第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その82


 辺境伯軍は勇敢だった。脅威的な破壊力を持つ、ユニコーン騎兵の群れに背を向けて、南西へと移動を開始していた。


 こちらの持久戦狙いを悟ったのだろう。『時間稼ぎ』をしていると考えた……西の砦に対して、ハイランド王国軍が攻撃を開始している。あるいは、攻撃をしようとしている。そう判断したのさ。


 戦の基本。兵力を集中させる。そいつを成すために、辺境伯ロザングリードは、竜とユニコーン騎兵に背を向けて、西の砦へと向かう。


 その編成は例の四列の隊形だった。こちらの全力を注いだ奇襲攻撃であっても、2000しか削れなかった、あの隊形だ。


 弓兵と騎兵が、よく織り交ぜられている。弓兵は後列には多いが、前列にもいる。複雑な配置で、集団の全体をカバーしようとしているのさ。高度な指揮能力があればこそだな。どこから攻撃しても、朝以上の被害は出せないだろう。


 ……逆に、こちらは朝の何倍も手痛い反撃を喰らうこととなる。


 しかし、このまま何もしないでいる程、『パンジャール猟兵団』は甘くないのだ。ヤツらの戦力を少しでも奪うために、ゼファーでときおり降下して、敵に矢を撃たせた。彼らが矢を回収したりしないように、基本的にはその背後を襲う。


 南西から北東に向けて斜めに飛ぶことで、弓兵を挑発するのさ。ヤツらからすれば、矢が当たるか当たらないかの高さであり……高度の加護により、オレの矢はいくらでも命中した。


 何度も繰り返し、敵に矢をムダ撃ちさせるのさ。ゼファーによる攻撃が行われる度に、地上ではロロカがユニコーン騎兵を、数百騎ずつ動かした。突撃するフリをして、弓兵に矢を使わせる。


 辺境伯軍の騎兵と弓兵の混じった四列のモザイク隊形、そいつは確かに防御に適しているものの、機動力は落ちる。オレとロロカは、ゼファーとユニコーン騎兵による挑発を、二十回ほどは繰り返すことが出来た。


 辺境伯軍は、被害を出しながらも歩みを止めない。重傷者を、彼らは置き去りにし始めたよ。余裕が無くなっているのさ。その判断は、敵の士気にも関わるだろう。仲間を置き去りにするというのは、後ろめたいものだ。


 ……それでも、あの防御を固めた隊形のまま、辺境伯軍はとにかく進み続け……ついに、テッサ・ランドール率いる、『ヴァルガロフ自警団』と遭遇を果たす。


 上空から見れば分かることだが……騎兵封じの柵が、増築されていたな。やはり、オレたちの頼れるガンダラは、ムダな時間を、自警団の連中に過ごさせることはなかったようだ。


 荒野を走る街道を、『ヴァルガロフ自警団』は完全に封鎖していた。


 そこら中に柵を立てて、その裏側には、ケットシーの弓兵たちがいるが……最前列に並ぶのは、戦槌を掲げたドワーフ族の戦士のみ。柵よりも、およそ100メートルほど前に、彼らは並んでいる。柵と弓兵を、ドワーフの影に隠しているのさ。


 あの柵はそれほど高さがあるものではない、160センチ程度の高さしかない太い木組みの柵だ。跳ぶのが上手な馬ならば、あれぐらい跳び越えることも可能だが……武装した兵士を乗せた状態では、まずムリだな。


 上向きに尖った杭が、跳び越えようとした騎馬の腹を貫くだろう。簡易の仕組みだが、太い木をドワーフの腕力で地面に突き立てている。馬の体当たりでも、ビクともしないさ。


 騎兵にとっては、あれは簡単には攻略出来ない障害物だ。その馬殺しの柵が、ドワーフの戦士5000の姿に隠されて、街道のあちこちに配置されているわけだ。


 辺境伯軍は、その柵に気がついてはいない。馬の背に乗っているからといって、全てが見通せるわけではない。そして、ガンダラは緻密なことを戦場に持ち込む男。この土地に陣取ったことにも意味がある。


 ゼロニア平野は、文字通り平たいのだが……もちろん、どこもが真っ平らではない。ここも平たくは見えるし、丘とも呼ぶことは出来ないが、この辺りは、わずかながら『起伏』のある場所だ。


 『ヴァルガロフ自警団』は、辺境伯軍がいる場所よりも、わずかに高い場所に位置しているのさ。せいぜい30センチ強ぐらいか。数百メートル離れていて、その程度の誤差ならば、高低差があるとは思わないし、気にも留めることが出来ないだろう。


