序章 『鋼に魅入られしモノ』 その20


「うおおおおおおお!こ、これは、ミルク・トーストだあああああああああああああああああッ!!」


 リエルに起こされたばかりの、我が妹、ミア・マルー・ストラウスは大喜びモードに突入していた。黒い髪のあいだから生えた猫耳が、リズミカルに踊っているよ。


 ミルク・トースト……いや、『パン・ベルデュ』との邂逅を、ミアの魂が喜んでいるのだ。黒真珠よりも美しいマイ・シスターの瞳が、星々に祝福されたみたいに、輝いている!!


 リエルに抱っこしてもらい、寝室から運ばれて来たミアであったが、今この瞬間、つい先ほどまで眠っていた様子は消え去っている。リエルの腕から飛び降りて、オレの元にやって来た。やって来て、飛びついて、頬にキスしてくれた……っ。


「ありがとー、お兄ちゃん!!」


「ああ。ミアに喜んで欲しくてな」


「うん!!ウルトラうれしい!!朝から、サイコーの気分だー!!」


 ぐっと握られた小さな二つの拳が、天井目掛けて衝き上げられていた。ミアは、窓の外に見える、お日さまを見つめているな。


「いい朝だー!!」


「イエス。いい朝でありますな」


 キュレネイ・ザトーが、マイ・シスターに並んで、太陽を見つめていた。


「分かる、キュレネイ?」


「分かるであります」


「やっぱりね!キュレネイは、こういう感動を、分かる人だもん!!」


 ミアがキュレネイに向き合った。キュレネイは、自分の髪の色と似たパジャマを好む。丈が短い小さなパジャマをな。ミアはその水色度がいつもより多いキュレネイの前で、腕をゆっくりと大きく開いて行く。


 無言にして無表情であるが、キュレネイの腕もまたミアと同じように開いていく。何が始まるのか?……まあ、オレは知っていた。


「いざ、合体っ!!」


「イエスであります」


 マイ・スイート・シスターが、元気よくキュレネイに向かい、ピョンと跳ぶ。そのままキュレネイは薄めの胸に、ミアのことをガシリと抱きしめていた。


 ハラペコな美少女たちは、ハグで表現しているのさ。この金色に輝く、『パン・ベルデュ』と、朝一番で出逢えたことをな……。


「あんなに喜んで……っ。お兄ちゃん、泣きそうだよ……っ」


「……毎度、大げさ過ぎないか?」


 少し酒臭い『虎』は、あくびしながら語る。シアン・ヴァティだ。


「感動しているんだから、いいじゃないか?」


「……牛乳漬けのパンにか。感動よりも先に、お前の甲斐性を心配すべきではないのか、ソルジェ・ストラウス」


「え?」


「……あんな安いモノを、あそこまで喜ぶ。長ならば、部下を、飢えさせるな」


「たくさん食べろ!!ミアは成長期だからな!!」


「うん!!目指せ、ロロカ!!」


 ロロカ先生並みの巨乳を?……道は、険しいが。ミアが目指したいのなら、お兄ちゃんは応援する。


「イエス、ロロカを目指すであります」


 水色のパジャマの胸元を、無表情のまま指で揉みながら、キュレネイもそう語った。スレンダーな体もいいと思うが……。


「む、胸で、私のことを連想するのは、す、少し、恥ずかしいんですが……」


 頭脳と胸囲では、圧倒的なポテンシャルを有しているロロカ・シャーネルは、恥ずかしそうに胸の前で腕を交差させていたよ。その仕草でも、ある意味胸が強調されるな。


「むう。大きな山が二つ見えーる!!」


 ミアがロロカ先生にも飛びついた。ミアのハグを求めるジャンプを、拒絶できる猟兵はいない。ロロカ先生も、ミアのことを抱き止めていた。ミアの顔が、あの豊かな部位に埋まっていたよ。


