第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その74


 ―――西の果て、乾いた荒野に我らの祖国ルードは在る。


 太陽よりも、月の光に多くの歌を捧げて来た渇きの土地。


 その地に発展をもたらせたのは、交易の力。


 さまざまな亜人種の商人たちと、ルード王家が紡いだ絆の力だよ。




 ―――ルードは武勇を忘れることはないけれど、無策で戦に挑むことを愚かだと識る。


 ルードには豊かな緑はなく、敵の軍にわずかな農地を焼かれてしまえば滅びが来たる。


 勇猛果敢なだけでは、無意味に多く傷を負ってしまうから。


 ルードは知恵を磨くことを、忘れたことはない。




 ―――クラリスは『狐』を放ったよ、パナージュの名を持つボクのことを。


 ソルジェの策略は豪快で奇抜だけど、それだけに穴も少なくはない。


 『虎』たちも苦労はしていたよ、南下の旅はかなりキツかったらしい。


 馬車を走らせて、馬が疲れたら彼らは自力で馬車を押したそうだ。




 ―――休みゼロの強行軍、それだけしなければこの移動は間に合わなかった。


 限界までがんばることで、どうにか作戦の通りに『虎』は『アルトーレ』に入る。


 ボクらはこの城塞都市に潜入し、檻にいる彼らと接触したのさ。


 彼らに計画と武器を与えて、奴隷たちの解放に勤しんだ。




 ―――ボクたちが、そんな工作をしているのに気がつかないまま。


 『アルトーレ』の軍は太陽を追いかけるように、出陣していったよ。


 初日は、睨み合いに従事していた。


 敵を見ることをクラリスは好み、攻撃を仕掛けるべき者を探っていた。




 ―――二日目は、早朝から騎兵で突撃して行った。


 意味のない突撃では無かったよ、敵の朝食の時間を壊したことは意味がある。


 昼間は小競り合いさ、大きな戦いにはならなかった。


 『アルトーレ』の軍も、慎重さがあり持久戦を狙っていることをクラリスは理解する。




 ―――疲れさせる気だった、敵は遠征の疲れがあるルードとグラーセスの軍のことを。


 だから、二日目の昼間は消極的な戦いで過ごしていた。


 夕方が来て、ボクたちは動き始めていた。


 『アルトーレ』の街のあちこちで、衛兵に対して酒を振る舞った。


 『アルトーレ』の商人を演じてね、兵隊さんに差し入れさ。




 ―――ボクが女装していた甲斐もあり、衛兵たちはよく飲んだんだ。


 眠り薬が混ざった、その酒を多くの兵士が口に運ぶ。


 クラリスがもっと攻めてくると考えていたのに、攻めなかったものだから。


 『アルトーレ』の兵士たちは、彼女が本気で街を落とす気は無いと考えていた。




 ―――そして夜が来て、『虎』が動き出す。


 処刑対象にさえなっていた、『白虎』の『虎』たちは名誉のために戦った。


 奴隷商たちの首をへし折り、奴隷たちの檻を開けた。


 魔銀の首かせを、ミスリルのヤスリで解呪して奴隷たちを仲間に引き込んだ。




 ―――『虎』を運んで来たばかりの『ゴルトン』の馬車から、武器を回収した。


 螺旋寺で鍛えた双刀たちは冴え渡り、全くの容赦も手加減も知らなかった。


 多く殺すことが咎人の罪過を消し、名誉を取り戻す唯一の道だったから。


 『虎』は双刀と共に踊り、おびただしい数の帝国人の首を刎ねていく。




 ―――『アルトーレ』の城塞は、これほど紅く染まったことはないだろう。


 衛兵たちは殺されて、帝国人は混乱したよ。


 それでも『アルトーレ』の太守は、ただの奴隷の反乱だと考えていた。


 命を賭した、『虎』の攻撃だとは見破れなかったね。




 ―――ボクは兵士の殺戮よりも、敵将を狙っていたよ。


 ラミアの姿は無敵の潜入術、太守の屋敷にも帝国貴族の娘に化けて入れた。


 今夜のボクは、架空の伯爵のご令嬢。


 18才になる息子がいる太守さまは、伯爵家の美しい乙女を息子の花嫁にと考えた。




 ―――避難と称して屋敷に上がり込み、太守の首を掻き切ると、叫び声を上げるのさ。


 きゃあああああ!!た、太守さまが、賊に襲われましたっ!!


