第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その86


 辺境伯ロザングリード、あの貴族は甲冑を着込んで戦場にいた。オレほどではないが、ヤツもまた返り血にまみれている。騎乗で剣を振るい、駆けながらドワーフ戦士の首を刎ねていた……。


 剣を振りながら兵士に何かを叫んでいる。伝令だろうな、若い騎兵が東に向かい、走り去っていく。竜太刀と共に暴れながら、敵兵を斬りつけながら理解する。


 そうだ、東。東で何かが起きようとしている。敵が動いているのが、分かる。本陣の北から攻め込むだけでは、無いのか?……いや、騎兵の一部が馬から下りて、こちらが配置した柵に逃げ込んでいくぞ。


「……ユニコーンの突撃に、備えるつもりかよ……ッ!!」


 ロザングリードは、この陣地を突破する気はない。弓を捨てた歩兵どもを貫いて、ユニコーン騎兵が流れ込んで来たとしても、疲れ切っている。そして、柵はユニコーンにも有効に機能する……。


 さらに言えば、ディアロス族と『ヴァルガロフ自警団』に面識はない。柵の裏側にいる影を、敵か味方かを判断することに迷ってしまうさ。ディアロス族は最強の騎兵ではあるが、その策は有効に機能する。


 乱戦に呑まれている戦場で選択肢を与えれば、判断を強いれば?……誰しもが迷うことはある。敵と味方を区別する行為は、難しいものさ。


「蛮族どもの、戦槌を拾って使え!!アレは、騎兵に有効だ!!」


 何人かを斬り捨てて、ロザングリードに接近したおかげで、ヤツがそんなことを叫んでいることを知ったよ。こちら側の死体から、戦槌を奪うか。拠点を奪い、武器まで奪い、自警団側の戦士に化けるつもりだ。


 ユニコーン騎兵は……戦槌を持つ戦士たちのことを、敵か味方か迷ってしまう。その混乱に乗じられるのは、とんでもなくマズい。ロザングリードを自由にしてはいかん!!やはり、ヤツを仕留めなければ、辺境伯軍の強さは失われない!!


「ロザングリードおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」


 叫ぶ!!その名を叫び、ヤツがこの場所にいることを、自警団の戦士たちに告げるのだ。


「ヤツの首を、取れえええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!」


 奮戦する戦士たちが、オレの号令に応える。ロザングリードを討ち取ろうと、ヤツ目掛けて前進した。柵から飛び出して、ロザングリードに襲いかかっていく!!オレとゼファーも駆け抜けて、その10人と一匹からなる、勇者の戦列に加わるのだ!!


「竜が、来やがるぞッッ!!」


「北からだッッ!!」


「ロザングリード卿を、お守りするんだッッ!!」


「我らが命に替えても……ロザングリード卿の恩に報いるぞッッ!!」


 騎兵も、馬から降りた兵士も。健常な者も、死にかけの者も。辺境伯軍の兵士どもが隊伍を組んで、オレたちの突撃に備えている。


 ロザングリードを軍人として信頼しているだけではない、コイツらは、そもそもヤツに対する忠誠心が高い連中のようだ。さすがは、ロザングリードの護衛だ!!


 ……兵士の密度が濃くなる。ゼファーは、さすがに目立ち過ぎるか……ッ!!だが、少人数の突撃でも、ゼファーがいるなら敵も無視は出来なくなる!!オレたちで殺せないのなら、せめて……ロザングリードから『盾』を奪い取ってやるのだ!!


「蛮族がああああッッ!!」


 剣を抜いた帝国人が、オレ目掛けて斬りつけてくる。


「舐めんなああああッ!!」


 竜太刀を横に振り抜き、その一閃で帝国人の剣を打ち払う。そのまま、竜爪を伸ばした左腕で、兵士の顔面を引き裂きながら強打する!!致死性のダメージかは分からんが、もう目は見えない、殺し屋にはなれんのさ……。


 ……しかし、兜を脱いでいやがったな。


 偽装しようとしているのか。『マドーリガ』にも、『アルステイム』にも『狭間』がいる。人間族に似ているんだ。辺境伯軍の兜を脱げば?……より自警団に化けることが出来るな。


 コイツら、『狭間』が大嫌いなくせに、『狭間』に偽装してでも戦おうとしているらしい。エリートだらけの侵略師団では、この戦術は採れないさ。辺境伯軍兵士の『誇り』は、優雅な名誉ではなく、手段を問わない強靭さと言うことだよ。


 厄介だ。


 追い詰められるほどに、ヤツらの底が深くなる。この状況でも、慌てやしない。包囲されて、ユニコーン騎兵に背後から、ぶっ壊されている最中だというのに、それでも……ロザングリードのヤツは、『勝利』を狙っていやがる!!