 この差が、ドワーフの背でも柵を隠させることに、成功していた。より高い位置を陣取る……それが戦いの基本ではある。


 そして、そのわずかな起伏と、ちょっとしたトリックを使い、戦場に隠れている集団が、ここにはもう一組いるな。


 街道の端には、街道の目印とするためと……『ゴルトン』の『所有物』であることを示すために、『翼の生えた車輪』が刻まれた岩のブロックがあるんだよ。


 それは旅人が座り込んで休むための場所にもなるし、街道が砂塵に埋まらないようにするための砂除けでもある。ちょっとした段差に過ぎないが、土地の起伏と合わせると、それなりの高さにはなる―――狩人の技巧を併用すれば、『身を隠す』ことも可能だ。


 辺境伯軍は、この平たい荒野において、わずながらにだが『低い土地』に誘導されている。ガンダラの選択は、地味ではあるものの、こちらの作戦を色々と隠蔽することに役立ってはいるのだ。


 その場所に停止したことは、辺境伯軍にとっては必然ではある。少し走れば弓兵の矢が『ヴァルガロフ自警団』に届きそうな間合いであり、騎兵がスピードを維持したまま突撃出来る距離……およそ、500メートル。


 両軍は、その距離を開けたまま、睨み合うように停止する。


 ……辺境伯ロザングリードは、こんな日が来ることを考えてはいたさ。亜人種とファリス帝国は、共存することが出来ない。いつかは悪人同士の蜜月も終わり、お互い殺し合う日が来ることを―――その相手は、仲良しのアッカーマンだと考えていただろうか?


 アッカーマンは知恵が働くし、『ヴァルガロフ』への思い入れも深くはない。自分と家族の安全が保証されるのであれば、いくらでも『自由同盟』側に情報を売り払ったかもしれない。


 ……アッカーマンの『自由同盟』入り。難民たちの人身売買にさえ関わらなければ、その道もあったかもしれんがな。


 しかし、現実には、もしもなど存在しないのだ。


 今、ロザングリードの前にいるのは、テッサ・ランドールと彼女が率いる『ヴァルガロフ自警団』であった。


 テッサが馬に乗って停止し睨み合いをつづける両軍のあいだに、走って行く。馬に乗ったガンダラと、巨狼に化けたジャンだけを護衛につけただけの状態でな。ジャンは、4メートルもある巨狼だからな……辺境伯軍を動揺される効果が少なからずあるだろう。


 ……テッサ・ランドールは古き良き騎士道の体現者のごとく、合戦の前に将同士の対話を試みるつもりらしい。ロザングリードにハナシがある?……いいや、どちらかと言えば、武勇を愛する『マドーリガ』のドワーフたちを鼓舞するためさ。


 そして……敵の騎兵突撃を誘うためでもある。


 テッサ・ランドールは戦場の中央に現れる。偉大なる大王のような、尊大な態度だった。自分に殺意を向ける9000の敵兵を前に、彼女は全く恐怖していなかった。弓兵の矢が届く可能性が、わずかながらに存在する場所へと、彼女は踊り出ている。


 それでも、辺境伯軍は彼女を矢で射ることはない。


 ……彼女の勇敢さを讃えているわけではないだろう。外れる可能性の方がはるかに多い距離で、矢を放つことを嫌っているだけさ。


 テッサはそれをガンダラに教えられているのか、それとも単にランドールの武勇の血が、彼女にそれをさせるのか……不敵な笑みを、9000の敵兵に見せつけている。


 金髪ツインテールのロリ娘は、葉巻を噛み千切るのが得意な口を開いていた。白い牙が、なんとも狂暴そうに光っている。


「辺境伯ロザングリードよッッ!!私は、テッサ・ランドールだッッ!!『マドーリガ』の長の座と、戦槌『シャルウル』を、我が父、ジェド・ランドールより継承した者だッッ!!そして、今は『ヴァルガロフ自警団』の長でもあるッッ!!」


 戦槌『シャルウル』を、テッサは馬上で高々と掲げてみせる。あの巨大な戦槌を、細腕一本で持ち上げる異様は、敵・味方を問わず、視線を集めてしまうな……。


「我らは、今日、貴様を討ち取り、このゼロニアの地を、我々、ゼロニア人の手に取り戻すッッ!!さらばだ、邪悪なる侵略者どもよッッ!!今から、この乾いた荒野の砂に、貴様らの血を吸わせ、戦神バルジアの捧げ物としてやろうッッ!!」


