序章 『鋼に魅入られしモノ』 その28


 剣闘士ロイド・カートマン、茶色い髪に青い瞳。筋肉質ではあるが、脂肪が少なく痩せて見える。唇をまたぐ傷痕は印象的だが、それ以外はフツーの見た目だな。頭の中身はやや個性的なようだが、凡庸な姿の男である。


 しかし、相対することで強さは伝わってくる。ヤツは貧相で冴えない見た目をしているが、戦闘能力だけならテッサ・ランドールにも近い。かなりの達人ということだな。だが、それはどうでもいい。


 にやついているロイド・カートマンに、一応、聞いておく。


「名乗っていないが、お前がロイド・カートマンか?この地下で、ポール・ライアンを斬りつけた犯人。その認識で、間違いないな」


「んー。ああ、ポール……ポールくんか。いい剣士だよね。将来有望な剣闘士になれると考えていたが、オレの剣で、死んじまったか」


「死んではいない。どうやら、彼はお前の攻撃をギリギリで躱してみせた」


「……ふむ。脳まで裂いたと思ったが、浅かったか」


「彼に、何の恨みがある?」


「無いよ。恨みは無い。ただの、その同業者くんってヤツだ。たまにはムカつく日もあるけれどさ、酒だって一緒に飲んだこともある。ポールくんは、ここでもかなりいいヤツだ」


「そんな青年を、どうして斬った」


「『そんなこと』を、気にするのかい?」


「……まあ、しゃべりたくないなら、別にいいさ」


「怒るなよ。オレのちょっとした嫉妬なんだ」


「嫉妬?」


「ああ。オレと出会っている最中だっていうのによ。アンタは、オレに別のヤツのことを訊いたから、ちょっとポールくんに嫉妬したのさ」


「意味が、よく分からないがな」


「おいおい!わかってくれよう!?……オレはさ、アンタの大ファンだ。ずーっと、堕落した人生を歩みながら、剣を腐らせちまっていたが……アンタは、オレに命を吹き込んでくれたんだよ!!見たぜ!辺境伯の兵士を、虫けら扱いだ!!ああ、あの剣……痺れたよ」


「そうか。男にモテてもしょうがないんだがな」


「嫌うなよ。オレだって、アンタとゲイ友だちになろうってんじゃない。ああ、オレの性癖は一般的だ。ちょっとサド入ってるかな?ん。まあ、いいや……オレが好きで好きでたまらねえのは、アンタの剣だよ……」


「この竜太刀か」


「そう!!その鋼だ!!……それに、そいつを使うアンタそのものもな!!オレは、伸び悩んでいたというか……つまんなかったんだ、日々の暮らしがよう」


「剣闘士は華やかな暮らしが出来るんだろ?」


「出来るよ。出来るさ。そうだけど……つまらねえ。昔は、テッサ・ランドールが毎日、誰かを粉砕していた。あの音を聞いていると、ワクワクしたが……彼女はもういない」


「彼女のことも襲おうとしたな」


「ん。ああ、そうだ。前菜ってやつさ。食前酒でもいい。メインディッシュを平らげるより先に、彼女を殺してみたくなった。アンタの次に、最高に好きな戦士をね」


「好きな戦士を殺したいか」


「分からないかな?」


「ああ。分からんな。貴様の抱いている感情は、憎しみや怒りではなく……」


「リスペクトさ!!」


 とんでもない敬意の示され方だ。テッサは、朝から職場を襲撃されて部下を殺される。その殺人現場に残したメッセージに呼ばれて、オレは昼間から、この狂人を追いかけて闘技場に行き、気のいい知人を殺されかけた。


「……はあ。理解しかねるよ」


「そうかもしれないなあ。何せ、オレ自身にだって、よーく意味は分からんのだから」


「心が病に冒されているようだぞ」


「一種の恋の病かもしれないなあ。アンタの鋼に、オレは魂を奪われている。なりてえんだ、アンタによう。アンタみたく、その太刀担いで、戦場で踊り回りてえんだ」


「戦場が好きなら傭兵になるといい」


「いいや。そうじゃない……欲しいのは、それじゃない。欲しいのは、ソルジェ・ストラウスの技と……竜太刀……それが欲しい」


「武術の技巧に憧れるのは勝手だし、マネしたければ好きにするがいい。だが、貴様の衝動に、巻き込まれた命は多い……剣闘士たちも斬ったな」


「ああ!!夜の度に、斬ったよ!!」


「腕を磨きたいなら、ここの地下で訓練でもすれば良かっただろうに」


「この地下での鍛錬じゃあ、ダメだ。本気で、殺し合わないといけない!!……そうじゃないと、『再現』することが出来ないじゃないか?」


「『再現』?」


「『再現』さ!!……戦場を、再現したかった。逃げることも、ギブアップも許されない追い詰められた空間!!……安全が保証されていない、あの混沌の中でしか……アンタの剣には近づけねえ」


 ……戦場の剣と、道場の剣は色々と異なるものだ。複数対複数の剣と、一対一の剣が、同じモノであるはずがない。一対一などという『特殊な条件』での強さなど、戦場で役に立たない部分は少なからず存在するだろう。


