第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その90


 爆笑されるかとも予想していたのだが、アルマニは、ただ苦悶の貌になるだけであった。こちらが冗談ではないことを、ちゃんと理解しているようだ。さすがは、悪人どもの親分サンだな。魔王の気持ちも察したか。


「……ワシに、その条件を飲むか、死ねと言っているのか?」


「いいや。ちょっと違う」


「なに?」


「その条件を飲むまで、殺し続けるつもりだ。お前が断ったら、もちろんお前を殺す。そして、『他のヤツ』にその条件を履行させるよ」


「……序列の上から、殺していくというのか……」


「ああ。こちらとしてはな、別に、お前じゃなくてもいいんだよ。『ザットール』の長になりたいヤツは、この屋敷にも何人かいるんじゃないか?」


「……そんな条件を飲めば、ワシは、仲間に殺されちまうぜ……?」


「そうか。知ったことじゃない」


「おいおい、冷たいな、客人」


「そうか?考えようだろ。他人であるオレに殺されるよりは、いいんじゃないのか?……身内なら、殺されないように、努力することだって出来るかもしれないぞ。オレには、アンタの命乞いも買収も効かない」


「……テメー……極悪人だな」


「難民を奴隷にしたり、貧乏な小作人いじめて、麻薬なんぞを作らせている。お前らの方が、よっぽど悪人だろうよ」


「……くくく!まあ、たしかに……たしかに、そうかもしれんな」


「自覚のある悪人は嫌いじゃない。自覚もない悪人なら、会話をする価値もない」


「……『本当の悪人』ってのは、自分がどんなことをしているか、ちゃーんと知っているもんだ。赤毛、お前も、同じじゃないのか?」


 ……オレは、別に自分が善良なことをしているとは考えていない。善人ならば、悪人が相手でも信じてやるものだ。悪人が悔い改めるという『奇跡』を、信じることが出来てこそ、真の善人。


 オレには、とてもムリな行いだな。悪人に惹かれる要素があったとしても、信じることは出来やしない。


 だから、悪人に何かをお願いするときは、『強いる』ことが最良の道だと考えている。善人とは異なり、悪人は合理的な行動を好む。


 利益と報酬が、支払う対価に見合うものであるのなら……アルマニも、こちらの条件に従うさ。たとえ、自分の命さえ差し出してもな―――。


「―――で?……悪人よ、どうする?……この条件を、『ザットール』の長に呑ませるまでは、偉いヤツから、順に殺していこうと考えているんだ」


「……くっ」


「アンタの家族まで殺したくはないぜ。アンタは中年だからよ。いい年こいた息子もいるだろ?……そいつの序列は、どれぐらい上なんだろうな」


 悪人だって家族は大切だ。知っているよ。アッカーマンも、オレも、きっと、コイツだって同じだろう。


 そして、長であるというのならば……まだ、大切なモノがある。


「……この案を呑めば、『ワシら』は生きていけんぞ!!……『ザットール』は、お終いだ!!」


「そうでもない。土地は残るし、人材も残る。お前らは、錬金術師を雇用している。薬草医も集めているな。その人材で、大きく稼げるぞ」


「……麻薬以外は、作れんヤツらだぞ!?」


「薬を発明するヤツには、心当たりがあるんだ。そいつの処方の通りに、薬を作るだけでいい。錬金術師にとっては、簡単なお仕事だろうよ」


「うむ。ルクレツィアの処方は、分かりやすい。どうにでもなる!」


 薬草医の知識を持つリエル・ハーヴェルのお墨付きをいただいた。どんな作業も、けっきょくのところは慣れがモノを言う。麻薬を精製するのも、錬金術で霊薬を作るのも、同じようなことさ。


「いいか、アルマニよ?こいつは一種の先行投資でもあるぞ」


「……ワシらの資本を、産業に利用するというのか?」


「……ああ。儲けさせてやるよ、お前のいない『ザットール』をな。超をつけるだけじゃあ、足りないぐらい有能な錬金術師サンの友だちがいてな……だが、金と物資と人手がこの土地には足りない」


 ……『ストラウス商会・錬金薬部門』の誕生だよ。『ザットール』を使えば、健常な薬も大量に生産出来るさ。


「これから、『自由同盟』は東に攻め込む。帝国の中枢に向かうんだ。傷薬は必要だ。冬に備えて、凍傷を予防する薬もいる……これからは、死の痛みを安らげる麻薬よりも……死を防ぐ高度な秘薬や霊薬がいるんだよ」


