第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その72


 ゼロニアの荒野に、闇が訪れるなか。『ヴァルガロフ自警団』が終結していた。テッサは、血気盛んな5000のドワーフ系の戦士たちを集めていたし、『クルコヴァ』は2000のケットシー系の弓使いを呼んでいた。


 あとは、テッサが呼び声に応えてくれた『闘技場』の、かなり使えそうな剣闘士たちが300だ。


 それらが、現時点での『ヴァルガロフ自警団』の総数である。7300の兵だ。有能な者は半数ほどで、半数はそうでもない。ベテランの数も少なくないんだ。とくに、『マドーリガ』は年寄りの戦士たちも出しているからな。


 政治的な力比べとでも言うべきか。『マドーリガ』のドワーフたちは、自分たちのリーダーであるテッサ・ランドールが、『アルステイム』の『クルコヴァ』よりも掌握している駒の数が多いことを示したがっているようだ。


 主導権争いさ。マフィア同士の、つまらない意地の張り合いのようなものか。テッサと『クルコヴァ』、どちらが『女王』なのかを示したがっているというわけだよ。『マドーリガ』の連中はな。


 『アルステイム』の人数は少ないが、若く有能な者たちが多い。『クルコヴァ』は、権力争いの勝利よりも、無意味な死傷者を出さないことを望んだようだな。


 『アルステイム』も、長を交替させるときに生じた内部抗争で、少なくないダメージがあることも影響しているのだろう……。


 夕闇が終わり、夜が始まる頃。


 テッサはゼロニアの荒野に、ゼファーを使って降り立った。『ヴァルガロフ』の戦士たちは、ゼファーという黒き竜の巨体に、戦慄しながらも、その背にテッサ・ランドールがいることに気がつくと、大きな歓声を上げていた。


 さすがは、『闘技場』の伝説か。彼女には、天性の華がある。金髪ツインテールの『戦槌姫』が、父親より継承された、古き戦槌、『シャルウル』を掲げた。


 あの『シャルウル』も、伝説を持つ存在らしい。多くのランドールの戦士の逸話を、あの黒金の戦槌はゼロニアの荒野に響かせて来たようだな。


 『マドーリガ』の戦士や、闘技場の剣闘士たちだけでなく、『アルステイム』の弓兵たちさえもにも、テッサが『シャルウル』を掲げたことに感動をしている様子だ。


「……『シャルウル』だ!!」


「戦神バルジアの、四聖武具の一つだぞ!!」


「ランドールの戦槌だ!!」


 ……戦神バルジアの武器であるということも、『ヴァルガロフ自警団』には意味があるのだろう。


 今は、まだ『ザットール』と『ゴルトン』の合流は果たされてはいない。だが、ここにいる『マドーリガ』と『アルステイム』たちは、もはやマフィアなどではない。『ヴァルガロフ』の自治と存続を求めて戦う、市民軍……『ヴァルガロフ自警団』なのだ。


 両者の結束の証に、『戦神の武器/シャルウル』は相応しいのかもしれん。この土地は、やはり戦神の信仰が息づく土地なのだから。


 ジェド・ランドールの望んでいた、四大マフィアの結束とまでは言わないだろうが、『マドーリガ』と『アルステイム』は、完全な同盟を結んでいる。


 テッサの側に、小柄な女性が現れる。若くはない。四十ぐらいだろうかな。顔の下半分を長い巻き布で隠した黒髪のケットシー。それが、『クルコヴァ』であった。まるで、初対面の印象を受けるが、オレは彼女と出会うのは二度目である。


 ……一度目は、『料理』をご馳走になったな。『ヴァルガロフ』を初めて訪れた日、ヴェリイ・リオーネに紹介された羊肉料理のレストラン。そこにいた店主の小さな婆さん。それが、変装した『クルコヴァ』であったらしいから。


 彼女はこちらを見て、目を細めながら無言のままに会釈した。『アルステイム』の暗殺者たちの長であり、今の『アルステイム』の長である。その彼女が、テッサのかたわらに控える。


