第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その69


 笑うオレの腹に、『ルカーヴィ』の前蹴りが叩き込まれるッ!!……竜鱗の鎧が、軋む。その次の瞬間、オレの体は吹っ飛ばされてしまったよ。


 軽々しくも、宙に舞い……無力感に苛まれる。ああ、空中の自由は、何て頼りない。ヤツが見える。獅子の顔が、オレの上にいる。コイツ、ムチャクチャだな。自分で殴り飛ばしたオレに、追いつきやがったよ。


 巨大な拳を合わせている。指を組み合わせて、戦槌みたいな威力を持つ打撃を振り落として来るつもりらしいな。そんなもの、喰らっちまったらよ?……さすがに、オレも死んじまう。


 ……ちょっと、ズルする気持ちだが。死ぬわけにはいかないからな。オレは、アーレスに頼る。魔眼で睨みつけていたのは、ヤツの拳。宙のなかで火球を放つ。『ファイヤー・ボール』。


 それは、神速で加速しながらヤツの拳を爆破するッ!!爆音と衝撃と、灼熱を浴びる!!オレの体は爆風で地面に目掛けて墜落する。背中から、舞台の床に叩きつけられる。だが、竜騎士ってのは、墜落には慣れている。


 体術を使う。叩きつけられた直後に回転しながら、ゴロゴロと転がったよ。子供の悪戯な指で弾き飛ばされた、哀れな虫けらみたいに、オレはよく回る。回りながら起き上がるんだ。


 この動作でダメージを分散出来るんだよ。ああ、まいったな。世界が揺れている。頭に振動が届いていたらしいな。


「ソルジェさまああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 待機していたエルゼが、オレを心配して叫んでいたよ。まあ、殺されかけていたからな。聖なる笑顔も、曇っている。どれだけ心配されているのか、分かるな。死んだと思われていたらしい。


 返事をしてやりたいところだが、爆風で上空に飛んだ『ルカーヴィ』が、そろそろ地上に落下する頃だからな。反撃と行こうじゃないか。この十数秒で、しっかりと分かった。


 格上なのにも程がある。


 一対一では、とてもじゃないが勝てそうにない。殲滅の獣、破壊の神、最強の怪物……そういう概念で、ヤツを捉えるべきだ。正真正銘の神さまだろうよ、力そのものは。


 『ゼルアガ/侵略神』のような、異界から来て、不可思議な権能を振るうようなヤツじゃない。認識出来る。ただ単純に、桁違いなほど強い。千人の騎士がいたところで、コイツを止められるような気がしない。


 絶対、街に出すわけにはいかんな。コイツが暴れまくったら―――何千人殺されるのか、分かったものじゃない。荒ぶる神さまだよ、罰当たりで罪深い、『ヴァルガロフ』の悪人どもを見かけたら、片っ端から裁きにかけて殺しまくりそうだ。


 だから、勝つしかない。


 『ルカーヴィ』は空中でを身を捻る。身体能力も、運動神経も、凄まじいな。だがよ?……着地するその瞬間ってのは、どうにもならんだろう?オレとテッサは左右から攻撃を仕掛ける。その瞬間しか、隙みたいなモンはないからな。


 隙とは、断言することはしない。正直、つけ込めるほどの隙じゃないだろうから。


「おらああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「この、バケモノめえええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 竜太刀で、ヤツの右側から―――テッサは黄金色の戦槌で、ヤツの左側から。全くの同時に、全力の強打を叩き込むッ!!鋼が、神の巨大な爪に衝突する。岩というか……岩山にでも、ぶつかった印象を受ける。


 揺れやしねえな。殲滅獣サマは、左右に広げた腕で、オレとテッサの同時攻撃を受け止めやがった。無傷?……いいや、そうでもない。ヤツの爪の一本を斬り裂いて、手のひらに竜太刀が食い込んでいるからな。


 テッサの一撃も、ヤツの爪を二本ほどぶっ壊していた。手のひらの皮が、鉄で編まれた絨毯みたいに頑丈な皮膚をしやてやがるから、竜太刀でも斬り裂けないし、戦槌でも破壊することは出来ちゃいない。


 だが、こっちも魔王やら『戦槌姫』など呼ばれている身だからね。この静止する瞬間に、ヤツのダメージを感じ取るぐらいは出来ている。オレとテッサの攻撃は、確実にヤツに衝撃を与えている。『ファイヤー・ボール』の爆撃も、響いているな。


