序章 『鋼に魅入られしモノ』 その7
さっそく、仕事の開始するとしよう……夜空を散歩中だったゼファーを呼ぶ。『ヴァルガロフ』を上空から見張ってもらうためさ。異変を見つけたら、報告をくれるようにってわけだよ。
『自由同盟』との連携を密にするための、膨大な事務仕事。それらについてはガンダラとオットーの二人に任せて、オレは夜の街に『囮』として出発だ。
東地区へと向かう。『ザットール』たちの縄張りだな。オペラ座や闘技場など、豪華な設備が立ち並ぶ地区。麻薬の販売だけでなく、金貸しもやっていたから裕福な連中が多いようだ。
麻薬畑は潰したし、ため込んでいた金は奪ってやったが……商売人どもは逞しいから、その内、色々と悪の産業が復活するのだろう。テッサの手を焼かせるようだったら?……また、いじめてやるさ。
……ドワーフたちの西地区に比べて、圧倒的に綺麗な建物が並ぶ。まるで、ちゃんとした都市みたいではあるな。深夜でもやっている店は、あまりない。今夜は……武装した人間族の剣闘士たちが多くで歩いているせいか、不良少年なんかもいないな。
本職の殺し屋がギラギラした殺気を放っているんだ、役立たずの若造どもは尻尾を巻いて逃げるしかない。まあ、いいことだ。マフィアの勢力が削がれたせいで、不良少年なんかが台頭するというのも、つまらん。
変に愛国心が高まり、排他的で暴力的な集団なんかが生まれると、不良少年あたりを勧誘しそう。褒められ慣れていない若造ってのは、大人からすると操りやすいもんだから。
しかし。太刀を担いだ、人間族の剣士たちが、そこら中にいるな。想像以上に集まっていやがるな……。
ちょっと多すぎやしないか?
あまり腕の立つ者が集まっていると、ヒト斬り野郎は現れないような気がするぜ。でも、オレに任せて帰宅しろ!……と言ったところで、賞金目当てで深夜に街を徘徊するような剣士たちが、素直に消えてくれるはずがない。
小汚い身なりの剣士たちも多い。痩せているが、ギラついた目をしている。脱走兵だか流れ者か。コイツらは、頼りの武術で身を立てるしかないんだよ。もしも、彼らの立場なら?……オレだって引き下がるようなことはしない。
今は、黒毛に化けているし、犯人をおびき寄せるためにも、ソルジェ・ストラウスの名は使えん。この通りにいる過剰な剣士の数を、減らす手段はなさそうだよ。
だが、困ることはない。
ガンダラとオットーの立てた作戦に、穴などないのである。『パンジャール猟兵団』には、ゼファーがいるのだから。
青く変化させている左眼をまぶた越しに押さえながら、ゼファーに語りかけた。
……なあ、ゼファー。東の地区で、人通りがまばらなトコロはあるか……?
―――『どーじぇ』、あそこがいいかも。そこからね、ちょっとだけ、みなみ。
ゼファーが上空から見下ろした視点を、魔法の目玉に送ってくれる。たしかに、良さそうだな。今いるそれなりに大きな通りから、横道に入った先だ。そこに、なかなか入り組んだ通路がある。
専門的な店が建ち並ぶ区画。職人街だな。オレが竜鱗の鎧を預けた、トミーじいさんの店も、そこにあるのさ……。
そこは闘技場から離れて過ぎいないし、剣士だらけの通りにウンザリした犯人が、そこにフラリと現れる可能性もある。
少なくとも、剣戟の音が響けば、すぐに5、6人の腕が立つ剣士に囲まれそうな場所よりは、犯人と遭遇できる可能性はありそうだ。
効果的に動くべきだな。
この通りに剣士がいるのは、この通りで剣闘士が3人ほど斬られているからだ。しかし、犯人がよほどの自殺願望を抱えていない限り、ここには現れない。まあ、現れたとしても問題はない。ここにいる剣士たちが殺してくれるのならば、問題はないのだから。
クライアントであるテッサ・ランドールにとっては、犯人を『誰』が殺すかは問題じゃない。オレである必要もないし、彼らである必要もないんだ。
あの剣士たち同士は、賞金目当てのライバル関係にある。でも、オレやテッサからすれば、ただの仲間なのさ。この通りが万全だと言うのなら、オレがここにいるべきじゃない。役割分担だ。可能であれば、今夜の内にヒト斬りのヤツを殺したいからね。
オレは職人街に向かう。