 『ヴァルガロフ自警団』のリーダーがテッサであると、彼女は示しているのだ。強奪という形であるが、組織の長に上り詰めて、すでに掌握している。


 『クルコヴァ』の指導力は、テッサにも負けないものがあるのだろうが、彼女は表舞台に興味が薄いのか。暗殺者としての生き方が、気に入っているのかもしれないな。


 とにかく、『クルコヴァ』はテッサに従う様子を見せることで、『ヴァルガロフ自警団』の指揮系統を一本化しようとしているわけだ。テッサ・ランドールこそが、この集団の指導者であることを示している。


 『マドーリガ』の古株の戦士たちは満足するだろうし、冷静な『アルステイム』の弓兵たちも『クルコヴァ』の意志には従順に応える。


 テッサ・ランドールは……荒野に集った7300人を見回しながら、演説を始めた。


「諸君、私の呼びかけに応えて、よくぞ集まってくれた!!我々は、これより北上を開始し、ロザングリードを討つ!!……長年、この土地はゼロニアの血を継がぬ者たちにより支配されて来たが、それも今日までのことだ!!明日からは、我らこそがゼロニアの土地を継ぐ!!」


 そうだ。それこそが、この戦の大義である。ファリス帝国からも、ハイランド王国からも、この土地を守る。そのために、『ヴァルガロフ自警団』は結成されたのだ。


「ゼロニアは、歴史上、あまりに多くの外敵から支配されて来た。この荒野は、外敵の侵入を妨げる力がないゆえにだ。今日も、辺境伯の軍と、ハイランドの軍が、好き勝手に動き回っている。この屈辱に、私は、もう耐えられん!!」


 テッサは戦士たちの前を歩く。ドワーフもケットシーも、小柄だが今は誰よりも大きく見える彼女のことを見つめていた。


「思い出すがいい!!かつて、我らが四大マフィアなどではなく、四大自警団と呼ばれていた頃を!!……開祖、ベルナルド・カズンズは、『ヴァルガロフ』を守るために、四つの自警団を一つに結びつけて、力を成した。その力は、大きな意味はあったが、実に小さなものだったのだ。たった、400人だった!!」


 『ヴァルガロフ』も、今ほど発展してはいなかっただろうからな。その始まりは、小規模なもので当然だろう。


「その400人で、『ヴァルガロフ』を守り、支え、発展を目指した!!多くの者が集まり、街を大きくして来た!!……そして、時代が流れて、今、この場にいる私たちは、7300人もいる!!我々は、無為に世代を重ねて来たわけではない!!我々は、力を蓄え、牙を研いできたのだ!!強く大きくなった我らには、新たな使命があるのだッ!!」


 テッサは不敵に笑っている。その身からは、あふれるような野心を感じるのはオレだけではないだろう。


 彼女は、この戦いに大きな意味を与えようとしているのだ。どんな妥協をしたとしても、故郷を守りたい。その気持ちに代わりはない。ハイランドと『自由同盟』から支配的な影響を受けることは、免れないことも理解しているさ。それでも、彼女はあきらめていない。


「我らは、故郷を奪還する!!『ヴァルガロフ』を守るだけでは、足りぬのだ!!この7300人が背負うのは、街一つだけではない!!我らは、まだ小さな始まりの炎だが、これから、さらに大きくなってやるぞ!!カズンズの400を、7300にしたように!!我らは、より大きな群れとなり、より大きな土地を守る!!私たちは『国』を奪い返す!!」


 このゼロニアの荒野に、ただ他国の勢力に恭順するだけの組織ではなく……完全なる独立を実践する『ゼロニア人の国家』を建設する。


 それは、ゼロニア人の願いとして存在しつつも、あまりにも可能性の低い夢だったのだろうな。この平坦な荒野は、外敵の侵入を許してしまう。大軍同士の合戦の場として利用されることも多かった。


「軍靴に踏み荒らされて、戦火に焼かれて来た!!我らは、多くの街を破壊されて、残ったのは『ヴァルガロフ』を除けば、小さな町や村ばかりだ!!我々は、『ヴァルガロフ』を守るために全てを使い、力を蓄えて来た!!しかし、すでに力はあるのだ!!我々には、より多くを奪還する戦いを開始する力があることを認識しろ!!」


 ……オレは、テッサ・ランドールの野心を、読み間違えていたかもしれない。『ヴァルガロフ』を守るために、彼女はオレたちに協力してくれている。それは確かだが、それだけではない。


 彼女は、ゼロニアの荒野の風に吹かれながら、大きな夢を語っている。この渇き果てた荒野に、自分たちだけの国を作る力が、『ヴァルガロフ自警団』にはあると語っているのだ。


 たしかに、すでにこの規模は、小国の軍隊にも匹敵するだろう。7300だぞ?……おいそれと集められる数ではない。しかも、これで、まだ半分の力だ。『ゴルトン』と『ザットール』をも取り込めば?


