序章 『鋼に魅入られしモノ』 その27


 エルフの秘薬と、剣闘士の持つ生来の体力がポールを助けてくれそうだ。造血の秘薬は効果を発揮し始めている。


「お兄ちゃん!」


「兄さん!」


「……状況は?」


 フル装備のミアとシアン、そしてククルが駆けつけてくれる。脚が速く、偵察能力の高い3人だな。そして、応急処置の知識もある……ロロカ先生の判断だろう。いいユニットだ。彼女たちなら、負傷者を守りながら、治療活動も可能。


 そうだ。


 負傷者は、ポールだけではない。地下には剣闘士たちの訓練施設もあるはずだが、この場に誰も駆けつけてこない―――血のにおいもする。ロイド・カートマンは、地下で訓練をしていた剣闘士たちも襲っているのかもしれない。


「よく来てくれた。この部屋では、4人が殺され、1人が重傷。治療は施している、彼はどうにかなりそうだ」


「そっか。良かった。でも……このフロアには、他にもいそう」


「いるだろう。ミアとシアンでコンビを組んで、救助が必要そうな者がどれぐらいいるかを把握してくれるか」


「……了解だ。行くぞ、ミア」


「うん!行ってくるね!」


 ミアとシアンが行動を開始してくれる。動ける者もいるはずだ。鍛錬の音であろう、リズムのある打撃も耳に届いているからな。戦いではなく、技巧を体に馴染ませるための反復の動作によるものだ。


 元気な剣闘士が最低でも二人はいて、お互いに鋼を打ち込んでいるのさ。シアンなら、彼らに手早く命令が出来るだろうな。


「ソルジェよ。ここは、私とククルで野戦病院をやろう」


「そうだな。お前たちなら適任だ」


 そうだ。ククルは『メルカ・コルン』。錬金術の知識もある。高度な応急処置を行えるのさ。


「頼むぜ、ククル。リエルと組んで、敵を警戒しつつ、運ばれてくるケガ人の治療にあたってくれ」


「わかりました!がんばります!」


「オレは、この騒動の原因を排除して来る。地上の入り口は、ロロカとカミラとキュレネイがカバーしているんだな?」


「はい!」


「いいチームだ。騎兵隊でも突破出来そうにないぜ」


 ロロカの槍に、キュレネイの『戦鎌』か。長いリーチの鋼だ。騎兵が10騎で突撃してきても、全員返り討ちにされるだろう。騎兵ではなく、剣闘士が一人で暴れているようだが……彼女たちが入り口を守っているのなら、ネズミ1匹たりとも外には出られん。


 カミラは、二人のカバーに当たるのさ。『コウモリ』に化けられる彼女なら、ロロカ先生の指示の元、どんな状況にも有効に対応するだろうからね。犯人を……ロイド・カートマンを逃がすわけにはいかない。あの三人が入り口を守るのなら、その点は安心だ。


「ソルジェよ。こちらは任せておけ。この男は、おそらくは大丈夫だ。他の負傷者も、出来ることはしてやろう」


「ああ。任せたよ」


「リエルさん、私、治療物資の把握を行います!」


 ククルが張り切っているな。医薬品の入っていそうな戸棚を見つけた。鍵がかかっているようだから、剣を抜いて戸ごと破壊する。


 何とも『知的』な判断だ。今、優先すべきことは負傷者の受け入れ体勢の構築だ。悠長に鍵を探したり、鍵開けを行うよりも、アレが最速だということさ。ククルは戸棚の中身を物色している。


「ふむ。包帯と綿花は十分ですし、縫合用の糸も足りています……これは、止血剤の類ですね。あとは、痛み止めと心臓の力を強める霊薬……闘技場だけはあり、外傷と出血には、十分に対応することが出来そうです!」