「……あ、圧倒的な、戦力差……っ。キュレネイ……私たち、栄養が足りない」


「ふむ。そのようでありますな。栄養が、とても足りています」


「あの……栄養が足りてるって、言わないでもらえません?……まるで、太っているみたいに、聞こえますので……?」


 シアンに近しい戦闘能力を持っている、ロロカ・シャーネルの言葉は、猟兵女子のあいだでは強い権威を持っているようだった。ミアとキュレネイは、遊びすぎたことを反省するかのように、ロロカ先生から遠ざかっていく。


 ディアロス族はキレると怖いのだ。


「キュレネイ!カミラちゃんに、ターゲットを変える!」


「ラジャーであります」


「え、え、え!?じ、自分っすか!?」


 寝起きで、いつものポニーテールにしていないカミラ・ブリーズに、ミアとキュレネイは走り寄る。そのまま、ミアが表から、キュレネイが背後からカミラに抱きついていた。


「幸せハグの、おすそわけ!!」


 キュレネイは、戦闘能力が出ているというか……カミラのことを羽交い締めにしている。あれでは、カミラも抵抗出来ない。


「戦闘能力測定中……完了!カミラは、上の下!!」


「ふむ。ほどよい、育ちであります」


「わあああ!!あ、朝から、セクハラはやめるっすよう!?」


 目の保養にはなる。ああ、美少女と美女だらけの空間にいられるとはね……至福の時ではあるな……あんまりにやけると、シアンに氷より冷たい視線を浴びさせられそうだから、紳士みたいな顔をしておこう。


「……ミアちゃん、トーストが好きなんですね」


 ククルがオレの背後に隠れながら、そう呟いた。ミアとキュレネイの、ハグ攻撃に対する『盾』に、使われているようだな。ククル・ストレガは、あの長い黒髪を、頭の上でお団子状にまとめている。


 オレは、そのお団子に、視線を誘導されていた。


 お団子に語りかける。


「……ククルは、あれ嫌いか?」


「いいえ。好きですし、兄さんが買ってきて下さったのだから、二倍好きですし?」


「そうか。蜂蜜も、たっぷりだぞ?」


「蜂蜜……『メルカ』を思い出します」


「ホームシックか?」


「え?いいえ……長らく、離れていますが……さみしくもありますけど、大丈夫です!皆さんと、に、兄さんが、いるから…………って、ソルジェ兄さん?」


「え?」


「あ、あの。私のお団子、揉むの……は、恥ずかしいです……っ」


 ついつい、目の前にあるお団子状になっている黒髪を、もんでいたな。


「すまん。つい、目の前にあったから」


「い、いいえ。兄さんになら、いいんですけど…………兄さん、お、お団子見過ぎです」


 そう言われたので、お団子から視線を下ろす。ククル・ストレガがいた。黒髪に、黒い瞳。マジメで利発な、オレの妹分だ。


「朝のあいさつは、目を見つめ合ってが基本です。メルカ式では、そーなんです」


「背中に張りついていた気がするが?」


「あ、あれは……ミアちゃんとキュレネイさんのハグ攻撃から、兄さんを使って―――」


「―――呼んだでありますか?」


「え?」


 『メルカ・コルン』であろうとも、猟兵キュレネイ・ザトーの無音の動きは読めなかったようだ。背後にキュレネイが現れたことに気づいたククルは、必死に胸を守ろうと両腕を折り曲げていた。


