序章 『鋼に魅入られしモノ』 その32


 ニコロ・ラーミアの書いてくれた報告書を読み終えると、テッサは、深いため息をついた。市長のイスに背中を沈めて、執務机に、あの細い脚を乗せたりしている。『ヴァルガロフ』の市長らしい態度ではあるが、もう少し品性を磨いた方がいいかもしれない。


 もちろんだが、そんな言葉をクライアントに吐くほど、オレはガキじゃないよ。


「……私の手で、片づけてやりたかったものだ」


「誰が殺しても同じだよ。むしろ……ヤツは、オレにこそ因縁深い相手だ」


「お前の戦いに、惹かれて……ヒトを斬りながら腕を磨いたか」


「変人だったよ」


「……たしかにな。理屈ではなく、感情で動く、危険人物か。今日、仕留めることが出来たのは、幸いではある……それにしても、私が、この手で殺したかった」


「君は、この街のリーダーだ。危険に晒すわけにはいかないよ」


「冒険の日々は終わりか……」


「そういうことだ。君の戦いは、戦槌だけで片が付くような、簡単な戦いじゃない。この『ヴァルガロフ』にいる者たちの中で、君の理想を体現することが可能な者は、君だけだ」


「……貧弱な体制だな。私の理想を継承する者たちが、いないか」


「政治的な基盤を安定させるためにも、君が死んだり、職務を休むほどの重傷を負う可能性は、少しでも下げたいところだな」


「理屈では、分かっているのだがな…………しかし」


 テッサ・ランドールが姿勢を正した。その方がいい。悪ふざけしているロリ少女みたいで微笑ましいが、実際はオレより年上の28才だからね。


「……ご苦労だったな、ソルジェ・ストラウス。よく働いてくれた」


「期待に応えられたなら、何よりだ。ベストな状況ではないかもしれないが、ヒト斬りは仕留めたよ」


「うむ。文句はない。今日は、大勢死んでしまったから、笑顔で祝杯をあげるというワケにもいかんがな」


「そうだな」


「……だが。ロイド・カートマンは、一晩中、彫り師にタトゥーを入れさせていたらしいぞ。黒い竜のな……お前の大ファンらしい行動だ」


「なんと言えばいいのか、分からん。ヤツは、かなり気持ち悪い人物だったな」


「……私が言いたいのは、皮肉ではない。ヤツは、昨夜、ヒトを殺していないのだ。お前が昨夜、どんなに努力しても、ヤツと遭遇することは無かったのだから……」


「慰めてくれているのか?」


「そのようなものだ。今回の一件は、ただの狂人の行い。お前に罪などないのだから、気にしてくれるなよ、ソルジェ・ストラウス」


「……ああ。そうするとしよう」


 オレにも初めての経験であったからな。どう反応するべきなのかも、よく分からない。オレを真似るために、連続殺人を行ったか……剣の道の闇を感じるな―――。


「―――さて。それでは、団長。報告は十分です。休暇に戻って下さい」


「……休暇に戻れか。ガンダラとオットーを働かせておいて、何だか気が引けるんだが」


「我々は事務仕事ばかりですからな、体は休められていますよ」


 ……事務仕事の方が、ヒトと斬り合いやるよりも疲れるのは、オレが蛮族だからだろうか?インテリなガンダラとオットー・ノーランは、違うらしい。書類を読むだけで、頭痛がする日まであるのだがな……。


「私たちのことは、お気になさらずに。もうすぐ、動きがあるようですから。体を休めて下さい」


「動き?……ほう。ようやくか」


「『アルトーレ』の方も、落ち着いて来たようですからな。奪還に挑む、小規模の帝国軍を『自由同盟』側の戦士により蹴散らされています」


「豪気なハナシだな!!」


「ええ。さすがはクラリス陛下ですな。しばらくは、『アルトーレ』に手を出す敵もいないでしょう。北にハイランド王国軍が陣取っている今、『アルトーレ』に大軍を送り、クラリス陛下率いるルード王国軍と挟み撃ちにされることを避けたがっているわけです」


 『アルトーレ』は城塞の強固な都市だ。短時間で攻め落とすことは、大きな策略を用いなければ不可能である。我々は『虎』を送り込むという手法を使えたが、あれも奴隷不足となっている帝国側の事情につけ込めたからだ。


