序章 『鋼に魅入られしモノ』 その6


 オットーの指が差し出してくれた地図を見下ろす。ふむ、そいつは街の東側の地図だな。オレとテッサが『ルカーヴィ/紅き殲滅の獅子』と戦った、あのオペラ座の近く……闘技場だ。


 ……オレは、まだその場所を遠景から見ただけだがな。その近くにある鍛冶屋には足を運んでいる。『ルカーヴィ』に削られまくった竜鱗の鎧を、修理に出している店がある。


「団長、この辺りの地理は、分かりますか?」


「ああ。ゼファー目線で何度も見ているし……オレ自身も三日前の夕方に、脚を運んだ。テッサがオススメしてくれた、この街で一番の鎧打ちの店がある」


「……トミーじいさんの店か」


「お世話になっている。いい腕前なのは、雰囲気で感じた」


「トミーさんですか。その人物は、ドワーフ族なのですか?」


「いいや、驚いたことに人間族だった……」


 ……そうだな、彼も生粋の人間族だ。


「トミーじいさんは、荒野の開拓村の一つで生まれた。若い頃に、『ヴァルガロフ』の闘技場で稼いで……片目を失い、今では鎧職人だ」


 テッサ・ランドールからも、敬愛されている様子だな。


「君の先輩か」


「ああ。大先輩だ。粗相が無いようにな?」


「悪さはしない。むしろ、彼も、喜んでいるさ、竜鱗の鎧だぞ?ガルーナの竜騎士の伝統と……カルロ一族の合作だぜ?あの、マシューズ・カルロのな」


「夭折した天才職人か」


「そうだ。そいつが作って……叔父である、『奇剣打ち』ことグリエリ・カルロが打ち直してくれたシロモノだ。トミーじいさん、喜んでいたぞ」


「……そうか。久しく出向いていない」


「君も忙しかっただろうからな。鎧を受け取りに行くのは、明日の……いや、もう今日のか。昼前には、取りに行くつもりだよ」


「……そうか。よろしく伝えておいてくれ。『戦槌姫』は、元気だと」


「ああ。伝えるよ…………さて。ハナシが脱線していたな。オットー、説明を頼む」


「ええ。殺害された12人のうち、その半数は剣闘士です」


「……彼らのねぐらは、闘技場の近くか?」


「そうです。『ザットール』の支配する東地区は、高級住宅街です。稼ぎのいい、『ヴァルガロフ』の剣闘士たちは、そこで大きな屋敷に住むこともある」


「いつ死ぬか分からない身だ。貯金よりも、贅沢に使う者が多いんだよ」


 『戦槌姫』は後輩たちの生態を、分かりやすく教えてくれた。たしかに、ガチの殺し合いをする日々ならば……そうなるのかもしれないな。


「犯人は、意図的に剣闘士を狙っている……どういう動機かは分かりません。ほかの6人は、四つの地区の、それぞれで死体が見つかっていて、共通項は今のところ見つけられません」


「君たち三人に見つけられないのなら、多分、無いんだろう。テキトーに人間族の腕っ節が良い者を捜して回って、見つけ次第、斬り殺しただけさ」


「その可能性も高いですね。ともかく、犯人、あるいは犯人たちの主たる狙いは二つ。人間族であることと……強い人物であること」


「その二つの条件を兼ね揃えているヤツは、流れ者が多く身を寄せる闘技場の近くだ。犯人の獲物が、多いこの場所に……今夜も、現れる?」


「……『ヴァルガロフ』の伝統だな。そういう殺人鬼を退治した者には、四大マフィアの長たちが賞金を支払うことになっている」


「じゃあ。腕に覚えのあって、命知らずな賢さの低い人間族の戦士たちは、今夜もあえて深夜徘徊しているのか?」


「遊び呆けていたお前が知るレベルで、ウワサが広がっているのなら……金に飢えている連中は、とっくに知っているさ」


 遊び呆けていたというか、たんに休暇中なんだが?……かなり仕事漬けな人生を歩んでいるのだが、多忙でイラついているテッサ・ランドールお姉さんは、オレの休暇にケチをつけたいようだ。


