第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その77
夜明が迫り、空が暗む。星が消え去り、ゼロニアの荒野は沈黙に沈んだ。辺境伯軍は歩みを止めた。夜を徹して移動してきた彼らにも、空腹には勝てない。彼らは朝食を取ろうとしているのさ。
陣形を変えていくのが、上空から監視しているゼファーには丸分かりだ。オレはその視点を左眼で受け取りながら、ディアロス騎兵たちに囲まれた場所で説明していく。
「敵サンは、朝食の準備に入った。君たちの妨害により、ヤツらの移動はかなり遅れている。これ以上の空腹では、西の砦にたどり着いた時、ハイランド王国軍から襲われた時にあっという間に全滅すると考えているようだ」
「彼らは、ハイランド王国軍を警戒していますからね」
「ああ。本来なら休息ナシで荒野を突っ切りたかったかもしれないが、君らのゲリラ攻撃が功を奏している。おかげで、プラン通りコトが進むよ。ありがとう」
「いやいや!お嬢さまの……っていうか、ロロカ副社長と、その旦那であるソルジェ社長のためっすからね!」
「そうですぜ。オレたちは、ソルジェ・ストラウス社長の社員であり、戦士。幾らでも死ねと言ってくれて構わん身ですから」
「分かっている。だが、無意味に死なすつもりはないぞ。君らの武勇は、まだまだこの大陸に響くことになるのだからな」
「イエス・サー!!」
「やるぜえええええッ!!」
ディアロス騎兵は本当に忠誠心の固まりだな。この忠誠心と、圧倒的な武力。それらを有効に活用したいものだ。被害を出すつもりはない。ガンダラの策を用いて、皆の損害を最小限にするべきだ。
ユニコーン騎兵は、この平野では圧倒的な強さを誇るだろう。だが、無敵な者はいない。『ストラウス商会』としての激務で、皆、疲れているはずなんだ。
ハイランド王国軍の移動を高速化するために、物資の運搬業務に勤しんでいる。敵の裏をかくために、敵の想像を絶する速さで物資を運んだ。ユニコーンだからこそ出来る荒技であるが、ユニコーンも生きているのだ。体力をかなり消耗しているはず。
それに加えて、荒野での移動。昨夜からの散発的なゲリラ攻撃。ロロカ先生が上手く管理してはいただろうが……それにしたって、体力の限界も近かろう。
……良い策を与えて、疲労を減らすべきだ。ユニコーン騎兵団による全力の突撃を使えるのは一度か、多くても二度。辺境伯軍は精強だ。ユニコーンは知らないだろうが、騎兵には慣れている。一度目の突撃でも、こちらも全員が無傷というわけにはいかない。
帰って来ない者もいるだろう。闇に紛れての奇襲とはいえ、個々の戦力が、あちらも上等なものでな。そう容易い敵ではない。
「……初太刀で、どれだけ敵を殺せるかが勝負になる。ユニコーンならではの多彩な突撃戦術もあるだろうが……今日はシンプルな攻撃がベストだ」
「……ええ。我々は、今まで、最大でも50騎による、小さな攻撃ばかりしています。まさか、こちらが2000もいるとは考えてはいないでしょう」
「こちらの被害を抑えて、敵にはより大きな被害を与えてやるぞ。そのためにベストなのは、闇に紛れて全軍による突撃だ。ヤツらは、現在、密集して待機中だ。朝食の準備をしている。上空から見れば、四列横隊。外側の二列が警戒、内部の二列で食事を作っている」
「社長、弓兵は?」
「ゼファーを警戒して、あちこちにまんべんなく配置しているな……君らの突撃の強靭さを知らないからな」
「オレたちへの警戒は、してねえってことですな!」
「そうだ。盗賊団ぐらいに考えているか、ハイランド王国軍の傭兵だと判断されているだろうな。小規模の戦力だと考えている……上手く隠れてくれたな、ロロカ」
「ええ。ソルジェさんが送ってくれた、ゼロニア平野の地図のおかげです。敵の進軍ルートが分かれば、こちらの気配を消しながら追いかけることは簡単でした。彼らは、おそらく……」
「おそらく?」
「……北での戦いで、有能な偵察兵を失っているのだと考えられます。身軽で、目の良い者たちを、かなり失っているようです。急いでいるとはいえ、偵察兵の質が低いですから」
「ああ。辺境伯軍は、山岳地帯を攻めたとき、馬には乗らず、軽装の兵士たちで山地を走らせた。そいつらの主力は、『ゴースト・アヴェンジャー』たち……敵の上級戦士に狩られている」
「軽装に慣れた、身軽な者たち……きっと、彼らがこの軍団の『目』だったのでしょう。それを失ったからこそ、ここまで楽に近寄れた」
「いい分析能力だ。ホント、君は頼りになるぜ、ロロカ」
「い、いえ。私もまだまだ修行中の身です!」
この向上心の高さが、大きな知恵を宿すことになるのだろうな。見習うべきだが、オレは休日に30冊の分厚い本を読んだりするのは難しい……。
「……とにかく。敵の警戒は、今のところ薄い。今も防御に優れた陣形を取ってはいるものの、四つに分かれた隊列の一つ一つはそれだけ薄くなっている」
