第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その88


 辺境伯ロザングリードとの戦は、こうして終わりを迎えた。テッサ・ランドールは稲妻みたいに遠くまで遠く、あの大きな声で勝利を告げる。


 『ヴァルガロフ自警団』と、『ストラウス商会』のユニコーン騎兵、そして難民たちから選出された志願兵たちが、ゼロニアの空へと向かい、勝利の歌を合唱させていた。


 ……戦勝の熱気が、地上に満ちていく。


 勝利の実感が全身から緊張を奪い去っていくのが分かる。もはや、敵はいない。


 血に染まる戦場では、やがて『会談』が開かれる。難民たちの代表者が、『ヴァルガロフ自警団』のリーダーであり……辺境伯を討ち滅ぼして、この土地の主となったテッサ・ランドールと交渉を行う。


 リエルとロロカ先生も立ち会い人に選ばれていた。オレも、そうだった。


 テッサ・ランドールは難民たちに対して、『ヴァルガロフ』が食糧を供給することと、身の安全を保証するという約束をしてくれた。これは『自由同盟』にも伝えられる契約であり、反故は許されない。


 ガンダラは書類を作り、テッサのサインをもらうと、それを、さっそくシャーロン・ドーチェに送り届ける。『パンジャール猟兵団』のクライアントである、クラリス陛下に届けるのだ。


 難民の安全を確保する。『ヴァルガロフ自警団』の保証つきで。


 ……それが、我々の仕事の果てに創り上げた『答え』である。


 政治的には、多くの『答え』があるだろう。ハイランドだって、『ヴァルガロフ』を制圧することには意味があった。


 他国を侵略し、領土に組み込む。その野心を持つ政治屋は、ありふれた存在だからな。ハント大佐は分からないが、ハント大佐の部下たちの中には、大なり小なり、そういう野心をハント大佐に耳打ちする者もいただろう。


 ……その連中からすれば、『パンジャール猟兵団』の仕事は、ある意味では邪魔な行いであっただろう。しかし、ゼロニア人が、ゼロニアを支配するという考えは、誰が考えたとしても、正しいことだ。


 『クルコヴァ』からの使いが、テッサ・ランドールの元へと届く。『クルコヴァ』とヴェリイ・リオーネも仕事をしていた。


 彼女たちの仕事は、『ゴルトン』を支配下に置くことだった。彼らの50の大型馬車からなる輸送隊、それらが『アルトーレ』陥落に関わっていることを教えたのさ。


 つまり、『ゴルトン』は認識した。自分たちが、ファリス帝国に対して、大きな損害を与えたという事実をな。彼らに選択の余地はない。帝国と敵対してしまった以上、帝国と組むことは出来ない。


 帝国の役人が、もしも、『ヴァルガロフ』に来たとすれば?


 『ゴルトン』の幹部を皆殺しにする日である。『ゴルトン』は、今、急いで武装しているところだ。西の砦に対する、攻撃の準備をしているのさ……『ゴルトン』の幹部たちは、少しでも『自由同盟』に恩を売りたいと考えている。


 出遅れてしまったからな。『マドーリガ』と『アルステイム』は、すでに『自由同盟』と手を組んで、大きな仕事を成し遂げているのだ。しかし、『ゴルトン』は?……『アルトーレ』に『虎』を届けた功績はあるが……アレは、こちらが彼らを騙してさせたことだ。


 ……このままでは、『自由同盟』からの印象が良くない。


 悪人どもは、これから『自由同盟』に対して、おそろしく従順になるだろう。ああ、反対派はわずかながらにいたよ。『自由同盟』と手を結ぶことに、難色を示した者たちも。


 だからこそ。


 『クルコヴァ』とヴェリイ・リオーネの仕事だった。


 二人は、『ヴァルガロフ』流に仕事を片づけたよ。『自由同盟』の軍門に降ることを拒否した、『ゴルトン』の一部の幹部どもを……彼女たちは暗殺した。暗殺された者たちは、アッカーマンの腹心たちでもあった。


 彼らには、『自由同盟』と組めない理由があるからな。


 難民たちを、人身売買の『売り物』にしようとしていた件がある。その行為は……多くの難民たちの志願兵を擁している『自由同盟』からすれば、どう考えても許容することが出来ないことだ。


 アッカーマン一派には、『自由同盟』と組めば……元々、処刑台に向かうことになるという運命が、用意されている。だからこそ、アッカーマンの腹心たちは、同盟を拒んでいたわけだな。


 知恵が回る。


 まあ、アッカーマンの部下らしいな。


 アッカーマンとそいつらの首は、ハント大佐に送り届けようかと考えている。ハント大佐に政治的な功績をプレゼントして、媚びるためにだ。悪を許さない。正義の人物であるハント大佐の名の下に、アッカーマンたちを裁いたという形にしたいのだ。


 彼の政治信条には、そぐう行いだ。


 不正も悪徳も許さない。


 国内の政治基盤に懸念を有するハント大佐には、いいプレゼントになると思う。彼の政治信条や支持者の情熱を補完する効果はあるだろう、『白虎』の築いた暗黒の歴史と決別するためにも、ハント大佐は正義の政治力を行使する立場であった欲しい。


 ……いい土産になるだろう。


 これも、テッサ・ランドールからの『プレゼント』だ。『ヴァルガロフ』に対する、支配を……少しは緩めてくれるかもしれないという期待もある。


 『賄賂』を送るつもりではないが、クラリス陛下にアッカーマンの首を送っても、どうしろと?と言われそうだしな。クラリス陛下とシャーロンなら、間違いなく、この首をハント大佐に送るだろう。悪人どもの首には、政治的な価値があるのだ。


 テッサ・ランドールが狩り取り、ハント大佐のもとで……『ヴァルガロフ』の悪人どもは裁かれたのである。美談かどうかはともかく、テッサ・ランドールもハント大佐も得をするじゃないか?