時刻は、2時に近づいているな。職人街の小路から見える風景は、闇に呑まれてはいない。深夜だというのに、幾つかの工房や鍛冶屋には明かりが灯っているのだ。
職人の朝は早いというが、本当に早いようだな。
どうにも寝坊癖のあるオレには、とてもじゃないが向いていなさそうだよ。
まあ、戦の後だからな。鍛冶屋あたりには、急ぎの仕事が出来ているのだろう。戦場で鋼を壊してしまう者は少なくない。
刃こぼれした剣を研ぎ直すことも必要だし、曲がった鎧や盾なんかをハンマーで叩いて正常な形へと修正しなければならない。
テッサ・ランドールは四大マフィアの戦士たちを、『ヴァルガロフ自警団』として編成し直すことになる。現在は、ハイランド王国軍が国境を警備しているが……やがては彼ら自警団が、その任に着く日を目指すのだ。ゼロニア人がゼロニアを統治するために。
……『自警団のための武器』が必要ってことさ。家に伝わる古い鋼の剣だけでは足りないんだよ。新たに磨かれた鋼の武器の数々が、自警団には必要だし―――ハイランド王国軍を始め、『自由同盟』側も武器が足りていない。
鍛冶屋はかき入れ時というヤツなのさ。壊れた鋼を直すことも、新たな鋼を焼いて叩くことも、彼らの仕事にはなるし、大きな稼ぎになるだろう。職人街の小路には、看板があったな。
『鉄製品、高価買い取りいたします!!』……とのことだ。そう、古くて穴が開いた鍋でも、フライパンでも、ヤカンだろうが。とにかく、なんだっていい。鉄であるのならば、それを融かして、武器や防具に生まれ変わる。
戦に備えて、軍事関連の特需が生まれているということだ。『ザットール』の息がかかった職人たちは、動きが早いらしいな。
もちろん、鍛冶屋はドワーフたちの縄張りである西地区に多いわけだが、この東地区にも闘技場の影響なのか、それなりの数の職人たちが住んでいる。
『ザットール』のエルフどもは、商才があるというか……需要というモノを、よく見極められるらしいな。鍛冶屋だらけの西地区よりも、鍛冶屋の数が少ない。でも、この地区の鍛冶屋の方が、一つ一つの店が大きいのだ。儲けている。
鋼は打ち合わなければ、そう壊れることはない。街の中で暮らしていれば、そう鋼を振り回すことはないものさ。
だが、闘技場という場所は特殊だ。毎日、どれぐらいの試合が行われているのかは知らないが、かなり大勢の剣闘士たちが参加している。試合が一つ行われるだけで、二つの鋼がぶつけ合わされて、時には修復不能なほどに壊れるだろうな。
……鋼は、消耗品だ。とくに、技量の高い者同士が、ガンガンぶつけ合っていれば、すぐに壊れてしまう。
この東地区にある職人たちに求められているのは、質よりも安さだな。中途半端な高級品を使うぐらいなら、一試合でボロボロに刃こぼれしてしまう鋼の方が、安くつく。
打ち合っても刃こぼれしない達人の魂が込められた鋼は、高すぎるからな。新人の剣闘士なんかには買えないだろうよ。
『ザットール』の金貸しが絡んでいる店は、大きくて、雇える職人の数が多い。だから、大量生産が必要な時には最適かもしれない。職人たちが交替で仕事をすることで、休むことなく、品物を作り続けることも出来るわけだからな……。
……『ザットール』は、発想が帝国人に似ているような気がする。合理的で、美学よりも実利というかね。商業としては正しいのだろうが、やはり鋼を打つヤツは変人の方が好みだよ。
戦士の指を見て、それに合わせて鋼を打つ。万人の指が馴染む、大量生産のつまらん鋼では出せない質を、そういう鋼は帯びているから。
どこかの『奇剣打ち』のように、自分の『作品』に剣士の方が命がけで合わせろという、職人ではなく芸術家気取りもいるがな。
―――『奇剣打ち』……グリエリ・カルロのヤツも、誰にも使いこなせないヤツの理想の奇剣を打つよりも、使い手に合わせる職人の剣を打ってくれれば、間違いなく世界一の職人になれるのだろうに。
もういい年だから、死ぬまで性格が変わることはないのだろうな……残念だよ。
ああ。戦争特需に導かれし者たちの、商いの音が聞こえるよ。深夜なのに、鋼を打つ甲高い音が職人街から響いている。トンテンカンテン、耳心地のいい歌だ。
テッサが無茶な納期を示したのか?