 突破して西の砦に向かうことは、もう捨てているのさ。ここで、ユニコーン騎兵も『ヴァルガロフ自警団』も潰すつもりだ。ユニコーン騎兵を混乱させることが出来れば、同士討ちも生まれる。


 血肉と骨片が風に乗り、剣戟と砕ける鋼の音が空を揺らす。殺すための技巧を作るために、蹴られた大地が揺れる。死と暴力が、ごちゃ混ぜになっている乱戦の中において……辺境伯ロザングリードは、戦況を見失わない。


 戦術家としては……オレよりも上だろう。指揮官としてもな。有能な男だと、認めるしかない。


『やきはらってやるッッ!!』


 ゼファーが『炎』を使う。魔力が尽きかけているから、強大な火力とまでは言わない。それでも『炎』の波が敵兵を焼き払う―――焼かれながらも、いや『炎』のなかにあえて兵士が飛び込み、肉体の壁となっていた。


 魔力が足りないのだ。爆発の威力は生まない……ただの『炎』。だからといって、それを浴びてしまえば、焼死するのは確実。それでも兵士は身を捧げる。騎兵もだ。馬の体で盾を作った。


『ああ!?そんな……っ!?とめられちゃう!!』


 ……馬とヒトが盾になる。ゼファーの『炎』は、これ以上は放てそうにもない。


 燃える戦場で、敵は根性を見せて来る。焼かれながらも、兵士は進む。


「我らが、主君、ロザングリード卿に、勝利をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 赤く焼けただれていきながらも、その兵士は剣を振り上げて、こちら目掛けて襲いかかって来る!!


「な、なんだ!?」


「焼かれているのに……っ」


 若い自警団の戦士たちに動揺が走る。彼らは知らない、死を覚悟した者が見せる、おぞましさすら放つ、執念の攻撃を!!……突撃の脚が緩みかけている。指揮官という者は、こんな時は、叫ばなければならない!!


「怯むな!!突撃を緩めれば、それだけ、こちらの死が増える!!」


「……っ!!」


「……ッ!!」


「仲間のためにも、隊列を崩すな!!少しでも、隣り合わせになり!!仲間の盾であり剣となれッ!!」


 竜太刀を振り回しながら、オレは進む。いや、敵の集まりが多くて、進めない。あちこちが敵だ。オレたち10人と1匹は、すでに包囲されようとしている。


 常識的には討ち死にする状況だが、それでも言葉と意志は力に重なった。


「前に、進むぞおお!!」


「囲まれるよりも先に、敵を打ち崩してやるんだ!!」


 ケットシーとドワーフの戦士たちが、前に進む。そうだ、それでいい!!前に圧をかけてやればいい!!


 こちらも疲れているが、敵はもっと疲れている。長距離の行軍に、度重なる戦闘、睡眠不足に空腹……それが、ヤツらから鋭さを奪う!!


 戦槌の強打も、剣の一撃も、竜太刀の一刀も、竜の暴力も!!耐えきれるほど、ヤツらには残っちゃいねえ!!


「ゼファーの焼いた道を、走れ!!残り火では、死なん!!」


「おうよ、魔王サン!!」


「前に、前に!!」


「突破してやる!!」


「ば、蛮族どもを、止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 兵士たちが、四方八方から飛びかかって来る。背後から来る敵に、『雷』で牽制しながら……前から来る兵士の剣を受け止める!!


 鋼が交差して、刃と刃がぶつかり合う!!甲高い鋼の歌があちこちで生まれ、火花が散る!!……団子状態に、敵も味方も密着しての力比べの様相を呈した。オレと剣を交えている兵士の背中を、敵兵どもが押している。


 怪力の蛮族を、そうやって止める気か!!一対一ではなく、一対多で!!その発想は、ゼファーにも及ぶ。敵兵は鋼ではなく、素手で組み付き、軍馬までもが頭突きでゼファーを止めようとしている。


 力比べになり……オレたちと敵の力が、せめぎ合い、膠着する……。


 ここまでだ。


 ここまでが限界だ。


 皆の体力も、尽きかけているのさ。


 これ以上は、前には進めない―――だが、敗北ではない。敵を、大勢引きつけている。ムダなほどに、多く!!過剰なほどに、こちらへと誘導している!!……『囮』としては、十分だ。