 自分が忙しい時に、ノンビリしているヤツを見ていると、腹が立つもんだからな。理不尽なハナシだが、まあ、いいさ。


「……とにかく、闘技場あたりには、強めの人間族で一杯か。犯人が、街中をうろついているのなら……間違いなく食い付いてくるな」


「……ええ。帝国の密偵による工作だったとしても、まだ揺さぶりが少ない」


「キール・ベアーの死を伏せてくれたことも大きいな」


 さすがはインテリ・チームだ。いい仕事をする。


「今夜も、まだ動く可能性があるわけだな」


「ええ。もう、殺している可能性もありますが……」


「……そうだな。とにかく、帝国の密偵であろうと、他の連中であろうと。キール・ベアーの死体が隠されたことで、犯人は、こちらの意図に気づくかもしれない」


「はい。帝国の密偵であったなら、より揺さぶりを与えたい……ベアー氏の『行方不明』に乗じて、殺人を続行し、ベアー氏の犯行に仕立てるかもしれない」


「……剣闘士ってのは、ずいぶん人気みたいだしな?」


「ええ。街の人気者であり、流れ者の人間族が多い組織……帝国とゼロニアが敵対する今となっては、亜人種の多い街の住民たちと、剣闘士の人間族を仲違いさせることは、帝国にとって大きな利となるでしょう」


「人気者だけに、話題性もある……影響力は大きいか―――もしも、一度、ベアーの犯人説が燃え上がってしまうと、死体を出したところで、解決しないかもしれないな」


「……私が殺したと思われるかもしれんな。街の人間族に」


「君が、人間族の人気者を殺す……人間族と、この街の住民たちの間に、大きな亀裂を入れることになるかもしれない」


 テッサ・ランドールは、市長だ。言わば、『ヴァルガロフ』の象徴。そんな人物が、人間族の人気者を殺す……?


 この街は、戦勝ムードのせいで、浮かれている。それには良い面もあるが、悪い面もあるんだ。愛国心が強くなっている。つまり、排他的な性格に、街の住民はなっているのさ。帝国人……いや、人間族に対する憎悪や敵対心が募れば?


 そこら中で、亜人種による人間族の殺戮が横行する可能性もある。愛国心は、残虐でもあるからな。敵国人を殺すこと嬲ること、全て許容してしまうことがあるのさ。人種間の対立を煽るような状況は……避けるべき時期なんだよ、今はとくに。


 もしも。


 もしも、人間族対亜人種の対立が、この『ヴァルガロフ』で深まり過ぎれば?……サイアクな場合、剣闘士たちが帝国に寝返るかもしれない。


 そんなことになれば、『ヴァルガロフ』は人間族を二度と受け入れなくなる。亜人種が多いとは言え、人間族だって、この街にはかなりの数がいるんだ。


 四大自警団の系譜につながる四つの種族が主導権を握ってはいるが、人間族との共存も、『ヴァルガロフ』が成さねばならない調和の一つだ。


 人種の共存。その言葉には、当然ながら人間族だって含まれている。この街に他の土地にない『強さ』が、あるとすれば、人種を受け入れる寛容さだ。それを欠くことは……街を弱くする。そして、帝国につけ込まれる隙を与えてしまう。