それとも、儲かるから自発的な経営努力を発揮しているのか。もしかしたら、若いヤツに、鏃やら、雑兵用の細身の槍なんかを打たさせているのかもしれん。
厳格な鍛冶屋だとか工房なんかでは、若手の職人が鋼を打つチャンスを得るのも難しいと聞くからな。カルロ一族なんて、下働き十年ぐらいしないと、剣の一つも打たせてもらえないらしい。
鉄鉱石の選び方、鋼の質の見極め方、焼きの入れ方、叩き方、研ぎ方……依頼してきた剣士の体格や、その流派の哲学。そういうものを理解できる経験値を持たなければ、初級者にもなれないらしいぜ……。
『ザットール』参加の職人たちは、そこまで厳格な掟に縛られてはいないだろうが、若く未熟な職人のことを、ベテランはゴミ屑以下にしか見えないだろう。それに、顧客もそうだ。マトモな戦士なら、二十代の職人なんかに、自分の剣を打たせたくはない。
天才ならば別枠だ。しかし、天才は滅多といない。若手の職人の剣など、戦場に持っていく価値など無い。だが、軍隊という大量生産の低質な装備ならば、それでも問題がない。
本気で打ち合えば折れてしまうダメな鋼であったとしても、手ぶらで行くよりは絶対にマシだからな。
修行中の若手にとっては、今は自分の腕を磨ける絶好の場でもあるわけか。
……若い職人たちが、今も必死に鋼をハンマーで叩いているのかもしれん。
若い職人の品物に金を払いたくはない。だが、若者の努力そのものは、清々しくていいな。
熟練職人のくたびれて、やつれきった顔による深夜労働を想像するより、百倍ぐらい気持ちがいいよ。ハンマーで鋼を叩く度に指が痛いようなベテランも多いだろうし、そいつらに深夜労働させているとすれば、悲しすぎる。
老いて歯の抜けた猟犬のように、イヤそうな顔して群れの最後尾を走る様子を連想してしまったよ。なんとも切なくなるぜ。疲れたベテラン職人の顔なんて、見たくない。
だから、この鋼たちの歌は、若者の努力だと考えることにしておくか。
さて。ほとんど無人の職人街の道を、ウロウロする……魔力は抑えて、低くしているさ。あまり強すぎると、犯人さんがビビって近づいて来ないかもしれないからな。
……30分ほど、うろついてみるが。誰にも襲撃されることもない。見かけるのは、尻尾まで痩せた野良犬ぐらいなものだ。眠気が来る。6月の夜だから、気温自体は低くもないが、風を浴びると肌寒さがあったよ。
……仕事とはいえ、あまりにもヒマだ。職人街には、屋台なんて無いしな。
酔いはすっかり醒めてしまっているが、ヒマすぎるせいで眠気に襲われている。
鋼を打つ音にも耳がすっかりと慣れてしまった。どうにもこうにも、刺激が少ない…………あくびをする。あくびをしながら、オレは、ゆっくりと背後を振り返った。
気配を感じる。150メートルほど先。殺気だな。いや……殺意もか。
見覚えのある工房からだ。そう、あれはトミーじいさんの鍛冶屋のそばを走る路地から、四人ほどの人影が現れる。
エルフ族の若い男たちだ。剣士?……いや、一人は剣士だが、太刀ではなく長剣を握っているな。一人は槍、あとの二人は弓か……。
手練れぞろいではあるが、闘技場で一番の太刀の使い手を仕留められるほどの者はいない。同時に襲いかかって来たとしても、知れているだろうな。コイツらでは、無いのだろう人間族を斬り殺している犯人は。
でも、この若い4人組は、どいつもこいつもオレを睨んでいるな。殺意がスゲー。もしかしてだが、彼らはオレを『犯人』と疑っているのかもしれんな……?誤解があると無益な血が流れる。間違いがないように、正しておこう。
「……君たち、勘違いしていないか?オレは、人間族専門のヒト斬りじゃないぜ?」
「ふん。オレたちを、テッサ・ランドールの賞金が欲しくて、動いている連中と一緒にするんじゃねえよ」
「……賞金稼ぎじゃないのか」
「ああ。オレたちは、『ザットール』の者だよ」
「ほう。オレには用がない人種だ。消えてくれないか」
大人数で集まっているだけで、犯人が寄りつかなくなる。なんで、オレがわざわざ一人で夜中うろついていると思うんだ?……ヒト斬り相手に襲われるためで、『ザットール』に絡まれるためじゃない。
「消えろと言われでも、そうはいかねえんだよ。アンタ……背中にあるそのデケー刀……それは、ソルジェ・ストラウスの刀だな?」
「答える必要がないと思うね」
「……ヤツの部下か?……それとも、髪の色が赤毛じゃないが……本人か?」
「……別人じゃないかな」
「いいや……オレはな、アンタを知っている。ジェドのオヤジの葬式に、オレも行ったのさ……顔も見た。背格好も、その竜太刀ってヤツも……知っているのさ、オレは、アンタを知っているぞ、ソルジェ・ストラウス」
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