序章 『鋼に魅入られしモノ』 その8
八つの目玉が、こっちを睨みつけている。ジェド・ランドールの葬式に呼ばれていたのか?……四大マフィアの連中も、来ていたが……コイツらもいたのか?記憶にはないが、いたのかもしれん。
ジェド・ランドールの葬式に呼ばれるぐらいなら、『ザットール』でも、それなりの立場にある人物なのかね。
色々なヤツに恨まれているのは知っている。悪いコトをした記憶は、一つもないが。四大マフィアは、一週間前とは全くの別物になっちまっているよ。とくに、『ザットール』は『ストラウス商会』に財布を握られているからな。
恨み言を聞いてやるぐらいは、すべきかな。
首を振ったよ。路地裏の湿った夜風を浴びながら、魔法の時間は終わりを告げる。黒く化けていた髪の色が、炎みたいに赤いストラウス家の色へと戻った。ついでに、目玉の方も魔術を解いた。文句を聞いてやるんだ。真の姿でお相手をしようじゃないか。
……コイツらに絡まれている状態では、どうせ人間族専門のヒト斬りは現れてはくれないだろう。桁違いの達人一人に、四人の手練れ。並みの戦士なら、互角に戦いたければ、最低でも2ダースはいるぜ。
そんな大勢で動き回る殺人鬼も、常識的ではないからな。まあ、いないとは限らんが。ムシしていいほどに、小さな可能性だろうよ。
「……変装魔術か。人間族のくせに、器用じゃねえか。ああ、赤毛に、左の目玉が気色悪い金色に光っている。背中の、竜太刀……ソルジェ・ストラウスだな」
……気色悪いだと?
個人的には、かなりカッコいいと考えているのだがな。左眼にある魔法の目玉は、金色に光っているんだぜ?だが、異論は認めよう。美意識ってのは、人それぞれあるもんだしな―――。
「―――おい。無視するなよ。冷てえなあ。せっかく、変装を解いたんだろ?自分で、認めたんだ。アンタはソルジェ・ストラウスだってな!」
「……オレにはお前らなんかに用はないんだが。そっちは用があるらしいな」
「そうだ。アンタに用がある!……なにせ、オレたちの『ザットール』は、アンタのせいで、ぶっ壊れちまったからなあ!!」
「なるほど、意趣返しか。だから、『ここ』に来ていたのか。オレが鎧をトミーじいさんに預けたことを、貴様らは知っていたわけだな」
ここは『ザットール』の縄張りだからね。トミーじいさんがチクらなくても、色々なところで情報が漏れるさ。『パンジャール猟兵団』の団長、ソルジェ・ストラウスさんは、この街では有名になってしまっているんだよ。
「……そうだ、オレたちは調べ上げていたからな。テッサ・ランドールが、アンタにトミーじいさんを紹介したんだろ」
「三下。テッサ・ランドール市長さまと呼べ。彼女は、この街の女王陛下だぞ」
「……うるせえ。オレは、認めちゃいない。テッサ・ランドールが、この街の頂点だなんてな……ッ」
テッサ市長の支持率が100%だなんて、オレもテッサ自身も思っちゃいない。『マドーリガ』以外のマフィアたちは、心の底から彼女に仕えたいという気持ちまではないさ。
悪人だらけの街の市長職ってのは、大変だな。色々なヤツが、足を引っ張ろうと邪魔してくる……。
嫉妬の炎を宿しているエルフの若い男は、オレを見上げるような目つきで睨んでくるな。爪を噛むような癖があったのかもしれない。コイツはワガママで、他人が持っている輝かしい立場や宝物を、欲しがってしまう男だ。
欲深く、独善的……能力の割りに、大きな野心を抱いてしまっている。身の程知らずの三下だが、苦情ぐらいは聞いてから殺すとするか。『ザットール』をイジメ過ぎているっていう自覚はあるよ。まったくもって後悔はしないけどね―――。
「―――アンタは鎧をトミーじいさんに預けた。今日、仕上がるんだろ?」
「昼に取りに行く予定だったんだがな」
「分かっていた。アンタか、アンタの仲間が受け取りに来ることはな……」
「だから、見張っていたか。それにしても、こんな深夜にか?」
「職人の朝は、早いからな。年寄りの職人なら、なおさらだ」
「ほう。トミーのじいさんを襲うつもりだったのか。彼は、名声ある人物だぞ」
「……彼を傷つけるつもりは、オレたちにもない。ただ、アンタの鎧を奪うために来たんだが……」
「ククク!……『運良く』、オレと出くわしてしまったか!!」
「……そうだ。アンタには、復讐しておかなければならん……」
「復讐か。誰のだ?」
「決まっている。アンタが首を刎ねた、アルマニ親分の仇さ」
「彼は納得して死んだぞ。お前は、彼の腹心ではないな」
「……っ」
表情が歪む。図星なのか。演技力が乏しい。隠すつもりはない?……オレを見つけて喜んでいる……?ちがうか、ちょっと麻薬が入っているせいで、冷静さに欠くだけか。オレを見つけた瞬間に、麻薬を吸ったのかもしれん。
「いいか?アルマニは、自分の仇討ちなど、望まない。そんなことをすれば、彼の死に意味が無くなるからだ。『ザットール』を皆殺しにする選択肢だってあった。お前たちは、難民を奴隷にして働かせていた。『自由同盟』は、それを許さない」
だからこそ、アルマニは自分の首を差し出したわけだ。ヤツは自分の家族も、組織も、その命で守ろうとした。
責任者が死んだことで、組織に生まれ変わるチャンスを与えた。ヤツの首一つだけで全てが丸く収まるわけでもないが……彼以外の幹部を、片っ端から殺すなんて行為を、オレは実行しなかった。
アルマニは、自分が死ぬことで多くの命を救っている。
「彼の犠牲の意味も分からないような男が……彼の仇討ちを望んだりはしない。お前は、アルマニの仇などを討ちたいわけじゃないな」
断言していい。
犠牲を選んだ者の心を、酌み取って……それでも忠誠心や義侠心のために、復讐を望むような男ならば、本気で相手してやる価値もあるのだが。コイツには、そんな価値は毛ほども感じなかった。
「……お前は、たんに、『ザットール』の内部で、自分の地位を高めたいだけの男じゃないのか?……アルマニの仇を取ったという、手柄を立てることで」
若いエルフは闇に沈む小路のなかで、ニヤリと笑う。
復讐者は、憎い相手にあんな顔を見せたりはしないよ。もっと血走った眼で笑うさ。オレ自身はそうだったと思う。
このエルフは、アルマニの死に怒りなんて持っちゃいない。オレにだって怒りの感情は薄いんじゃないか?
