序章 『鋼に魅入られしモノ』 その29


 ヤツは、ある意味で純粋だった。混じりっけのないままに、歪んだようだ。剣士としての生き方を、半ば捨てていた青年は……オレを戦場で見たせいで、剣士としての生き方を見つけたそうだ。


 ……それまでならば、別に問題はない。


 問題なのは、そこから先の行動だ


 オレを模倣しようと、ヤツからすればオレに似ている人間族で太刀の使い手たちを、次から次に襲っていた。殺しをする度に、ヤツは、きっと壊れていった。最初から壊れていたが、その壊れっぷりは悪化しつづけたのだろうよ。


 オレに似ているヤツを狩る度に、コイツは強さを増したようだ。達人級で、ある意味、器用な男にありがちの現象……『スランプ』というのを、脱出したのさ。


 迷っていたらしいな。


 剣の道がつまらないモノに見えてしまうほとに。


 立ち居振る舞いだけで分かるがね、コイツは鍛錬をサボることはなかったよ。長い間、己を管理しつづけて、ストイックに技巧と肉体を磨いてはいた。だからこそ、迷いがあっても闘技場で相手に殺されることも、重傷を負わされることもなかった。


 最初から、強かったのさ。


 しかし、本人に迷いがあった。自分の源流である、東の流派……そういうものに限界を感じていたのかもしれない。他種族の技巧や、他流の剣に魅惑されてしまう日もあるものさ。


 それに憧れて、己が進むべき道を迷う。


 ヒトは欲張りで、武術家というのは、その中でもかなり貪欲な方だ。より強くなりたいと願う。可能ならば、誰よりも強く在りたいとも。それは、大き欲望だよ。その欲望に忠実であることが、武術の道だ。


 武術と共に生きようとする者ならば、誰しもが迷う。


 この道で良いのか?


 より強くなれる道が存在しているのではないだろうか?


 そう考えて、迷うものだ。


 誰しもが迷い……誰しもが自分なりの答えを見つけるか、迷いっぱなしになる。不器用な者は、このスランプにもなれない。ポール・ライアンのように一途な男もな。生き方を見つけた。その道と、心中するのだと、ポールあたりは信じている。


 だがね。


 このロイド・カートマンという男は、そうじゃなかった。


 鍛錬をし尽くしている、むしろオーバーワーク。練習しすぎにも見える体だし、おそらく、その認識は外れてはいない。多くの道に手を出しながらも、迷ってきた……。


 それでも、体も心も鍛錬から離れなかった。どんなに迷おうが絶望しようが、幼い頃から、鍛錬から離れるという日が無かったからだ。


 マジメではある。


 純粋なのさ。


 だからこそ、ここまで曲がれるのだ。


 力を求めて、限界を感じ……自分を疑い、スランプになった。迷いのまま、もがく者の剣には冴えなど宿らない。だからこそ、ロイド・カートマンは、街で一番の太刀の使い手にはなれなかった。


 おそらく、強さの秘訣を探り出すために、キール・ベアーとつるみながらも……キール・ベアーには勝てなかった。


 勝てなかったのは、たんなる結果論さ。スランプに陥ることで、ロイド・カートマンが、ただ自分の強さを濁らせていただけに過ぎない。


 おそらく、もう何年も前から、ロイド・カートマンこそが、この街で一番の剣闘士であったのだろうよ。実力的にはな。カートマン自身にあった迷いが、スランプを引き起こして、実力を発揮させることが出来なかった。


 その迷えるクソ野郎に……オレは、スランプ脱出のヒントを与えてしまったようだ。戦場で竜太刀と共に暴れ回る、東方流派の剣士を見て、彼は、自分の生き方を選んだ。迷いを捨てた。


 強く在るためには、命の重さを無視すればいい。そんな危うげな道を選び、困ったことに、ヤツの鍛錬と才覚は……その道に、適合を果たしたようだな。


 誰が悪い?


