エピローグ 『悪人どもは深く眠る』


 ……親父よ。ジェド・ランドールよ。時代は変わるぞ。『オル・ゴースト』は滅び、四大マフィアの主要な指導者たちも消えちまった。


 自発的な革命などではなく、傭兵にもたらされた血なまぐさい混沌に呑まれるような形ではあるが……悪人どもの支配から、久方ぶりに『ヴァルガロフ』は解放されようとしている。


 親父も、この街の現状が気になっているだろうから、こうして手紙に書くとするよ。




 『ゴルトン』の巨人族は、協力的である。


 アッカーマンを、ソルジェ・ストラウスにぶっ殺されて、『自由同盟』の戦の片棒を担がされてしまったからな。もはや、ヤツらも帝国の敵なのだ。『自由同盟』に頼るしかない。


 元々、長であるユーゴのじいさんは、『自由同盟』に参加したかったようだ。


 実権をアッカーマンに奪われていた、形だけの長ではあった。しかし、その状況も変わるだろう。彼は再び『ゴルトン』の実権を掌握する。『自由同盟』は、彼の従順さを気に入るさ。


 舐められることもなかろうよ。彼だけは反帝国を曲げることのなかった、気骨のある人物ではあるからな。四大マフィアの中で、唯一、ファリス帝国を拒絶し続けた人物。だからこそ失脚もしたが……状況は変わった。彼の帝国嫌いは、やがて尊敬を集めるかもな。


 ……アッカーマンのクズ野郎は、あの世で口惜しがっていそうだよ。


 ユーゴが実権を取り戻したことにではない。『大金を稼げる機会』に、自分が死んでいることを嘆いているに決まっている。ヤツは、いつだって金が好きだった。善悪も権力もどうでも良かった。ただただ、金が欲しいだけの悪人だからな。


 そうだ、金が動く。


 このゼロニアでの『物資の輸送』は、重要な産業になるぞ。ハイランドの軍にも大量の物資を、運ぶ必要があるからな。辺境伯の時代では、軍需品を運ぶことは許されなかった。それほどの信頼関係がなかったからな。


 というか……辺境伯ロザングリードは、いつか武力で四大マフィアを潰す日を考えていたからだ。軍需品の流れをアッカーマンに知られる?……そいつは、ヤツほどの戦上手じゃなくても私にだってマズいってことだけは分かるよ。


 ―――『ゴルトン』が潰れることはない。


 とんでもなく儲かるさ。そして、儲かる以上は、一部を除いて密輸を許さないつもりだ。税金をかけて、『ヴァルガロフ』の財政に貢献してもらおう。


 アッカーマンは、人身売買よりも儲かる仕事を逃したのさ。ああ、ヤツの家族は保護されている。アッカーマンは……母さんのために医者を探してくれて男でもある。私だって、その事実を忘れてはいない。ヤツの家族には、何人たりとも手は出させんよ。




 『ザットール』は、大混乱だな。


 ソルジェ・ストラウスがアルマニに書かせた契約書のせいで、連中には自由がない。麻薬畑を焼かれてしまったし、ため込んでいた金のほとんどを、『自由同盟』―――いや、『ストラウス商会』に奪われている。


 ……現在、『ザットール』の経営権を握っているのは、死ぬほど強いユニコーン騎兵をうじゃうじゃと引き連れた、ソルジェ・ストラウスの『角の生えたヨメ』だった。『ザットール』は、もはや、あの鬼のような夫婦の奴隷のような立場にある。


 市長である私としては、『ザットール』も助けてやりたいところだな。ただの同胞意識からではない。ヤツらの『金貸し』としての能力は、街の経済発展には不可欠だからだよ。


 高利貸しは論外だが―――金貸しは必要なものだ。


 たとえば街路に面した空き家を見つけた商人がいたとする。そいつが商売を始めたいと願う者に、資金とチャンスを提供する金貸しがいなくては?……新たな店が生まれることはない。やはり、経済の発展に金貸しどもは必要なのだ。