「『メルカ・コルン』は頼りになる。お前に任せれば安心だな」


「は、はい!……では、兄さん」


「行ってくる……ポール、死ぬなよ。君が死んでしまうと、トミーじいさんが悲しむ」


「……はい……ボクも……まだ、親方に習いたいことがありますから……」


 血の足りぬ青い顔をしてはいるが、ポール・ライアンは包帯が巻かれた頭を、ゆっくりとうなずかせたよ。どうにかなるさ。オレはうなずき返すと、リエルとククルにこの場を託して奥へと進む。


 医療施設のすぐ奥には細い通路があった。そして、その先にはポールの語っていた通り、昇降機が設置されている。


 かなり大きい錆び付いた年代モノの機械だな。鉄柱で組まれているよ。見上げると、7メートルぐらいの高さがあるのか……観客席に囲まれた武舞台には、これで行けるようだ。ここから剣闘士を送り出すわけか?……派手な演出で飾り立てたら、面白いかもしれんな。


 この昇降機の部屋には、オレがやって来た医務室からの通路以外にも、二つほど通路が接続している。剣闘士たちの控え室にでもつながっているのかもしれない。


 合理的な設計思想だよ。


 狭い地下だからかもしれないが、この場所に複数の機能が集中している。剣闘士を武舞台に送り出すための場所であり……逆に言えば、武舞台で負傷した剣闘士を、素早く地下に戻し、医者の治療を受けさせるのさ。


 ……死者が出たときも、コレを使うのかもしれない。殺され方にもよるが、剣闘士たちはヒドく損壊した死体になる場合もあるだろう。あまりにもグロテスクな死については、中には興奮して喜ぶ観客もいるだろうが、喜ばない観客も少なくはない。


 それに、死者に対して好奇の目を注がせるというのも、剣闘士たちの職業倫理からは反しているのではないだろうか?


 悪くない思想のもとに、この建築は成立しているようだ。


 さてと。昇降機に乗る。檻のようだな。デカい鳥かごに入っているような気持ちになってしまうよ。どうやって動かすのか……滑車か何かで吊すように動かすものだろうな。


 この鳥かごは頑丈そうなロープで吊されている。そのロープは魔力を帯びている……人血を吸わせるか、あるいは魔物や家畜の血を吸わせたロープだろう。それを魔力の源にして、呪術をかけているようだ。


 ……『ヴァルガロフ』らしいと言えるかもしれないな。その呪われたロープたちは絡み合わないように正確に配置されている。歯車や滑車と絡んだ後で―――この鳥かごの中にある小さなハンドルへとつながっているようだ。


 正確にはハンドルの先にある、金属製の軸にロープは絡んでいるようだな。コレを回せばいいのかね……そうなんだろうな。ハンドルってのは、回すための道具で、それ以外の使い方をしたことがないからね。


 蛮族ガルーナ人の怪力の見せ所かと張り切っていたが、これが何とも軽々しくハンドルは回ったな。オレが怪力すぎたせいではないよ。


 呪術の力だろう。ロープに吸わせた血が、オレの生み出す力を何十倍にもしてくれているのさ。金属の檻は、やけに容易く、するすると上昇して行くのだ。どんな呪術が施されているのか?……『チャージ/筋力増強』のような力なのかもしれない。


 日々の管理が大変そうだな。闘技場という罪深い土地だからこそ、人血に困ることもなさそうだから、それを供物にしているのかもしれん。まあ、ヒトの血だけでなく、モンスターの血も使っているのだろう。


 『雷』の属性を帯びたモンスターなら、このロープを長く、強く、呪うことも可能かもしれないしな―――興味深い発明品ではある。だが、今はこの昇降機について考察を深めている場合ではない。


 太陽の光が見えている……試合前の剣闘士は、対戦相手のことを色々と考えたりしながら、あの天井の穴を見上げているのだろう。オレは剣闘士ではないが、これから武舞台で殺し合いをすることになりそうだ。


