第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その78


 ロロカ先生より策を授けられたオレは、ゼファーに乗り空へと上がった。辺境伯軍の警戒が、今は少し緩んでいた。焚き火を起こして、一晩中、歩きつづけた体を温めている。食事が持つ魔法に彼らは癒やされている……。


 しかし、残念だがその朝メシを食べさせてやるつもりはない。オレたちは、残酷なんでね。


『ろろかたちが、いどうしてる……っ。『びゃくや』も、あしおとをたてずに、あるいているね……っ』


 上空高くにいるから、そんなに声を小さくする必要も無いのだが、慎重に動いているユニコーン騎兵を見ていると、ついつい小声になってしまうものさ。


「ああ。ロロカたちが動くのを待つぞ……突撃が始まれば、オレたちも突撃する。突撃のコツも一つ」


『……せんりょくを、しゅうちゅう、させる……っ』


「そういうことだ。オレたちの力も、ロロカたちの力も、一つに合わせる」


『そらと……っ』


「地上からだ。敵に、上と下、どちらに意識を集中させるべきか、迷わせる」


『うん……っ』


「敵を混乱させれば」


『まもりが、うすくなる……っ』


「そうだ。そうなれば、より多くを殺せるし、混乱した敵兵は、素早い反撃を実行することが出来ん」


 この闇に紛れて、空と地上からの二面攻撃。敵の意識を少しでも分散させながら……敵の隊列を食い破る。


 理屈は分かっているが、実行するのは困難なものだ。敵の群れに突撃して行くことは、味方にも死傷者を生む行為だ。被害がゼロだという奇跡は、起きない。オレが見た顔のうち、何人もがこの突撃で死ぬ。


 悲しいことに、それが戦ではある。だが、戦士として敵の群れに突撃して死ぬことは、最も誉れ高き行いでもあるのだ。


 ……華を添えなければならん。


 竜騎士の役目であるな。


『……っ!『どーじぇ』っ!』


 ロロカを先頭にして、ユニコーン騎兵たちが加速を始めた。2000のユニコーン騎兵は、いななくこともなく、ただ軽い足音で走り始める。無音とは言わないが、騎兵の突撃にしてはありえないほどに静かだったよ。


「……行くぞ!力を―――」


『―――ひとつに!!』


 夜明け前の星の失せた空で、黒竜の翼が大きく広がる!!その巨体と翼をひねり、ゼファーは地上に鼻先を向ける!!


 竜が大地に引かれ、流れ星のように堕ちていく。風が肌と鎧を打つ。吹き飛ばされないように、ゼファーの鎧に掴まる。地上が迫り、オレは風を読む。タイミングをはかり、言葉で告げる。


「今だ!首を上げろ!!」


『うんッ!!』


 ゼファーがその強い首を持ち上げながら、翼で空を叩く!!強靭な羽ばたきにより、落下の軌道を急変させる!!地上すれすれで、その軌道は水平にまで持ち直す。ユニコーン騎兵たちを追い抜いていく!!


 最速を帯びた状態だ。どんなに速くユニコーンが走っても、追い抜いてしまうさ!!最前列を走る、『白夜』とロロカの上空を通り過ぎるその瞬間に、オレはゼファーと共に歌うのだ!!


「ゼファー!!歌えええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッッッ!!!!』


 竜の歌で戦場の空と大地を揺さぶるのだ!!敵どもは、空を見あげて、竜を探す!!怯えてもいるだろうが、反応は早いな。弓兵たちが、弓矢を空に向けて、こちらに矢を射ようするが―――暗む空に、黒い竜……熟練兵士たちでも、咄嗟に狙って当たるものかよ!!


「りゅ、竜だあああああああああああああああああああッッッ!!!」


「弓兵!!弓だ!!い、射落とせええええええええええッッッ!!!」


「ハイランドの傭兵があああああああああああああああッッッ!!!」


 矢と怒号が放たれる。オレたちを、それらは傷つけることは出来ない。オレもゼファーも性悪みたいな笑い顔を浮かべながら、辺境伯軍の上空を飛び抜けていく。飛び抜けながらも、オレは四列目の敵兵に呪いを仕掛けていた。


 『ターゲッティング』だよ。辺境伯軍を越えた瞬間に、ゼファーは再び歌う。いや、歌と共に、『雷』を放っていたよ!!


『GAAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッッ!!!!』


 竜の口から、白く炸裂する稲妻が解き放たれる!!稲妻は夜明け前の空に、白く立ち枯れた大樹の枝みたいな痕跡を描きながら広がっていく!!


 まるで太陽がいきなり昇ったかのように、空は白く光り、地上にいる兵士たちの多くの視線を誘導しただろう。蒼穹に広がる白い枝は、四方八方に広がりながら……金色の呪印に誘導される。


 空に広がる光りの枝が、地上目掛けて集まっていく様子を、兵士たちは見ていたと思う。美しくもあり、彼らには死を招く絶望的な威力を宿した光であったからな。


 地上を稲妻が穿つ。


 土と兵士の肉体が、弾けて飛んでしまいながら、歌は炸裂するのだ。


 ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンンンッッッッ!!!!


 雷撃の爆裂音と共に、地上が揺さぶられていた。四列目に着弾してた『雷』は、20人ほどの騎兵を焼き殺しながら、その周辺にいる兵士たちを感電させていく。


 直撃でないから、死ぬかは分からん。


 だが、数十秒で回復するような、弱い電流などではないだろう。ゼファーの全力と、オレの呪印の合わせ技であるからな。


 弓矢が、オレたち目掛けて飛んで来るが……方向も間違っているし、そもそも高さが足りなかった。いい誘導をしているな。


 そうだ、コイツは誘導だ。


 わざわざ目立つために、歌を歌った?……そうじゃない。敵の視線を誘導するためだ。ユニコーン騎兵の突撃を最も妨害するものは?弓兵の放つ矢だよ。


 それをオレたちに引きつけさせる。それと同時に、叩く予定のない四列目を雷撃した。死体と、感電した兵士を『障害物』にする。ユニコーン騎兵が駆け抜ける東に向かって、少しでも敵が走れないようにするためにな。


 さらに誘導するために、オレたちは北西に向かって飛ぶ。矢を放たせるためにでもあるし、可能ならば、敵の注意と兵士をこちらに誘導したくもある。とくに四列目のヤツらには、大きな混乱をもたらしたい。


「射殺せええええええええええええッッッ!!!」


「くそ、明かりが足りないいいいいッッッ!!!」


「夜明けは、まだなのかよおおおおッッッ!!!」


 兵士が騒ぎ、慌てている。いい徴候だ。とくに立ち上がってくれているのがありがたい。座っていれば、ケツと脚で『振動』を感じ取っただろうからな。


 何の振動か?


 もちろん、『忍び足』を止めて、全力疾走状態になったユニコーンたちが、大地を蹴り抜く振動だよ。ユニコーンが『忍び足』で走ろうとも、近寄れば地面は揺れる。だからこそ、ゼファーに歌わせた。ヤツらを動かした。


 姿は闇に紛れるだろう。意識は空に向かうのさ。そして、2000のユニコーン騎兵の立てる足音は、ヤツら自身の動きに紛れてしまう。敵から視覚も、聴覚も、意識も……ロロカ・シャーネルの策はそれらの全てを奪い取っていた。


 もちろん、全ての敵がそうなっているわけじゃない。勘がいいヤツら。とくに一番南の列、一番目の列のヤツらはユニコーンの突撃に、大勢が気づいている。だが、気づいたからと言っても、すでに遅くもあった。


 最大加速したユニコーンは、疾風よりも速い。並みの馬の三倍。しかも、その先頭を走る者は、我が妻にして、ディアロス族最強の槍使い―――ロロカ・シャーネルとユニコーンの『白夜』であった。


 『白夜』は、四列目の敵を、半分ほど飛び越えていた。3人飛び越え、4、5、6人を巨体で踏みつぶす。次の瞬間には、ロロカ先生の槍が暴れていた。矢のようなスピードをまとった三連続の突きが、兵士の頭を三つほど貫く。