 架空の賊を兵士たちが追いかけている内に、ボクは太守の息子を殺したよ。


 その後で屋敷に火をつける……太守の屋敷が燃えていれば兵士は消火作業に追われる。




 ―――太守が死んで、兵士が『虎』に喰われていく。


 解放された亜人種の奴隷たちも、今までの恨みを晴らそうと残虐なものさ。


 混乱が生じたそのときを、クラリスは見逃すはずがなかった。


 彼女は今夜の突撃に備えていた騎兵たちと共に、敵兵の陣を正面から突破する。




 ―――忘れるなかれ、策謀は振るえどもルードの将兵に臆病者はいない。


 油断していた敵陣を貫いて、ルード騎兵はそのまま『アルトーレ』へと走っていた。


 女王クラリスがいる突撃だ、この突撃にはルードの勇者が全員参加さ。


 敵を蹴散らしながら、クラリスの白い騎馬は『アルトーレ』へと入城する。




 ―――血に染まった街に、自分でも敵兵を4人ほど槍で突き殺した女王がやって来る。


 『虎』と解放された奴隷たちは、『自由同盟』の女盟主を讃えたのさ。


 クラリスは殺戮の恐怖に怯える帝国人に、何も持たず去れば殺さないと持ちかける。


 帝国の市民たちは、急いで街から東へと逃げていく……。




 ―――街を占拠するためでもあるし、帝国軍に守るべき対象を与えるためでもあった。


 避難する市民を抱えれば、帝国軍は彼らを護衛しなければならない。


 その分、『自由同盟』への攻撃が手薄になるし……帝国軍は食糧を奪われる。


 市民の避難が終わった深夜、街を取り戻そうと帝国軍は全力で攻めて来たよ。




 ―――勇者と『虎』が、どんどん死んでいくほどの猛攻撃。


 しかし、その攻撃を二時間耐えた後、グラーセス軍の攻撃が始まった。


 クラリスの存在は囮でもあった、敵は街の奪還とクラリスの首を狙っていた。


 焦りと乱れた指揮系統ゆえ、シンプルな総攻撃しか出来なかったわけだね。




 ―――城塞に隠れるルードの勇者に対して、猛攻撃を仕掛けた彼らは矢が尽きていた。


 そこに格闘戦で優れた、グラーセスの戦士たちが背後から襲いかかる。


 『虎』にも劣らぬ勇猛さで、グラーセス・マーヤ・ドワーフたちは敵を殺戮したよ。


 こうして城塞の内側だけでなく、外も帝国人の血で赤く染まったのさ。




 ―――半壊した頃、帝国軍は彼らの市民と共に東に逃げ延びようとした。


 街を取り戻そうとするよりも、市民を守るという建前に隠れて兵士は逃げたがる。


 敵の戦意が崩れていくのが見えた、クラリスは再び甲冑を着込むと白馬に乗った。


 クラリスとルード騎兵は城塞を開けて、士気の下がった敵兵を襲撃した。




 ―――逃げ出す者が多い左翼の敵兵の隙間を貫き、騎兵は素早く取り囲む。


 取り囲まれて混乱する敵の群れに、『虎』は飛び込み殺戮を行った。


 『虎』は『自由同盟』の兵士さえも、恐怖するほどに狂暴だったよ。


 崩壊した敵の左翼から、ボクたちはゆっくりと包囲を完成させる。




 ―――グラーセスの戦士たちが後方と右翼に陣取り、前方は城塞だ。


 南側の左翼からクラリス指揮下の騎兵隊と『虎』が進み、包囲は完成していた。


 降伏勧告をしたものの、敵は受け入れなかったよ。


 残った者にはこの街の出身者が多かったから、街を取り戻そうとしていたようだ。




 ―――故郷を守ろうとする男の心は、よく分かる。


 そうだとしても、これは戦だからね……ボクたちは彼らに容赦はしなかった。