 ……ソルジェ・ストラウスではなく、角の生えたヨメに、状況の改善を持ちかけるべきだろう。


 アレからは、かなりインテリのにおいがするし、『ストラウス商会』の真の経営者だ。この土地に金貸し『ザットール』が必要なことぐらい、分かってくれるだろう。


 『ヴァルガロフ』が『更正』するためにも、『多種多様な業種』ってものが、この土地に根付く必要があるんだよ。


 貧困を回避するためと、他国からの影響にコントロールされないためでもある。我々の保有する産業は、どうにもこうにも邪悪に偏りすぎていて、あまりにも業種というものが少ない。


 業種の少ない経済が貧弱な理由は、野猿でも分かるだろう。そもそも栄える仕組みではないのだ。需要に対して、供給が過多になりすぎるからな。同じ街に、同じ種類の店が、多く建っていることは貧困を招く。


 我々には、より多くの種類の商売が必要なのだ。金貸しの『ザットール』は必要な存在だ。


 ……『ザットール』は、四大マフィアの中でも知識階級も多く、まっとうな商業も盛んである。彼らは、金の『正しい使い方』も知っている。『ザットール』の能力も、この街には必要だということを、赤毛の野蛮人に角女と一緒に教え込む必要があるな。




 『マドーリガ』は、健闘しているぞ。


 国外勢力に食い物にされぬために、あちこち必死に営業中だ。売春をせねば飢える女も多いし、『背徳城』は、すぐには潰させないぞ。産業の乏しい我々の、貴重な外貨獲得手段なのだ。永遠にそれだけで過ごすつもりはないが、今はあまりにも業種が足りんからな。


 レストランとしても、好評ではあるのだ。課題であった食材の輸入費用についても、『ゴルトン』と『ストラウス商会』に対して、半々に依頼することにより、輸送コストを少なく出来るだろう。


 ……より大量に輸入することで、輸入元との契約も有利に行えそうだ。ああ、帝国領内の農村とも商売は続ける。『ゴルトン』という密輸のプロが、我々にはいるのだ。密輸を許可しても良いケースの一つだと、私は考えている。


 我々にはより多くの食料を、可能な限り安く輸入したいという願いがある。『ヴァルガロフ』の『酒と食』は、『マドーリガ』がリードして行くぞ!!


 我々が輸入した食料を、東にいるハイランドの軍に送ってもいるからな……ヤツらが、より東に進軍する日のためにも、我々nは食料を確保する力が必要だな。


 ハイランドの『虎』どもは、酒を質より量だと考えているらしく、マズい酒でもガンガン売れているな。知性に劣る連中は、いいカモだよ。


 そうそう。ハント大佐には、いい酒といい女を差し向けたが……両方とも拒まれた。マジメでつまらない堅物だな。


 ……まあ、『背徳城』の主の勘を信じるのならば、どうも、あの男には愛しい女が祖国にいるようだ。


 堅物野郎の、唯一、笑える要素ではある。


 ハント大佐は、上手く扱う必要がある人物だろうが……たしかに、誠実ではありそうだ。こちらが『自由同盟』に従順な限りは、ハイランドの『虎』が、『ヴァルガロフ』を制圧することもないだろう。


 ……『マドーリガ』は安泰だということだ。帝国の軍勢を打倒した、我々の戦力については、誰にも軽んじられることもない。辺境伯軍を破ったという功績は、『自由同盟』にとって大きな貸しを作ったことになる。


 利用してやるぜ。


 我々の戦槌がある限り、『マドーリガ』は誰にも潰させない。我々こそが、この『ヴァルガロフ』の守り手なのだ。戦力が少しでも欲しい『自由同盟』には、有能な軍勢が必要でもある……。


 『マドーリガ』は潰されることはない。


 その点は、安心しておけよ、親父。




 『アルステイム』の連中は、私たち以上に上手くやったよ。さすがは長い舌の猫どもだ。『オル・ゴースト』を潰したときに、こっそりと『予言者』を回収していたとはな……。


 ……アレキノ、見るからに哀れな『オル・ゴースト』の被害者だが、能力は確かだった。ソルジェ・ストラウスを見つけて、連中の仲間に引きずり込めたのは、アレキノの能力のおかげだろう。