 『戦槌姫』の声は、戦神の荒野に響き渡った。カリスマ性抜群のテッサ・ランドールに、ドワーフの戦士たちは雄叫びの歌を捧げたよ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「テッサさま、ばんざああああああああああああああああああああああああああああああああいッッッ!!!」


「我々の土地を、我々の手に取り戻すぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「ゼロニア!!ゼロニア!!ゼロニア!!ゼロニアああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 ゼロニア・コールと、戦槌が大地を叩く音が戦場に響く。異常なほどの情熱を、『マドーリガ』の戦士たちは歌っている。いいや、彼らだけではない、『アルステイム』のケットシーたちも、靴底で大地を踏み、ゼロニアと叫んでいたよ。


 テッサ・ランドールの戦場のただ中での演説が、戦士たちの士気を跳ね上げているのさ。ゼロニアを、ゼロニア人の手で統治する。その夢は、すでにテッサ・ランドールだけのものではないのだ。


 少なくともここにいる『ヴァルガロフ自警団』全員の夢となった。彼女は、すでにこの土地の『女王』に相応しい。


 ……テッサは、『臣民』たちの歌声を浴びながら、快感に酔いしれているような女の貌をしていた。ああ見えて、オレよりも年上だもんな。『戦槌姫』は、再び『シャルウル』を掲げる。


「おいッッ!!どうした、ロザングリードッッッ!!!小娘一人に、言われたい放題なのかッッ!!偽りの権力とは言え、貴様もこのゼロニアの支配者であるのだろうッッッ!!!『狭間』の小娘一人に、怯えるのが、帝国人の将なのかッッッ!!!」


 テッサ・ランドールは賢い。だからこそ、敵が最もイヤがる言葉を選べていた。『狭間』、帝国人が最も嫌悪し差別する存在の一つ。それに帝国軍人が怯える?……その言葉は、帝国人の政治観と世界観において、許されない侮蔑であった。


 プライドを大きく逆撫でするのさ。自分たちが軽んじている者に、自分たちこそが舐められる。それを恥辱と考え、激怒は生まれる。


「おいおい、どうした帝国の腑抜けどもがッッッ!!!私一人、怖くて動けないのかよッッッ!!!この臆病者の、ヘタレ野郎どもッッッ!!!」


 帝国人の兵士たちが怒りに呑まれていく。ロザングリードは冷静かもしれないが、騎兵も弓兵も、テッサ・ランドールに対する怒りと憎しみに支配されている。あの鋼の統制が崩れているな。


 ……ロザングリードは、どう判断するだろうか?前に出ようという闘争心にあふれた兵士たちの勢いを、殺すか?……それとも、『ヴァルガロフ自警団』とユニコーン騎兵に挟まれたまま、ただ受け身で攻撃されるのを待つか?


 さっきまでとは状況が違う。ユニコーン騎兵の突撃の威力は、『ヴァルガロフ自警団』の援護があれば何倍にも跳ね上がる。どちらも地獄だ。後ろから突き破られるのか、前に出て敵の陣地に突っ込むのか。


 それでも、よりマシなのは一つだけ。前に出ようという兵士たちの意志と、少しでも西の砦に近づくべきだという、戦略的な目的を達成するために―――突撃を選ぶ他ない。時間が経つほど、空腹の兵士の疲労が蓄積していくことも、ヤツは分かっていた。


 攻撃を選ぶしか無かったのだ。


 そして、どうせ、攻撃を選ぶのであれば?


 もちろん、最大の攻撃を放つ。『ヴァルガロフ自警団』を滅ぼさなければ、辺境伯軍には未来がない。そして、どう考えたところで、ユニコーン騎兵に比べれば、老人も混じっているドワーフの戦士たちの方が、弱い。


 敵の数を減らすのが、戦の勝利のコツだ。ならば、より弱い方から確実に仕留めていくというのも、一つの答えではあった。


 ユニコーン騎兵と戦い、苦戦しているあいだにドワーフの戦士に囲まれるより、ドワーフをさっさと殲滅して、ユニコーンと戦おうとする方が、マシだった。どうにかドワーフの囲いを突破出来れば?……辺境伯と騎兵だけでも西の砦に逃すことも出来るからな。


 そうだ。


 『罠』というモノは、バレていないから有効なわけではない。真に良い『罠』とは、怪しさがバレていたとしても、選ぶしかないように作るのだ―――ガンダラは、今、その持論を体現しようとしていたのさ。


 罠や詐欺には引っかかるのは、馬鹿じゃなくて、賢いヤツだということだな。


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