第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その80


 ゼファーもオレたちを追いかけるようにして、東へと離脱していく。深追いは死を招く。それでいいのだ。助けられる仲間は、もういないだろうからな。


 東へと走っていくが……ユニコーン騎兵たちの脚が遅い。まるで、そこらの騎兵と変わらない。オレが乗っているせいだろうか?……いや、それにしても、他の連中まで遅く走っているのは変だな―――。


「―――そうか。ロロカが、敵を走らせたがっているんだな」


「え?そうです。ロロカお嬢さまが、ディアロス族に伝わる魔笛で、合図したんです。敵に追いかけられろって」


「敵を走らせて、疲れさせる気か。いい策だな」


 まあ、元々、『ヴァルガロフ自警団』の協力が無かった場合には、その戦略を繰り返すつもりだった。敵をおびき寄せ、走らせては包囲して、殺す。


 そいつを繰り返すことで、半壊させる予定だった。数日がかりの持久戦も覚悟する気だったんだが……敵の強さを考えると、有効な攻撃にはならなかったかもしれん。


 そう簡単に、おびき出されるようなヤツらでも、なさそうだからな。


 しかし、今は深追いしてくれている。並みの騎兵ならば、全力疾走といった速さだ。ユニコーンは安定しているよ、もちろんな。しかも意地悪なことに、追いつかれそうになっては加速、離れると減速というリズムで、敵の騎兵を走らせていた。


 このまま4キロでも走れば、ヤツらの馬は、かなり参ってしまうはずだがな……そこまでの深追いはしてくれないか。オレたちに余力があることぐらい、辺境伯軍も理解しているよ。


 それでも、すべきだな、敵を走らせて、少しでも削る。ゼファーが教えてくれているのさ、ロロカはもう準備をしている。彼女と共に最初に突撃して、東へと向かった者たちは、『罠』を張っている。


 即興で、用意した『罠』……ユニコーンの機動力だからこそ、そして、夜明け前だからこそ出来る策だよ。ああ、太陽が昇る。オレたちの向かう東の果てから、太陽が現れて、紅い光でゼロニアの戦場を照らしていく。


「……そろそろ、追いかけっこもお終いだな」


「ええ。加速します!!落ちないで下さいね、社長!!」


「オレを誰だと思っている?」


 竜に乗る邪悪な蛮族サンだぞ?……並みの馬より、はるかに綺麗に走るユニコーンの背から、振り落とされることなどあるわけがない。


 ユニコーンが加速する。辺境伯軍の騎兵は、その加速の鋭さを見て、絶望するだろう。馬だと考えていたかもしれないが……違うのさ。全く別次元の存在だよ、ユニコーンという存在はな。


 離されていく辺境伯軍の騎兵は、意地になって馬に全力疾走させるが、馬の脚と心臓が壊れそうなことを気取り、追跡を停止させる。くたびれ果てた馬が、長い首を垂れて、地面のにおいを嗅ぐような姿になっていた。


 武装した兵士を乗せて、これだけ走らされたら、そうなって当然だ。兵士は馬に気を使い、背から降りてやる。甘いことだな。オレのロロカ・シャーネルが、どこに行ったと考えているのか……。


 ロロカは、500のユニコーン騎兵をまとめ上げて、すでにここから北に位置していた。騎兵たちは弓を構えているな。ディアロス族は、狩りで暮らしを立てていた北方の狩猟民族だ。大物を狩るときは槍だろうが、鳥を狩る時は矢を使う。


 走らされ過ぎて疲れ果てた騎兵を仕留める時も、ディアロスは矢を射るようだ。


「撃ちなさい!!」


 ロロカ・シャーネルの号令の元に、ディアロスの戦士たちは騎乗したまま矢を放つ。500の騎兵が放つ矢は、こちらを追いかけ過ぎた連中に降り注ぐ。


 追いかけ過ぎていた騎兵たち、40騎が射殺されていたよ。それを見て、こちらを追跡してくる辺境伯軍の騎兵たちは、慌てて反転した。追撃のチャンスかと突撃して行こうとする部下を、ロロカ副社長は叱りつけていたよ。


「待ちなさい!!……あちらの弓兵は強力です!!敵の指揮能力も高い!!……単純な深追いをすれば、狩られるのは、私たちの方になる!!」


「は、はい!!」


「わかりました、お嬢さま!!」


「……敵の朝食は潰しました。あちらの補給物資は最小限であることは、偵察済み。彼らには、もう食事はありません」


 そうだ。それを狙ってもいる。辺境伯軍は、素早く隊列を組み替えて、あちこち走り回ってしまったのさ。いい反応だった。兵士としては最高の反応だったが、用意されていた食事は台無しになっているさ。