 気づいているのは、ロザングリードだけだ。ヤツは、ストラウスの貌が、ニヤリと笑うのを見ていた。その理由を……瞬時に予想し、的中させていたよ。


 だが。


 もうあきらめるといい、ロザングリードよ。全ては、遅い。


 9年前とは違う。


 あのときとは違い、今、ここには……『家族』が……『パンジャール猟兵団』がいるのだからな―――。


「―――殲滅するであります」


 キュレネイが叫んでいた。『戦鎌』が敵兵の首を、刈り飛ばしていく!!オレたちと押し合い状態になっている敵が、背後から切り刻まれていったよ。返り血を浴びながら、あのいつもの無表情が、こちらを見ていた。


「遅れましたが、剣闘士隊と『戦槌姫』を、連れて来たであります」


「おう……ッ!!待っていたぜ!!」


 そうだ。『パンジャール猟兵団』の、この戦における最後の仕事さ!!最も強い部隊と大将であるテッサ・ランドールを……ここまで届ける!!


 巨狼に化けたジャンが、辺境伯ロザングリードの位置を気取り……そこに向けて敵を蹴散らせながら突撃し、その右と左をシアンとキュレネイが暴れて穴を広げる……その打ち漏らしを、ミアが仕留めて―――ガンダラの護衛を伴った、お姫さまをここまで運ぶ!!


 『パンジャール猟兵団』は、仕事を完遂したぜ!!


 テッサ・ランドールが、剣闘士の精鋭と共に、敵の守りの最も分厚いここまでやって来ていた。白い馬に乗り、金髪ツインテールを血霧の融けた風に踊らせながら。彼女は戦槌を高く構えている。


「つゆ払いをしろ、『虎』ああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「……ふん」


 シアン・ヴァティの双刀が暴れ、黒い死の剣舞がロザングリードの護衛を切り刻む!!……敵の護衛は、オレたちの突撃を止めるのに必死となり、わずかながらに手薄になっていた。そこを……猟兵の戦闘能力で、むりやりこじ開けたのさ。


 ガンダラがハルバートを構えて馬ごと敵に突っ込んで、殺しながら壁になった。もう、誰もいない。ロザングリードの前には、もう誰もいなかった。ガンダラが叫んだよ。


「さあ、テッサ・ランドール殿!!この戦に、終止符を!!」


「ああッ!!行くぞ、ロザングリードッッ!!」


「……『マドーリガ』の、小娘が……ッッ!!」


 馬上のロザングリードは、逃げることはない。大将同士の一騎討ちになる。戦の経験値ではテッサ・ランドールは、ヤツには全く勝てなりだろう―――だが、一対一の闘いならば、彼女の黒金の戦槌を……『シャルウル』を受け止めきれる者は、どれほどいるか。


 馬上は、素早く動けない。戦槌を躱すことには向かないさ。


「死ねええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 殺意を響かせながら、戦槌『シャルウル』が辺境伯ロザングリードを襲った。ロザングリードはそれを長剣で弾こうと試みる、大した腕である。相手がテッサでなければ?あるいは、馬の背から下りていれば?……その攻撃をしのいだ可能性はある。


 武術の腕も、達人だ。


 しかし、相性が悪い。『ランドールの戦槌』と代々の技巧は、騎兵を祝福するこのゼロニア平野において、『ヴァルガロフ』を守り続けた、伝統に磨かれた、対騎兵の攻撃なのだ。


 ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッッ!!!


 辺境伯の剣が、へし折れていた。戦槌はそのまま加速し、ロザングリードの右腕を強打した。骨が粉砕される音が聞こえた、肉屋の近くで聞こえる、あのお馴染みの音だよ。


 避けてはいるな。利き腕を壊されながらも、即死から避けてみせた。


 ……そして、それだけじゃない。避けながら、左の腕にはナイフを握っている。そのナイフを投げつけようとしたのか、斬りつけようとしたのか……猛将ロザングリードは、利き腕を潰されても勝利を狙う。獣の貌になっていたよ。


 だが。『戦槌姫』は一対一の達人だ。ロザングリードの動きに、攻撃の意志を嗅ぎ取っていた。彼女は対応を始めていた、素早く戦槌を操りヤツ目掛けて、右腕一つによる横薙ぎの一撃を放つ!!


 ロザングリードの横腹にその強打が命中していた。背骨が砕かれ、肉が叩きつぶされる鈍い音が聞こえたよ。戦場の空に、猛将の体は力なく飛ばされていく―――勝利が、決まった瞬間であった。


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