第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その85


 『森のエルフ』の弓戦術により、敵陣はかなり崩壊している。敵は、少しでもリエルたちの矢を防ぐために、ほとんど威嚇の意味しか持てない射撃を放ち、矢を使い尽くしていく。


 勇敢にも、志願兵たちを攻撃しようとして、南下を試みる騎兵たちもいたが……。


「させるか!!」


「近づけさせません!!」


 ……リエルとククルによって、その動きをことごとく摘み取られているな。もはや、どうすることも出来ないだろう。だが。それでも、なお……辺境伯軍は意地を見せて来る。


「進めええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 弓兵たちの援護射撃を、ほとんど期待が出来ないというのに、辺境伯軍の残存騎兵が、一斉に前へと走り始めた。リエルはそれを見逃さない。


「西側半分の者で、あの騎兵たちを、射殺すのだ!!……矢が尽きた者は、刃を抜いて、突撃しろ!!私と、ククルに続け!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「突撃だああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 勝負どころと悟ったリエルが、志願兵たち4000を敵に向けて突撃させる!!彼らも、無限の矢があるわけではない。さすがに、勝負勘に優れているな、リエル。悪くない判断だぞ。


 敵に動揺を与えている。敵の弓兵たちも、矢は尽きているからな。敵陣は南から迫り来る、4000の敵に備えるが、それでも騎兵どもの突撃は止まることはない。


 4000の弓兵……いや、もはやただの歩兵を見捨てて、突破を計画している。疲れがあったとしても、強兵ぞろいの辺境伯軍―――弓を射るばかりが芸ではないと、剣を抜いて南からの敵へと走って行く。


 ……だから?


 彼女たちも動くのだ。


「好機です!!敵の一部が南に誘われている!!ディアロスの誇りを示しますッ!!!」


 南に歩兵が動けば、敵の密度が薄くなる。強兵ぞろいの辺境伯軍と言えども、歩兵とユニコーン騎兵では、相手にはならない!!


「副社長に、続けえええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


「今度こそ、敵を殲滅してみせるんだああああああああああああああああッッッ!!!」


「シャーネルの名の下に、敵を殺すぞおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 ユニコーン騎兵も総軍で突撃していく!!辺境伯軍に衝突すると、ディアロスの戦士たちは自分たちこそが、『最強の騎兵』であることを示すために槍を振り回すのだ!!


 自軍の背後が崩壊していこうとも、南から矢を射られようとも……ロザングリードが直接率いる騎兵たちは、『ヴァルガロフ自警団』の陣地に対して突破を仕掛ける。ヤツにとっても、死ぬか生きるかの勝負所だ。


 北に逃げていた、負傷者だらけの騎兵どもも、この突撃に参加しようとヨロつきながらも突撃して来る。それに……主力の騎兵が南ではなく北に広がっていく。この後に及んで、陣形を動かしたらしい。


 ロザングリードは、勘づいている。南に誘導するために、ガンダラたちは自警団の戦士たちを南下させた。つられてもいたが、それだけではない。知っていた。今、本陣の守りは北が弱いことを……。


「くくく!!やりやがるぜ、ロザングリード!!ここまで追い詰められても、まだ、より強い形に化けようとしやがるのか!!」


『……『どーじぇ』!!いこう!!みんなを、まもるんだッッ!!』


「おうよ!!オレたちは、本陣の北の守りにつくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


『GAAAHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 竜の歌が戦神の荒野に響き―――金色の呪印に導かれ、劫火の火球が大地を爆裂する!!


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンッッッ!!!


 黄金色の爆風に、ガラ空きの本陣北から侵入しようとしていた騎兵どもが、掻き消されていく。


 だが、どれだけ焼かれて死のうとも、この決死の突撃は止まることはない。黄金の灼熱に、馬もヒトも焼かれながらも……その身が炎に包まれていたとしても、ヤツらは走る!!


「うおおおおおおおおおお!!と、止まらねえええ……ッ!!」


「クソ、石を投げるぞ!!」


 ケットシーの弓兵たちも、すでに矢は尽きている。手薄な北部を守るには、あまりにも軽装がすぎる。だからこそ、竜騎士と竜が、守るんだよ!!


『ちゃくりくだあああああああッッッ!!!』


 ゼファーが蹴爪で地面を削り、本陣へと着陸する。オレは、その背から素早く飛び降りると、竜太刀を抜いた。ゼファーと並んで、大地に立つのさ!!ああ、ストラウスの剣鬼の血が騒ぐぞ!!