 体力も使ったし、死者も大勢出ている。ゼファーが数えてくれているが、こちらは100、あちらは1700、重傷者は300というところだ。正直、もっと殺せるとユニコーン騎兵の全員が考えていただろうが……敵もかなりの強兵ぞろいだったということだ。


 こちらの死者は100。少数精鋭のオレたちとすれば、大きな痛手ではあるが、想定内ではある。だが、何よりも多くの戦士が負傷しているのが痛い。ユニコーン騎兵も疲れ切っているのだ。


 長い遠征の果てに、ハイランド王国軍の物資輸送が疲弊させているのさ。かなりの稼ぎにはなる仕事だったと思うし、ハント大佐に恩を売れたのも良いことではある。しかし、その代償は、ディアロス族の肉体に現れているな……。


 ロロカ先生が突撃ではなく、弓を使わせたのもいい判断だ。突撃させた方が、もっと多くを殺せていたが、こちらもそれに応じて多くの傷を負っていただろう。


 ……辺境伯軍の兵士は、かなりの強さだ。戦士としての質ならば、こちらが圧倒的に有利ではあるが……仲間に犬死にをさせることは避けるべきだ。オレたちの敵は、コイツらだけではないからな。


 ファリス帝国という巨大な敵を滅ぼすためには、仲間を無意味に死なせていてはダメだ。オレは、9年間でそれを学んでいる。何度、特攻して、オレだけ生き残った?……敵は多いんだ。一対一の死者数では、割りに合わない。


 敵は貴重な朝食を失った。水も多くは持っていない。速度を重視させるために、余分な物資を持ってはいなかった。ただの移動だからな。西の砦に合流すれば、それで良かった。食糧は必要最低限だった。そいつが今や、泥まみれだろうよ。


 食えないこともないだろうが、食中毒も覚悟すべきだろう。普段から『ゴルトン』の駅馬車を始め、大量の馬が行き交う街道だからな……馬糞も大量に転がっている場所だ。オレなら、食わない。


 ロザングリードは素早く伝令を放っただろうが……いくら南西に向けて伝令を放っても、無意味だぞ?このまま街道を進めば、『ヴァルガロフ自警団』が陣取っている。それを回避しようとしてもムダだ。ジャン・レッドウッドが、確実に仕留めるさ。


 あるいは、より南のルートを選んだとしても、そこにはリエルたちもいる。伝令はどこにも到着することなく、荒野で野垂れ死ぬだけだ。


 ……今、辺境伯軍主力部隊は、孤立し、食糧不足の状態となっている。東には、ヤツらからすれば得体の知れない1900の騎兵。


 オレたちに襲いかかって来てくれるなら、今度はもっと長大なマラソン地獄をさせてやろう。空腹にはこたえるだろう。


 ヤツらは、今、5000の騎兵と、4000の弓兵……4000の歩兵は歩きになるし、動けないレベルのケガ人も300人は抱えなくてはならない。まあ、9000人だって無傷じゃない。たんに動けるだけのヤツも大勢いるさ。


 この状態で、空腹のまま荒野を歩き回るのは、地獄だろうよ。最悪、死んだ馬を喰らえばいいんだが……今、9000の使える兵士を抱えた状態で、ロザングリードは何を選ぶのだろうか。


 馬肉を喰らうのも有りだ。オレなら、そうする。蛮族だからね、躊躇わないよ。ディアロス族に引かれるかもしれんからな……あえて口には出さないが、状況次第では、オレはユニコーンだって喰うつもりだぜ。


 でも、ロザングリードは帝国貴族。戦場で転がる馬を、調理しようという蛮族的な発想は選ばないだろう。しばらくは、こちらの突撃に備えて警戒を示すさ。


「……待ちの時間に入ってくれるようですね」


 ロロカ先生が『白夜』と共に、こちらに来ていた。オレは世話になったユニコーン騎兵の肩をポン!と叩いた後で、彼女の元へと歩み寄る。


「ああ。そうらしい。ヤツら寝不足だし、一昨日も昨日も山岳地帯で戦っている。かなり疲弊しているはずだ」


「その状態で、あの強さですか。私たちも疲弊しているとはいえ、優秀な集団ですね」


「ああ。だからこそ、ヤツらに時間を使わせたい。上空には、旋回しつづけるゼファーがいるし……東にはユニコーン騎兵。ときおり上空も見上げなくてはならないから、体力も精神力も使いつづけることになる」


