序章 『鋼に魅入られしモノ』 その34


 『パンジャール猟兵団』の方針は決定した。『ヒューバード』攻略に向けて動く、ハイランド王国軍のサポートをする。


 そのために、ゼファーによる空からの偵察、および、テッサ・ランドールから入手した情報を元にして、ドワーフ族の王城の跡地……いや、現在は『アプリズ魔術研究所跡地』か……ふむ。跡地が並ぶ。よく滅びる場所だな、縁起が悪いったらないぜ。


 テッサは、そういう縁起の悪さとかを気にしないタイプの人物らしい。ドヤ顔で、バケモノだらけの、老朽化したダンジョンを進めと言い出すわけだからな……。


 しかし、ガンダラも知らないルートというのは魅力的だ。ドワーフの王族の脱出路だからな、王家とその側近を守る戦士たちぐらいにしか伝わっていないわけさ。


 『ヒューバード』の連中も、自分の街の地下にあるダンジョンの存在も、放棄された王城の存在も知ってはいるだろうが、それが、つながっているとまでは考えていないのさ。考えていれば?対策を講じ、ルード・スパイあたりに気づかれているよ。


 そもそも、ドワーフの王城とつながっていたダンジョンなんてウワサ話でも出たら、冒険者という名の盗掘者どもが殺到している。若い貴族あたりが、モテたいがための武勇伝作りをするために、傭兵を雇ってダンジョンに入るだろう。


 そういうウワサが存在しないということは……無価値のダンジョンとして放置されているんだろうよ。ドワーフのカルトが掘った穴ぐらいにしか、考えていないのかもしれん。


 おそらく、ランドールの一族にとっても、一族以外に他言するようなことでもないはずだ。ドワーフは信仰心も厚いが、忠誠心もある種族だ。滅びた王国に対しても、自分の一族とつながりのあるようなことならば、ないがしろにはしないさ。


 それを教えてくれたということは、テッサ・ランドールとオレたちとの信頼関係は、かなり深まっているということかもな。


 ……とにかく、その場所から、ドワーフ族の残したダンジョンに潜入し、『ヒューバード』までつながっているのかを調べてみよう。


 もし、今でもつながっているとすれば、そこから『ヒューバード』に対して、有効な破壊工作を行えるものなのかも探ればいい。


 少数の工兵による、爆破作業。それで城塞の一角でも崩せるのであれば、オレたちには理想的な展開だし、そうでなくても……数百名の『虎』を、街の中心部へ秘密裏に潜入させられるとすれば、『ヒューバード』を陥落させられる。


 少数精鋭の『虎』を街の中に送り込むことは、『アルトーレ』で『自由同盟』が使った手口だ。警戒されているだろうからな。ダンジョン経由も含めて、発想できる限りのルートを模索するべきだ。帝国軍もアホではない、そう何度も同じ手が通用したりはしない。


 最高の策だが、それだけに読まれる。使うには、工夫が必要ってことだよ。


 ……テッサは、ランドール家に伝わる資料をオットーに提供してくれるそうだ。オットーがチームに同行することは、決定事項だな。考古学の知識に、探険家としての経験値。彼ほど、この任務に適した人材はいまい。


 チームの編成は、これから考えるとして……オレは自分の鎧を取りに行くべき時間が訪れていることに気がついた。窓から差し込む光りが強い。太陽が、かなり空高くへと昇り、ゼロニアの大地を焼いている。


「……古い資料を読むことはオレには出来ん。オットー、こっちは頼むぜ」


「了解しました!」


 やっぱり、探険家の血が騒いでいるようだな。いつものように瞳を糸みたいに細く閉じているが、その目には歓喜の曲がりが宿っている。


 趣味は否定できない。好きなことは、やはり止められないものだな。


「オレは、トミーじいさんのところに行ってくるよ。じいさんの弟子も、ロイド・カートマンに襲われて重傷を負っているんだ」


「ふむ……そうか。死にそうなのか?」


「……オレが最後に会ったときは、かなり安定していた。彼はタフだし、オレたちが使っている秘薬を打っている。おそらく大丈夫なハズだ」


「良かった。トミーじいさんに、よろしく伝えておいてくれ」


「ああ」


 テッサもトミーじいさんには気を使っているようだな。どういう関係なのか?剣闘士時代に、鎧を打ってもらっていたのかもしれない。


 それとも、あの超一流の職人に対する敬意の表れだろうか。『ザットール』の若造どもも、じいさんには敬意は持っているようだった。剣闘士たちから信頼されているのかもな。


 とにかく。鎧も受け取らなければならないし、ポールの負傷についても報告すべきだろう。彼の弟子なのだから、せめて安否ぐらいは伝えておいてやりたい。


「では、ソルジェさま、私の馬車で店の前まで送りましょう」


「いいのかい、ニコロ?」


「ええ。私も、この事件と、『パンジャール猟兵団』の次の目的を『クルコヴァ』さまとヴェリイさまに報告しなければなりませんので」


「大変だな、あちこち動き回らされて」


「この脚では、戦場には出られませんから。馬車で動き回るぐらい、楽なものですよ」


「……ニコロ、『クルコヴァ』に『ザットール』の若い衆が、ソルジェ・ストラウスを襲撃したことも伝えておけ」


「ええ。『ヴァルガロフ自警団』の者が、ソルジェさま並びに、『パンジャール猟兵団』の皆さまを傷つけることなど、大罪に他ならないと……『ザットール』には再確認しておきましょう」