「それを、『ザットール』に作らせるってか!?」


「ああ。悪くはないだろ。金と人材と素材がある。知恵は、こちらが用意する」


「……他のボンクラどもは?……薬を作れるヤツばかりじゃねえぞ……?」


「山岳地帯に慣れたエルフの弓兵もいるな。彼らは、いい傭兵になるぜ」


「……戦争屋か。まあ、用心棒ってのは、今と変わらんか」


「そうだ。ここを守る必要もなくなる。『ルカーヴィスト』が、この土地を襲撃することはない」


「……どうして、断言出来る?」


「オレが、そうさせるからだ」


「……ハハハハハッ!!……ああ……ワシも、ヤキが回ったもんだぜ。どういうこったろうなあ?……テメーの言葉に、納得しちまった」


「してくれて構わんよ。彼らは、もう争いを望んではいない。いや、元々、そうではなかった。貴様らの搾取に耐えかねて、滅びの道に追い詰められただけの被害者だ」


「……ああ。知っているよ……だから…………北に逃げてるヤツを、全力では追いかけなかっただろ?」


「そうらしいな。オレは、アンタが北に逃げた『ルカーヴィスト』を襲っている可能性も考えていた」


「……くくく!……ワシだって、馬鹿じゃない。『アルステイム』と『マドーリガ』が組んだ。その時点で、慎重にもなる」


「孤立すれば、悪人は滅びるか」


「……ああ。アッカーマンが、連絡も寄越さないってのも……気になっていた。まさか死ぬとはな。ワシより早く死ぬことは、絶対にねえと考えてんだがよ……」


「いい戦士だった。クズだがな」


「たしかに。いい評価だよ。納得がいく」


 アッカーマンのことを思い出しているのだろうよ、アルマニは中年エルフの乾いた唇をニヤリと歪めていた。


 『ザットール』の親玉は、もう麻薬が必要ではないらしい。あのイシュータル草のにおいがするタバコを、手のひらでもみ消していた。


「熱さも消せるのか?」


「……遊ぶための麻薬じゃない。医療用だ。いや……処刑用か」


「首を刎ねてやるつもりだ。痛いのは、一瞬だよ」


「……ワシが死ねば、家族を守ってくれるのか?」


「聞きたかった言葉だが……誤解しているのか?」


「いいや。テメーの要求に従う。その後で……『ザットール』の誰かに殺される。ワシは裏切り者になるんだ」


「そうだな。だが、家族を守る。『ザットール』も守ることになる。お前の首は、オレにとっては生ゴミと同じなんだが、アッカーマンとその仲間どもの首と並べると、価値が出てくる」


「……奴隷貿易の責任者セットか。『マドーリガ』が抜けてるぜ?」


「当時の責任者は死んだ」


「……テメー、ジェドまで殺したのか?」


「……そうとも言える。少し、複雑な物語になるんだが……アンタが、彼の古くからの友人だというのなら、冥土の土産に話してやるぜ?」


「いらねえよ!……あの敬虔なジジイを、テメーがどうやって殺したかなんて、知りたくはねえ」


「そうか。そうだな……ジェド・ランドールは、確かに信心の男だったよ」


「……悪人だったが、クズだとは、とても言う気にはならん男だった」


「同意見だ。彼は、彼なりに必死だったし……彼は多くを救おうとしていた。多分、彼が救いたかった者の中には、アンタも含まれている」


「……古い街並みが好きだったからな。『オル・ゴースト』に、従順というか……いや、同じ方を向いていたな」


「ああ」


「……『ゴースト・アヴェンジャー』よ」


 アルマニは一つしかない左の目玉で、キュレネイ・ザトーを見つめていた。


「なんでありますか?」


「……ジェド・ランドールは……いいヤツだったんだぜ」


「どうして、私に言うのでありますか?」


「……『オル・ゴースト』の生き残りだからだ」


「……よく意味が分からないであります」


「分からなくてもいい。ワシが、知っているあのジイサンは……いいヤツだった。だから恨むなよ?……お前は、もう大人の女だ。『ゴースト・アヴェンジャー』の寿命は、長くはねえ……ジェド・ランドールは、悪人だったが、無意味な苦しみは好まなかった。お前の早死にも、別に願っちゃいなかった」


 このアルマニという男は、ジェド・ランドールの真実をどこまで知っているのだろうかな。ジェド・ランドールの葛藤や、『正義』……しようとしていたこまでは、知らないかもしれないが―――。


