序章 『鋼に魅入られしモノ』 その3


 ビールが入っているせいで、オレの集中力は欠けてはいる。だが、ジャンは集中して店主の語りを聞いていた。


 『ヴァルガロフ』の闘犬の歴史から入る。猟犬、狼、大型の犬、狂暴な性格の犬……そういった存在をかけ合わせることで、闘犬の血は作られていったそうだ。


 戦神バルジアに捧げる祭りの出し物の一つでもあり、街を守る戦士たちの相棒。それが『ヴァルガロフ』の闘犬たちだった。


 『マドーリガ・ドワーフ』の戦士たちは、より良い闘犬を作るために努力し、それを戦場で効率的に扱うために『ウォー・ウルフ』の呪術も完成させたという。


 ドワーフ族は屈強だが、その短躯ゆえに素早くない者も多くいる。素早く、騎兵を倒せる闘犬たちは、彼らにとって最高のパートナーと言うべき存在であった―――。


「―――まあ、歴史はこれぐらいでいいな。闘犬の技を継ぐ者として、最低限の歴史も覚えておけ」


『はい、トレーナー!!』


 歴史には意味と教訓があるものだからな。勝利の歴史もあるが、敗北の歴史もある。ヒトは勝利から学ぶことは少ないが、敗北というものからは多くを学び取ることが可能だ。


 失敗しか、分析することは出来ないからだ。


 ……どうして、『マドーリガ・ドワーフ』たちが闘犬を作ったか?……それに頼るしか無かったからだ。ドワーフの乗る馬は小型種が多い。騎兵に向くような背の高い馬は、彼らの短躯には向かないのだ。


 騎兵と戦うには、弓兵か騎兵がいるものだがな。ドワーフは弓兵を好まないわけじゃなく、戦場では、より得意な戦槌を振るう戦士……歩兵として用いられたのだ。理由?『ザットール・エルフ』たちがいたからさ。


 より優れた弓兵に、弓と矢を渡した方が効率が良かったわけだ。資源が豊富ではないこの土地で……ムダな矢を射る余裕はないからな。かつての四大自警団たちが、どれほど困窮した状況にあったのか、想像がつくな……。


 さて、騎兵には向かず、弓兵はエルフたちに劣る―――それでも、この平坦なゼロニアの荒野は、騎兵を祝福し、騎兵に対して圧倒的な歩兵をするしかないドワーフたち。彼らは、多く敗北を喫しただろう。そして、発明を二つ果たした。


 長い柄の戦槌。馬の首を一撃でへし折り、あるいは馬上の兵士の肉と骨にも到達する、強打を放てる武器と、その技巧の開発が一つさ。あの戦槌ならば、鎧を着ている者ほど殺しやすい。重装の騎兵は、いいカモに出来る。


 だが、騎兵は素早いものだからな。


 鈍重な戦槌を避けられる可能性もある。だからこそ、『マドーリガ・ドワーフ』たちは闘犬を必要としたのだろうよ。


 馬は臆病だからな、ここの闘犬たちほど大きな獣に吠えられたり、あるいは噛みつかれたりすれば、動きを止めてしまう。あの強靭なアゴは、薄い鉄の鎧も曲げて、中にいる兵士の手脚を痛めつけられる。


 一瞬の速さならば、闘犬たちは騎兵よりも速く走れるところも有効だ。闘犬に絡まれて、動きを緩めた騎兵に対して、ドワーフたちは必殺の戦槌を叩き込めば良かった。


 闘犬とは、ドワーフたちが騎兵に用いてきた『生きた盾』。馬を幻惑し、足止めするための存在だった。動きの鈍った重装騎兵は、戦槌の一振りで、いくらでも仕留めることが出来たからな。


 その歴史を認識することで、ジャン・レッドウッドも戦場を支配する理屈の一つを把握する日もあるだろう。


 弱点を克服するために、二つ以上の個性を組み合わせるという行為の偉大さもな。


 辺境伯軍の突撃を、『ヴァルガロフ自警団』が止められたのには、敗北から回収された教訓を、積み重ねて培って来た歴史を、彼らが継承していたからに他ならない。辺境伯軍が敗北した理由は、『ヴァルガロフ自警団』の歴史を知らなかったからさ。