 もちろん、オレは一切、悪くない。


 悪いのは、このロイド・カートマンただ一人だ。この狂った人殺しで、ただの殺人鬼でしかない……名誉の欠片もなくした、ただの悪人だけさ。


「……これは仕事だから、お前を殺すだけのこと」


「そうかい。理由はどうあれ、最高のシチュエーションじゃある。アンタと、殺し合いが出来るんだからな」


「喜ばないでくれよ?……なんだか、腹が立ってくるからな!!」


 ―――踏み込んでいたよ。オレと……そして、ロイド・カートマンの野郎もな。同時に床石を踏み壊すような強さで押して、体を加速させる。


 似ているな。


 本当によく似ている。オレは右で、ヤツは左構え。太刀の長さも、よく似ている。四日前に作らせたわけじゃない。古い鋼だ。ヤツとオレの体格が、よく似ているから、同じような長さの鋼を選んだだけ。


 偶然の一致。しかし、それだけに、ヤツにはたまらなく嬉しいのかもな。


 オレをマネするための下地が、ヤツにはたっぷりと備わっているからだよ。人種、流派、年齢、身長……よく似ている。オレはヤツほど体重を削っちゃいないが、手脚の長さはほとんど同じ。


 マネすることが出来たなら、オレに匹敵する力に得られると、このスランプから解放された猛者は考えているようだな。その甘すぎる考えに―――怒りを覚えてしまう。竜太刀を振り下ろす!!斬撃を放ち、殺意を帯びた断頭の強打を放った!!


 ヤツは反応する。両手持ちにした太刀で、こちらの斬撃に対して、横切るように一撃を放つ。鋼が衝突し、闘技場に歌を響かせていた。


 ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンンンッッッ!!!


 鋼の歌を浴びながら、ロイド・カートマンは顔を歓喜に歪ませていた。


「はははっ!!スゲー……想像より、ちょっと上でやんの……っ!!」


 一撃で仕留められるほどのザコとは思っちゃいない。オレを模倣するほど、東方の武術を使いこなす実力者。そんな剣士を、一刀のもとに斃せるなんて、考えちゃいない。


 鋼が競り合う中、力尽くで、さらに踏み込む。


「お……おいおい……ッ」


 その前進の力を、ロイド・カートマンはいなそうとするが、想像より上らしいオレの怪力を読み間違えていた。ロイド・カートマンの構えは、圧し崩される。ヤツの太刀から、竜太刀が動き……自由を手にしていたよ。


 踊るのさ。


 アーレスの宿る、竜太刀と一つとなって、剣舞を踊る。ストラウスの嵐、四連続の斬撃が、狂気の剣闘士へと襲いかかる!!


 ヤツは、左手一本に太刀を構え直すと、さっきとは別人のように軽やかに、こちらの斬撃を受けては躱していく。


 力勝負では、圧倒的に不利なのだと、理解したらしいな。オレの右腕に、両腕で押し負けた。身長は同じようなものだが、筋力と体重はこちらの方が上なんだよ。


 そうだ、力で負けてしまうと、オレの一瞬の加速に呑み込まれる。だからこそ、力勝負をせずに、太刀を片手持ちにしながら、こちらの斬撃の勢いに、乗るようにして踊りやがる……そうだ、片手持ち。ストラウス家の動きだったよ。


 その攻防は一瞬で過ぎ去り、わずかな血煙が風に混じる。カートマンの血だ。ヤツは攻撃することなく、ただ防ぐことに必死となっていた。その結果、生き残りやがった。


 革がメインの鎧のおかげで、ヤツは素早く後退することが可能だ。間合いを開ける。間合いを開けて、斬られた右腕を持ち上げていた。熱く燃えるような痛みが走り、そこから血がドボドボと出ているのだが……その痛みに、狂人はオレの知らない価値を見出す。


 笑いやがった。


 利き腕じゃないとはいえ、右腕を斬り裂かれても笑えるとはな。


「ハハハっ!……スゲーよ……いきなり、死ぬところだったぜえ……っ」


 四連続の斬撃のうち、三番目だ。それが、ヤツの右の篭手を斬り裂き、その身にわずかな傷を入れた。しかし、太い動脈には入らなかったらしい。肉や腱を断ち、指を殺すことにも失敗している―――いや、避けた。寸前で、ヤツは身を捻ったのさ。