 ああ、最初のラッシュを喰らったとき、オレが爪に与えた損傷も、少しはあるかもしれん。弾かれながらも、竜太刀を入れて、傷をつけていた。鎧で受けるときも、あえて当たりに行ったところもある。


 鋼の強度を浴びせたのさ。鋼ほどに硬いし、鋼さえも切り裂けるだろうが……天井知らずの頑丈さじゃないってことだよ。


 獅子によく似た横顔、そいつが歪むのが分かった。そうだ、お前とは、一対一では、絶対に敵わないかもしれないが―――今、オレたちはタッグを組んでいる。


 竜太刀が動き、黄金色の戦槌も動く。


 左右からの攻め。この絶好の挟撃を、たかが一撃ずつで済ますつもりはないんだよ。竜太刀で、何度となく斬りつけていく!!……テッサも、戦槌による突きを連続で叩き込んでいく!!


 『ルカーヴィ』の両腕が、激しく動き、オレたちの攻撃を爪と掌で捌いていく。このオレたちを相手にだぜ?……感動するよ。こちらの攻撃は、実のところ読めない動きではない。むしろ、単調な軌道で打っている。


 必殺の一撃ではない。こんな『削る』ための攻撃を与えるのは趣味じゃないが、いくらなんでも強すぎる相手には、武器から崩させてもらうのさ。


 そうだよ。オレとテッサは、ヤツの武器である、爪と拳を破壊したい。だから、単調で読まれてもいいから、『受け止めてもらえる強打』を連続して放っているのだ。


 ……それに、慣れたい。ヤツの動きを見たい。最初は、あまりの手数とスピードと、あとパワーに圧倒されてしまったが、今はちょっと違う。


 心構えが出来たのさ。


 ヤツが、とんでもないバケモノだってことを認識している。想像以上の速さだし、想像以上の力だよ。それを識れば、こちらだって『読み』も使えて来るもんだ。


 『ルカーヴィ』は、拳を痛めつけられていることに、気がついている。オレたちの打撃が深くなく、ただただ拳だけを狙っていることを理解した。この強打の雨を、喰らいつづけていては、いくらなんでも拳が砕けてしまうからな―――。


 ―――だから?


 そろそろ、躱されてしまうさ。


 ……悪い予想は当たるものだ。獅子の頭が低くなり、ヤツが消えた。オレたちの連続攻撃で両手を破壊されることを嫌ったらしい。予想の通りだ。逃がすつもりは無かったが、強さの違いがある。ヤツは姿勢を低くしながら、鋼の速射から抜け出した。


 舞台を走り、そのまま客席に飛び込む。客席を力に満ちあふれた巨体で薙ぎ倒すように破壊しながら、ヤツは走り、加速する。逃げるつもりか?……いいや、戦神バルジアが持つ、『最強』の貌が、逃げるわけがない。


 客席を粉砕しながら走り、加速し、方向転換してオレたち目掛けて突撃してくる。


『グルルルロロロロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!』


 紅い獅子が闘志を歌う!!世界が揺さぶられるようだ!!オペラ座全体が、揺さぶられてしまっているな……ッ!!天井から、古く、固まってしまっていたホコリが雪のように落ちてくる。


 ヤツは加速しながら、左右の爪に『炎』を発生させている。『シャープネス/硬質化』の一種だろうかな。爪の切れ味を上げて、オレたちを切り刻むつもりだろう。


 圧倒的な速さで、襲撃して来る。そのために、間合いを開けて準備していた。今度は、オレたちの攻撃を受けてはくれないかもしれない。防御されれば、連携出来る。だが、躱されてしまえば、手も足も出ないのが現実だ。


「テッサ!!一番、強い、魔術を放て!!」


「『雷』になるが?」


「属性の相性なんざ気にすんな!!とにかく、一撃、ぶっ放せッッ!!」


「おう!!」


 テッサは黄金色の戦槌を掲げて、『雷』の魔術を全開にさせる。間合いを開けたことを後悔させてやるがいい。金色のツインテールに、紫電が奔り、彼女の髪が逆立ち揺れる。


 いい魔力だ。


 『炎』を掻き消す『風』ならば、相性としては、より効果的だったろうが……構わないさ。深緑の瞳が、こちらに向かって迫り来る、紅き殲滅の獅子を睨みつける。その貌は、強敵と戦う者に相応しい。笑ってやがるよ。猟兵向きだぜ、テッサ・ランドール!!