「貫けそうっすねえ。1万1000が四列、平均しても2750。そいつらが、何百メートルかに分散して座っているわけでしょう?」
「およそ、500メートル。ヤツらは、一つの列は、6人編成で40から50」
「南北に貫く場合は、最小でも24人殺せばいいだけっすか」
「騎兵というか、馬を外側の列に置いてある。最初に貫くのは楽だが、四列目はキツくなるだろう」
「そうですね。こちらも長い遠征で疲れてはいます……やれぬことはありませんが、損害が増える」
「その直後、騎兵に追いかけられることになる。ダメージが無い状態ならば楽に逃げられることは知っているが、連中は強兵ぞろいだ」
「四列を貫くことは、こちらの損害が拡大しそうですね」
「そうなる。だから、『斜めに貫く』というのはどうだ?」
「いいアイデアだと思います。南から……敵の中央あたりから、北東に向けて駆け抜けるわけですね。弓兵に、射撃を躊躇わせることも狙えますし」
さすがはオレより百倍ぐらい賢いロロカ・シャーネルだ。一瞬で、こちらのアイデアを見抜かれている……っ。
「ああ。斜めに切り裂くことにより、敵を分断する。東と西に別れた部隊は、お互いを弓で射ることを避けるようになる。同士討ちをしたければ別だが、よく訓練されて練度の高い兵士たち。愚かな行為は選択しない」
「敵を盾に取るということですな!」
「弓を封じられるなら、オレたちの馬上槍術でヤツらのヘタレた槍を、崩してやるだけになる!」
「楽に戦えるはずだ。三列貫くだけなら、勢いを封じられることもなかろう。封じられても、右折して東に逃れることも可能だ。スピードを止められるぐらいなら、右折して薄いところを突き崩していけ。それでも十分敵は多い」
「『列のあいだ』を駆け抜けながら、串刺しにしてやるわけっすね」
「それなら最大でも、250メートルの薄い道だ。ユニコーンなら、一瞬で駆け抜けられる……まあ、理想ならば、『疲れた騎兵から右折をし、その後ろに位置するより新鮮な戦力で、列を北に貫いていく』……という形は、君たちならばやれるだろう?」
「はい。ソルジェさん。ディアロス族は、ユニコーンと一心同体。それぐらいの芸当は簡単にこなせますよ」
「くくく!さすがだ!!」
サラリと言ってくれるぜ。かなり理想的な戦術だと思うが、ディアロス族とユニコーンならば、たやすいことらしいな。
騎兵たちを見回すと、皆が余裕を見せている。理屈こそシンプルだが、器用さも必要となる攻撃だ。
そして……どんなアホでも一瞬で思いつく弱点が、これには一つある。
もちろん、四列目に打撃を与えることが出来ないということだ。この最も北に位置する四列目には、騎兵がいる。馬を盾にするためでもあるし、馬で素早く『反撃』するためでもあるわけだな。
三列を貫き、疲れ果てているユニコーン騎兵団の左側面に、次から次に騎兵が攻撃を仕掛けて来るはずだ。
ユニコーンの脚力で逃げ切れる可能性は高い。だが、絶対とは言えない。戦力を分散して、たとえば北から四列目を相手するというのも有りは有りだが、弓兵に射られる可能性も少なくはない。
ディアロス族の騎兵は、基本的に軽装なのだ。ここまでの長旅を短期間で実行するには、重武装ではやれなかったからな。弓兵は、彼らにとって最も危険な相手である。
アホのオレでも分かることを、この弱点をロロカ・シャーネルが分からないはずがなかった。オレよりも百倍賢く、しかもユニコーンにも騎兵にも詳しいのだから。
彼女は青い瞳でオレを見つめてくれる。だから、頼れるのさ。
「……騎兵の損害をより減らすためには、オレはどうすべきかな?」
「……はい。ソルジェさんとゼファーちゃんの力をお借り出来るのならば、皆が四列目に襲われずに済む方法もあります。完全にではありませんが、よりダメージを減らす手段が」
「……教えてくれよ、オレのロロカ。竜騎士サンは、この突撃に、どんな風につき合えばよいのかを」
最良の連携を考えられるのは、竜騎士とユニコーン騎兵の能力を知り尽くし、現状、ユニコーン騎兵団がどれだけ疲れているのか、どれだけ戦えるかを理解しているロロカ先生だけだ。
オレの副官2号、ロロカ・シャーネルは、ゆっくりとうなずいた。
「ソルジェさんとゼファーちゃんには、私たちの『盾』となっていただきます。それでも、良いですよね、ソルジェさん?」
「当然だ。ヨメと社員のためなら、命を賭けることを惜しむことはないさ。経営者冥利に尽きるといものだな」
オレはロロカの金色の髪を撫でながら、ディアロスの騎兵たちを見回していく。
「君らが命を賭ける時は、オレも命を賭けるぞ。それが、オレたちだ。いいな?『未来』のガルーナには、最強の騎兵団がいる。それは、君らだぞ!より多く殺し、より多く生き残れ!!」
「イエス・サー・ストラウス!!」
「任せて下さい、社長!!」
「大陸最強の騎兵団の威力を、見せます!!」
「ああ……それじゃあ、行くとしよう。辺境伯軍を、貫いてやるぜ!!」
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