 そのまま最強騎兵は駆け抜ける。残りの敵を気にする必要はない。ロロカと『白夜』には劣ったとしても、1999のユニコーン騎兵が次々と彼女たちの後から続くのだから。


 軽装と、最強のユニコーンは、まずは兵士を跳び越えながら襲いかかって来る。とんでもない身軽さ。馬ではないが、馬と認識している辺境伯軍の兵士は、ワケが分からないまま混乱している。


 ユニコーンたちは、そのまま敵を蹴散らしていく。騎兵を簡単に跳び越えるようなユニコーン騎兵と、まともに戦える者は少ない。そう。脅威的なことに、少ないながらも、この辺境伯軍には存在していた。


 あちこちにいる。何百人もいるとは言わないが、それでも、ユニコーン騎兵が襲撃した敵兵のおよそ三分の一の中には、100人はいた。かなりの練度の部隊ではある。ユニコーンに圧倒されながらも、その100人は、槍を防ぎ、ユニコーン騎兵に反撃を試みた。


 それでも、ロロカ・シャーネルと『白夜』は二列目を蹴散らし、三列目をも叩きつぶした。ロロカたちは、オレとゼファーが『雷』で殺した四列目の敵兵の死体の山にたどり着く。強兵20人以上を蹴散らしての突破だ、さすがだが……彼女たちでも疲れてはいる。いや、元々、長い遠征で疲れているのだ。ロロカは、ムリはしない。仲間のためにも戦術を全うする。


「右に、走り抜けます!!私に、続いて!!」


「了解でさあああああ!!」


「副社長の背中を守れえええええええええええッッッ!!!」


「ロロカお嬢さまを傷つけようとするヤツは、串刺しにしてやれるぞおッッッ!!!」


 ロロカの切り裂いた道に、次から次にユニコーン騎兵が駆け込んでくる。オレたちに誘導されていた、四列目は、まだ気づかない。一列目はユニコーン騎兵の突撃に気がついているが、二列目以降の半分は、ゼファーに誘導されている。


 誘導するために、ときおり歌ってもいるからな。もちろん、オレも弓を放ち、ゼファーは『雷』を放つ。


「……竜は囮だああああああああ!!敵は、騎兵!!南から来ているぞ!!」


「弓兵以外、竜はムシしろ!!南東の敵に、集中するんだ!!」


「騎兵たちは、北から周り込んで、追い打ちをかけろおおおおッッ!!」


「弓兵は、空に矢を撃ちまくれ!!近づけさせるな!!ロザングリード卿を守れッ!!」


 ……さすがは、精強な辺境伯軍か。混乱を、もう立て直し始めている。状況の把握が早い。いや、決断が早いな。この状況を正確には把握していない。予想だろう。竜の動きと、ユニコーン騎兵の足音と戦闘の音からでも、推測して当てやがった。


 ロザングリードが、命令しやがったのさ。


 そうでなければ、ここまで早くは対応出来ん。ヤツは……おそらく、中央にいたわけではないな。戦況を見渡せる場所にいた。


 守りが最も固い場所にいたら、昨日の夜は襲撃されてしまったからな。だから、おそらく……最前列のあたりにいて、敵の予測を外し、狙われることを防いだ。そして、それゆえに、これほど早く戦況を予測してもいるというわけさ。


 その証拠に、弓兵が前方に集まっていく。陣形が素早く変わる。弓兵が隊列を組み上げ、とにかく空目掛けて矢を放ちまくっている。あそこに、いやがったのか。ジャンを連れて来て、奇襲で殺しておくべきだったかもしれん。


 ……厄介な敵だ。


 臆病さも、勇敢さもあるのかよ。アイツが、侵略師団の将じゃなくて、『自由同盟』は本当に助かったかもしれないな。


 オレはロザングリードがいるであろう場所をしばし睨みつけて、ゼファーに仲間の背後を守らせるため、北東を向かせたよ。ユニコーンの背中を、少しでも守るために、オレたちは全力を出さねばならん!!


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