「さ、サイズとか、そ、ソルジェ兄さんがいるところで、公表するのは、恥ずかしいですからあ!?」


「ふむ。団長も罪作りでありますな」


「この一連のセクハラに、オレは関与していないつもりだが?」


「セクハラ?女の序列を決める、よくある早朝の戦いでありますが?」


「……あ、朝から、そんなもの決めなくても、いいじゃないですかあ!?」


「……ククルちゃん」


「え?」


 ミアがニコニコしながら、ククルの前にやって来ていた。ミアは、ククルに向けて両腕を広げる。


「朝から、ミルク・トーストを食べられる!!それにまつわる、幸せハグの、おすそわけに来たよ!!」


「そ、そんな……」


 なんて断りにくさだろう。オレが女だったら、胸のサイズとか世界中にバレたとしてもミアを抱きしめてしまうな。


「ククルちゃん、抱っこ!!合体要請!!」


「う、うう……可愛いって、ずるい……っ」


 可愛さの前に敗北したククルは、ミアのことをぎゅーっと抱きしめていた。


「……見たまんま、並み!!」


「な、並み……っ。わ、分かっていましたよう……っ。私なんて、ちょっと小器用なだけの、並みの女だってことぐらい……っ」


「え?ククルちゃん、賢くて、強いし、何でも出来てステキだよ?」


「ほ、本当ですか、ミアちゃん!!私、器用さに埋もれてませんか、個性?」


 ヒトには色々な悩みがあるものだな。


「ん。だいじょうぶ、ククルちゃん、十分、個性的。だよね、お兄ちゃん?」


「ああ。ククルには、ククルだけの良さがあるよ。マジメで、勉強熱心。皆を支えようとしてくれる器用さがある」


「に、兄さん……っ。わ、私……う、うれしいです!」


「むぎゅ?」


 ククルがミアを抱きしめていた。『メルカ・コルン』は、人間族に見えるが、『戦士』として魔女アルテマに創られた種族だ。意外と腕力もある。ミアは、ククルハグに捕らえられていた。


「ククル。ミアが中の中で、圧死します」


「中の中はやめて下さい……っ。ご、ごめんね、ミアちゃん?」


「ううん。大丈夫。キュレネイ、序列……下だね、私たち」


「……ミアは、未来があるであります。しかし、私はマイ・シスターも下級戦士」


「大神官サマなのに?」


「イエス。ある意味、大神官らしい清楚さでありますな。清貧が過ぎて、実年齢より幼く見える。アレが私と血を分けた姉である以上、私も、姉妹そろって下級戦士は決定であります……」


 ……エルゼも、妹に朝から下級戦士あつかいされているとは、想像もしていないだろうな。


「……ミア。私と、マイ・シスターの分まで、努力するであります」


「うん!せめて、ククルちゃんクラスにはなりたい。ククルちゃんは、私の目標のヒトなんだ」


「私、あ、憧れて、もらっている……っ」


 ククルが、ものすごく喜んでいるな。賢いククルが、少し状況把握を間違えているような気もする。微妙に舐められているような。それほど、この序列とは、大事なものなのだろうか?


「……ふむ。最終的に、私が最も弱くなるでありますな……」


「キュレネイも、魅力的な女だぜ?」


「……朝から、口説かれたでありますな。団長の子を産めと」


 そこまでの意味を持つ言葉ではないのだがな。キュレネイのジョークは無表情で放たれるせいか、切れ味がスゲー。


「まあ、思い返せば3年前。まだ、より幼い戦闘能力しか持たない時に、裸にされてあちこちを団長に触られたでありますからな。団長は、童女のようなモノも捕食の範囲内」


「誤解がスゴいことになりそうだから、止めろ。泥だらけで血だらけで、ガリガリで死にそうだったお前を、川で洗って治療しただけだろ?」


「イエス。それ以上は、きっと、な、な、なにも、な、なかったで、アリマス……」


 いかにも、何かがあったかのように誘導したいのだろうか?……無表情のまま、いつにも増して感情を消したような変な声で、キュレネイはそんな発言をしていた。


 かなり遊ばれているな……それだけ、『パン・ベルデュ』に感動しているのだろう。キュレネイにとっては故郷の味でもあるし。


「さて!!温め直したし、切れたぞ!!」


 リエル・ハーヴェルがそう発言していた。リエルは、この部屋に備え付けられている、薪ストーブの上に置かれた鉄板を使い、『パン・ベルデュ』を温め直していた。やはり、温かい方が美味いからな。


 その温かくなった『パン・ベルデュ』をナイフで綺麗に切り分けている。ミアが、叫んでいた。


「パーティ・モードだ!!これなら、色々と、好きなヤツを食べられる!!」


「うむ。どうだ?皆で、好きなのを、食べるのだ!!」


「いいアイデア!!」


「フフフ!そうであろう!私は、仕事の出来るエルフなのだ!!」


 リエルはドヤ顔でそう宣言しているな。ミアは、ドヤ顔エルフさんに近づき、幸せハグのおすそ分けを実行していた。


「中の上!!」


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