 城塞の上を走り回りながら、ボクは弓兵たちに指示を与える。


 外側から敵を殺させたよ、矢の数が尽きてもいいから撃ちまくれと。




 ―――矢が尽きたら、城塞を作るレンガを鋼で叩き壊して欠片を投げさせた。


 高い位置から投げつければ、レンガの欠片でもヒトは死ぬからね。


 総力戦になり、城塞の門が破られそうになったけど……。


 門が破られる前には、全ての決着を着け終えることが出来ていた。




 ―――『アルトーレ』の城塞は、かなり堅固なものだったよ。


 もしも守りに徹されていたら、2万人は死なせていたかもしれない。


 魔王の仕掛けた策と、包囲殲滅の効果は著しく。


 我々の死者は2000程度、敵はこの時点で2万以上は死んでいた。




 ―――城塞を奪えたことが、この戦の決め手であったことを考えると。


 我らが女王クラリスまでもが参加した、あの突撃こそが死者の出方を減らしたのさ。


 持久戦に追い込む手段というのも、あっただろうけれど。


 クラリスはね、この戦にもう一つの『術』を仕込むことが重要だと考えていたんだよ。




 ―――『虎』を恐怖させることだよ、ボクたちの同盟において最強の存在のことを。


 女王は『虎』たちに選ばせるのだ、『罪過を消す恩赦』と『祖国で千年歌われる名誉』。


 『虎』たちは、名誉を求めていたのさ。


 クラリスは彼らに命じたよ……東へと逃げる敵兵を殺戮してこいと。




 ―――『虎』たちは喜び勇み、逃げる敵兵たちを追跡していった。


 もちろん民間人を殺せとは命じなかったよ、『語り手』が必要だったから。


 『虎』たちは自身が全滅するような勢いで突撃し、敵兵を斬り殺していく。


 追い詰められた敵兵も、必死になって戦うが『虎』には実力で叶わない。




 ―――夜が深まる頃には、動ける『虎』はほとんどいなくなり……。


 東に向かって逃げていく敵兵も、ほとんどいなくなっていた。


 千年歌われるに相応しい名誉に満ちた戦いだ、彼らは一人で20人近く斬り殺した。


 帝国の市民たちは、惨殺された帝国兵士の前で立ち尽くしていたよ。




 ―――帝国の市民たちは、このまま東に逃げつづけることになるだろう。


 『虎』の成し遂げた伝説的な殺戮を、行く先々の者に伝えて広めながら。


 その『虎』たちの群れが……ハイランド王国軍が無傷でゼロニアを通り抜ける。


 その事実は帝国人たちを恐怖に突き落とすことになり、結束をも崩すだろう。




 ―――ボクたちルードは商業国家だ、武勇も使うが謀略も得意。


 『虎』に怯える者たちに、ルードの狐は接近することになるだろう。


 怯えた者に安全を約束することで、帝国軍の情報を吐かせることも出来る。


 クラリスが『虎』たちに敵兵を殲滅させたことにより、ボクら狐の戦いは楽になる。




 ―――クラリスはやさしいけれど、賢くて勇敢で、とてもクールな女王陛下さ。


 ……ボクたちは商業国家だからね、敵の商いの仕組みも読める。


 帝国人の誰が、この街で『違法』な商売をしていたか分かる書類も回収出来たよ。


 これらを処分させる時間も、与えたくはなかったんだ。




 ―――脅すべきヤツらが、どこの誰なのかが分かる書類なのだからね。


 ボクたちは多くの情報を得ることにもなる、これが死者を許容した戦果だよ。


 もっと死なせない道だって、あったかもしれないけれど。