 テッサ・ランドールも、そのことを認識してくれている。だからこそ、秘密裏に仕事を果たそうとしていたのか……。


「……帝国の密偵による揺さぶりだとすれば、これは憂慮すべき事案。早急に解決する方がいいでしょう」


「じゃあ、オレもエサに紛れて、襲われるように努力しに行くさ」


「……ええ。お願いします。闘技場の周辺を、一人でうろついていれば、あちらから襲ってくるかもしれません。腕の立つ者であれば、団長の強さに気がつく」


「そうだろうな」


「最高のエサになりますよ。『強い人間族』……貴方ほど、その条件に当てはまる人物はいませんからね」


「自分で言うと、自慢になって嫌味かもしれないけど、確かにその通りだと思うよ」


「ええ。とはいえ、このままでは行かせられません


「……酒は、抜けているぜ?」


「そっちじゃありませんよ」


「ああ。分かっている。もしも、密偵であるのなら―――オレに濡れ衣を着せようとしているのなら……オレのことを知っている可能性もある」


「ええ。そうだとすれば、かなりの諜報能力と、情報を保有しています」


「……オレの存在が、この地の帝国人にバレたのは、おそらく四日前だからな」


「はい。団長たちが、北部の山岳地帯で、『ルカーヴィスト』と辺境伯軍の戦いに介入した時です。アレより以前に、団長の存在を確信することは難しい」


「たった四日で、オレをハメる策を考え、実行している?……だとすれば」


「凄腕もいいところ」


「帝国の本職のスパイか」


「可能性は否定できません。なので、変装する必要がありますよ」


「……そうだな。髪を黒くして、任務に挑むことにしよう」


 変装魔術の出番だな。


 指に魔力を込めて、赤毛の髪をワシャワシャと掻きむしる。すーぐに魔術は効果は発動して、赤い髪は黒髪へと化けていた。


「ええ。ついでに、眼帯を外して、左の瞳の色を、右と合わせましょうね」


「おう、任せろ……っと!」


 ミスリルの板が埋め込まれた眼帯を外して、左眼を閉じて三秒だ。魔術が発動して、魔法の目玉は右目と同じく、青い瞳へと化けていた。


 これで、夜の闇のなか、金色に光る不思議な目玉はどこにもないよ。人間族の魔力に融ける、竜の魔力もほぼ発生しないハズだ……。


「……ソルジェ・ストラウスよ」


「……なんだい?」


「お前、変装までこなすのか」


「ああ。猟兵の技巧だ―――」


「―――完全にスパイだな」


「……否定は出来ないが。竜騎士サンだぜ?」


「知っているが、スパイっぽい術だ……」


 深緑の瞳が、いぶかしげに細くなる。乱世において、初心者の為政者だからな。とんでもないストレスを浴びているテッサ・ランドールには、スパイのような存在は、大きな心理的負担になるらしい。


 何か、ブツブツと呟いている……。


「……信じていいのか?……いや、まあ……邪悪というほど、邪悪ではないのは知っているが…………しかし、自称とはいえ魔王だしな…………」


「テッサよ。オレは君の仲間だぞ?……疑うな。君には、二度と嘘をつかない。初対面のときは、色々とレベルの低い嘘を吐いたがな」


「……うむ。そ、そうだな……すまない。分かっている。ソルジェ・ストラウスを信じているし、『自由同盟』とも組んでいるんだ……ハイランドは、敵だが……今は、味方だ」


 テッサ・ランドールが、何だかいじけた童女のような顔をした。


「……疑うつもりはないのだ」


「……ああ。分かっているさ。君は、背負うモノが多すぎるからな……精神的にも、肉体的にも参っている」


「私を、そんなに弱い女だとか思うな……ッ」


「一人の強さは、たかが知れている」


「……っ」


「だから、オレたちは寄り集まって、力を組み上げるんだ。テッサ、君が強くて優秀なのは知っている。だが、ムリはするな……君の戦いは、とても長い。おそらく、一生モノだ。『ヴァルガロフ』とゼロニアを守るという行いは、一人じゃ出来ない」


「……そうだな。お前の、力を借りていいんだな」


「ああ。いつか恩を返してもらうつもりだ」


「分かった。いつか、何らかの形で応えよう……この殺人事件の犯人を、殺してくれ」


「了解だ、テッサ・ランドール市長。君の依頼を、『パンジャール猟兵団』として受ける」


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