序章 『鋼に魅入られしモノ』 その26


「……どうして、お前はここいるんだ、ポール・ライアン?」


「……え……?」


 意識が混濁しているのだろうか?それとも、耳が遠くなっているのか……オレはポールの右前腕を包む、篭手を引き抜いた。留め金を外したおかげで、あっさりと抜けてくれた。その篭手の中には、血でたっぷりだ。


 舌打ちしながら、篭手を投げ捨てる。手首に傷口があった。深いな……頭を守るために、あえて篭手と肉を切らせた……反撃までは叶わなかったようだが、おかげで死ななかった。


 ポールの前腕を両手で掴み、彼の胴体の上にゆっくりと置く。リエルはすでに用意してくれていた。森のエルフ族が森のなかで飼っている、聖なる蚕の糸。傷口に融け合うことで、斬られた部位を縫合しながら癒着してくれる、優れたアイテム。


 縫い針にそれを聖なる蚕の糸をくくりつけると、エルフの指は、冷静な動作でその傷口を縫い始めた。腕に圧がかかると、血が吹き出るから、動かさないようにオレの両手が固定している。


「ソルジェ、こっちはいいから、会話を。意識が消えると、危ない」


「……ああ。おい、ポール。どうして、ここにいる?」


「…………ぼくは……そうだ、『ザットール』……たち。昨夜、サー・ストラウスを……襲っていたじゃないですか……?あいつら…………」


「あいつらは?」


「え……ああ、はい……あいつら、サー・ストラウスの鎧を、あの黒くて綺麗な子を……盗もうとしていたって……」


「そうだな。そう言っていたぞ。それで?」


「……親方の工房に、盗みに入るつもりだった…………わけですよね」


「おそらくな。傷つけるつもりは、なかったようだが」


「……分かりませんよ…………親方の工房には、いい鋼がある…………西の、『マドーリガ』あたりにいる、ドワーフたちには…………価値が、よく分かる…………それに……北の『ゴルトン』は、密輸だけじゃなくて盗品の取引もするんです……」


 トミー・ジェイドの扱う、高質な鋼たちを換金する作業は、この街では難しくなさそうだな。


「……釘を、刺しておこうかと、考えたんですよ……」


「釘を刺す?」


「親方の工房に近づけば……殺すって…………コイツら……『ザットール』は、金に困っている……盗人を働くのも、時間の問題です……か、ら……」


「……ソルジェ。縫い終わった。包帯を取ってくる」


「ああ、頼む」


 リエルが立ち上がり、医務室を見回す。ここには、包帯ぐらい幾らでもありそうだ。すぐに見つけたようで、歩き始めたよ。


「……それで、ポール。君は、トミーじいさんの工房を、あの『ザットール』どもが襲わないように、ここに来たんだな」


「……はい。そしたら……叫び声と、争うような音が聞こえて……まあ、ここでは、そういうの……日常茶飯事ですからね…………剣闘士たちは、荒っぽくて……」


「そうだろな。それで、どうなった?何が起きていたんだ?」


「……ここに来たら……殺されていたんです……あのエルフたちが、ズタズタに斬り裂かれていた……『あのひと』……あんなに強かったとは……思わなかったなあ……」


 『あのひと』か……。


 ニコロ・ラーミアの読みは当たっていたらしい。オレの読みは、大外れもいいところだがな。オレは、この人の良い男のことを、市庁舎を襲撃したり、人間族ばかりを狙うヒト斬りだと考えていた。


 大きな過ちだったな。


 この青年は、たしかに強い。才能よりも、努力と知恵で補ったような強さだ。鎧職人の道を進もうと考える男さ。必死に生き抜こうとして来た男。死を恐れ、命を守ることの尊さを知っている戦士だ。


 名誉のない死を、ヒトに与えようと考える人物じゃなかった。


 オレは、大きく反省すべきだな。


 ……そして。


 聞くべきだ。


 もしも、ポールが二度と話せなくなったときに備えて……彼のために殺すべき者の名前を、彼の口から聞いておきたいんだよ。


「ポール。誰だ、そいつは?『ザットール』の若造たちを斬り殺し、君のことまで斬り裂きにかかったのは、どの剣闘士だ?名前を、教えてくれ」


「……かーとまん…………です」


「カートマン。そうか、たしか……キール・ベアーの弟分だとかいうヤツか?」


「は、はい……『ロイド・カートマン』…………あのひとが、ここで、エルフを斬り裂いて…………ボクとも……戦いました…………まけちゃい、ましたよ……」


「君は、オレに脇腹と胸にダメージがあった。あれがなければ、もっといい勝負になったはずだよ」


 ……そうだ。あの負傷さえ無ければ、ポール・ライアンの動きは、より鋭いもののはずだった。


「……死んでくれるなよ。ポール。このまま君に死なれると、オレは罪悪感で、竜鱗の鎧を、じいさんのところに取りに行きにくくなる……」


「……ははは……だいじょうぶですよ…………ボクが死んだぐらいで、職人の仕事を、放り出すような、未熟者じゃあ……ないですよ…………親方は……っ」


 ポールが苦しそうな顔をするから、不安になってしまう。薬草医リエル・ハーヴェルが包帯を持って帰還してことが、死ぬほど心強かったよ。


 リエルは縫い合わせたポールの手首を、強く包帯で締め上げるようにして巻き付けていく。止血の基礎だな。圧迫さ。


「ポール。これで傷は大丈夫だぞ」


「は、はい……『ヴァルガロフ』の剣闘士は、出血に、慣れていますから……」


「そうだな」


「ソルジェ。そいつの頭を縫おう。固定していくれ」


「わかった」


 指を使い、ポールの頭を固定する。リエルはザックリと開いている、ポールの額を縫い始める。素早いものさ。すぐに、あの聖なる蚕の糸を使い、その傷口を縫い合わしてしまう。


