序章 『鋼に魅入られしモノ』 その12
「ヒト斬りと戦うか……はあ、英雄のくせに、夜明かしで仕事とはなあ……テッサ嬢ちゃんも人使いが荒い」
「……こっちが勝手に首を突っ込んだ。人間族専門のヒト斬りってのは、ちょっと厄介だと感じてな」
「厄介、なんですか?ヒト斬りなんて、珍しいものじゃないですけど……?」
さすがは、『ヴァルガロフ』だよ。治安の悪さたるや、酷いモノらしい。珍しくないか。現地に住んでいるポール・ライアンの言葉だから、真実なのだろう。
たしかに、オレたちが神経質になり過ぎている可能性もある。ヒト斬りに対して、まさか、そいつをファリス帝国の腕利きなんじゃないかと考えている。正直、考え過ぎかもしれん。
殺人鬼が、『特殊な傾向』でヒトを斬り殺す。
そいつは、ありふれたハナシではあるんだからな。人間族の剣士に恨みを持った人物像……この流れ者の多い土地では、そんなヤツはいくらでもいそうだ。
たとえば?
オレの身内のハナシになるが、『人魚』の猟兵、レイチェル・ミルラ。彼女は夫と仲間を殺された。サーカス団の素敵な仲間たち。人間族第一主義を掲げる、帝国の兵士たちに彼らを殺されている。
……東から逃れてきた難民たちも、多くがこの『ヴァルガロフ』に受け入れられ始めているのだ。帝国人に―――つまり、人間族に迫害されて来た亜人種や『狭間』たちが、今、この土地に流入しているんだよ。
人間族に恨みを抱いた亜人種。しかも、よそ者である彼らには、『ヴァルガロフ』の剣闘士に対するリスペクトはない。
太刀を振るう帝国人に、家族を殺されたり、あるいは自分自身が酷い目に遭わされたことがある連中なら……太刀を持って歩いている人間族を、殺してやりたいと願望しても、おかしなことじゃない。
レイチェルは、帝国兵士を殺すことを心底、喜び、楽しんでいる。愛情の深い女だからな。彼女は、夫と仲間たちのために、帝国兵士を永久に許さない……そうすることが、愛の証明だと信じているのだろう。
そんな復讐者が、この街にも流れ込んでいる。その可能性はあるし、そんな凄腕の復讐者が、単独、あるいは徒党を組んで襲えば?……腕の立つ剣闘士だって、殺すことは出来るだろう。
……たとえば、レイチェルのように美しい女性であるかも?……売春婦のフリをして近づけば、無力化する方法が出てくるし―――レイチェル並みの運動神経のある女性なら?
たかが、この街一番ぐらいの太刀の使い手であるキール・ベアー、そいつを殺すことぐらいは難しくない。殺意を持った、天才的な身体能力の保有者なら……戦いの技巧を知らなくても、強い剣士を殺すことだってありえるさ。
人間族専門のヒト斬り。
そいつは、誰だろうな?
街一番の太刀の使い手を、太刀で斬り裂く。流れ者で、凄腕の太刀の使い手であり、人間族の復讐心を持つ亜人種ないし『狭間』……そんな犯人像も間違いではない。
考え過ぎている可能性もあるオレたちは、もしかしたら、ファリス帝国の凄腕の密偵かもしれないとも考えているが……。
この『ヴァルガロフ』が、難民たちへ完全に開放されたのは、辺境伯軍との戦が終わった日であり―――それと同時に、ヒト斬りも現れている。難民たちのなかに、腕の立つ太刀の使い手がいたとすれば…………その考えを進めると、可能性を否定出来なくなる。
……しかし。
よそ者にしては、土地勘があるような気もするな。『ヴァルガロフ』の街は、あちこち広いし、ゴチャゴチャしているから、迷いやすくもあるだろう。この街に入ったばかりで、獲物を的確に探し出して、殺せるものかね?
だが、闘技場は有名だ。それに、腕の立つ剣士ならば、辺境伯軍との戦に志願兵として参加していた可能性もある。闘技場の剣士たちの存在を、戦場で見ていたとすれば?