 ヴェリイ・リオーネと『クルコヴァ』は、幸運と実力を兼ね揃えているようだな。


 まあ、『オル・ゴースト』の『予言者』も、ソルジェ・ストラウスの暗殺については、外したらしいがな。


 『ルカーヴィスト』の大神官に言わせれば、『予言者』の『目』である『ゴースト・アヴェンジャー』が死に過ぎて、『未来』が歪んだのではないか……とのことだ。


 ……あの女が言うには、キュレネイ・ザトーを操る方法は確かにあるそうだ。あの女自身も使えるし、アスラン・ザルネも使えたらしい。あの女が、アスラン・ザルネに、もう少しでも情があれば……状況は変わったのだろう。


 何がいいのか、個人的には分からない。


 しかし、男女のあいだの感情とは、読めないものである。


 あの大神官を、赤毛の魔王は、どうやったのか惚れさせたらしい。あの赤毛は、大神官にザルネを裏切らせたのだ。殺されたザルネの復讐を、大神官は考えていたようだ。同僚を殺された『義務』のように。


 ……しかし、そうはならなかった。大神官は、いつの間にやら、あの赤毛を殺せなくなっていた。


 まあ、『自分たちのこと/灰色の血』を実験材料にしか思わんような鬼畜なんぞと、長年、一緒にいれば、あの野蛮な赤毛にでも、簡単になびいてしまうのかもしれいな。環境とは、恐ろしいものだ。


 現在、エルゼ・ザトーと『アルステイム』の仲はいい。大神官が、『予言者』たちの治療を始めているからな。ヴェリイ・リオーネは、どうも『予言者』たちに母性をくすぐられている。まるで、子供と母親だ。


 『アルステイム』は、ソルジェ・ストラウス以上に、大神官と『ルカーヴィスト』を必要としている。『予言者』たちに、治療を提供する存在として。


 だから、親父よ。密かに応援していた『ルカーヴィスト』を、心配する必要はない。私も、手は出さない。ヤツらが大人しくしているあいだはな……テロは、許さない。連中の罪は消えん。ヤツらを認める日は、永遠に来ない。


 共存するつもりはない。テロリストを受け入れることはありえない。しかし……しばらくの間は、猶予を与えてやるさ。


 ……最終的には、ガルーナに引き取ってもらおうと考えている。大神官も喜ぶだろう。元・テロリストの仲間ともども、ガルーナで人生を過ごすといい。


 ガルーナでカルトな宗教活動を再開してくれても、私にも『ヴァルガロフ』にもダメージがないから、それで構わん。


 ……アレキノとラナについては、利用すべきという意見もあったが、止めた。


 ハント大佐があの二人の身柄を要求して来るかとも考えていたが、その要求は今のところない。『虎姫』が動いているのか、ハント大佐の倫理意識が高いのか……。


 まあ、『ゴースト・アヴェンジャー』が二人だけになった今、『予言者』としての能力も皆無だろう。それに……エルゼ・ザトーの治療により、二人はその能力の根源である脳内の呪術を失うようだ。


 脳に食い込んだ霊鉄については、『ストラウス商会』の顧問錬金術師とやらが、どうにか出来てしまうらしい。脳に食い込んだ霊鉄、それを融かして排出するそうだ……世界には、色々な技術があるものだな。


 いつか、その顧問錬金術師とやらを、私の陣営に誘ってみたい。


 ……どうあれ。『予言者』の力は失われる。


 エルゼ・ザトーも、多くの資料を処分したようだ。医学的に有益な資料は残したいらしい。それが、犠牲になった『灰色の血』の『死んだ意味』だと言われると、私には反論する気は起きなかったな。


 エルゼ・ザトーは『オル・ゴースト』の悪しき呪術を消すだろう。『オル・ゴースト』の遺産は、これで永遠に消え去ることになる―――。


 ―――良いことだ。


 そう思う。


 『予言』などというモノに、ヒトは振り回されるべきではないからな。


 親父よ。ガキどもの脳を生け贄にして、親父たちは『ルカーヴィ』を造った。たしかに、アレは勇ましく、そこらの『ゼルアガ/侵略神』よりも強くはあったらしいが……ただの、怪物でしかなかったじゃないか。


 『戦槌姫』と魔王に殺されるようではな、神とまでは呼ぶべきではないだろう。あんなものは、ガキどもの脳を壊してまで、造るべき存在ではないさ……。


 ……私は、『オル・ゴースト』の遺産が消えることを、歓迎している。親父はイヤがるだろうが、邪悪な呪いは消え去るべきだ。


 呪いの果てに、人々の精神的な安堵が訪れたとしても、それは正しい道とは思えない。犠牲となる者が、あまりにも多い道だ。そこまで哀れな者たちの犠牲で血塗られたような神に……誰が祈る?