 まともに戦えば、巨大な城塞を持つ『アルトーレ』を一晩で陥落させることなど不可能である。帝国の市民を脱出させた今となっては、あの街はルード王国軍とグラーセス王国軍に掌握されている……帝国のスパイが紛れ込むのも、難しい状況だ。


 あの街を攻略するには、ファリス帝国軍もかなりの兵力を必要とするだろう。その400キロ北に、ハイランド王国軍が配置していることも警戒しなければならない。


 下手に『アルトーレ』を攻めれば、攻めあぐねている内に、援軍で駆けつけて来たハイランド王国軍に背後を取られて殲滅される可能性もある。ハイランド王国軍は、ゼロニアだけでなく、『アルトーレ』まで守っているのさ。本隊が戦わずしてな。


「絶好の機会ではありますな。『アルトーレ』には、潜在的な戦力が大勢います」


 そうだ。大規模な奴隷市場も存在していたからな、徴兵可能な亜人種の若者たちも大勢いたことも今となっては強みではある。彼らの多くが、健康な若者であり、何より帝国に対する恨みを有しているからな。


 ……しかし、この血気盛んな復讐者たちを、『使える軍隊』として組織し直す。それは言うほど容易い行いではない。


「彼らに十分な訓練さえ施せれば、かなりの戦力となるでしょう」


「そうだな……」


 この数週間の間、定期的に合同訓練を行って来た、ルード王国軍とグラーセス王国軍については連携が取れるだろうが……体力はあるとは言っても、シロウトの集団を軍隊に混ぜれば、連携が乱れてしまう。複雑化した組織は、運営が難しくもなる。


 しっかりと訓練を施し、組織哲学を共有しなければ、一流の兵士にはなれないだろう。そして、練度の低い兵士では……帝国軍には太刀打ちが出来ない。これからは敵地である帝国領内での戦も増える。


 敵がやって来てくれるとは限らず、待ち構えている敵の群れに向かう必要がある。そうなれば、『行軍』しなければならない。シロウト混じりの行軍では、隊列が乱れてしまう可能性がある。


 隊列や規律が乱れたら?……そこを騎兵で斬り裂かれて、ズタボロに狩られてしまう可能性もあるのだ。


 戦において、戦う力も重要ではあるが、そもそも『戦場まで無事にたどり着く能力』というのも、極めて重要になって来る。


 異郷の地を旅して、体調を維持する。それだけでも、かなり困難な仕事だよ。オレたち猟兵でさえ、時に体調を崩すこともあるのだから。


「あちらについては、クラリス陛下やシャーロンくんがいるので、どうにかなると思います」


「じゃあ、オレたちは、南ではなく?」


「ええ。北に向かうことになりそうです」


「……お前たちの会話は、機密情報ではないのか?」


 あの深緑の瞳を細めながら、テッサ・ランドールは質問していた。


「私に聞かせてもいいのか……?」


「構わないだろう。君も、『自由同盟』のリーダーの一人なのだからな、『ヴァルガロフ』の市長、テッサ・ランドール殿」


「分かった。北ということは、『ヒューバード』を狙うのか?……ハイランド王国軍は」


「よく分かったな」


「舐めるな、ガルーナの野蛮人」


 オレが蛮族ってことに誇りを持っているタイプの野蛮人で、良かったよ。テッサちゃんは、ガルーナ人のことを、ちょっと未開人扱いし過ぎだと思うぜ。


「『ヒューバード』は、北の海岸線にある帝国海軍の基地へ、補給物資を送っている街だ。そこを陥落させれば、帝国海軍の基地は弱る……お前たちがアリューバ半島沖で沈めた、帝国海軍の再建は壊滅的になるだろうな」


「ああ。そうだ。出来れば、帝国海軍の軍港を奪い、オレたちのモノにしたい」


「……アリューバ半島の海賊どもを、呼び寄せるのか」


 たしかに、舐めていてはいけない人物だ。テッサ・ランドールは『自由同盟』の行動を、かなり予測しているらしい。ガンダラを見たが、首を横に振っている。ガンダラが教えたわけでなく、自力で予測しているようだ。