 戦場という混沌のなかでしか、得られぬ経験と強さがあるのも確かだ。だから、コイツは戦場を欲した?……いいや、そうではないか。『戦場にいるオレを欲した』のさ。


「お前は『犠牲者たち/人間族の太刀の使い手たち』を、『オレ』に見立てていたか」


「いいゴッコ遊びだろ?……あいつら、普段よりも強くなっていた。戸惑いながらも、振り回す太刀の動きは、いつもより良かったのさ。アンタの影に、逢えたよ」


「殺す必要は無かっただろうに」


「あったさ。あの混沌のなかで殺すことで、オレはアンタを知れるじゃないか。アンタの剣は、殺しまくって磨かれた剣だよ。オレの剣も、血で飾ってやらなくちゃ、アンタには近づけねえッッ!!アンタに失礼っもんだあああッッ!!」


 狂人は、叫んでいたよ。ロイド・カートマンは狂っているようだ。正気の人物であったとすれば、口走りそうにない言葉を使っているからね。その狂った持論のために、ヤツは夜な夜なヒト斬りを実行して、腕を磨いたらしい。


 深刻な歪みを宿した青い瞳が、オレを見つめてくる。瞳を覗き込んでいるようだ。不愉快極まりない、この殺人鬼は、今とてつもなく喜んでいるな。


「実感に満ちていたよ!!……あの場は、混沌だった。オレと彼らは戦場にいて、お互いが、アンタのように東の土地の剣を放った!!それを見て、それを味わい!!……オレは、より近く、ソルジェ・ストラウスにまで近づいた!!」


「……反省の言葉も、言いわけすらもないか」


「必要なことだったからね。必然的な犠牲さ。ヤツらも喜んでいるよ、たぶん……剣闘士やら闘技場の仕組みに、守られて、飼い慣らされて、鈍ってしまっていたことに気づかされたんじゃないか?……オレたちはね、斬り合いながら自由だったよ。皆、笑っていたから」


「……笑っていたか」


「そうだ。これも、アンタには分かってもらえないかもな。オレたちは、剣の道に生きている気持ちになっていた。違ったよ。この美しい闘技場ではなく、ネズミの走る路地裏で、名誉も金も得ることの出来ない、ただの命のやり取りこそが……剣の道だ!!」


「独りよがりの言葉に過ぎん」


「そうかもしれんね。でもさ、剣の道なんてさ、一人で歩くものじゃないかね?だって、ただの欲求に過ぎないものだから。他のヤツらと一緒に歩いても、しょうがない。こいつは命がけの趣味なだけさ。他には、なーんにもない」


「空っぽな道だ」


「そうさ。だからこそ、動きに冴えが出る。オレはね、今まで、人生なんてものを考え過ぎていたよ」


「ヒトらしいことだ。より良く生きる。より富を得たい。それでいい」


「いいや。それは、器用なヤツらのすることだよ。オレはね、生きることを考えて、危険な目に遭いそうになると、すーぐに逃げていた」


 消極的な試合を選ぶ。ポールには、そんな不名誉な評価を得ていたようだな。


「自分が生きることなんてさ、考えてちゃダメだ。少なくとも、オレはそんなことを考えていると、動きが鈍る、動くが遅くなる……重たいのさ、人生なんてものを哲学しちゃうことは、オレみたいなヤツにはさ」


「……捨て身となり、道が開けたとでも?」


「うん。開けた。オレは、いつも迷いながら生きていたんだが……四日前の戦場で、アンタとあの黒い竜に出逢ってしまったんだ。戦にも、十回ほど参加しているけど、あの日は他の全てと、違っていたんだ。敵兵を、虫けらみたいに潰して回る、アンタがいたのさ」


 たしかに、リスペクトはされているようだな。この狂人はオレのファンであるらしい。ヤツは、右手で自分の胸と腹を叩く。


「ここにさ。入れて来たんだ」


「何をだ?」


「竜をさ。アンタの乗っている、あの美しい黒い竜……オレは、彫り師に頼んで入れ墨で竜を入れてもらった!!オレの肌には、竜がいるんだ!!」


「ゼファーのことも、真似たつもりか」


「ファンだからね。でも、竜なんて、そこらにいないし……飼い方もよく分からねえ。だから、入れ墨にしたんだよ。これなら、気楽だろ?」


「……その職人まで、殺したのか?」


「ああ。ぶっ殺した!!……いい入れ墨だがね。この街には、オレの他にもアンタのファンがいる。生かしていたらよ、経験を積んだ彼は、オレより完成度の高い竜を、他のファンに入れちまうんだ……そいつはダメだ。オレは、ホンモノはムリでも、せめて入れ墨なら一番の竜を入れておきたい」


「……やれやれ。自分はオレのマネがしたいくせに、他のヤツがそれをするのは許さないのか」


「ファンの心理だ。アンタを独占したいんだよ」


「オレが男に言われたくないセリフ一位のヤツだぜ」


「おお。すまない。だが、誤解だ。セクシャルな意味はない。オレはノーマルだ」


 ノーマル?……コイツには、また似合わないセリフだ。


 だが。


 どうでもいい。


 コイツが変態だろうが、狂人だろうが、どうでもいい。もう会話をする必要を感じないさ。コイツは、生きていれば世の中に害を与えるだけの存在。オレに責任はないはずだが、いいさ……ファンだというのなら、プレゼントをくれてやる。


 竜太刀の味を、その身で知るがいい。


 こちらの殺意を感知して、ロイド・カートマンは笑った。


「……それぐらい、オレはアンタをリスペクトしているんだ。アンタを殺して独占したい。それがムリなら……アンタに、殺されてえんだ!!さあ!!殺し合おうぜ!!ソルジェ・ストラウスッッ!!」


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