 これほどの勝利を得るためには、速攻と殲滅と犠牲が必要だった……。




 ―――これからも戦は続くからね、ボクたちは戦場以外でも敵と戦う必要がある。


 多くの血が流れたけれど、この血があってこそ『未来』に近づけるんだ。


 ……死なせた『虎』たちのために、我らが女王陛下は血に染まった城塞で泣く。


 支配者という立場は辛いんだ、だからボクみたいな道化はクラリスのそばにいるんだよ。




 ―――西の果てにある荒野の城に、彼女は生まれて。


 多くの富と絆を受け継いだ、小国ルードが歩む苦しみの道と共に。


 狐は彼女のために偽りのなかに生き、勇者は彼女のために名誉と共に死を捧げる。


 多くの者に次から次に託される血なまぐさい願いを、ただ背負うことになるだろう。




 ―――彼女の望んだ罪過でなくも、彼女はルードの命のために善悪よりも勝利を求める。


 そうでもしなければ、ルードのような乾いた小国に未来はない。


 祈りと共に戦場を走り、彼女は罪過を地上に刻みつけ星の浮かぶ空に祈るのだ。


 今宵、月を愛するルードの女王は『虎』たちのために祈りを捧げた―――。




 ―――それは千年、歌われるべき勝利。


 彼らは『白虎』、残虐非道な咎人であり罪人である。


 彼らの生きざまに善はなく、悪に染まり多くの罪無き者を苦しめただろう。


 罪につながれた牢獄のなかで、ようやく彼らは名誉の意味を知ったのだ。




 ―――『虎』として生まれてしまった勇者たちは、『虎』として生きねばならない。


 強さの道を踏み外し、須弥山の外で彼らは悪に染まり偽りの『虎』へと堕落した。


 もはやそこに真なる『虎』はおらず、ただ邪悪な獣が嗤うのみ。


 魔王に砕かれ、『虎姫』に裂かれ、彼らは正当なる裁きの果てに牢獄の存在となる。




 ―――生きる意味を失って、ようやく彼らはその意味の尊さを知ったのだ。


 強き者は名を尊ぶ、『虎』の名に宿る意味は地位ではない。


 名誉をも宿す強さを発揮しなければ、『虎』と呼ぶには相応しくない。


 彼らは牢獄で悟り、名誉を回復するための死地を求めた……。




 ―――処刑の刃に、罪人の血を捧げて逝くよりも……。


 戦場で大義と仲間のために命を捧げることの方が、『虎』に相応しいと悟った。


 『虎』は戦場を走り抜き、敵の都市へと潜入し誰よりも勇敢に戦った。


 誰よりも多くを殺して、誰よりも傷つき―――この戦場に伝説となった。




 ―――その行いは、傲慢なる帝国人の心を恐怖で震えさせるだろう。


 『虎』とは最も強い戦士たちであり、命を惜しまず敵の群れへと襲いかかる。


 『虎』とは最も狂暴な戦士たちであり、死に瀕したときでさえ殺すために踊る。


 返り血と自身が流した血で、この世の誰よりも赤に染まりながら鋼と共に舞う。




 ―――それこそが、須弥山の仔。


 それこそが、螺旋寺に君臨する剣聖の技を継ぎし者たち。


 それこそが、ハイランドの民。


 それこそが、『虎』なのだ。




 ―――最も『虎』の名を穢した者たちは、この夜に勝利と命を捧げることで……。


 『虎』の名誉を、大陸に響かせることになったのだ。


 月に祈る女王が君臨する城塞を、敵と己の血で赤く染めながら……。


 彼らは、須弥山の仔に戻ったのだ……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る