第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その83


 辺境伯軍に動きが見られた。弓兵たちが矢を放つ。テッサ・ランドールに向かってだ。それらは侮辱への怒りと、耐えがたい空腹が起こさせた衝動的な暴発ではなく、ロザングリードの命令を受けた攻撃であった。


 数百の矢が、同時にテッサ・ランドールへと放たれていたからだ。テッサ・ランドールはニヤリと笑いながら、自陣に向けて馬を走らせていく。ギリギリの距離。逃げれば絶対に矢は当たらんよ。さて、決戦が始まるな。


 辺境伯軍が、あの見事な隊列の組み替えを見せてくる。前進しながらも、あの四列の間にあるスペースを、騎兵が抜け出して前に集結していく。弓兵の半数2000は、動かずに止まり、後方にいるロロカ・シャーネル率いるユニコーン騎兵の警戒に当たった。


 辺境伯軍の陣形が変わる。


 騎兵たちが前方に集結していき、最前列の騎兵たちは突撃用の大型の槍を構えていた。


 テッサとガンダラ、ジャンが『ヴァルガロフ自警団』の陣へと帰還する―――それと、ほとんど時を同じくして、辺境伯軍は突撃を開始していた。兵士の怒りを、ロザングリードは評価しているのさ。


 怒りを帯びた騎兵たちの突撃ならば、ドワーフの戦士の群れなど、容易く貫けると考えていた。ドワーフの戦士たちの半数が、後退するそぶりを見せたことも、騎兵たちの攻撃性の炎に油を注いだ。


「突撃いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」


「ドワーフどもを、殺せえええええええええええええええええええええッッッ!!!」


「蛮族と邪教を駆逐し、この土地を清めるのだあああああああああああッッッ!!!」


 騎兵たちが闘志を爆発させて、地上を駆け抜けていく。乱れの少ない突撃。間隔を狭めて、横並びになっている。あれでは、騎兵殺しの戦槌も、狙うべき敵が同時に多すぎて効果が薄い。敵ながら、見事な突撃ではある。


 ……その数は5000の内の過半数。およそ、3000というところだった。乱れの少ない突撃を、どうにか邪魔してやりたいが……弓兵たちが、上空にいるオレとゼファーに、そして背後にいるユニコーン騎兵に一斉に矢を放って来る。


 騎兵たちの突撃に、100%の威力を出させようとしているのさ。


 テッサが自軍で叫んでいた!!


「戦槌隊、下がれッッ!!弓隊、引きつけなくてもいいッッ!!ヤツらの突撃を、乱してやるんだッッ!!とにかく、撃ちまくれえええええええええええええッッ!!」


 ケットシーの弓兵たちは応えた。柵の裏側に身を隠したまま、彼らは天に向けて弓矢を構えていた。


「了解ですぜ!!テッサの姉御おおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「皆、撃ちまくれえええええええええええええええええええええええッッ!!」


「騎兵の突撃を、止めてやれええええええええええええええええええッッ!!」


 『ヴァルガロフ自警団』の陣の奥から、無数の矢が放たれる!!その矢は、後退してくるドワーフの戦士たちの頭上を越えて、辺境伯軍の騎兵たちに降り注いでいた!!


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああッッ!?」


「ゆ、弓兵かああああああああああああああああああああああああッッ!?」


「構うな、怯むな!!ただ、前に突撃するだけだああああああああッッ!!」


 騎兵たちに大勢の死が量産される。しかし、それでも問題はない。2000の弓兵は、精密に敵を捉えながら狙ったわけではない。騎兵の足音が響いてくる場所を目掛けて、矢の雨を降らせただけだ。


 全ての矢が当たるわけでもない。突撃を敢行した3000の騎兵のうち、200騎ほどが兵士や馬を射抜かれて、あるいは射抜かれた騎兵に脚を取られて戦場に倒れていく。それでも、2800の突撃の速度は止まらない。


