第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その89


 リエルとキュレネイ、そしてジャンを乗せて、ゼファーで北へと向かう。北部の山岳地帯だ。そこにいる『ザットール』どもに用があるのさ。


 『戦後処理』は、手早い方がいいからな。


 オレには守るべき者たちがいる……『ルカーヴィスト』。彼らを死なせるわけにはいかないのだ。


「……不思議なものだな」


 オレの背中にくっついているリエルが、オレにそう語りかける。彼女は久しぶりのオレの最中を堪能しているようだ……鎧を脱いでいるから、恋人エルフさんの高めの体温が心地よい。


「……不思議ってのは?」


「いや。まさか、テロリストの命乞いをマフィアにする日が来るとは……?」


 たしかに、一週間前には考えたこともない状況だったよ。


「世の中は、なんとも不思議なものであります。私のような、団長の忠実なる下僕みたいな者が、名誉毀損な『予言』をされるのでありますから」


「……お前は下僕じゃないぜ、キュレネイ」


「イエス。でも、どこまでも忠実でありますが?」


「いい表現じゃないから、別の言葉にするのだぞ?」


「そうですな。妾のように……?」


「ど、ど、ど、どこで覚えてくるのだ!?そんな言葉を、私の夫に使うでないぞ!?」


「一夫多妻なので、大して問題ない言葉だと思うのであります」


「そ、ソルジェとて、無節操に女を片っ端からヨメにしておるのではないからして?」


「厳選された、女ばかりなのでありますな」


「……げ、厳選!?」


 ジャンが、小さな言葉で、その単語に反応を示していた。オレも、ちょっとだけ心に響いている。なんか、卑猥な感じがしてな。厳選されたオレのヨメたち……?ドがつくスケベ野郎になった気持ちだった。


「た、たしかに、我々は選び抜かれた美少女たちであるし、見た目だけでなく、能力も優れておるが―――」


 自己評価の高いリエルは、ドヤ顔になっているような気がする。彼女の顔は見えないがね。魔眼を使ってまで、確認するようなことでもない案件だし。


「―――やはり、あ、愛し合っておるかが、重要なのだ……っ」


 今はきっと、赤い顔をしていると思う。オレはにやけちまっているがな。


「リエルは団長を愛しておりますからなあ。愛して、具体的に愛されておりますし」


「具体的にとか、言うでない!!……なにか、スケベに聞こえるぞ!!と、ともかく!!我ら夫婦の愛について語っている場合ではないのだ!!」


「たしかにな。『ザットール』の連中に、釘を刺しに行くときだ」


「……そ、そうですよ!せっかく、北に逃した『ルカーヴィスト』の人たちを、攻撃させてはいけないですし!!」


「ああ。やらせないさ……それに」


「うむ!……奴隷にされている難民たちも、返してもらう必要がある!……私が鍛えた4000の戦士たちが、今、こちらに向かっていることを知れば、素直になるであろう!」


『すごーい!『まーじぇ』!!』


「そうだぞ、ゼファー。私は……お前の『マージェ』はスゴいのだ。そして、お前もよくぞ、がんばったな?尻尾に、矢を受けながらも、戦い抜いた」


『うん!ぼく、がんばったよ、『まーじぇ』!』


「ああ。勇敢なことだ」


 リエルは、まるで本当の『マージェ/母親』みたいだな。まあ、親子の絆は、きっとオレたちのあいだに存在していることは確かなことだよ。


「えらい子だぞ、ゼファー」


『えへへへ!くすぐったいよう!!』


 リエルの指に撫でられて、ゼファーは嬉しそうに空の中で笑った。癒やされるな。しかし……これからすることは、ちょっとダークなお仕事でもある。


 地上を見る。


 『家出娘』を探し回った山岳地帯。そして、そこを走る山道が見下ろせる。はるか北には、『ルカーヴィスト』たちの避難場所があるが……煙などは上がっていない。焼き討ちでもされているようなら、より過激な対話をすることになったところだが、良かったよ。


 テッサ・ランドールから教えてもらった情報によると、そうだな。あそこの屋敷らしい。山の斜面に、かなり大きな農園があり……そこには亜人種の奴隷か小作農たちが働かされている。


 麻薬業者である『ザットール』の、イシュタール草の畑だよ。それの真っ只中にある、大きな屋敷の目の前に、オレはゼファーを着陸させていた。


 翼を羽ばたかせながら、地面を風で掃き捨てる……窓がゼファーの翼で起こす風で揺れたからね。二階の窓の奥にいる、太ったエルフの中年が、こちらに鋭い眼光を向ける。


 舌打ちしていた。睨まれると、ついつい腹を立てるのは、短気が過ぎるガルーナ人の悪癖だろうよ。


「……右目とはいえ、下品な眼帯しやがって」


「上品な眼帯とは何でありますか?」


 答えられない問いを、キュレネイに浴びせられながら、オレは無言のままゼファーの背から下りた。下品なぐらいに多くて立派な屋敷に向かい、大声で怒鳴っていた。八つ当たりではない。


「おい!!『ザットール』の長、アルマニ!!オレは、ソルジェ・ストラウス!!『ヴァルガロフ』の『市長』、テッサ・ランドールの名代だ!!ハナシがある!!さっさと出て来い!!」