 ……親父の『正義』は、間違っているよ。たとえ、親父の『正義』でしか救えない者たちが、たしかにこの街には大勢いたとしてもな……。


 永遠に、私と親父の考え方は、交わらないのかもしれない。でも、私の『正義』は力で示した通りだ。親父の『正義』にも、負けないぞ。


 私は……『ヴァルガロフ』を守り、このゼロニアを、ゼロニア人の支配する土地にする。


 そのために……一生を捧げるつもりだ。


 私の人生を捧げるのだ。少しでも、良い街作りをしたいものだな。


 まあ、今は……この乱世を『自由同盟』の一員として生き延びることが、それよりも先に達成しなければならないことではある……。


 『自由同盟』の一員にはなれたよ。私たちの同盟の参加に対して、文句を言うかとも考えていたハント大佐は、意外と物わかりが良かったんだよ。


 ……その理由も分かる。親父を含めて、『ヴァルガロフ』の四大マフィアの支配者たちが、皆、死んでいたからだろう。


 親父たちは、かつては悪徳で稼いだ金で辺境伯を懐柔し、今度は、正義の番人みたいな堅物の『虎』に、その命を差し出すことで、結果的に『ヴァルガロフ』の『自由』を守ってくれたわけだ……。


 市長として、そのことには感謝している。


 ……そうだ。


 この『ヴァルガロフ』という土地を、真の意味で『自由』にする日は、まだ遠いかもしれない。強国に媚びて生き抜いている状況は、昔も今も変わらない。これは大きな屈辱だが、受け入れなければならない真実だ。いつかは変えてみせるがな。


 ……この私も、ハイランドと『自由同盟』に恩を売りつけることで、『自由』を手にしているだけに過ぎない。ロザングリードと、辺境伯軍を討ち滅ぼすために、大勢の仲間を死なせている。


 私は、この仮初めの『自由』のために、『仲間の命』を差し出したわけだ。


 私も、大きな罪を背負った。親父たちの罪よりも、大きなモノかもしれない。だが、それでも『ヴァルガロフ』の地には他国の軍による略奪は起きていない。他国の国旗が、我々の空で、荒野から吹く風に踊ることもない。


 ……悪人どもは減ったが、今までとよく似た日々が、しばらくは続くだろう。


 『自由同盟』が敗北し、帝国に今度こそ容赦なく蹂躙される日が来る可能性もある。


 あるいは、『自由同盟』が帝国を打倒すれば、ハイランドの領土的野心が燃え盛り、この土地を奪い取ろうと、狂暴な『虎』どもが須弥山から這い出てくるやもしれん。


 ……乱世であろうとも、乱世が終わろうとも。


 この『ヴァルガロフ』を守り続けるという仕事は、とんでもなく難しいものだ。外交力と経済力、そして軍事力がいる。他国に依存しなくても、このゼロニアの独立を保つほどの力がな。


 武力だけでは、どうにもならない。全ての力を使うしか、その道を達成することは出来ないのだ。幸い、親父が、大学などに行かせてくれたおかげでな。少々、ヒトより知恵は回る方じゃある。


 どうにか、その三つの力を使いこなしたいものだ。


 そう言えば、アルマニの息子が亡命するらしい。だから、あの太ったエルフ族を、ルード王国の貴族とでも結婚させることは出来ないだろうか?……アルマニ家も、四大自警団の頃から続く戦士の家系。我々にすれば名家ではある。


 ……まさか、知人の結婚に、外交的な意味を考える日が来るとはな。婚姻による外交は古くから存在するものだが、自分が使おうとする日が来るとは……。


 ……。


 ……。


 ……まあ、とりあえず、こんなところだよ。近況報告は、コレで終わりだ。親父よ。『ヴァルガロフ』の悪人どもと一緒に、この『ヴァルガロフ』の土に還るがいい……。





 ……テッサは父親の墓穴に、『ルカーヴィ/紅き殲滅の獅子』の灰と共に、やたらと高そうな酒と、その手紙を投げ込んでいた。内容は分からないが、父親への近況報告というところじゃないか?