そこで……たとえば、東の訛りを口調に帯びた男……東から来た可能性のあるキール・ベアーを目撃した。キール・ベアーに対して、個人的な恨みを持っていた者なら?
たとえば、キール・ベアーが東―――つまり、帝国領にいたとき、亜人種を嬲り殺しにしたことがあったとして……その時の犠牲者か遺族が、4000人の難民志願兵たちの中にいたとか……?
……ゼロとは言えないが、あまり高い可能性ではないか。
「……どーしたんじゃ。黙りこくって?」
「……ん。ああ、スマン。考え事をしていた」
「仕事熱心なヤツじゃなあ。ヒト斬りなど、珍しくもないのに」
「人間族ばかりを狙うというトコロが、気になってな」
人種間の対立を激化しようという、政治的な破壊工作なのかもしれんからな―――。
「―――はあ。ヒト斬りなんぞ、『偏執的な性癖』を持っているもんじゃ。お前さんも、好みの人種とかあるんじゃないか?」
「オレは何でもありだが……ヒトには、それぞれの魅力がある。比べるものではない」
「健全なのか、見境のない貪欲さゆえなのか」
「オレが美しいと思える者が好みなだけだ」
「……キレイな言葉にまとめおる。じゃが、ワシがクッキーを愛するように、そのヒト斬りにも、好みがあるだけではないのか?……鋼に魅入られる者は、少ないんじゃ。闘技場もある、マフィアだらけで治安も悪い……偏執的なヒト斬りが、生まれやすい土地じゃよ」
「……じいさんは、どんなヤツだと思う?」
「んー?……死体を見たわけでもないから、想像もつかん。ワシは探偵じゃない。片耳の聞こえの悪い、鎧打ちのジジイだしのう」
「そりゃそうだな」
じいさんは、ニコニコ笑っている弟子のポールがついでくれた、ミルクたっぷりの紅茶をすする。
「殺されたのは、剣闘士と……?」
「傭兵、屈強な男。皆が、太刀の使い手で、太刀で斬り殺されているようだな」
「……はあ。じゃあ、太刀の使い手で、腕の立つヤツじゃろうな」
「フツーの答えだ」
「探偵でもない、職人のじいちゃんに、高望みするもんじゃないぞい」
「そうなんだが……何か、鎧職人としての視点で、この事件を見れないか?」
「斬られたヤツの鎧でもあれば、何かしらのコトが分かるかもしれん。どの流派だとかぐらいは……じゃが、そんなものは、テッサ嬢ちゃんの部下なら、見つけている」
……テッサは、キール・ベアーを犯人だとも考えていたらしいな。東の訛りを持つ、太刀の達人……ここから、東方の流派?……広くて大雑把なハナシになる。色々な流派があるだろうから。
「……なあ、ポールは、どう思う?」
「え?……そうですね。色々なヒト斬りがいますから……昔は、50人も斬った人物がいたそうですよ?」
「……50人。毎晩、毎晩、殺しまくったか」
「はい。一月のあいだに……その犯人は、殺した死体の一部を……ッ」
ポールはニコニコ顔を止めて、怪談話のときに、大人が子供に使う表情を選んでいた。オチが分かるな。
「持って帰って、食べていたのか?」
「え?ご存じなんですか、さすがサー・ストラウス!見聞が広いですね!」
「いや、そいつ自体は知らないんだが、ときどき、いるよな。殺した相手を食べるヤツってのは」
「『ヴァルガロフ』以外にも、そんなヤツって、いるんですね……」
「ああ、いるよ……そういうヤツってのは、まるで食事を取るかのうように、殺しを行う。だから、数が多くなる……」
狩人という者は、獲物に敬意を払うが……同情はしないものだ。常習的な殺人者は、ヒトに対して、自分流の敬意を払うことを好み―――捕食することに快感を得る。価値ある者を、仕留めるからこそ、美学を貫徹し、歓喜と興奮を得られる―――。
「サー・ストラウス。ジョークはともかく。ボクは、今回のヒト斬りは、挑んでいるんじゃないかって、気もするんですよね」
「挑む?」
……街一番の太刀の使い手、キール・ベアーに……?