「……いい動きだ。アンタ、いい動きすぎるだろ、ソルジェ・ストラウスよ。でも。オレも、なかなか、やるだろ?……生き残れたぜ!!」


 ケチをつけてやりたいが、かなりのものだ。ストラウスの嵐を、生き残るとはな。本気で、殺してやるつもりだったのに。


「なあ。ソルジェ・ストラウス。アンタはオレに訊くべきことがある」


「……無いな」


「いいや。聞けよ?……オレの手首の骨を斬ったんだぜ?動脈は無事だが、それだけだ。骨にも傷が入っているから、血が止まらねえ……時間をかけた方が、オレは弱るんだぞ?」


「……知っているよ」


 ……そうだ。理解している。オレとヤツのあいだには、大きな実力差というものがある。それでも、ヤツは刺し違えるつもりなら、オレにより近づけるというのも事実だった。ヤツは、死ぬ覚悟をしているからな。


 包囲されている。居場所を明かした結果が、それだよ。元々、この狂人は死ぬ定めにあるのさ……だからこそ、命を惜しむことはなく、刺し違えることだって出来る。追い詰められた獣だよ。


 強者を殺せる、十分な技巧を持っている男だ。少しでも出血させて、弱らせるという行為は戦術として正しいし、この狂人に興味を抱いているのも事実じゃある。


「何を訊いて欲しいというんだ?」


「たくさんあるぜ?……オレという男の人生の全てだな」


「そんな時間はない」


「ああ。分かっているよ。アンタ、オレが色んなヤツを殺したことを、怒っているみたいだね?」


「そうだ。お前はテロリストだ。剣闘士でもなければ、戦士でもない」


「……だが、剣士ではある」


「……断言するか」


「ああ。するさ。オレは、今、人生で最も、剣士をやれている。いついかなる時よりも、深く……純粋で無垢なものさ」


「いいや。お前は、罪深い、ただの悪人だよ」


「ハハハッ!!……厳しいや。でも。さすがは、ソルジェ・ストラウス。人間族では、間違いなく最強の男だなあ……アンタにはね、ファンとして、最強の存在でいつづけてほしい……だからこそね。仕留め損ないが、いちゃいけない」


「……お前のことは、すぐに殺してやるよ」


「いいや。焦るなよ。オレじゃない。オレじゃなくて、あのクソ生意気なエルフのガキどものことさ。アンタ、あいつらともめたんだろ?」


「そうだが……」


「だからこそね。オレは、アンタの仕事を代行したんだよ」


「はあ?」


「分かってくれよう?……アンタにはな、ソルジェ・ストラウス。誰よりも強くあって欲しいんだよ。敵対する全てを殺す、邪悪な魔王。そうでなくちゃ、憧れた甲斐がないってもんさ」


「あの連中を殺したのは……オレと敵対して、生き残っていたからか」


「正解!!オレのこと、ちょっと分かって来ているじゃないか、ソルジェ・ストラウス。オレは、アンタと戦ったのに、生きているアイツらがね……ホント、ウザかった。ウザすぎだ。オレの最強が、あんな生意気な長耳どもを、殺し損なった?……屈辱だね」


「無意味な殺生をしているつもりはない。オレは、あの連中に、殺すほどの価値を見出さなかっただけだ」


「ああ……きっと、そうなんだろうと思っていたよ。歯牙にもかけない。雑魚だから、見逃した。でも、ファンはね、アイツらを許せない!!最強と戦って、生き残りやがったんだからな!!……それはね、ソルジェ・ストラウス。オレに対する、裏切り行為だよ」


 狂人の言葉は、やはりマトモではない。あの連中を殺さなかったことに、どうしてこの男が腹を立てているのか、さっぱり理解することが出来ない。


「……オレに、お前の狂った理想を押し付けすぎているぞ」


「……ん?気に入ってくれなかったか。アンタのための行動だったんだ。あの長耳どもを殺すのも―――」


「―――違うな。お前は、オレと戦ったアイツらから、情報を得たかった。どう戦ったのかを聞き出して、ヤツらの負傷を確認した。オレを探るために」


「…………ああ。それもあったよ。情報を集めたかった。この戦い、どうせなら勝ちたいものだからね。でも…………あまり、参考にはならなかったな!!」


 ヤツはそう言いながら、右腕を振っていた。篭手の中に、血がたまるのを待っていたようだな。そして、その血をオレに対する目つぶしとして使った。


 視界に、悪人の血が飛来する。赤い血の向こうに……ヤツが突撃するために、身を低くするのが見えていた。


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