 縫った後は、医療用の蒸留酒を、リエルはポールの頭にぶっかけた。かなり染みたのかもしれないな、剣闘士の顔が歪んでいたよ。でも、オレの指が動かないように固定していたおかげで、傷口の消毒だけですんだ。


 急な動きで、傷口が開いては大変だったよ。


 リエルがポールの頭に巻き始める。大胆な処置だが……ガルフ・コルテスが組み上げた猟兵式の『ファースト・エイド/応急処置』。傭兵稼業を50年もやって来た男だったからな、死と戦う術はよく知っていたのさ。


「……秘薬が効いてきている。このまま、心臓が狂わなければ、助かるかもしれない」


「……ああ。十分だ」


「うむ。これ以上は、すべきことはないな」


 縫うべきところもないだろう。小さな傷は、止血の秘薬でふさがっているはずだ。あとは造血の秘薬が、効果を発揮し始めれば、どうにかなるさ。


「なあ、『ロイド・カートマン』は……どうして、こんなことをした?……君に、恨みがあったのか?」


「……いえ……そういうのは、ないと思います……」


「おそらくだが、キール・ベアーを、そいつは殺しているようだ」


「……キールさんを…………そんな……」


「弟分だからな。キールの東方流派の剣術を、よく知っていた」


「…………そうでしょうけど…………それにしても、強かったです……もっと、地味なヒトだと…………ボクは、ちょっとバカにしていた…………それ、でしょうか……」


「多分だが、違うと思うぞ」


「……彼は……どうして……」


「……もしかしたら、オレのせいかもしれないそうだ」


「え?」


「どうやら、戦場で、オレの動きを見て……それをマネしているらしい。ヤツは、片腕で太刀を振り回しているだろう」


「はい……」


 床を見る。


 血塗られたステップの痕跡が、ハッキリとそこには残っている。片腕……おそらくヤツは左なんだろうが、左手で太刀を握り、腕力とステップに頼り、動きながら斬りかかっていた。


 ……消極的な剣闘士という評価とは、ややかけ離れているようにも思える。だが、実際にそうして戦ったのさ。この赤い足跡と、ポール・ライアンの鎧に刻まれた斬撃の痕が物語っている。


 似ているな。


 たしかに、よくもまあ、ストラウス家の技巧を、盗みやがったもんだよ。


「…………そうですね……あれは……あの動きは、サー・ストラウスの動きでした……そうか……試していた…………いいえ、練習していたんですね……ロイド・カートマンは、戦場で……怖くなくなってしまったんだ」


「……怖くなくなった?」


「……ボクと、親方みたいなもんですよ……鎧の道を……進みたくなったのと、同じことで…………きっと、ロイド・カートマンは……本当の剣の道を、進む覚悟を……したんだと思います……命を惜しんでいない、攻撃でした……」


「捨て身か」


 リエルが短い言葉で、真実を語ってくれた。


 そうだろうさ。


 捨て身、特攻……攻撃のことだけを、かつて消極的だった男は選んでいるようだ。防御の達人であるポール・ライアンさえも倒してしまえたのは、迷いを捨てて攻撃に徹しているから。実際に、ヤツと戦ったポールが、そう考えているようだな。


「……生きることを、気にしなくなったんですよ……したいことがあるなら、ヒトって、しちゃうもんです。たとえ……それで、死ぬ可能性があったとしても……」


「ロイド・カートマンは、戦場で価値観が変わったか。ソルジェの戦い方を見て、何かに感化されてしまったのかもな」


「オレが、悪いのか?」


「ぜんぜん、悪くない。だが、因縁を感じないでいられるほど、私のソルジェ・ストラウスは鈍感な男でもないのだろう」


「……そうだな。何にしても、ストラウスの嵐のニセモノを踊った男を、生かしておく趣味はない」


 魔眼を使う。ポールの心臓は、さっきよりも安定して動いている。


「ポール。ヤツは、どこに行った?……オレたちが、ここに来る直前、君らは戦っていたようだ。西側の正門から入って来たが、ヤツは見かけなかった」


「……このまま、奥に進んで下さい……そこに……昇降機があります……人力ですが、上に出られる……」


「武舞台にか?」


「はい……きっと、そこに行ったんですよ…………あのひと、今、自分に酔っているんですよ。なりたいヒトに、近づけたと考えている……だから、試したいんですよ。闘技場で、自分の強さを……」


「……ならば。教えてやるさ。ヤツは、そんなに強い男じゃないと……少なくとも、オレには遠く及ばないという事実を……このオレの手と竜太刀で、教えてくるよ」


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