 いや、むしろ……次の矢を射られる前に殺してしまえという哲学に対して、まったく迷いが消え去ったようだな。そうだ、ヤツら、とにかく前に進もうと必死になっていたのさ。


 威力とスピードを保ったまま、ヤツらは走る。


 ……しかし、その隊列は大きく乱れていたな。格闘戦を仕掛けるための、隙間ではある。だが、これからまだ乱れることになるぜ。


 ドワーフの戦士たちが、騎兵に追いかけられながらも後退を完了させる。辺境伯軍の騎兵は、戦士たちの体に隠れていた、馬封じの柵を見つけていた。


「さ、柵だあああああああああああああああああああああああああああッッ!?」


「止まれ!!止まれえええええええええええええええええええええええッッ!?」


 先頭の騎兵が叫ぶが、加速しきっていた騎馬の上げる足音のせいで、情報の伝達が上手く伝わらないようだな。さらに、騎兵の足並みが乱れた。


「脚の速い騎兵たちから、射殺しなさい!!遅れた騎兵には、その次の矢を浴びせればよい!!」


 軍師ガンダラが冷静な指示を放つ。合理的な判断であり、冷静なケットシーの弓兵たちは、その意図をよく酌み取っていたよ。


「速い馬から、ぶっ殺せええええええええええええええええええええええッッ!!」


「こちらに近づけさせるんじゃないぜ!!近いヤツから、殺せばいいんだッッ!!」


 騎兵の威力は突撃の速さだ。柵を見て止まるような騎兵は、威力がない。柵を見ても止まらないヤツらこそが危ないのだ。


 そうだ。『ヴァルガロフ自警団』の戦いは、『守る戦い』。陣地を使い、辺境伯軍の突破を遅らせるのが目的なのさ!!


 ケットシーの矢が放たれて、柵にも怯まない、勇猛果敢な強兵たちに矢が集中して、的確に射殺していく!!……柵に止まることを怯んだ騎兵は、賢いが、それだけに……仲間と一致する行動が取れずに、突撃の威力をせき止めてしまっていた。


 しかし。


 馬鹿ではない。だからこそ、判断する。臆病者は賢さの証でもある。柵があるなら、外へと周り込めば良いのだ。彼らはそう考えて、左右に広がろうとする。ケットシーの弓兵たちは、それらに矢を放つが、高速で走る騎兵らには全弾命中とはいかない。


 かなりの数を討ち漏らしてしまう。


 それを見ていたテッサが、雷鳴みたいな大きな声で、再び命令を放っていた。


「闘犬を、放てええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!!」


 『マドーリガ』伝統の闘犬たちが、『ヴァルガロフ自警団』の陣地の奥から解き放たれていた。『ウォーウルフ』……その呪術を刻まれたそれらが、矢のような速さで地上を駆け抜けていく。


 それらは、元々の犬とは思えない大きさに加えて、さらなる狂暴さと、強化された筋力を与えられていた。しかし、統率は取れている。一匹一匹が、確実に馬の脇腹に突撃していくのだ。一匹で、騎兵一つを崩す。


 狂暴ではあるものの、とても賢い闘犬たちが噛みついたのは、騎兵の脚だった。安い鉄で守られた、騎兵のふくらはぎに、『マドーリガ』の闘犬たちの牙が深く食い込んでいた。闘犬の噛む力たるや、薄い鎧ぐらいなら軽く曲げてしまう。


 その狂った牙は、騎兵のふくらはぎの肉を貫き、脛の骨をバギリと砕いた。悲鳴が上がるが、『ウォーウルフ』は冷静だ。巨体を揺らして、使い物にならなくなった騎兵を馬の背から引きずり倒すと、次の獲物へと向かって大地を駆けていく。


「お、狼だああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」


「ど、どうなってやがる……ッ!!コイツら、何なんだああああああああッッ!?」


 騎兵たちが、槍を振り回して、闘犬を攻撃していく。闘犬は素早く、地を走る。なかなか攻撃を当てることが出来ない。


 慌てて動きを止めると、ケットシーの弓兵たちの矢が、左右に周り込もうとしていた騎兵たちを貫いていたよ。


 ……それでも。


 やはり3000の突撃は、あまりにも多い。どれだけ射殺そうとも、闘犬が粘ろうとも。矢の雨と狂犬の牙の嵐を越えて、あるいは斃れた仲間の死体という障害物を越えて、辺境伯軍の騎兵は、柵の前へと迫るのだ。


 周り込まれても良いように、上空から見れば楕円に配置されている、無数の柵ではあるものの。それらの間には隙間が多い―――そこから、騎兵たちが流れ込もうとしている。


 この隙間は、こちらにとって弱点とも言えるが、単純にそうとは言い切れない面もあるのさ。柵を回避して、動きを遅くした騎兵……あるいは、あまりにも馬鹿正直に、その隙間を突破しようとする騎兵に対して、ドワーフの戦士たちは戦槌をブン回すのだ。


 戦槌は威力もリーチも十分。


 強いて弱点を上げるなら、重たいために命中精度が悪いのだ。ならば?……柵の隙間に誘導すれば?速度を落とした騎兵も、速いだけで動きが丸分かりな騎兵にも、戦槌は簡単に命中する。


「ハハハハハッ!!待っていたぜ、馬ああああああああああああああああッッッ!!!」


 ドワーフの戦士たちが、騎兵殺しの戦槌を馬体目掛けて叩き込む!!馬の腰骨が、馬の頭骨が、あるいは……騎兵の肉体が、圧倒的な重量を持つその強打を浴びて、破滅の歌を上げるのさ!!


 ドギャシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!


 馬の巨体も、騎兵がまとう鎧の鋼も。『マドーリガの戦槌』の一撃の前では、容易く砕かれてしまうのだ。


 馬が崩れ、落馬した騎兵には、すぐさま戦槌の二打目が叩き込まれている。次から次に、騎兵狩りが実行されていく。


 柵の内側から、ケットシーたちは必死に矢を放ち、柵を突破して来た騎兵には戦槌が襲いかかる。乱戦になるが、そうなると剣闘士たちの技巧が冴え渡る。


 わずか300人しかいない。戦場の戦い方には詳しくはない。それでも、戦術の消え失せた乱戦の中では、剣闘士の強さは圧倒的なものだ。


 騎兵の槍を潜りながら騎兵の腕を刃で切り裂く者もいれば……手槍を投げて遠くから騎兵を殺す者もいる。


 柵を越えて、陣地に潜入した者たちには、個人の強さで対応するのさ……猟兵たちも、もちろん、その作業に励む。ミア、シアン、キュレネイ、ジャン……そして、ガンダラもハルバートを振り回していく。


 大将であるテッサ・ランドールも、父親から受け継いだ黒金の戦槌、『シャルウル』に新たな伝説を刻んでいたよ。猟兵のカバーがあるからな、彼女は大得意の一対一で、敵を砕くことが出来た。


 疲れ果てた空腹の騎兵ごときが、一対一で『戦槌姫』に挑むなど、万に一つの勝ち目もすらない。穴だらけの柵ではあるが……そこに入った後が地獄ではあるのさ。


 3000の騎兵たちの勢いが、ついに止まる。ほんの十分間の出来事であったが……彼らの、半数以上、2000が斃れていたよ。


 『ヴァルガロフ自警団』が受け継いで来た、このゼロニアでの戦い方……即ち、騎兵に対する極めて有効な戦術。それがフルに機能した結果だと言えただろう。


 騎兵たちの生き残りの1000騎が、命からがらといった状態で、北へと向かって逃げていく。


 ……それは、こちらにとっても、敵にとっても作戦でもあった。ガンダラは南……右翼に強烈な剣闘士たちを配置していたからな。彼らは右翼側の敵を斬り捨てて行き、その圧力で敵が北に逃げるように誘導させていた。


 敵には二つの理由があった、こちらが西の砦との合流を妨害していることを理解していたからな。西の砦に近づくことになる南へと逃げることよりも、北に逃げる方が簡単だと考えていた。負傷者だらけの1000人の兵士は、死にたくなかった。それが理由の一つ。


 ……もう一つの理由は、残りの2000の騎兵たち……辺境伯ロザングリードを含むであろう、その第二陣が突撃するために道を開けることだった。


 陣地の中にまで敵を招き入れる捨て身の戦術だ。こちらも死傷者は続発、軽く500人は死んでいる。ケガ人は数え切れない。闘犬たちも、大半が勇猛果敢に戦い、すでに殺されていたよ。同じ戦術は採れない。


 『ヴァルガロフ自警団』には陣地を守るための力など、ほとんど消え失せているように、辺境伯軍には見えただろう。


 それに、他の道を選択する余地も、辺境伯軍には残されていなかった……前進あるのみだ。背後にいるユニコーン騎兵と、オレとゼファーが戦場をうろつきながら、矢を放ち、矢を躱し……背後を守る2000の弓兵たちの命と矢の残弾を、奪っていたからだ。


 ……もはや、背後を守るための矢は尽きようとしている。ユニコーン騎兵たちも、早朝の突撃に納得などしていない。戦略的には良かった。しかし、自分たちの実力はあんなものではないと示したがっている。


 死者を減らすために策を弄しているが、ディアロスの戦士の本質は、正面突破。小細工ナシの突撃だ。そいつを放ちたくて、仕方がないのさ。


 2000の騎兵と、それを援護するための2000の弓兵が、前進していく……そろそろ、『伏兵』の出番になるぜ、オレのリエルよ。


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