 緊張はしない。


 この戦いは気楽なものだ。ただ勝てばいいだけ。情報を吐かせることも、盛り上げる戦いを演じる必要もない。シンプルな殺しをやればいいだけだ。


 剣闘士ロイド・カートマンを殺す。


 初対面になるわけだが……オレの殺意は十分に高まっている。


 容赦なく斬り捨てられるだろうよ。


 太陽の光を浴びる。


 ……武舞台で待ち構えているとするのなら、昇降機のなかにオレがいる今こそが絶好の機会であるはずなのに、ロイド・カートマンは襲撃して来ない。戦いを舐めているのか?強者と殺し合いをするときには、手段を問うことは愚かしいというのに。


 7メートルの上昇はすぐに完了した。


 武舞台というのは石畳が広がった、開けた場所だったよ。周囲を三つの階層に分けられた観客席に囲まれている。剣闘士同士の正式な試合が組まれているわけじゃないから、観客席はまばらだが―――2万人は収容出来そうな広さがある。


 ここに観客が一杯に集まり、拍手喝采を地上からせり上がってきた剣闘士たちに浴びせるのか?……そいつは実に楽しくなる瞬間だろう。自己顕示欲が満たされそうだ。リエルとか、喜びそう。


 オレは、足下にある船の錨みたいに大きな留め金を蹴り込み、吊り上げられた鳥かごを地上部分の設備と固定させる。粗雑な造りだが、巨大な鉄の塊同士で固定されていると思うと、安心するな。


 鳥かごに入れたまま7メートルも落下するのは、楽しい行いとは言いがたいから。そうだ……チャンスだったのにな―――。


「―――ロイド・カートマンだな!!」


 そうだよ。とっくの昔に見つけていたよ。そいつは目立つんだ。奇抜な鎧を着ているわけでもないが、この武舞台の中央に、痩せた長身の男がいる。そいつは、その場所にあぐらをかいて座り込んでいた。


 長い脚を組んだまま、背中にはオレのマネなのか、大きな太刀を背負っている。長い茶色の髪を、後頭部でひとくくりにしている。無精ヒゲがあり、目は閉じられていた。


 鎧を着ているな。基本的には革をベースにしているが、急所には鋼の小さなプレートが入っている。機能的な鎧。戦場では意味が少ないが、闘技場では使いやすいのかもしれない。少なくとも、ロイド・カートマンの体にはよく馴染んでいるのだろう。


 ロイド・カートマンに対して、オレは近づいていく。


 呼びかけに応じていないが、確信はあるのさ。


 なにせ、この男の顔は、返り血で赤く染まっているからね。ヤツの青い瞳は、ただ、こちらをじっと見つめている。口元は、ニヤリと歪み、欠けた前歯を見せて来た。長い戦いの中で、顔面に刃を入れられたことがあるのだろう。


 唇を斜めに横切るように、左上から右下に走る、古い裂傷が特徴的だった。ロイド・カートマンの前歯の一本は、そのときに斬られて欠けていたらしい。


 不気味に笑うその男と、5メートルほど距離を開けて止まる。


 竜太刀を二、三回振り、準備運動は完了したよ。


「……立ち上がれよ、ロイド・カートマン。そのまま座っていても、オレは容赦することなく斬りかかれるぜ」


 なにせ、初対面である貴様のことを、大嫌いだからだよ。こちらの敵意に反応したのか、ロイド・カートマンはゆっくりと立ち上がる。そして、太刀を引き抜いた。やはり左利きのようだな……。


 醜い傷痕の走る唇が、不愉快な声を放つ。酒に焼けたようなハスキーな声だ。悪い声ではないが、嫌いなヤツの声は……初めて聞いても不愉快になれるらしい。


「ああ!!待っていたぜ、偉大なるソルジェ・ストラウス!!……アンタと、斬り合いたかったよ!!……四日前から、ずっと……この瞬間を、待っていたんだぜッ!!」


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