 辺境伯軍の総力に匹敵する力は、十二分にある。


「乱世だからな!!我々には、力と同時に機会がある!!ハイランドも帝国も邪魔だが、どちらにも潰し合ってもらえれば、好都合というものだ!!いいか、我々は、明日、ハイランドに恩を売る!!『自由同盟』にも、大きな恩をな!!」


 ……テッサは笑っていた。彼女自身が、納得出来る道を手に入れたのだから。心の底から、笑っている。ハイランドも……いや、『自由同盟』が、明日の戦では確かに恩を売られることになる。


 ファリス帝国との戦いで、最も活躍することになるであろう、最強の軍団、ハイランド王国軍。それを、ほとんど無傷で帝国の領内に送り込むのだ。


 本来は、帝国がハイランドの力を削ぐために使おうとしていたであろう、このゼロニア平原を『無傷』で通り抜けられる―――帝国は大慌てになるさ。『自由同盟』からすれば、『ヴァルガロフ自警団』の功績ってのは、とんでもなく大きいんだよ。


 ……上手く行けば、これからハイランド王国軍は、帝国軍を半壊させる程の威力を発揮する可能性もある。最強の軍勢を、帝国の領地深くに送り込めたということは、それだけの意味はあるのだ。


「この見返りは、必ずや手に入れる!!我らは、力を示し、我らを軽んじることを誰にも許さない!!そのために、明日は強さを証明し、我らが成せることの大きさを示すぞ!!我らは、国を盗る!!ゼロニアの血を引く者たちによる、ゼロニアのための国家を、ゼロニア生まれの我らの力で、この乱世の荒野に、創り上げるぞおおおおおッッッ!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「テッサさまの、国盗りだああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「オレたちは、オレたちの国を、創るんだあああああああああああああッッッ!!!」


 ……もはや、彼らはマフィアなどではなかった。


 テッサ・ランドールは、この戦に、大きな意味を見出したのだ。


 ゼロニア人による国家の建設。何百年も、誰にも成し遂げることの出来なかった大いなる夢を、彼女は父親の戦槌と共に、星の海に掲げている。


 ベルナルド・カズンズが、もしも生きていたら、この場にいる野心あふれる子孫たちを見て、何を思うだろうか?……『ヴァルガロフ』だけを守れとは、もはや言わないだろう。


 テッサの言う通り、彼らには、力があり、機会に恵まれているのだ。


 明日、大きな勝利を得ることが出来たなら。完膚なきまでに、辺境伯軍を叩きつぶすことが出来たなら。


 『自由同盟』の多くの国が、彼女を認める。『これからこの土地に大きな影響力を持つことになる』、ルード王国とグラーセス王国も、彼女との戦いは望むまい。


 ……一応、グラーセス王国については、オレも『貴族戦士』の身分を持っているからな。グラーセス王国には、ちょっとぐらいは口を利けるような気がしている。ドワーフ系のリーダーなら、グラーセス王国も気に入ってくれるだろうさ。


「行くぞッ!!野郎どもッ!!ゼロニア人の、国盗りだああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!」


 抜け目の無いテッサ・ランドールならば、この荒野に国を建てられるかもしれん。デカい器を持った女だもんな。オレは、ゼロニアの戦士たちの熱気にあてられて、何だか楽しくなってしまう。


 しょうがないさ、戦士の血は、こんな場面にいれば沸き立つものだ。


 戦士たちが、行進を開始する。荒野を進む彼らの脚は、力強い。大きな野心を手に入れたからな。テッサ・ランドールの夢に、彼らの全てが巻き込まれ、魅了されている。


 支配される歴史を終わらせるために……困難な道と知りながらも、それでもゼロニアの戦士たちの貌は、野心に笑う。


 この荒れ果てた土地で生まれ、今から精鋭ぞろいの辺境伯軍との殺し合う戦場へと向かう者たちは、大きな希望を胸に抱いていた。


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