序章 『鋼に魅入られしモノ』 その13
その質問に、ニコニコしていたのはポール・ライアンだけじゃなかったよ。トミーじいさんもだった。
「フフフ!よくぞ聞いてくれたな!!」
「なんで、じいさんが嬉しそうなんだ?」
「鎧のハナシになるからじゃよ!!」
「え?」
「そうなんです!!鎧のハナシになるんですよ、サー・ストラウス!!」
「……ハナシが読めんが?」
「まあ。聞くがいい。闘技場ってのは、戦場と違う。基本的には同じ数で、試合をするんじゃな。勝敗に賭け事もする。剣闘士が、一対三では、一に賭ける者は少ない。複数対複数のチーム戦もあるが、やはり一対一、コレが華じゃな」
たしかに、フェアと言えばフェアな行いだからな。
「一対一での競い合い。最も重要視されるのは、攻撃よりも、守りじゃ……剣闘士の武器はな、種類を前もって決められることも多いが……鎧や防具は、どういうモノでも持ち込みは自由」
「……ならば、街一番の鎧打ちのじいさんは、大もうけだな」
「まあ、儲かっておる。じゃが、真の意味で防具や鎧を使いこなせる者は、極めて少ないのう……その点、このポールはマジメじゃ。鎧を使いこなして、戦う。それを学ぶために、職人として、ワシのトコロに入門までした始末じゃ」
「努力家だな。君は、本当に」
「は、はい。努力するぐらいしか……ボクは才能が足りないので、生き残るには、いい鎧を自分で作ることと、他の人がやらない、『鎧の使い方』を極める……それしかないかと考えたんです」
「……鎧を、使う、か」
……まるで、それは―――。
「―――お主にも、少しにておるじゃろう?」
『ヴァルガロフ』で一番の鎧打ちは、一つだけの瞳で見つめて来る。口元をにやつかせていたな。
「そう、だな。ガルーナの竜騎士も、鎧を、『使う』……」
「だろうよ。そのための、スケイルとプレートの合わせ技。この美しい黒ミスリルの子の踊り方じゃなあ……」
じいさんはハンカチで、クッキーをつまんでいた手を拭う。そして、作業台に横たわる竜鱗の鎧に、あの職人の指を這わしていく。
打ち直されて、磨き上げられた鎧の表面には、傷も湾曲も、ほとんど見えなくなってはいる……軋んで、歪んだ部分も、打ち直して正常な形に矯正してくれている。
だが。
鋼は完全に修復しきることはない。トミーじいさんの古い指が、竜鱗の鎧の胸の部分。ちょうど心臓を守るためにある、もっとも硬い部分で止まる。
そこには、大きな傷を受けた記憶が、まだ生々しく頭の中に残存していたよ。『紅き殲滅の獅子/ルカーヴィ』の、強力で……目にも追えないほどのスピードで動く、爪の一撃が撃ち込まれた部分だ。
「……この部分を、直すのが、最も困難じゃった。いや、完全には直らん。取り替えたくもあったが……ビンテージの黒ミスリル……時を重ねて落ち着いた、この鋼の替えを見繕うのは困難。上手いことハンマーと、霊鉄の欠片を用いて……見た目も強度も、かつての98%には戻した」
「十分だよ。たったの三日で、黒ミスリルの古い鋼なんて、見つかるはずがない」
「口惜しいことではあるが……物体は、完全に修復することは難しい。運用上、問題は感じないはず。かつてと同じ重さ、ほぼ同じ頑丈さで、この子はお前の肌に重なる」
「最高の仕事だ」
「最高?……それよりも、遙かに深く、鋭く、高く……そういう仕事を、したくなるもんじゃよ。こんなに『健気な子』を見ればな」
「健気か。たしかに、ムチャさせたよ」
「ああ。『何』と戦ったのかは、見当もつかん。彼女の美しいこの部分に、あんな傷を入れるには、どうすればいいのか……」
……ジェド・ランドールと『オル・ゴースト』どもが造った、『神』―――戦神バルジアの化身である、『紅き殲滅の獅子/ルカーヴィ』の一撃。そんなことは、伝えちゃいないんだが、最高の職人の一人は、その戦歴を指で当てている。
「その速度は、矢よりも遙かに速く、黒ミスリルさえも、削った。ありえん。達人の剣だとしても、こうはなるまい。工具に大岩で重みを与えた?いや、それでは、割れる……鋼をも上回る、爪のような、『何か』……理解の及ばん質で、ここに一撃が入っていた」
「……とんでもないバケモノと戦ったのさ。詳しくは、長くなっちまう」
「おそらく聞いても、理解できんじゃろう。未知の何か。それだけは分かる。それの詳細を聞いても、理解するには至らんだろう」
「……まあ、平たく言うと、戦神とケンカした」
「……ああ。やはり、ピンと来ないが……納得は行く。人外もいいところの存在と、戦ったことは、分かる。鎧の四カ所に、その爪の傷が走っていたからな」
納得するのか。戦神とケンカした。そんな荒唐無稽な一言を、真実と悟れるとはな。さすがは、トミーじいさん。最高の鎧打ちの一人ということか……。
ある意味では、『ルカーヴィ』と戦った本人であるオレよりも、ヤツの『強さ』を正確に理解しているのかもしれないな。
考察している間もないほどに、激しく……反応速度の限界を超えた戦いだったから。でも、トミーじいさんは鎧の鋼に刻まれた、攻撃の痕跡を、じっくりと観察することが出来たのだからね。
「ストラウス殿は、戦神と戦い……圧倒されていたのじゃろう。正面から、襲われた」
