序章 『鋼に魅入られしモノ』 その5


「……帝国の工作である可能性を、考えているのですな」


 さすがというかな、酔っ払ったオレの考えなんて、ガンダラには三秒で見抜かれていた。


「だから、『囮』を買うというのですね?」


 オットーにもバレた。色々とバレているので、ハナシが早くていいよね!


「そうだ。詳しい状況は知らないが、酒場で小耳に挟んでな。夜警に出ている『マドーリガ』の戦士たちの貌も厳しい……最高の『囮』なんじゃないか、このオレは?」


「そうですな。たしかに、団長ならば適任ではあります」


「だろう?」


「でも、今夜はかなりお酒が入っていますよね?」


 心配そうにオレを覗き込んでくるオットー・ノーランがいた。あのやさしくて素朴な表情に心配されると、心が癒やされるが……男は強がる生き物さ。


「大丈夫だよ。ビールしか呑んでいない。ここまで歩いて来て、だいぶアルコールも抜けちまっているから」


「顔がかなり赤いですし、ビールのにおいがスゴいですが?」


「地下の酒場だったから、アルコールがこもっていたんだよ……しかし」


「はい?」


「なんでしょうかな?」


「……そこまで、オットーが心配してくれるということは、そのヒト斬りは、凄腕か?」


 『マドーリガ』の戦士たちも、ナーバスになっていたからな。その可能性は考えていた。


 ガンダラの巨人族の頭が、ゆっくりと一度だけうなずく。


「そうですな。彼なのか、彼女なのかは、分かりませんがね……ちょうど三日前の夜から……つまり、我々が辺境伯ロザングリードを討ち取り、辺境伯軍を撃破した夜から、人間族専門のヒト斬りが出ています」


「……剣士か?」


「ええ。大きな剣で斬られた痕跡があるようです。私もオットーも、現物を見ているわけではありませんが……」


「ランドール市長の、腕利きの部下の分析では、凄腕の剣士……そして、肉体の損傷から見るに、その殺人犯の得物は、大型の刀剣類であり……ほぼ間違いなく、わずかな曲線を帯びた片刃……つまり、『太刀』のようです」


