


「……オレの『未来』の敵であるバルモアと、『自由同盟』が組むというハナシだな」


「そうだ。遠からず組むだろう。ハント大佐と女王クラリスもな……そうなれば、ガルーナの敵は、帝国の支配から解き放たれる。『自由同盟』の力が、大陸の東の果ての国まで届くかな。いつか、お前はガルーナ王として、バルモアと戦うのだ」


 テッサは断言する。自信があるのだろうな。


「ソルジェ・ストラウス。お前は……バルモアが『自由同盟』に加盟するその日……『自由同盟』から、去ることはないだろう」


「……どうしてだい?」


「お前は、理想を追及しているが、現実主義者だからだ。帝国を打倒せねば、ガルーナも奪還出来ないことを、理解している。それに、お前は、帝国との戦いからは、逃げないさ」


「言い切るんだな」


「言い切れるからだ。お前のヨメたちに、人間族は一人もいない。お前の子孫は、帝国が有る限り、この大陸で、人間族の追っ手から逃げ回らなくてはならない。それを、お前は認めたくないだろう」


 うなずくまでもないことだったよ。


 故国のためだし、自分の信じる正義のためだ、アーレスの願いのためでもあるが……自分の『家族』たちが迫害される世の中など、許すことが出来ないから、竜太刀を持って暴れ回っている。


「……そういうところは、好きだぞ。ヨメにはならんがな」


「だから。協力してくれるってか?」


「ああ、そうだ。ハント大佐に恩を売るべきは、『ヴァルガロフ自警団』ではなく、お前たち『パンジャール猟兵団』だ。お前たちの仲が親密であれば?……『未来』において、バルモア連邦がガルーナに近づきたくない理由の一つになる。『虎』の義勇兵を手に出来るぞ?」


「……そいつは、死ぬほど頼りになる戦士たちだ」


「竜に『虎』、そして、ユニコーンか……悪くない力になる。その時に……」


「君たちも、来てくれるのか?」


「ああ。ガルーナにバルモア人が攻め入る時は……『ヴァルガロフ自警団』の戦士がガルーナに参上する。5000以上は、約束するぞ」


「……魅力的だな。その代わり、ゼロニアがハイランド王国軍に侵略されたときは、オレも、この地にやって来いと言うんだな」


「当然だ。ハント大佐が、5000以上の兵を送るとは、思えない。ガルーナは、遠い土地だ。お前に対する義理以上の兵を送ることはなかろう。ハイランド人はな、遠出を好まないぞ。結果が良かろうとも、この戦で、大勢死ぬだろうからな」


「……分かった。ハント大佐のことを疑うつもりではない。だからこそ、その契約に乗るよ」


「……ふむ。悪くない返事だ。握手しよう、商談成立。私たちは、深い仲になった」


 テッサの小さな手を握るよ。


 これで、ガルーナとゼロニアの同盟はなったようだ。ハント大佐が領土的野心を抱く日には、オレと彼は敵対する可能性もある……。


「全ては、お前の政治力と、各国首脳に対する影響力にかかって来る。ハント大佐に恩を売っておけ。ガルーナがバルモアに滅ぼされないようにな」


「君はクラリス陛下に情報を売るか」


「……軍事力だけでは国を守れない。ゼロニアには、諜報能力が要る。女王クラリスはハイランドを始め、大陸各地にスパイを放っている……是非とも、その仕組みを学びたくてな」


 乱世の女傑たちが手を組むか。なかなかに怖くて強そうなタッグで、猟兵の背中にゾクゾクとした電流が奔る。いいね。こういう女王陛下たちになら、仕える価値がありそうだよ。


「……『未来』のことはさておき、今は、『ヒューバード』への侵入経路を教えていただけませんか?テッサ・ランドール市長?」


 巨人族の紳士が、情報を求めていた。テッサは、ガンダラにも秘密にしていたようだな。


「ああ。いいとも、ガンダラよ……地図を出せ」


「ここにありますよ」


 ニコロ・ラーミアが片脚を引きずりながら、テッサの執務机に『ヒューバード』周辺の地図を広げた。


 『アルステイム』は、テッサと情報を共有しているのか?……していても当然ではあるな。『ヴァルガロフ自警団』のリーダーは、テッサ・ランドール市長なのだから。


 テッサは小さな指を、その地図に押し当てる。


「ここが、『ヒューバード』……お前たちが『ルカーヴィスト』を逃がしたという砦、それから80キロほど北になる」


「山岳地帯は、踏破出来そうになかった」


「そうだ。天然の壁だな。ゼロニアから直接、北上するのは難しい」


「山脈を迂回して、ハイランド王国軍は反時計回りに進むしかなさそうだ」


「そう。そこで問題となるのは、進路がバレバレというところだな」


 森と狭い道、丘もあり山もある……一晩のうちに、敵に気づかれることなく踏破するのは難しいな。平地ではないから、ユニコーン馬車で運ぶという秘策も使えそうにない。


「奇襲というわけにはいかないか」


「難しいだろう。『ヒューバード』はハイランド王国でクーデターが起きて以来、防衛力を強化している。元々、7メートルの城塞に囲まれている、大都市だ。帝国軍も駐留し、傭兵も大勢、雇っているぞ」