「ああ。竜太刀でも受けきれなかったよ」
「そうじゃろうな。だから、お主は……鎧を『使った』わけじゃな。目にもとまらず動いていたであろう、戦神の爪……それでも、連続した動きから、お主は予測し……あえて、最も頑丈に造られている、この胸の装甲を、斜めに押し当てた」
「身を捻りながら、かすらせたんですよね?威力を逃しながらも、相手の武器に、圧と硬度を浴びせたんですね!!」
「……ああ。反応出来ないほどに、速かったからなあ……ヤツの爪に、ちょっとでも負担を与えてやるために。きわどかったが、成功したよ」
「じゃろうな。だからこそ、お主は生きて戻ったのじゃろう。戦神とやらの、爪の嵐からな」
「生き残るキッカケには、なったよ」
「そうだ。鎧は、着ているだけではない。『使う』ことも出来る。ワシも、現役時代はそれをやり……色々とテクニックを作った」
「闘技場では、有効……いや、一対一では、極めて有効な技巧だからな」
戦場では、とても使う余裕があるものではない。複数の敵からの攻撃を、同時に仕掛けられるような状況では、ほとんど使える技巧ではない。
「テクニックも色々とあるにはあるがな、これを実践することが出来るのは、基本的には反射神経に優れて、勘が良い者に限られるんじゃ。あとは、勇気もいる。才能が、要求されるんじゃ。そいつを、お主も持っている」
「……じいさんと、ポールも、使えるか」
「ワシの全盛期は、お主と同じぐらいの動きは出来ただろう」
「そうかよ?」
「信じるといいぞ?……嘘じゃない。そうでなければ、テッサ嬢ちゃんが、ワシなんぞに気を使うこともないさ」
たしかに、テッサ・ランドールは、職人としての彼というよりも、剣闘士の先輩としての彼にリスペクトしているようだったな。
ああ、こういう年寄りに会うと、いつも考えてしまうね。見てみたかったよ、剣闘士としての全盛期の、トミーじいさんを。
……しかし、その彼の弟子が、目の前にいるな。
ポール・ライアンはニコニコしている。でも、ちょっと緊張している様子もあるよ。
「どうかしたのか、ポール?」
「あ、あのう。サー・ストラウス?」
「なんだ?」
「よ、よければ、後学のために……サー・ストラウスの竜太刀で、鎧を着たボクを、攻撃してみてもらえませんか?」
「ククク!……そいつは、面白いな」
「ダメ、でしょうか……?」
「……ストラウス殿。ワシからも、頼めないか?」
「じいさんまで……危ないんだぞ?」
「骨が4、5本、折れてもいいんです!!親方と、ボクが作った、鎧と、テクニック。その二つが……サー・ストラウスの攻撃に、どれだけ通じるのか、見てみたいんです!!」
「……どうして、そんなことをオレに頼むんだ?」
「決まっているじゃないですか?……ボクが知る限り、最も強い攻撃を放てるのが、貴方だからです!!」
耳心地の良い言葉だな。まっすぐな瞳が、こっちを見ている。トミーじいさんも、このポール・ライアンも……二人して、ガキみたいに目がキラキラしているんだよ。
「……ただの好奇心を、満たすためなんだろ?」
「ええ!!」
「その通りじゃ!!」
「……オレの得るものは?」
「ボクは、『ヴァルガロフ』で最も頑丈な剣闘士です!!……サー・ストラウスの技巧の糧にして下さい!!殺してくれても、ボクは、それで満足ですから!!」
「……殺したくはない」
「がんばって、死なないようにします!!……親方とボクの、鍛錬と努力の結晶を、試してみたいだけなんです!!」
「死ぬかもしれんのだぞ?」
「覚悟の上です。それを、しなくちゃ……ボクは、誇りと思えるモノに、疑問を残す。ダメならダメで、どうダメなのかを、ボクは……知りたいんです」
『ヴァルガロフ』の闘技場に9才からいると、こういう人物を生むコトになるのかね。命知らずだな。だが、何というか、嫌いじゃない。
「……三手だけでいいか?」
「え?」
「殺すつもりはない。殺したくもない。だから、三手だけ、あまり手加減せずに攻撃してやる。ポールは、じいさんの鎧をしっかりと着込み……とにかく、生き残れ。それでもいいのなら、君らの『趣味』につき合ってやるよ」
「ほ、ほんとですか!!やったー!!」
「おお!!さすがは、剣豪じゃ!!ワシらの、命がけの『趣味』を、認めてくれるとはのう!!」
鎧職人の師弟は、二人して大喜びだったよ。
つられて、唇がニヤリと歪んでいた。
この愉快で、クレイジーな男たちを見ていると、嬉しくなってしまうのさ。
……まったく。初めての経験だよ。斬りかかって来て下さいだと?……ストラウスの剣鬼に対して、なんという無謀な行為を求めるのか。だが、この遊びにつき合ってやりたくなるさ。
師弟そろって、あんなに嬉しそうな笑顔を、浮かべられちまったらね。
鎧と防御に、命を捧げて来た二人の『ヴァルガロフ』の大バカ野郎と、今からオレは、本気で遊ぶのさ。
死ぬなよ、ポール・ライアン。オレは、あまり手を抜いてやるつもりはないんだ。それは、君たちに失礼な行いだってことを、分かっているのだから。
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