第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その81


 ロロカ先生の指揮のもと、25名の弓名人たちに仕事が任された。リエルが用意してくれた『風』の『エンチャント/属性付与』の矢は、50本。基本的には、難民たちの志願兵に、それらの矢は配備されているのだろう。


 射程が伸びている矢だ。数は限定的だが、有効に撃てる。25名の背後にも、100名ほどの弓だけ持ったユニコーン騎兵が並ぶ。彼らは射撃を行わない。空に向かって矢を放つ『演技』をするのさ。


 矢を射るにも『的』がいるからな。


 125のユニコーン騎兵を、敵の『的』にする。北東から吹く風の影響と、『風の矢』の飛距離を考えると……ユニコーン騎兵の『風の矢』は、あちらの弓兵よりも数十メートルは長く飛ぶハズだ。


 あちらも不利は分かっているだろうが、『風の矢』の存在は知らない。ヤツらも『エンチャント』を使えるかもしれんが、森のエルフの王族である、リエル・ハーヴェルほどの強い魔力を持っている術者を擁しているとは考えにくいな。


 こちらの方が、有利なハズだ。


 射程を読み間違えなければ、たった50本だが、一方的に攻撃が可能。ヤツらは隊列を組んでいるから、躱すことも出来ない。それに、朝陽が逆光になっている。距離を見誤るとすれば、向こうのほうだとロロカ先生は語ったよ。


 オレたちは、敵陣に対峙する。


 その陣形は、左翼と右翼に大きく兵力を配置している陣形だ。敵の騎馬による中央突破には、両翼からの弓で対応する形だな。


 敵の左翼と右翼から騎兵が出てくれば?……こちらは南北に別れて、逃げる。絶対有利のマラソンを仕掛けるのさ。


 ちなみに、オレはロロカと一緒に右翼……つまり北側にいる。風上さ。攻撃に参加することはない。オレは『白夜』に乗ったロロカ先生のそばに突っ立っているだけだ。『バースト・ザッパー』を放ったせいで、魔力は切れかけているからな……。


 保存食の、塩たっぷり過ぎて、それほど美味しくないベーコンをかじっている最中だよ。体力と魔力の回復をはかりたい。オレもヒトだから、無限の体力があるってわけじゃないのだ―――。


 ―――サボっているように思えるが、体力回復も仕事の内だよ。オレがロロカ先生と一緒に『白夜』に乗っても、『白夜』の負担になるだけだしな。


 ああ、ロロカ先生も含めて、ユニコーン騎兵は、ユニコーンの背から降りていない。


 『いつでも突撃することが出来る』という構えを見せている。敵の南北に周り込み、再び突撃を仕掛けられるぞ!……という『脅し』である。


 ……大きく周り込むことで、南北に長く配置している敵の弓兵の攻撃を無効化することが出来る。


 有効射程の『外側』を走れば、いくらでも無傷で接近出来るし……外側を走れば、中央にいる弓兵はこちらを狙うことも出来ない。辺境伯軍の兵士の影に、こちらが隠れることになるからな。あの隊列の弱点ではある。


 こうして、ユニコーンの背にディアロス族の戦士たちが乗り続けることで、辺境伯軍にユニコーンの突撃への『備え』をさせている……。


 けっきょく、ロロカ先生が何をしているかというと。


 『敵兵を馬の背に乗せ続けている』んだよ。


 敵の馬を、『少しでも疲れさせる』ために。


 もしも、馬から下りてノンビリしていれば?……ユニコーンの想像を絶する高速突撃に、出遅れるかもしれないということを、ヤツらもすでに理解している。


 突撃され、乱戦に持ち込まれたら、弓兵の利は消え失せてしまうからな。ユニコーン騎兵なら、辺境伯軍の背後に周り込み、そこにいる騎兵を打撃することも可能だ。


 そうなれば?……弓兵に狙われることもなく、戦力差2対5の戦いに持ち込めるわけだ。2対9より、はるかにマシな勝負になるな。


 辺境伯軍はユニコーン騎兵の突撃に備える必要があるのさ。対応策は一つだけ、騎兵の機動についていける者は、騎兵しかいない。だから、あちらの騎兵たちの多くは馬に乗り、馬を疲れさせつづけているわけだ。


 ……こちらは持久戦を仕掛けているし、向こうも一応は乗ってくれている。だが、いつまでこの状況をロザングリードが続けてくれるかは、分からない。


 出来る限りのことをしておきたいな。


 矢を奪い、敵から弓矢という選択肢を減らしたいんだよ―――。


「―――では。みんな、頼みましたよ」


「へい!了解ですよ、副社長!!」


「行ってきます、ロロカお嬢さま!!」


「仲間の仇討ちだ!!」


 『風の矢』隊が走り出す。我々の右翼側から、南西に向けて走っていく。相対する両軍のあいだを、125のユニコーン騎兵が走って行く。敵は……動かない。弓矢を放つ距離ではないと理解している。


 ムダ撃ちをしたくはない。無意味だし……こちらの予想では、矢のストックは多くはないだろうからな。


 『風の矢』隊は、さらに敵陣に近づいて行き、ついに矢を放つ。125の騎兵が、弓を揺らした。100の騎兵は何も放ってはない。だが、25の射手は実際に『風の矢』を放っていた。