「はい。人間族で、太刀の使い手……条件を限定することで、何かに挑んでいるのかもしれません!!」
「条件を絞ることで……挑む、か。どんなことにかな?」
「えーと、つまり。練習しているんじゃないでしょうか?」
「練習?」
「本番に向けてです。スパーリング……その、似ている人物と戦うことで、そいつに備えたりするんですよ!!ボクたち剣闘士は!!」
「剣闘士が、犯人?」
「『ヴァルガロフ』の剣闘士を殺せるのは、『ヴァルガロフ』の剣闘士だけですから!!」
自信満々に、ポールは鍛えられた胸の筋肉に手を当てながら、そう語った。自分たちの組織に誇りと自信を持つということはね、素晴らしいよ。でもね、剣闘士たちの中で、最も太刀を操る者が上手い者が、あの世に行っている。
……キール・ベアーの死は伏せられているからな。ポールは自信満々に、犯人は剣闘士説を語っているが……その可能性は、低いと思う。
「ヒト斬りが、練習のう!!ふふふ。練習好きのポールらしいのう。まあ、練習の割りに、ランキング最上位の連中までは、遠く及ばないんじゃがなあ!!」
「お、親方あ……」
「キャリアはあるんだろ?」
「え、ええ。9才からいますんで、この業界に。色々な伝説も知っていますよ?テッサさまに、アッカーマンさん……」
「達人たちだな」
「はい!!あの二人は、この十数年の中では、トップクラス!!……そういう方に憧れてしまうと……手斧も、戦槌も、覚えようと必死になりました」
「器用なんじゃがなあ、ポールは。弓も剣も槍も、何でもこなせる」
「迷いがあったのと……チームのエースの、練習台に、よくさせられていまして」
「練習台?」
「はい。9才からいるもんで、年上の先輩たちの練習に、つき合わされていたんです」
「練習地獄だな」
「は、はい。闘技場は、色々な武器が使えたほうが有利なので、ボクもそれを目指していたから、いい経験ではあったのですが……」
「君の……一番の武器は?」
「はい。それはもちろん―――」
―――太刀、なのだろうか?……そんな考えが頭をよぎるが。
「ディフェンスですよ!!」
「……ディフェンス?」
「はい!!ボクは、色んな先輩たちの練習台をして来たので、ほとんどの攻撃を防げるんです!!」
アッカーマンも、守備に関して、とんでもない才能があったな。ディフェンス。一対一という『特殊』な条件ならば、かなり有効な技巧。闘技場では、最高の『武器』となるわけか。
「……闘技場の試合は、生き残るだけでも、手当がつきますんでね」
「9才からなら、生き残るのに必死になる必要があるだろうな」
「はい。生き残ることを目的に、戦って来ました。最近は、かなり勝てるようになっているんですが―――」
「―――だろうな。君が、弱いようには、とても思えない」
「あ、ありがとうございます!!あんなに強い、サー・ストラウスに褒められるなんて、感激ですよ!!」
オレのファンがまた一人誕生しているな。ちょっと、照れてしまう。だが、ファンだから褒めているワケではない。この青年は、努力家ならではの強さを見つけている。
「……なあ、君はどう戦うんだい?」
「え?」
「君は、生来は左利きで……右も使えるようにしたんだろ?」
「え!?なんで、分かるんですか!?」
「紅茶を入れるときや、クッキーを口に運ぶとき、ちょくちょく手がスイッチする。右手を使った後は、意図的に左手を使っているな」
「スゴい!!でも、どうして、左利きだと?」
「筋肉の付き方だな。左腕の方が大きい。フィニッシュ・ブローは、そっちで放つんだろう?」
「は、はい!!ああ、スゴいな!!さすがですよ、サー・ストラウス……っ!!」
「……それで、ポール。君はどう戦うんだい?」
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