 牙を剥いて、獣の貌で笑うのだ!!


 視界を埋め尽くしそうになるほどの、騎兵の群れを睨みつけ、オレとゼファーは突撃していく!!


 無意味な特攻ではない。オレもゼファーも、北から入ろうとする、全ての敵を受け止めようとは考えていない!!9年前とは、違うのだ!!粘ればいい!!敵の動きを、わずかにでも遅くする!!そうすれば……必ずや、オレたちの『家族』は駆けつけるのだ!!


「分かっているな、ゼファー!!」


『うん!!さくをよけて、うごきがゆるんでるやつを、かみころしてやるッッ!!』


 そうだ、この本陣に入るためには、柵を避けるし、そこら中に転がる死体も邪魔になるのだ。騎兵に『歩兵』で挑むのは、たしかに無謀ではあるが……この陣地は、騎兵にとっては地獄の迷路みたいに厄介なのだ。


 柵を避けて本陣に侵入して来た騎兵は、側面を向ける。速さを惜しむ敵には、ゼファーの突撃が襲いかかった。巨大な牙が並ぶ大アゴで、槍を持たぬ左腕を見せた兵士の体を噛みつぶす!!


 鎧の鉄ごと、骨が潰れた。戦場に現れた竜に、騎兵どもは大きな脅威を感じたらしい。


「あの竜に、槍を叩き込めええええええええ――――――」


「―――させるかよッッ!!」


 叫んでいた騎兵に跳びかかる。竜太刀の長さと蛮族の腕力ならば、馬上の兵ごと馬まで斬れる!!ゼファーに視線を取られていた騎兵を、鋼が横から真っ二つに断ち斬った!!


 敵と馬の血潮が爆ぜて、世界は紅くなり……ストラウスの赤毛も、さらに罪深い赤へと至る!!血霧の中を走り、オレは次の騎兵に挑む。死体を踏み、バランスを失った馬の鼻先に、斬撃を入れた。


「ヒヒイイインンッッ!!?」


「ぐわあッ!?」


 激痛で跳ね上がった馬の背から、騎兵が振り落とされる。背中を強打したそいつに、竜太刀を叩き込んだ。女神イースへの祈りの時間はやらない、オレは、まだまだ殺さねばらんのだから。


「貴様、人間族のくせに、亜人種どもの味方をするのかああああッッ!!」


 騎兵がそう叫びながら、オレに迫る。亜人種びいき?……そうだろうが。そうじゃない。オレは、多分、そんなものは、どっちでもいいんだろうな。馬上から突き出される槍を、竜太刀で叩き折り、そのまま、馬の腹を深く斬る!!


 軍馬が転がり、兵士も転がる。オレは、そいつを捨て置いて、柵にいるケットシーの一人を槍で突き殺した騎兵に向かった。


「おい、こっちだ、帝国人ッ!!ガルーナの、魔王が来たぞッッ!!」


「くッ!?」


 こちらを振り向いた騎兵の顔面に、『ターゲッティング』を刻みつけて、『風』を放つ!!ヤツの首が『風』のハンマーにブン殴られて、頭部を振られた勢いのせいで首の骨が砕けていた。


「おい、立てるか!!」


「……う、うう。ありがとう……で、でも、お、弟が死んじまったよう……ッ」


「それでも、戦え!!弟の分まで、戦い、生き抜け!!そうでなければ、弟が死に、お前が生き残った意味まで、消えてしまうぞ!!」


「……ッ!!」


『がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』


 オレとそのケットシーを取り囲もうとしていた、騎兵どもを、ゼファーは『炎』の息を吐きつけて数名まとめて焼き殺してくる。


 生き残る道が、また開いた。オレは、敵の槍で腹を突かれて死んでしまった弟を見下ろしている男の頬を、平手で叩く。


「……っ」


「気合いを入れろ。死ぬまであがけ。生き残った意味を、探したいのなら。いつか、あの世で、お前が生きた意味を、お前の弟に語れるような生きざまを貫けッ!!」


「……お、お、おう……っ。エル、す、すまねえ!!オレ、生き残りてええッッ!!死ぬ日は一緒と、兄弟の誓いを立てたけど……ッ。死ぬときは、違うけど!!……オレ、お前の分まで、何かを探すッ!!ここで、死んで、たまるかああああッ!!」


 ケットシーが、死んだ敵兵の槍を奪い取りながら立ち上がる。


「オレについて来い!!」


「お、おう!!背中は任せろ、ガルーナの魔王サン!!」


「任せたぞ!!ゼファー、行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


『がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 敵に迷うことはない。とにかく、どこにも敵がいる!!だから、とりあえず、視界に入った敵から襲うのだ!!