……むしろ、斬り落としたオレの首に、抱擁やキスでもしてくれるかもしれない。ヤツにとっては、オレの首は、自分の功績を象徴するトロフィーみたいなもんさ。斬り落とされるつもりはないがな。
「この推理は、的外れじゃないだろ」
「……ああ。そうだ。認めてやるぜ。たしかに、そういう野心はありはする」
「だろうな。顔を見れば分かるよ。忠義者の顔じゃない」
「たしかに、アルマニ親分の死には、悲しみは少ない。だが、オレも『ザットール』のマフィア、『ザットール』を破壊されたことに関しては、本当に腹立たしく思っている」
「それはそうだろうな。お前の稼ぎも、さぞや減っただろう」
若いエルフは奥歯を噛んだ。怒りのコントロールが出来ていない。摂取した薬物のせいか、生来の性格ゆえのことなのか……区別はつかなかった。興味もなかった。
「アンタのせいで、『ザットール』は骨抜きにされている……ッ!富を生むイシュータル草の畑もッ!……この街を大きくしてきた、オレたちの金も奪いやがったッ!!……おかげで、何も、残っちゃいねえッ!!乞食みたいに、アンタに物乞いしろってかッ!?」
「そうなるようにした。麻薬も、高利貸しも、『自由同盟』の邪魔だからな」
「邪魔だからといって、潰されていたらな、たまったもんじゃねえんだよ!!」
「そうかもな。で?……どうしたい?」
「舐められっぱなしじゃあ、マフィアなんてモンはやれねえんだ!!アンタを、ぶっ殺してやるッ!!」
「……悪人なりの誇りか。そんなものにつき合ってやるヒマはないんだが……消えろと言っても、従うことはないだろうな」
「……そうだ。アンタを始末して、『ザットール』はオレが継ぐ!!」
「おいおい、止めとけ。器じゃないさ」
「うるせえ!!オレは、闘技場で腕を磨いて来たんだ!!ここにいる、他のヤツらもそうだ!!」
「腕だけで、まとまるほど容易い組織じゃない。悪を貫くことは、それなりに覚悟も知恵もいる……お前は、どうにも幼すぎる」
「何!?」
「テッサやアルマニのように、一人でオレに会う勇気もない。アッカーマンのように、四大マフィアも辺境伯も操るような知恵もない。『クルコヴァ』のように、仲間のために長を殺す覚悟もない。ジェド・ランドールのような信念もない。お前の心は、幼く拙いのだ」
そんなことでは、この『ヴァルガロフ』の四大マフィアの長になど、なれようはずもない。なぜに、それが分からないか?……幼く、未熟で、下らん三下の若造だからさ。
「馬鹿に、しやがってえええええええええええええええええッ!!」
「……軽んじられる理由さえも、分からん。そんな男だから、オレかもしれない人物に接近するだけなのに……仲間を連れて動く必要がある」
「うるせえ!!一斉に、かかるぞ!!コイツを、ぶっ殺してやるんだッ!!」
「ああ!!」
「行くぜ!!」
「やっちまおう!!」
四人の若いエルフたちが、戦いの準備をする二人が弓を構えて、二人が剣と槍を握りしめて近寄ってくる。連携は取れているな。闘技場では、チーム戦もするのかもしれない。しかし……間違っているな。
「……止めておけ。ストラウスお兄さんは、仕事の邪魔をされて、腹が立っているんだ。慈善家でもない。君らの更正を期待してやれるほど、やさしくないんだぞ―――」
「―――死ねえええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
身の丈に合わぬ野心に衝動されて、欲深い若いエルフが長剣を振り上げていた。弓を持つエルフたちが矢を放つ。同時にな。たしかに腕はいい。十分な強さを、彼らの体は宿している。腕はいいんだが、相手が悪いんだよ。
間違っているな。
弱者が、魔王に挑むものではない。
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