 ……有効に活用出来るものであるのなら、死人の首でも使うべきだな。


 ああ、首だけなのは……胴体だけは家族に戻すためだ。そして、このゼロニアの土地で弔い、この土地の歴史の一部となって欲しいからでもある。自業自得の悪人どもではあるが、故郷で永眠する権利ぐらいは与えるべきだ。


 アッカーマンは、クズ野郎で悪人ではあったがね……彼の家族も、『ヴァルガロフ』にはいる。そういうことを知っている今では、胴体だけでも返してやりたい。首の無い死体でも、家に帰れるだけマシだ。


 ……辺境伯ロザングリードの死体は、テッサ・ランドールの名の下に帝国に送り返せればいいな。『ヴァルガロフ』にも、帝国の役人どもはいる。そいつらに、運ばせればいい。新たなこの土地の支配者が、かつての支配者を弔う。その事実を世界に知らしめるために。


 『ヴァルガロフ』には、ハイランド王国軍を始め、『自由同盟』の軍が入城することにもなるだろう。


 『ヴァルガロフ』は、帝国領に攻め込むための、重要な補給線となる。守るベき土地だからな、『自由同盟』の軍は、少なからず居座る形にはなる―――それを永続的な支配とはさせないためにも……ハイランド王国軍は、速やかにゼロニアの荒野を渡って欲しい。


 ハイランド王国に恨みがあるわけじゃないが、あの国は『白虎』が支配して国。悪人だらけなのは『ヴァルガロフ』と同じだ。


 もしも、彼らが、『ヴァルガロフ』に居座れば?……悪の街に、大悪人どもを注ぐことになる。黒い歴史が繰り返されることになりそうだ。


 それは、ハント大佐も望むことではあるまい。


 ……色々と考えている内に、昼飯の時間が訪れる。オレは朝メシを抜いていたから、再三のクロケットでも美味しく食べることが出来た。ジャンは……無言だったな。巨狼モードのまま、しょんぼりと皿に載せられたクロケットを見つめていた。


 ミアとシアンは、パンに挟むというアイデアで、連続クロケットを乗り越えていたな。リエルとロロカ先生、そしてククルは連続ではないので、フツーに楽しめている。キュレネイがクロケットに怯むことなど無いのは、分かりきっていたことであったな―――。


 昼食の時間を楽しんでいると、白フクロウが吉報を知らせてくれた。


 西の砦は、こちらの想像通りに動いていたよ。


 この戦場から落ち延びた敵兵が、西の砦に伝えたのだ。ロザングリードが戦死し、辺境伯軍の本隊は壊滅したことを。そして、南の『アルトーレ』が攻め落とされたことも伝わっていたのだろうな……。


 西の砦にいる8000の帝国兵たちは、撤退を始めていたよ。西にはハイランド王国軍、北東には、ロザングリードさえも沈める『ヴァルガロフ自警団』。


 そして、遠くではあるが、南には、たった二日で『アルトーレ』を落としたクラリス陛下率いるルード王国軍とグラーセス王国軍がいるわけだ。


 彼らは敵に囲まれすぎている。このまま西の砦に留まれば?完全に包囲されて、籠城戦を強いられる。食糧が尽きるまで立て籠もってもいいが、遠からず全滅することになるな。


 だから、辺境伯軍の残党どもは、東に逃げることになる。


 となれば?……東に移動を済ませようとしているハイランド王国軍の存在も、彼らは、やがて知ることになるのさ。逃げ道は断たれていたことに気がつき、南東に逃げようとする。そこに何も無かったとしても、それを選ぶしかない。


 ……そもそもだが。西の砦から逃げるとしても、数が少なく貴重な騎兵を全て残しているハイランド王国軍に追いかけられる。死のマラソンだ。生きた心地はしないだろうし、実際、西の砦から脱出できる者は半分程度だろう。


 西の砦を睨みつけているハイランド王国軍の片割れは、長かった待機に飽きていることだろう。そんな『虎』と騎兵に、背後から襲われる……荒野に逃げ出す前に、半分は仕留められているさ。


 ……ハント大佐たちは、もうすぐ、あの難民たちをせき止めていた川と、二つの砦のある場所にたどり着く頃だろう。


 あそこの砦には、それなりの物資と城塞があるし、マフィアたちが難民のために運び込んだ物資が川の向こうの森の中には備蓄されている。合わせれば大量の物資さ。


 それらを回収することで、ハイランド王国軍は、新たな拠点を作ることになるし―――テッサ・ランドールは彼らに物資を送り届けるだろう。同盟関係にあることを示し、いい仕事をする。自分たちが、軽んじられぬようにするためにだ。


 物資・人員の輸送と供給。それらが戦において、どれほどに大事なことなのかを、オレたちはあらためて思い知らされているからな。


 物資を断たれれば、精強な兵士も弱る。送るべき場所に強兵を送り届けられたなら?城塞に囲まれた都でも、二日で落とせる。


 ……アッカーマンが生きていれば、絶大な商機を見出しただろう。残念だが、『ゴルトン』をのさばらせないためにも、『ストラウス商会』がテッサ・ランドールのもとに、しばらく荒野を駆け抜ける任務を果たすことになるのさ……。


 ……そうだ。


 多くの問題は解決している。


 残す問題は、ただの一つ。


 『ザットール』……そして、北に運び込まれ、奴隷とされている、元・難民たちを解放しなくてはならい。明日は、ミアにハンバーグを作る約束があるのだ。それまでに、解決しておくとするか……『ルカーヴィスト』に、変な報復をされても困るしな。


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