「ククク。じゃあ、オレも容疑者だな」


 ……テッサ・ランドールは、疑うだろうか?……まあ、本気では疑わないだろうが―――。


「―――笑い事ではないぞ、ソルジェ・ストラウスよ」


 執務室につなぐドアが開いて、ツインテールを解いたテッサ・ランドールが現れた。十代前半みたいに見えるぜ。フリルのついたパジャマが死ぬほど似合う。


 ミアとそう年が変わらないほどに、幼く見えてしまうが……彼女はオレよりも年上だった。


「ジロジロ見るな、ヒトのパジャマ姿を?それとも、かまって欲しいのか、このスケベ野郎よ。三人もいるヨメと離婚してから来やがれ、ドスケベ野蛮人が!!」


 口が悪いなあ。寝不足で不機嫌なのかもしれない。


 いつもみたいに、彼女は葉巻を取り出す。フリルのついているようなパジャマの胸元から、葉巻とか出さないで欲しいものだ。


「何か文句があるのか?私は28才だぞ?」


「いや、別に文句はねえぜ」


「そうか」


 ザクリ!……テッサお姉さんは、あの白い歯を使って葉巻の端を噛み千切ると、魔術で『炎』を呼んで葉巻に火を点ける。


 悪ふざけが過ぎる子供みたいに見えるな。だが、葉巻の煙に感動し、ウットリとした表情は……快楽を色々と知っている大人の女の貌だった。


「ふはー……生き返るわッ」


「そいつは良かった。市長業務は疲れるようだな。マッサージでもしてやろうか?」


「絶対に断る。お前に妊娠させられると、ハナシが厄介になるからな」


「マッサージで妊娠させるような、特殊な生態を持つ動物じゃないつもりだけど?」


「そんな戯言を聞いている場合ではない」


「まあ、そうだろうな」


 そっちから言い出したくせに。そんな言葉は口にしないよ。キレてる女には、正論吐くと、事態がよりややこしくなるんだから。ただただスマイルで誤魔化そう。


「……それで、状況はどうなんだ?」


「殺人鬼か。凄腕だぞ。人間族ばかりを三晩の内に、殺しまくっている……大型の太刀でな……」


 葉巻を口に咥えたまま、テッサの深緑がこちらを見ている。竜太刀を見ているようだな、間違いなく。疑っているのか?……それとも、冗談なのか。


「……オレじゃないぜ?」


「知っているさ。だが……殺された者たちの中に、剣闘士がいる」


「……剣闘士。戦場でも活躍していたな。かなりの腕だ」


「そう。そして私の後輩でもある。キール・ベアーを知っているか?」


「知らんな。剣闘士か?」


「ああ。剣闘士で、昨日の朝になるまでは、私が犯人かもしれないと考えていた男」


「出自は?」


「……不明。流れ者だ。しかし、東国の訛りがあったのは確かだな」


「いい腕の剣士で、東から流れて来た……帝国の密偵の可能性もあったか」


「そうだ。この街で、人間族を殺す。戦が終わったばかりで浮ついている街を、混乱させたい輩の犯行かもしれない。私も、ガンダラもオットー・ノーランも同じ考えに至った」


「オレもさ。だから、ここに来た。それで、キール・ベアーちゃんは死んだのか?」


「……ああ。闘技場で一番の太刀の使い手だった。太刀を使わせてなら、一番。右に出る者はいない……」


「そいつを、太刀で斬り捨てたのか」


「そうだ。ヤツの死は、公表してはいない」


「……ガンダラの案か」


「ええ。私が伏せさせました。そんな人物を、その条件で斬り殺せる人物は、この街には一人しかいませんからな」


 ガンダラの黒い瞳が、いつもの無表情で無機質な雰囲気のまま、オレを見ていたよ。オットーの方を向くと、オットーとも目が合う。


 そうだよ。分かっている。街一番の太刀の使い手を、太刀で斬れるヤツなんて……すぐに思いつくのは、どう考えてもオレぐらいのものだった―――。


「―――理解しているな。お前が、最も怪しい。キール・ベアーに太刀で挑み、太刀で勝る。そんな人物は……この街にはいない。いるとすれば……」


「オレか」


「ああ。だからこそ、あえてキール・ベアーの死を公表していないのだ」


「色々と気を使ってくれていたわけだな」


「……まあ、キール・ベアーが犯人であった可能性も消えてはいません」


 しずかな言葉でオットーは語った。


「なるほど。複数のチームによる犯行の可能性もあるか」


「ええ。述べ、12人が殺されています。キール・ベアー氏を含めて。しかも、斬られた腕のいい剣闘士は彼だけではないんですよ」


「……ベアーを含めて、6人ほど、剣闘士が混じっていますな。他も、3人は傭兵……残りの3人も屈強な体格をした流れ者です」


「……つまり、ベアーと何人かの帝国密偵が、その12人を殺害し……オレに罪を被せるために、ベアーも殺した?……不意打ちならば、腕が劣っても斬れる」


「その可能性も考えている。敵の策にハマるのは、厄介だからな。それゆえに、ベアーの死は隠しているわけだ」


「どうして、オレに言わないんだ?」


「言う必要もない。関わらない方がいいだろうとも思った。お前はケガ人だしな」


「お優しいな」


「お前は、英雄だ。そして、『自由同盟』とのパイプ役……お前は、非公式な立場ではあるだろうが、『自由同盟』の外交官のような存在だ」


 ……すっかり、ルードのスパイになっているようだぜ。アイリス・パナージュが言っていたな、スパイというのは、『非公式な外交官』だと。戦功が多く、地域の重要人物と接触しているオレは、たしかに、その立場に相応しくなりつつある。


「……大出世だな」


「……出世すれば、責任が大きくなる。突飛な行動は、謹んでもらいたい。お前に、この街で死なれたら、困るのだ」


 友情も少しはあると思うがね。でも、政治的に困る。そんな顔をテッサ・ランドールの偽ロリ・フェイスは浮かべていた。葉巻を円卓に押し付けて消しながら、彼女が歩み寄ってくる。


「……出来ればな、ややこしくならんように、お前には秘密裏にコトを終わらせようかと考えてもいたが……ヨメとただれた4Pしたり、遊び歩いているようなお前の耳にも入ってしまうほど、コトが大きくなっているのなら……強攻策も必要か」


 ……ただれた4P?……オレたち四人夫婦の愛の営みを、変な風に呼ばないで欲しい。夫婦愛でのみ構成された、一般的な愛の営みでしかないはずなのに。


 オレたち四人夫婦の名誉のために文句を言うべきか?……でも、そんなコトを言える雰囲気ではないってことぐらい、理解が及ぶ。


「強攻策か……」


「ああ。最強の刺客を、そのヒト斬りに送る」


「ククク!たしかに、手っ取り早い方法だな。やはり、オレが『囮』になればいい」


「お前が死ぬとは思えん。お前を、そのヒト斬りに襲わせて……お前が斬り殺せばいいだろう」


「手っ取り早いな」


「お前が、死ななければな」


「死なないよ、オレの腕前、君なら知っているだろ?一緒に、『ルカーヴィ/紅き殲滅の獅子』を倒した仲だ」


「……まあな。だが、ゲストを危険に晒す手段だ。ほめられた行動ではない。お前は、外交官に殺人鬼を相手させるような組織を、どう考える?」


「熱い組織だなあ。もしくは、野蛮で頭のおかしい組織だ」


「私なら、後者だと判定するぞ。『他国の外交官』を殺人鬼の『囮』に使う?……正気の沙汰ではあるまい」


「そうだな、国際問題まっしぐらだ」


「にやつきならが、言うんじゃないッ」


 テッサの幼げな指が伸びて来て、オレのホッペタをびよーんと伸ばす。反抗期の妹。いつかミアが迎えるツンデレ期は……こんなカンジなのかもしれん。ツンデレ・モードのミアか……っ。


「何を和んだ顔になっているッ!!このロリコンがあッ!!」


「オレはシスコンだよ」


「どっちも変わらんわ……繊細な違いがあったとしても、知りたくもないッ」


 断言したよ。そして、オレのホホを思い切りつねった後で、解放する。そもそも、28才のヒトなんだから、ロリコンも何もないような気がするな。


「……まあ、冗談はともかくだ。頼めるか、ソルジェ・ストラウス?……そこらをうろついて来て、襲ってくるヤツをぶっ殺せ」


「了解だ。『非公式な外交官』ならではの、軽いフットワークを見せつけて来るよ」


「ああ。頼むぞ。お前の性癖はともかく、腕と『正義』は信じている」


「信じてくれていい。オレは、君がこの街を守るために何でもすることを知っている。君の『正義』のためならね、命を賭けるぐらいは、お安いご用だよ」


「……ああ。頼むぞ、ソルジェ・ストラウス」


「任せろ。ガンダラ、オットー、作戦はあるな?」


「ええ。用意していますよ。オットー、団長に」


「分かりました。さて、団長。この地図を、ご覧下さい」



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