「オレたちのために、ありがとうよ」


「お前たちのためだけではない。私の客人を襲うなど、私の面子と権力に関わる問題だからでもある。気にするな」


 ……そう言われると、気にしなくてもいい気がしてきた。頭を縦に振り、右手を挙げた。


「じゃあ。オレは行くわ。テッサ……働き過ぎるなよ?」


「お前もな。こちらとしては助かったが……休日の午前に、連続殺人鬼と斬り結ぶ。どうにも働き過ぎているぞ」


「……今日の後半は、大人しく過ごすさ」


 オットーが資料を読み上げて、作戦を練り上げるのには半日もいらない。明日の早朝には、『アプリズ魔術研究所』とやらに向かう準備は整う。午後はしっかりと体を休ませておきたいな。


 オレはニコロと共に、市長の執務室を後にした。


 警備の戦士で暑苦しくなっている市庁舎の門をくぐり、外に出る。


 6月の荒野の空は、よく晴れていたよ。


 気温も、少し暑いほどだったな……季節が夏に向けて変わろうとしているのだ。忙しい戦いの日々を過ごしていても、時間はいつの間にか過ぎている。


 オレたちの状況も変わりつつある。いつ飢え死にするかも分からない貧乏傭兵団だったのに、今では、天下のファリス帝国軍に警戒されるような存在になりつつあるようだ。有名になるのは名誉なことだが、偵察や侵入という任務においては、不利にもなるか……。


 ……それに。


 ロイド・カートマンのような、変人に絡まれることも増えるのかもしれない。それは、あまり良くないことだな。


 とくに、ミアとか、ウルトラ可愛いから……変態とかが付きまとったりしたら、どうしよう……もちろん、お兄ちゃんはそんな変態を、見つける度に斬り殺してやるけども。


 まあ、無害な変態ならいいが、カートマン並みの戦士なら?……ミアなら負けないだろうが、イヤな思いをさせることは避けたいな。それに……今のオレのように、強い戦士と戦えば、大なり小なりケガをするものさ。


「……傷が痛みますか?」


 紳士のニコロが、心配そうに訊いてくれる。立ち止まり、斬られた左腕の傷を押さえていたものだから、心配してくれてらしい。首を横に振ったよ。散歩をイヤがる年寄り犬みたいな態度でね。


「大丈夫さ。軽い傷だよ。痛みはない」


「そうですか。馬車のなかで、治療いたしましょうか?」


「……じいさんのところには、すぐに着くから、やめておこう。それに出血は止まっているんだ」


「強敵でしたね、ソルジェさまが、手傷を負わされた」


「スランプから抜け出した天才剣士だからな。殺すには、惜しい腕だったが……心が壊れすぎていた」


「……そうですね。でも、もう彼はいません」


「ああ。単独犯のようだったしな……もう、あまり気にしてもしょうがない」


「ええ、では、馬車にお乗り下さい」


 ニコロに誘われるまま、馬車へと乗り込んだ。


 気にしてもしょうがない……そうは言ったものの、心のなかでは、ちょっと有名になってしまった『パンジャール猟兵団』に迫る、新しいタイプのリスクについて考えてしまっていた。


 有名になれば、ケンカを売られることもあるし……変な輩に巻き込まれることもある。


 どするべきか?


 基本的には、オレたち猟兵は誰もが暴力に長けている。荒くれ者に囲まれたところで、苦も無く切り抜けられるはずだ。


 チンピラや盗賊に襲撃されることも、これまでだって、少なからずあったからな。


 ……しかし。備えあれば憂いなしという……トミーじいさんに、皆の鎧の点検や強化も頼もうか。彼なら、安心できる腕だしな。


 そもそもだが、これから夏になれば、薄着にもなる。酷暑での戦闘は、体調管理も厳しくなるだろう。夏用の装備も、新調していた方がいいかもしれないな。


 トミーじいさんに、まとめて猟兵たちの夏用の鎧について相談するのも良いかもしれない。


 ……ガルフ・コルテスが考案している装備の設計図で、実用されていないモノもある。彼に作ってもらうことも、可能かもしれない。


 ……。


 ……。


「……くくく!」


「どうかしましたか?」


「いや。仕事のことばかり考えていると思ってな」


「三日は休めたじゃないですか?」


「そうだが……もっと、大きく休みたくもあったかもしれない。とくに、ミアはまだ子供だし……家族サービスもしたいとか、考えてしまったよ」


「……戦いの日々では、ありますからね……」


「……まあ。ハイランド王国軍も戦果を欲しがっている。ハント大佐の、政治基盤も安定させなければならん……この任務が終わってから、家族サービスも考えるよ」


「大変ですね、『パンジャール猟兵団』の団長職は」


「ああ。でも、これほど楽しい仕事はない。『家族』と共に、戦が出来る。考えようによっては、戦士としてこれほどの幸せはないよ」


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