 恫喝の声に、屋敷は反応した。その中から、若いエルフたちが刃を片手に握ってあふれてくる。若いエルフの一人が、テッサ・ランドールの名代である我々に、怒鳴りやがった。


「貴様!!何の用だ!!」


 怒鳴りながらも、彼は冷や汗をかいているのが分かった。戦士としての本能に優れているらしい。その本能が、危険を伝えているのだろう。そう、目の前にいるのは、『パンジャール猟兵団』と竜のゼファーだ。


 このエルフの若造が100人いたところで、勝てるような相手ではない。そして、残念ながら、この屋敷にはたった30人の護衛しかいないのだ。5分も持たずに、全員を殺せる。


「……おい。私の夫は、アルマニを出せと言っているのだ。出さないのか?……ならば、手早くコトを済ませるぞ」


 リエル・ハーヴェルが静かに語る。


「ほ、宝石眼……っ!?え、エルフの……王族かよ……っ」


「そうだ。リエル・ハーヴェルさまだ。それで、アルマニはどうした?……逃げるつもりなら、背中から射抜くぞ?」


「……入れ!!ワシは、屋敷の中じゃ!!」


 アルマニだろうな。野太い声が響いていた。護衛の若いエルフたちは、玄関の前から退いてくれたよ。


「邪魔するぜ」


「邪魔をする」


「邪魔するであります」


「こ、こんにちわー……」


『いってらっしゃーい!』


 我々はそれぞれの性格を反映した言葉を口にしながら、エルフのマフィア『ザットール』の長の『別荘』の一つに入って行く。


 ……『ザットール/金貨を噛む髑髏』。麻薬売買と高利貸し。なんだか金をよく稼ぎそうな連中の親玉の別荘だけはあり、その屋敷の内装は豪華なものだった。


 赤い絨毯に、部屋には誰が仕留めたものなのか、かなり大きな鹿の首が剥製となって飾られている。用途不明のデカくて綺麗なツボとかも部屋の隅には、設置されている。


「こちらへどうぞ、お客さま」


 使用人らしき、女エルフに案内されて……オレは、アルマニのいる二階へと移動する。暗殺者の気配がそこら中からするが―――それでも攻撃されることはなかった。戦いになれば、ある意味、手っ取り早くもあったがな。


 まあ、どちらでもいい。


 オレたちは応接間に通されたよ。熊の剥製と、水牛か何かの大きな角が飾られている。そして、純金製の髑髏の紋章……『ザットール』の紋章だ。露骨な成金趣味に染まった、この山奥の別荘の一室に、その眼帯をはめた中年エルフがいる。


 ソファーに深々と座り、脚を組む。横柄な態度は、オレたちをどれぐらい歓迎しているのかが、よく分かるものだった。


 テッサみたいに、葉巻を吸っている……いや、タバコではないようだな。


「昼間からイシュータル草を吸っているのか?」


「ああ。『ザットール』の嗜みさ……ワシらが作り、ワシらが売り払う。たまにはワシらだって吸いたくなるさ」


「だろうな。とくに、今は、サイアクな気持ちだろう。お前と組んでいた、アッカーマンは死んだ。それに、辺境伯ロザングリードもな。ああ、アッカーマンの部下どもは、『クルコヴァ』にぶっ殺されたらしいぜ?」


「……『ゴルトン』の実力者は、長である、ユーゴのジジイだけかい。ヤツは、逃亡奴隷に甘い。『自由同盟』とか嫌いじゃなさそうなジイサンだ……テメーらには、都合がいい人物だな」


「ああ。そうみたいだ。あとは、お前だけなんだ。アルマニ……お前だけだ」


 その言葉の続きは口にせずに、沈黙してみる。ドアの裏にいるアルマニの暗殺者たちが襲いかかって来るかを確かめたい―――そうであるのならば、対応すべきだろうからな。遊んでやるよ。


 ……でも。


 暗殺者たちは動かない。理解しているようだ。刃向かってもムダなことを。暗殺という繊細な仕事をこなす者たちなら……我々の強さも隙の無さも理解が及ぶ。そもそも、こんな数で、こんな腕で……オレたちの相手が務まるはずもない。


 ……アルマニも、理解している。だからこそ、イシュータル草を吸ってやがるのだろう。汗をかいているし、指が震えてもいる。恐怖なのか、薬物の影響なのか……どちらか分からないが、どちらでも問題はない。


「……テメーら……何しに来た……?」


 ヤツは気になって仕方がないことを訊いてくる。オレは素直に答えてやる。


「命令をしに来たんだ」


「……命令だと?」


「ああ。命令だ。それに逆らえば、殺す。いいか、そんな命令だよ。マフィアみたいな無法者相手には、分かりやすくていいだろ?」


「……テッサ・ランドールの命令かよ?」


「いいや。そいつは建前で、本当はオレの命令だな」


「……どんな命令だ」


「ハナシは簡単。一つ、奴隷にした難民たちを解放する。一人残らずだ。二つ、『ルカーヴィスト』との停戦を遵守する。お前らが殺されても、お前らは彼らを殺してはならない。三つ、麻薬畑を処分する。四つ、『ザットール』がため込んだ資金を、『自由同盟』に拠出する。まあ、全財産寄越せと言っている」


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