 ……ちなみに、酒のほうは乱暴に投げ込むものだから、高級酒の瓶が割れる音が聞こえたよ。


 テッサ・ランドールはマッチに火をつけて、そいつを墓穴に落としていた。濃度の高いアルコールのせいだろうさ、よく燃えているな。


 『ヴァルガロフ』の人々の葬儀は、火葬のようだ。『ヴァルガロフ』の土地は、決して広いわけじゃない。建物が密集しすぎているんだよ。戦神の教会は多いが、墓地のスペースは足りていないのさ。


 だから、多くの場合、火葬にされるらしい。墓穴で灰にして、そのまま土に埋める。それがゼロニアの戦神の信徒たちの葬儀として、一般的な手法らしいな。


 『ルカーヴィスト』の戦士たちは、『焼身自殺』を演じて見せたが―――彼らの信仰には、ある程度、適っていたようだな。信心深い彼らが、彼らの葬儀に近い死に方であの世に行けたことを……オレは良いことだと考えている。


 ……ジェド・ランドールの葬儀はつつがなく終わった。


 よくありがちな文化だが、『マドーリガ』も葬式の後には酒を呑むらしい。『マドーリガ』らしさは爆発しているよ。密造酒を造るのが、生業だったわけだしな。


 オレたちも酒宴に参加したよ。未成年組は、リンゴジュースだったがな。昼間から、大勢で集まり酒を呑む―――いいことだ。ジェド・ランドールだけでなく、先の辺境伯軍との戦で死んだ兵士たちの葬儀も、今日はあちこちで行われている。


 英雄たちと悪人どもは、灰になり、故郷の土の底で眠るんだ。


 ……ロザングリードを討ち取ってから、三日が経つ。テッサは、ユニコーンとゼファーを借りて、さまざまな国に外交文書を送ったり、ゼロニア内の土地を『マドーリガ』と『アルステイム』に調査させているな……市長として、大忙しさ。


 ああ、ハント大佐の懐柔にも必死のようだが、効果は薄いだろう。慌ただしい日々が過ぎていたが……『ヴァルガロフ』は平和だった。テッサ・ランドールのカリスマは、戦勝により、さらに高まっていたし、彼女に文句を言う者は、オレたちが殺す。


 乱暴だし、野蛮かもしれない。


 だが、彼女ほど、『ヴァルガロフ』の市長に相応しい者はいないだろう。それに、我々、『自由同盟』に貢献してくれる者もな。理想的な人物に、権力を与える。それも、乱世の傭兵稼業の一つだ。


 長い戦いだったが、今回もオレたちは仕事を果たした。市長であるテッサの命令により、難民たちは保護されている。


 西に向かう道を妨げる者は、もういない……このまま『自由同盟』の兵となることを望む、ガームルのような者たちは、『ヴァルガロフ自警団』と合流し、しばらくのあいだ、シアン・ヴァティの訓練を施されることになる。


 『フェレン』で友情を結んだ『ストラウス隊』も、その軍勢に合流することとなった。自警団には、騎兵が足りないからな。馬を操ることに長けたベテラン騎兵には、テッサがいい給料で受け入れてくれる。


 いつかはガルーナに来て欲しい連中が、色々といるな。ガームルも含めて、有能な若手には声をかけてはみたが……全ては、ガルーナを奪還してからだ。


 難民たちには、閉ざされていたはずの『未来』への道が開かれつつある。乱世であることは変わらないが―――死ぬよりはマシだろうよ。


 そうだ。キュレネイがアルマニの首を刎ねた日の夜に、オレは一つの約束を果たすことが出来ていた。


 ハーフ・エルフのケイト・ウェインを、両親と再会させることに成功したよ。アルマニを殺した後……少なくとも、あの屋敷にいた連中は、オレたちに協力的だったんだ。


 悪人らしい妥協などではなく、アルマニの見せた意志を汲んでの協力だと考えている。アルマニも、彼らの腹心たちも理解していた。アッカーマンと辺境伯が死んだとき、自分たちの命運も尽きるということを。