「時間稼ぎにつき合ってくれたら、楽なのですが……読まれるかもしれませんね」


「……そうだな。こちらに余力があることも分かっているだろう。それなのに、今、攻撃をせずに休んでいる」


「再び攻撃するために、馬の脚を休ませていると考えてくれたら楽なのですが。あえて朝食時を狙ったことも、ちょっと露骨ではありますからね」


「疲弊させることを、悟られるかもな」


「はい。でも……今は防御に徹してくれるみたいですね。陣形を、動かしています……」


 ロロカ先生が眼鏡の奥で、サファイア色の瞳を細めている。オレは彼女の視力の代わりをするよ。


「弓兵を南北に広げさせて、こちらに―――東に向けて配置しているな」


「弓兵の威力を有効に使うためですね。全員が、有効な射撃が出来る」


「そんな印象を受ける。騎兵は、その後ろに隠れているぜ。北、中、南に、1500、2000、1500だ」


「……ゼファーちゃんの攻撃から、馬を守ろうともしているみたいですね」


「ああ、弓隊の影に隠れている。イヤな防御の陣形だ。突撃していたら、ユニコーンでも射殺されてしまうな」


「その後で、騎兵による突撃を放つつもりです。手を出せませんね。でも、逆に言えば、こちらを狙いすぎている」


「しばらく、時間稼ぎは出来そうってことだな。空腹は深まり、神経は磨り減らされる」


「ええ。あちらの補給物資は少ない。負傷者の手当も難しい。連日のケガもあるでしょう……後方の集団が強かったのは……我々の攻撃に、耐えるためだったかもしれません」


 夜中のあいだ、チクチク攻撃していたからな。後方の守りを固めていた可能性はある。警戒の強そうな、進軍方向側から攻撃してくる敵ってのは少ない……そう考えていたか。


「クソ。オレは読まれちまっていたらしいな。北西に向かって突破した方が、良かったかもしれん。ロザングリードは、あっちにいたようだから」


「……敵将がいる場所を、全力で守ろうとするものですから。結果は、似たようなことになっていたかもしれません」


「……そうだな」


「それに、良いこともあります。後方の守備を固めていたのなら、より強い兵士はそちらにいて……我々は、その強兵たちを削りましたよ」


 ロロカ先生は、オレの失敗かもしれない選択に、良いことを見つけてくれた。


「なるほど。前向きでいい考えだ」


「はい。それに、朝陽の逆光で、敵の追撃を眩ませる意味もあった。北西に突破していたら、逆光を浴びて、弓で騎兵を射抜くことも出来ませんでした」


「悪くない結果だと、納得した方が良さそうだな」


「ええ。間違いなく、良い結果です。これから東に向けて敵は矢を放つことになります。休んだ後で、私たちは敵の矢が届くかどうかのギリギリを走りながら、馬上で矢を射ますから」


「敵サンの矢が、西に向かって飛ぶよりは楽だな」


「ええ。西の砦に向かう道すがら、外れた矢を拾って回収することも出来ません。移動を最優先させた部隊……矢の数も―――」


「―――それほど、ストックしていないか」


「こちらは最低限の射撃しか仕掛けません。確実に射殺しながら、彼らの前を少数で横切るようにしてみます。リエルに『風』の『エンチャント』をかけてもらった矢が50本ほどありますから」


「それに、今は北東から風が吹いているな」


「遠距離射撃なら、こちらに分がある。弓の上手な者たちに、その矢を託します。一方的に射殺せる距離から放ち、あちらが山なりの矢を撃ってくれば、撤退します」


「いい作戦だな。東を得たことは、有効に使えそうだ」


「はい。順調です……何よりも、敵の『最大の弱点』が見えましたからね」


「……ああ。この陣形を展開する早さ……対応能力の鋭さ、『柔軟すぎる』な」


「強さではありますが……それは、あまりにも、依存している強さ」


「そうだな。『替え』が利かなさそうだ。ヤツらは強いが、脆さも孕んでいる」


「……このまま西に向かわれるのは厄介です。せめて、矢の数は減らしておきましょう」


「おう!!頼むぜ、ユニコーン騎兵!!」


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