 25本だけ射出されたことには、逆光と距離のせいで辺境伯軍は理解出来なかっただろう。しかし、25名の死者が隊列に出た瞬間、弓兵たちは反射的に弓を射返していた。4000近くの矢が、一斉に射出される。


 矢の雨だった。あの下には行きたくないものだ。しかし、どれもがこちらには命中することはなかった。射程距離が足らなかったのだ。だが、『風の矢』隊は、器用な演技をしてくれる。


 数名がわざと落馬していた。そして、落馬したまま、後続のユニコーン騎兵に救助される様子を見せていた。これにつられて、矢の雨が再び放たれていた。何人かが、当たってもいない矢のために、落馬の演技をする……。


「……器用なもんだな。さすが、ユニコーンとディアロス族だ」


「ええ。騙せていますね。敵は、これで弓の有効射程を勘違いしたはず。もう一度、攻撃を仕掛けます!」


 『風の矢』隊は、こちらの陣形の背後を駆け抜けて、素早く戻って来た。ロロカは、再び同じ行動をさせたいた。『風の矢』隊が出ると、敵兵は弓を射る……先ほどよりも、本数が多いな。しかし、もちろん当たらない。


「二度も、落馬の演技をする必要はありません!!あざとすぎると、気取られますから!!」


「了解っす!!」


「撃ちまーす!!」


 『風の矢』隊は、再び25本だけ矢を放ち、それぞれがまた命中させていた。応酬として矢が再び放たれるが……今度も当たらなかった。


 ……何度もコレを繰り返せば、敵の矢を全てムダ撃ちさせることも出来るんだが、そんなにロザングリードも甘くはなかった。こちらの放つ矢の数が、あまりにも少なすぎると気づいたらしい。


 三度目の『風の矢』隊には、ほとんどの者が矢を射ることがなかった。数十本は飛んだだろうがな……。


「……消耗戦を仕掛ける意図が、バレたかもしれませんね。『風の矢』隊!!敵に、あと40メートルほど近づいて!!」


「はい!!」


「やりますぜ!!」


 ロロカの指示に従い、彼らは敵に接近する。敵の弓の射程距離に入った瞬間、弓隊が数百の矢を放っていた。


 しかし、距離を稼ぐための山なりの軌道……弓の達人たちである『風の矢』隊は、その矢が当たるより先に、ユニコーンを加速させて矢の範囲から逃げ去ってみせた。


「……最初ほど、矢の数は多くないですね。間違いなく、コントロールされた動き」


「ムダ撃ち禁止令か」


「ええ。やはり、反応が早い。柔軟な敵ですね……そろそろ、ここに釘付けにするのは、限界かもしれません」


「……ユニコーン騎兵に、背を向けて進むか」


「はい。こちらが弓を恐れていることは、向こうも承知しています。そして、消耗戦を狙っていることも、バレたでしょうから」


「このまま、オレたちにつき合うことは不利でしかないからな……まあ、ヤツらにいくらかムダ撃ちはさせた。このまま、西に向かうというのなら、それもいいさ。『ヴァルガロフ自警団』との挟撃に持ち込める……」


「あちらには、馬を防ぐための柵が?」


「設置している。時間も稼げたから、増設しているかもしれんな。ガンダラが軍師だ。無意味な時間を過ごさせないだろうよ」


「弓兵は?」


「ケットシーの弓兵が2000だ。騎兵キラーの戦槌を持ったドワーフが5000、剣闘士300。あとは、馬に喰らいつく闘犬がありたっけ。騎兵の突撃には、十分に耐える」


「……なるほど。ならば、我々は、このまま敵の背後を追いかけ、弓兵を引きつけておきます」


「ああ。騎兵を、先頭に誘導するのもありだな」


「はい。『ヴァルガロフ』の反乱を知れば、辺境伯は彼らを叩き潰そうとするでしょう。避けて通る意味の無い敵になります。『ヴァルガロフ』が『自由同盟』……いえ、ハイランド王国軍につけば?……西の砦にたどり着いたところで、成す術なく全滅させられる」


「……『ヴァルガロフ自警団』を殲滅しなければならないワケだな」


「ええ。背後に私たちユニコーン騎兵がいれば、挟撃されたことも理解する。兵士の質に自信があるのなら、自警団をさっさと撃破して先に進もうとするでしょう。この事態になれば、もう彼らに選択の余地はありません」


「……追い詰めて、壁にぶつけるか。オレたちは、いい猟犬みたいだな。囲い罠に獲物を追い立てる」


「その罠が頑強であれば、安心ですが……突破されそうな時は、再び、我々は敵の背後から突撃を浴びせます」


「ああ、そのときはオレもゼファーで突撃する。状況は流動的になる可能性は高い」


「臨機応変に、ユニコーン騎兵は動きます。リエルたちも、状況に応じてくれるでしょうから。というか、現れてくれるだけでも、かなり楽になりますね」


「囲い込みを完成させるからな……オレは、ゼファーと一緒に、上空にあがる。敵の頭上を飛び回り、嫌がらせを仕掛けてくる」


「はい。お気をつけて!」


「君もな、オレのロロカ」


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