「……ああ。東の土地に、軍隊と物資を運ぶ必要があるからな。海路を確保出来れば、陸路で運ぶよりも、はるかに短期間で、なおかつ大量に輸送することも簡単になる」


「ベタな作戦だが、有効そうだ。しかし……辺境伯軍の幹部のハナシでは、帝国内には海軍の再建を主張する有力な勢力がいるらしいぞ」


「ほう。よく知っているじゃないか?」


「娼婦に自慢話をしたがる男は、大勢いてな」


 ときおり見せる、大人の女の貌をして、テッサ・ランドールは笑っていたよ。


「……『背徳城』の上客たちに、辺境伯軍の幹部がいたのか」


「そうだ。『背徳城』にも来ていたが、砦や城に娼婦を『レンタル』していたからな。彼女たちから、それなりの情報も手にしている……辺境伯は、帝国内から大勢の貴族を呼び、うちの娼婦と酒、麻薬を使った背徳的な宴を開いてもいたぞ」


 マフィアだからかな、ニヤリと笑った時の獣じみた貌が、とても生き生きしてやがるよ。


「なるほど。君は、独自の情報源を有しているようだ」


「ああ。幾つか情報がある。それを、件のクラリス陛下とやらに売れるか?」


「……ハイランドのハント大佐には?」


「堅物は、娼婦の言葉になど耳を貸さない」


「そんなことはないと思うが……?」


「敵に塩を送る行為は、避けたくてな。ハイランドは、潜在的にはゼロニアの敵。そもそも、ルードの女王に情報を売れば、彼女を通じてハント大佐にも届くだろう。問題はないさ」


「……大佐と、仲違いはするなよ」


「……帝国を打倒するまではな。だが、その後は分からない。ハイランドが領土的野心を抱く可能性は、誰にも否定できんだろう」


「だから、クラリス陛下に情報を売るか」


「ルードならば、我々の土地まで欲しがらんだろうからな。なにせ、本国から、かなり離れている」


「そうだな」


「ハイランドには、手の内を見せたくない」


「……テッサ。オレは、ハイランドとも仲間なんだぜ?」


「ああ。知っている。その上で、信じている。お前は、私の仲間でもあるとな」


「……あまり、悪さはするなよ?」


「しないさ。自衛のためで、精一杯だ。国力を考えたら、分かるだろ?」


「まあな」


「……ゼロニアは、上手くやる必要がある。仲間を選ぶことで、政治力を作らなくてはならない……それは、お前も同じだろう?『未来』のガルーナ王よ?」


「……そうだな。オレも、小国の王になる」


 現在は、小国どころか亡国だがな……。


「『自由同盟』側の『火種』……お前たちが、帝国の軍港を欲しがっているのも、それが要因の一つだろ?」


「賢しいな。そうだ。アリューバと―――」


「―――ザクロア。『羽根戦争』でも有名な、古来より戦の歴史を重ねた間柄……可愛く言えば『仲の悪い国さん同士』。うちとハイランドよりも、その関係性は悪い」


 インテリ層は『羽根戦争』の歴史についても、よく知っているようだ。こういう時に知識量の差を見せつけられる。遠く離れた国の歴史まで、インテリさんたちは詳しい。ガルーナの野蛮人は、現地に行くまで全く知らなかった。


「やっかいな土地だ。帝国の侵略を退けたザクロアは、親帝国と見られていたライチ氏が都市代表。アリューバ半島のフレイヤ・マルデルは、反帝国を貫いていたが、半島そのものは帝国の支配下に長らく置かれていた。政治的に不安定だな」


「……両国の懸念は、帝国の勢力下に置かれることだ。そうなれば、国は二分し、内戦も起きかねない」


「だからこそ、『自由同盟』とお前は、アリューバ半島に帝国軍を運び込める軍港を、確保しておきたいのだろう」


「そうだ。両国ともに、オレには友がいる。永遠に仲良くなれという非現実的なことは言わないが……せめて、オレが生きている間ぐらいは、仲良くやって欲しくてな」


「……それに、『自由同盟』の後方が、政治的に安定するのは重要課題でもあります。帝国に攻める時に、後ろが仲違いしていたら?……兵士の士気も落ちますからな」


「わかっているよ。だから、私も協力は惜しまない……『パンジャール猟兵団』よ。親愛なる竜騎士殿よ。私たちの友情と、『未来』における相互利益のために……『ヒューバード』への侵入経路をプレゼントしよう」


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