 ……騎兵に蹴散らされた歴史を、『マドーリガ・ドワーフ』は覚えていた。だからこそ、騎兵を防ぐ柵を構築できたし、闘犬と戦槌を組み合わすことで、強兵ぞろいの辺境伯軍の突撃をもしのいでみせた。


 もしも、『ザットール・エルフ』が、あの戦列にいたら?……『アルステイム・ケットシー』に混じり、有能な遠距離射撃の名手である弓兵がそろっていたら?……辺境伯軍の騎兵突撃は、より防がれていた。


 もしも、『ゴルトン・巨人族』までもが、あの戦列にいたら?……騎兵と一対一で戦える体躯から放たれる、長いリーチの槍が、馬を防いだ柵の内側から飛び出して、騎兵を柵内への侵入を防いだろう。


 それが、おそらく『ヴァルガロフ』四大自警団の、真の強さだろうな。


 敵の騎兵の突撃に対しては、『ザットール』の矢の雨が最初に降り注ぐ。さらに突撃してくれば、柵に隠れる『ゴルトン』の槍が騎兵を突く。それでも止まらないのなら、『マドーリガ』の猟犬と戦槌が、敵陣を裂いて砕いて乱戦に突入する。


 そこからは、『アルステイム』のケットシーたちの『器用さ』が冴えるわけだ。ケットシーたちは、弓も槍も剣も使えるし、身軽だ。


 どの状況にも応じて、有効な戦力に化けるのが『アルステイム』の役割だよ。エルフと並び矢を放つし……巨人と並んで槍を伸ばす。


 敵味方入り乱れる乱戦になっても、ドワーフとコンビを組んで、小柄さとスピードを使って、敵を混乱に陥れるというわけだ。どの状況でも、味方をサポートして、敵に対して有効な存在でいられることで、集団に粘り強さを与えられるわけだよ。


 ……『ヴァルガロフ自警団』が目指す、『守り』の構えの究極は、その四者の連携である。


 テッサ・ランドールは先の戦を通じて、それを理解しただろう。賢い女性だからな。次の戦では、彼女は三日前の戦よりも、はるかに強い『ヴァルガロフ自警団』を見せつけるはずだ。


 ジャン・レッドウッドも、あの戦を生き抜いた。戦の動きを、完全に理解することは出来なかったとしても、得がたい経験を積んでいる。闘犬の歴史を、物語として聞いたことで、ジャンは、先の戦の経験値を、より有効に使えるようになるかもしれんな。


 ……まあ、それはジャンだけではなく、オレにも言えることだ。戦いについて、より多くを識るということは、戦士にとって有益なことさ。見聞を深めることで、ヒトは自分が置かれた状況に対して、選択すべき手段が見えるようになる。


 より有利に、より安全に。


 より早く、より楽に。


 戦いを効率化することが、戦術の肝なのだ。闘犬の歴史を、酒の呼ぶ睡魔と戦いながらも耳にすることで、我々は強さを磨いているのだよ、ジャン・レッドウッド―――。


「―――さて、次は実技に入るぞ」


『はい!!お、お願いいたします!!』


「いいか?お前は敵に跳びかかるとき、首の座りが悪い」


『く、首の座り?』


「安定性でもいい。お前は、とにかく筋力が強いし……多分、ヒト型のときがあるせいだろう……犬らしくない!!頭だけで噛みつきに行きすぎている」


『頭だけで?……ほ、他の場所で、噛みつくんですか!?』


「……もっと全身に力を入れて、『頭突き』するような形で突っ込めと、彼は言っているのさ」


『頭突き……』


「そういうことだぜ。いいか、犬よ。お前の戦場で見せた騎兵への噛みつき方は、首に込める力が弱すぎた。あれでは、本気の噛みつき方にはならん……」


「体重が、かからないというわけか」


「そうだな。闘犬は、体重も使う。牙の鋭さだけでなく、加速した体重も使うんだ。素早く走り、牙で噛みつき、重さで揺らし……敵が崩れた瞬間に、噛みついた部分の肉と骨を壊すために全身で跳ね上げるんだ」