 ―――だが。オレもアルマニと同意見ではある。ジェド・ランドールは、『やさしい悪人』だったよ。


「……ふむ。私は、同胞たちとは異なるようで、80までは生きるであります」


「……なに?」


「いい意味の呪いが、頭にあった。そして、いい意味の『出会い』が『二つ』ほどあって、私は世界を旅してまわれたであります。それが、私を助けてくれている」


 いい意味の出会いか。


 『自由』を求めた大女優、カルメン・ドーラと、並んで数えてもらえたぜ、ガルフ・コルテスよ。


 オレたち酒好きの、密造酒を求めた冒険のおかげで……大切な『家族』が一人増えた。酒は、やはり、良い出会いをもたらす神秘の水だな。


「…………『ゴースト・アヴェンジャー』」


「キュレネイ・ザトーであります」


「そ、そうか。キュレネイ・ザトーよ……きっと、そのことを知るとな。ジェド・ランドールって悪人は、喜んだはずだぜ!」


「……そうで……ありますか」


「ああ。そうなんだよ!…………さてと。ジイサンに、いい土産も作れたな」


「いつか、あの世で話してやれ」


「ジイサンは、乳の川が流れる穏やかな丘にいるさ……オレは……どうだろうな」


「行けるさ。戦神ってのは、寛容な神だろうから」


「……そうかね。異教徒に言われてもなあ」


「ガルーナの魔王が、保証してやる。家族と仲間のために死を選べる勇敢な悪人ならば、バルジアは気に入るさ」


「……へへへ。まるで、戦神バルジアに、出会ったことでもあるみたいじゃないか」


 ……『ルカーヴィ/赤き殲滅の獅子』には出会えたよ。激しくて、とんでもないヤツだったが……慈悲深き者たちの血と肉を捧げられ、自分の娘には攻撃しなかったな。


「アンタたちの神サマだ。信じてやるがいい。『ヴァルガロフ』の悪人が信じることの出来る、懐の深い神サマだからな」


「……ああ。バルジアの貌、『ザットール』への誓いの通りに……ワシも、家族に一噛みの金貨ぐらいは残せるらしい」


「そうだよ……この書類に、サインしろ。『市長』である、テッサ・ランドールに、さっき言った条件の通りに、『ザットール』は尽くすことになる」


 その契約が書かれた羊皮紙を、アルマニの前にあるテーブルに置いた。アルマニはそれをのぞき込み、ニヤリと笑う。


「『ヴァルガロフの市長』……大昔みてえだな」


「ゼロニア人の土地は、ゼロニア人が統治するのさ。いつかは、完全に」


「……そうかい。さてと…………ほら、書いたぜ?」


「たしかに」


「……首は、いいのか?」


「仲間に殺される方が、いいんだろ?」


「…………考えものだな……街の荒れた日が長く続くとよう。色々なところに飛び火しちまうもんだ……ワシが殺されるまで、何日かかる?」


「さあな。努力次第だ」


「……努力して、長引かせて、こじれちまって……オレの家族が巻き添えを食らったりするのはキツいんだよ……せっかく、痛み止めの麻薬も効いているんだ」


「……そうだな」


「……なあ、首をやるからよ?……ワシの家族を、どこか『自由同盟』の地に、亡命させてくれねえかなあ?……『ヴァルガロフ』にいるんだ。テッサ嬢ちゃんに……いや、ランドール市長に聞けば、すぐに見つけるさ。そう約束してくれるのなら……首もやる」


「いいんだな?オレには冗談は通じんぞ」


「四大マフィアをぶっ壊した男に、冗談なんて言うものか。この首も、『自由同盟』に売るといい。取引に、応じるなら、くれてやる」


「……ああ。ルードに亡命させる」


「ありがてえ」


「じゃあ。一瞬で、斬り落としてやる」


「……ん。まあ、テメーでもいいんだが……そうだなあ。せっかくだから、『ゴースト・アヴェンジャー』の嬢ちゃんに、斬ってもらえるか?」


「私でありますか?」


「ああ。けじめってヤツさ。古い『ヴァルガロフ』は、オレを殺して終わるんだよ。どうせなら、『オル・ゴースト』の呪いから解かれた……アンタにやってもらいてえ。その方が、いい気がする。ワシの罪深さを……少しは、消してくれるようでな」


「……ご指名とあらば、依存はないであります。同胞たちのためにも、マイ・シスターの『戦鎌』で……地獄―――いえ、楽園に、送ってやるであります」


「……ああ。そうしてくれ。『灰色の血』の娘……キュレネイ・ザトーよ。お前にならば、くれてやろう……『ヴァルガロフ』の子よ」


 ……『ザットール』の長、アルマニは両腕を広げていた。片目しかない瞳を閉じて、大きく息を吸った。キュレネイは……アルマニのことを、苦しませたりはしなかったよ。一瞬にも満たない刹那の時間が過ぎて―――彼は死に、応接間が血に沈む。


 こうして、『ヴァルガロフ』四大マフィアは終焉を迎えた。アルマニの言う通り、これは古い時代を終わらせるための……儀式のようだったな。


 『ヴァルガロフ』の悪人どもは、大勢死んで……この魔窟のような街に終焉は訪れることになる。新たな時代が始まるのだ。姿を変える戦神に見守られる、ゼロニアの地も、やがて移ろい姿を変える……。


 いつか、キュレネイは、この故郷に胸を張れる日が来るのかもしれない。長い時間がかかるかもしれないが……やがて、美しい姿に変わった『ヴァルガロフ』を訪れることも出来るさ。キュレネイ・ザトーは、これから62年ほど生きるのだから―――。


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