「難攻不落というわけかい」


「そうだな。とはいえ、戦力と時間を費やしていいのであれば、ハイランド王国軍の戦力には敵うまい。ただし、それをお前たちは望まないだろうがな」


「ムダな戦力の消耗を抑えたい。ハイランド王国軍は、『自由同盟』側における、最強の軍団だからな」


「それは帝国にもバレバレだ。ハイランド王国軍が北上して来る可能性も、帝国軍は考えている。軍港を奪われて、アリューバの海賊と『虎』どもが合流することは、あいつらだって避けたいさ」


 ファリス帝国にとってサイアクのシナリオだからな。だからこそ、バレバレというわけでもある。


 備えるのなら?……考え得る限り、サイアクの状況に備えるべきだ。


「帝国は徹底して、『ヒューバード』を守る……竜がいることにも、ヤツらは備えていそうだぞ」


「どうして分かる?」


「『羽根戦争』の原因は?」


 いきなり歴史の授業かよ。だが、オレは現地を訊ねているのだ。『羽根戦争』にまつわる砦や、古びた城塞の跡地まで見ている。知識ではなく、体験で学んでいるのだ。さすがに忘れてはいない。


 ……だから。心配そうに細い瞳で見つめないでくれよ、オットー・ノーラン。


「……矢の材料となる、猛禽類の羽根だ。それの輸出でモメたんだろ?」


「そう。ザクロアもアリューバも、猛禽類の宝庫。主力商品が同じだったことで、商業国家同士がモメて殺し合いを起こした。利益による戦争。よくあることだな」


「……そんなハナシをしたということは、矢羽根の価格でも上がったのか?」


「そうだ。当然、売らせてはいないがな、『ゴルトン』の問屋にまで、『ヒューバード』商人が矢の材料を求めている」


「……そいつは興味深い」


「一級品の矢に使う高級素材ばかりを求めているんだぞ?『高く飛ぶ矢』を用意したがっている……『グリフィン』が大量発生でもしていない限り……お前のところの黒い竜対策だ」


「帝国にも、ゼファーの力が認識され始めたというわけか」


「竜騎士以外の兵士は喜ぶだろう。マヌケな敵兵が、空を見あげることが増えるのだからな」


「……オレとゼファーには、死活問題だよ」


「そうだろうとも。だから、バカ正直に、敵の守りに突っ込んで行く必要はない」


「じゃあ、『ヒューバード』への侵入経路というのも、そうなのか?」


 テッサはうなずいた。そして、地図の上で指を動かしていく……『ヒューバード』から、6キロほど西だな。山の奥だ。そこには、小さな文字が踊っている……。


 ……『アプリズ魔術研究所跡地』。


「……ここだ。ここの地下から、『ヒューバード』に続く地下通路がある」


「地下通路?……何のためにあるんだ?」


「この研究所は、4世紀ほど前にあったドワーフ王国の王城の跡地に建てられた」


「ドワーフのダンジョンか」


「そうだ。ランドール家は、その王国の戦士の家系だ。その国が滅びて、我々の先祖はゼロニアに流れて来た」


「……君の先祖にまつわる土地だということは分かったが……その王城跡地と、『ヒューバード』が、どうしてつながっている?」


「『ヒューバード』は、王城を守るための要塞があったところだ。もしも、敵に攻められて、王城が陥落した場合、王族たちはこの地下ダンジョンを走り、その要塞に逃げ込む手はずだった」


「……逃げられなかったのか?」


「他国を侵略していたら、王が戦地で死んだらしい。その直後、跡目争いで内紛。王族は滅び、国も滅んだ。そして、私のご先祖様たちは南に流れて、ゼロニアに棲み着いた」


「『ヒューバード』の堅固な城塞は、元々、ドワーフ製ということか……」


「そういうことだな。だが、このダンジョンを使えば、その城塞の基底部にたどり着けるぞ。兵士を送り込むもよし、爆破して城塞の一部を下から崩すも良しだ」


「城塞に、穴を開けられるということか?」


「可能性はある。『ヒューバード』の城塞の地下は、老朽化が著しいからな。調査しても損はしないだろう。上手く崩落させられたなら……少数の工兵だけでも、『ヒューバード』の城塞を無効化することも可能だ」


「……だとすれば、理想的な経路だが……帝国の連中も、ドワーフの遺跡のことは知っているはずだ。放置しているのか?」


「ああ。100年前、アプリズという賢者がいてな……そいつが、何か大きな呪いを暴発させたらしく……その地下遺跡はアンデッドだらけだ」


「……そいつは、オレたちにも不便な道だな」


「『虎』と猟兵なら突破は可能だろう」


「そうだが……しかし、『ヒューバード』にアンデッドは這い出て来ないのか?」


「ダンジョンにしかいない。そういう呪いなのだろうな……詳細は不明。街の者も、地下にさえ行かなければ、襲われずに済んでいるそうだ」


「……慣れれば、バケモノどもの上に住むことも気にしなくなるか」


「とにかく、32年前には、うちの親父が王城跡地から『ヒューバード』まで踏破している。その時はつながっていたそうだ。おそらくは、今もつながっているだろう」


「……通常のルートは、ルードのスパイが偵察済みだろうな。調べなくてはならないが、もしも、その道が効果的だとすれば戦略的に有利になる」


「試してみるといい。親父は一人で潜り、5時間で踏破した。お前たちなら、もっと早くに終わる」


 ……ドワーフの地下ダンジョンか。もしも、使える道だとすれば、『ヒューバード』攻略が有利にはなりそうだ。ルード・スパイからも、良い知らせが入って来ないのならば、オレたちも独自の情報で動くべきか……何より、オットーが嬉しそうにしているしな。


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