 馬の脚が折れてしまい、その背から降りて歩兵となった槍兵に挑む。その男も、落馬の衝撃から、片脚が折れていた。腰の入っていない突きをオレは左の指で掴み、そのまま槍ごと兵士を引き寄せた。


 近づいて来た頭に鋼を叩き落とし、敵をまた一人仕留める。


「あいつ!!竜騎士だ!!さんざん、オレたちを苦しめやがってええ!!」


「竜騎士を、殺せ!!ヤツを生かしていたら、帝国の脅威になるぞ!!」


「なんとしてでも、あの赤毛の裏切り者を、人間族の敵を、ここで、殺すのだッッ!!」


 騎兵が三騎、迫ってくる。右と左と、真ん中からな……ああ、騎兵は速いし大きいが、自由ではないな。ストラウスの剣鬼がすることは、戦場で竜と踊ることだ。竜太刀と共に、この場所で戦い抜くのが仕事である―――。


「―――たかが三騎で、この、ソルジェ・ストラウスを討てると思うんじゃねえ」


 あまりの侮蔑に、誇りが傷つくよ。


 オレは怒りのままに、ストラウスの嵐を踊るのだ。正面から来ていて馬の首を刎ね、右の騎兵の腹を裂き、左の騎兵の頭を叩き斬っていた。騎兵の囲みを越えながら、鋼を敵に叩き込む。攻防一体にして、ストラウス家の技巧の一つ。


 首を刎ねられた馬は、二歩だけ走り、そのまま崩れた。落馬した騎兵に、オレの背中にいたケットシーが、槍を突き刺して仕留めてくれる。


「やりましたぜ、魔王さん!!」


「ああ。その調子で、戦い抜け!!」


 ……そうだ。戦い抜く。魔力も体力も、尽きそうだがな……まだまだ、戦う!!オレが生きれば、オレが敵を殺せば、オレは『家族』を守れるのだ―――。


『―――ぎゃうううッッ!?』


 ゼファーが悲鳴を上げるから、オレはもう走っている。ゼファーに横っ腹に、槍を突き立てようとしたヤツがいた。そいつも馬から下りた兵士だった。血まみれだが、いい腕だ。ゼファーの鎧の継ぎ目に、一撃、入れやがった。


「竜を鳴かせたことに、敬意を払おう―――だが、死ね!!」


 槍兵の首を一瞬で斬り裂く、そのまま、オレはゼファーの腹から槍を引き抜き、『炎』を使い傷口を焼き潰すことで止血する。


「深くはない傷だ、まだ行けるな。騎兵の高さばかり見ていると、下から忍び寄られる。気をつけるんだぞ」


『うん!!ちょっといたかったけど、そのぶん……おこったぞおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』


 ゼファーが、騎兵の群れに突撃していく。槍の一撃を入れられるが、翼の爪と巨大な牙と、尻尾の重たい打撃を振り回し、またたく間に5騎の騎兵を血祭りに上げる。


 オレも負けてはならない。ゼファーの腹から引き抜いた槍を、敵の騎兵に投げつけて、串刺しにして殺す。敵を探し、斬りつけていく。斬って、斬って、斬って……死体の山を作っていくのさ。


 ゼファーの背後に忍び寄る騎兵の馬を殺し、ゼファーはオレの背後に迫る歩兵の踏み潰した。返り血で、全ては紅くなる。竜太刀の鋼も、すっかりと敵の血と脂によごれていた。


 殺した敵の血と肉の海に、沈んでしまいそうな感覚を手にしたよ。かなり疲れている。手傷もそれなりに負っているし、そもそも最初から折れている肋骨が、激痛を上げやがるのさ。医者じゃなくても分かる。肋骨が折れているのに、暴れすぎだ。


 それても……オレは、戦う……見つけてしまったからな。ただの偶然だとは思うが、見つけてしまっている。敵兵に、指揮を飛ばして、この戦場でまだ粘ろうとしている、あきらめの悪い強敵を。


 ロザングリードのヤツが、200メートル先にいたんだよ。


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