 アルマニという悪人は合理的だった。より良い選択肢を求めて、命を差し出したのさ。もしも、『ザットール』が難民たちの解放を実行しなければ?……オレは『ストラウス商会』を使って、『ザットール』のエルフを皆殺しにしていたからな。


 『自由同盟』の組織哲学において―――難民を奴隷にする行為は、許されない。主力の兵士に難民出身者を多く抱える『自由同盟』は、それを許してはならない立場なのだ。アルマニも、それは理解していたのさ……。


 ヤツの屋敷の連中は、あの北部の山岳地帯のどこに、錬金術師や薬草医が集められているのかを教えてくれたよ。


 そこにゼファーで向かい、アルマニのサイン入りの契約書を見せて、『ザットール』のエルフたちに、奴隷にされていた難民たちを解放させた。オレたちは、その解放された者たちの中に、ケイトの両親を見つけたというわけだ。


 ゼファーの背に二人を乗せて、南下した。オレは、あの献身的なケイトに、報いることが出来たのさ……。


 ……家族の再会を見ていると、笑顔になれた。


 分かるさ、ケイトの喜びが、どれほど大きく、どれほど深いものなのか。


 ……『パンジャール猟兵団』は、シャーロン・ドーチェと、レイチェル・ミルラを除いて、大集合だ。全員が集合ではないけれど、これだけ集まれたのは久しぶりだからな。


 ミアの願いの通り、あの戦いの翌日はハンバーグ祭りだったよ。多くの者に喜ばれた。三食、同じハンバーグではない。色々と工夫もこらしたぜ?……スタンダードなスタイルから、深皿に入れて、グラタンみたいに焼いてみたりもしたぞ。


 ……ジャン・レッドウッドの胃袋以外には、大いに喜んでもらえたようだ。


 ホテル・ワイルドキャットでの三日間は、サイコーに楽しいものだった。『家族』で過ごす日々は格別だったよ。


 素晴らしい休日は、すぐに終わるだろう。


 ファリス帝国には、大きな混乱が見られている。クラリス陛下が極めて短期間で、『アルトーレ』を攻略したことと、ハイランド王国軍6万が、無傷のままゼロニア平野を踏破したことは、大きな衝撃を与えている。


 帝国軍がこの衝撃から立ち直る前に―――『自由同盟』は、さらに深く帝国を切り刻みにかかる。『アリューバ海賊騎士団』の再建も、完全ではないが完了しつつある。


 オレたちはアリューバ半島からの海路を、より有効に使うことが出来るようになるのだ。無傷のハイランド王国軍も、すぐに動き始める。


 次は、海に向かって進むことになるぜ。ハイランド王国軍は北上し、交易都市ヒューバードの陥落を目指す。壊滅状態の北海の帝国海軍……その基地への補給線でもある、ヒューバードを奪う予定だ。


 ここを奪い取り、さらに北上し、帝国海軍の軍港をも奪う。『アリューバ海賊騎士団』の海賊船が、西の土地に大量の物資と兵力を送り込めるようにしたいのさ。オレたちは、そのための戦いに駆り出されることになるだろう……。


 あと、何日、休めるのか?……分からないが、貴重な時間を満喫したいものだ。


 酒を呑む。強いアルコールの熱をノドで感じ取りながら、『ヴァルガロフ』の街並みを見回していく。美しくはない。雑多なものではあるが、それでも、この土地にはあらゆる種族が暮らしている。


 その光景を、瞳に焼き付けながら―――ストラウスの野蛮な唇は、一つの達成感にニヤリと歪んだ。悪人どもは地の底で眠り……まだまだ生きているオレたちは、戦いの日々に還る。


 そうだとしても、今この時は、掲げるべきであろう。『ヴァルガロフ』の、クズで偉大な悪人どものために、この美酒に満ちた杯を。


 さらばだ、悪人どもよ。


 お前たちの死にざまは、それぞれの美学を宿していたよ。いつか、遠い『未来』に。オレが欲しい世界が来た後で……罪深い地獄の底にオレが堕ちた日には、再び杯を交わそうではないか!!





   第七章、『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』、おしまい。



   第八章、『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』に続きます。




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