『そ、そうか……たしかに、ボクは、噛みついてるだけかも……』


「それでも、いい犬は勝てる。力そのものが強いし、体もデカければな。だが、それ以上の強さは引き出せねえ」


『じゃあ。ぼ、ボクも、その動きをすれば……?』


「破壊力だけなら倍にはなるさ。敵をより素早く壊せれば?」


『……つ、次の敵に、食いつけにいけます!!』


「そうだ。戦場での功績が、二倍以上になるな。上手に当たるだけで、敵を倒せれば?次の動きで、新しい敵を防ぐ。上手く立ち回れば、今までより、はるかに多くの敵を相手にすることが出来るぜ」


『……っ!!』


 ジャンの目が輝いているのが分かった。『パンジャール猟兵団』において、『最弱』の存在であると自分でも認めているジャンだって、まだまだ強くなりたいと考えているはずだよ。


 ……それに、このオッサンのアドバイスは、ジャンに有効そうだ。犬の……いや、狼の動きを見て、オレたちでは、それの良し悪しは、イマイチ分からん。


 だが、闘犬を長らく調教してきた彼になら、闘犬の伝統を継いでいる彼になら、ジャンに更なる力を与えることが出来る。


『す、すごい!!まだ、まだ、ボク、強くなれそうです、ソルジェ団長!!』


「ああ。そうみたいだな」


「……この犬は、素材は素晴らしい。だが、立ち回り方も、そして首の使い方も鈍い。それらを理解させるだけでも、もっと強くなるぜ」


『お、教えて、いただけますか!?』


「ああ。オレは、強くなろうとしている犬には、惜しみなく技と知恵を与える」


『ぼ、ボクは、犬じゃないですが―――』


「―――そうだな。まだ、真の犬ではない。ただの駄犬だ」


『そ、そういう意味ではありませんけど……強く、なりたいです!!』


「……いい返事だぜ。ワン!!と鳴くことはしないが、いい声だぞ、駄犬。今までの、どの闘犬から聞いた返事よりも、強くなりたいという気持ちが、しっかりと伝わって来た」


 ……それは、そうだろうな。


 フツーの犬は、ヒトの言葉で話しかけて来たりはしないものな。


 しかし、そんな冷静なツッコミをする程、オレは無粋な男ではない……そして、何だか眠たくなってきているな。ビールを呑みすぎている?……それもあるが、もう夜中の1時だからだろう。


 酒の入った頭で、未知の技巧について考えるのは、難しいことだ。


 闘犬酒場の店主は、首に力を入れるには、頭を低くして肩甲骨を上げるのだと、実に細かい説明をしてくれているな。ジャンの突撃は、骨格からして、ムダに高すぎるそうだ。


 頭を低くし、背中と首の後ろの筋肉を強く固めて……口を大きく開き、下あごの牙から先に突き立てるように衝突しろとのことだった。そうすることで、より大きく衝撃を与えられる―――。


「―――デケーときのお前なら、それだけでも馬を倒すさ。牙の長さは15センチ以上。無数のナイフを突き立てて、引き裂きながら抉るのと同じ。威力は十分だ」


『はい!!』


「あと、駄犬よ。お前は突き刺さった牙を抜こうとする、いらない動きがある。食い千切れば早いだろう」


『そ、そうですねッ。あんまり、思いませんでした』


「速さはあるから、早さにも気を使え」


『それは、よく皆にも言われます』


「だろうな。言われたとしても、それを行うための動作までは、闘犬を育てる者でない限りは分からんだろう。猟師の猟犬は、軍隊との戦い方を追及していないからな。だが、ワシらは違う。犬で騎兵を殺すために育てているんだ」


『……コツが、あ、あるんですね!?』


「たくさんな。馬が、どの脚運びになったときに、どう食い付くと倒れやすいか。そいつを教えてやるさ―――」


 ―――興味深いが。どうにも、まぶたがくっつきそうだ。闘犬の技巧や戦術については後日、ジャンからどんなハナシだったのかを聞き出そう。


「……ジャンを預けるぜ」


「おうよ」


「ジャン。よく学んでおけ。オレは……宿に戻って寝る。これ以上は、酒が入っていて授業を聞けなさそうだ」


『は、はい!!ソルジェ団長、お気をつけて、お帰り下さい!!』


「……団長サンには、問題ねえと思うが……人間族を斬るヤツがいるらしいから……気をつけろよ?」


「……ああ。そういう不届き者に遭ったら……殺しておくとするよ」


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