「……『天を穿つ、雷帝の槍よ!!地を走り、悪しき巨獣を撃ち貫け』ッッ!!」


 歌劇のための場所に、雄壮なる呪文が放たれて。黄金色の戦槌に、金色の光にあふれる、稲妻がまとわりついた。テッサらしい魔術だ。そこら中に、暴発寸前の『雷』が飛び、床板やら壁の板に、熊の爪撃が命中したかのような破壊が生まれていた。


 睨みつけて。笑顔と共に、テッサ・ランドールは必殺の魔術を撃ち放つ!!


「―――『ガングレイ・ライネ・グニール』ッッ!!」


 戦槌がフルスイングされ、その戦槌が帯びていた金色の稲妻が、オペラ座の客席目掛けて、ぶっ放されていた!!床板が、客席が、粉々になりながら、宙へと舞う。


 荒々しい『雷』の猛威が、『ルカーヴィ』に迫る―――紅い獅子が、笑ったような気がしたよ。心なしか、ジェド・ランドールにも似ていると感じた。


 獣は、ステップを刻む。テッサの放った『ガングレイ・ライネ・グニール』を、ヤツは、躱してみせたよ。『炎』を帯びた爪で、『雷』を曲げてしまったらしいな。


 『ゼルアガ/侵略神』とは異なり、この世界の産物であることが分かる。三大属性の法則が、ヤツには有効らしい。『炎』は『風』に踊らされ、『風』は『雷』に切り裂かれ、『雷』は『炎』に惑う―――。


 ―――その属性の相性通りに、ヤツは『雷』を『炎』の力で曲げたのだ。


 たてがみが膨らむ。正確には、たてがみに隠れる、ヤツの巨大な首の筋肉が膨らんでいやがるんだ。オレたちに、『炎』で威力を付与された強打を撃ち込むために、力を強めている。


 ……ああ。いいタイミングだ。『ルカーヴィ』よ、お前が、この世界の神で良かったよ。もしも、『ゼルアガ』だとすれば、どう戦っていいのか、もっと迷ってしまっただろう。


『ガゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!』


 『紅き殲滅の獅子/ルカーヴィ』が、オレたちに迫る。オレたちは鋼を構え、防御の構えを見せる……駆け引きが有効な相手は、楽なもんさ。騙せるからな。


 ズガドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンッッッッ!!!!


 黄金色の雷光が爆発していたよ。視界の全てを埋め尽くす、金色の海が見える。荒れ狂う雷撃の海だ。アーレスと一緒に、雷雲の中へと突入した『遊び』を思い出す。


 老竜は語ったよ。


 ―――未熟者よ、世界の脅威を教えてやろう。稲妻の一撃は、竜の翼よりも速く、敵の肉に喰らいつくのだ。ヒトの生む『雷』は、それよりも鈍い。あまりにも魔力が低いからな。


 ―――しかし、想像せよ。稲妻を瞳に映し、真の雷撃を心に描け。ヒトの魔力であろうとも、練り上げた魔力が強く、正確な稲妻を心に描けるほどに……それは、真の雷撃の速度へと近づく。


 ―――よいか?……真の雷撃は、『炎』にすら惑わされることもない。三大属性の法則なぞ、竜ほどの魔力になれば、無視することも可能である。尖らせ、鍛えよ。さすれば、常識を超えて、敵を穿つ一撃となろう。


 ……なあ。アーレス。今の一撃は、真の雷撃に等しかったんじゃないか?……テッサ・ランドールの渾身の一撃であり、オレの『ターゲッティング』に加速と強化された、一撃だったよ。


 『炎』の魔力にあふれる、戦神の背を穿ったのだからな。ああ、そうさ。ヤツがオレたちの挟撃から逃れるために、客席へと逃げた時。その大きな背中に、金色の呪印を刻みつけていたのさ。


 いくら速く走れるからといって、敵に背中なんて見せるものじゃないぜ。躱したと確信した雷撃が、さらに強く、さらに速く、さらに鋭くなって、背中から突き刺さってしまうこともあるんだからよ?


 アーレスの教えは、正しかったな。達人の魔力を重ねた、オレたちの雷撃は、三大属性の法則をも超えて、『ルカーヴィ』の肉体を痛めつけている。『炎』の加護を貫いて、ヤツの背骨は砕かれるほどの威力に襲われた。


 それだけじゃない。『雷』が、背中の筋肉の制御を奪う。背中が、反り返ってしまう。攻撃のために力を入れようとしていたことも、災いしていたな。


 弓ぞりに背中を仰け反らせてしまっている。丁度、オレたち達人の目の前でな。そいつは―――戦神サマの化身と言え、あまりにも無防備なことだよ。


 『雷』に焼かれている『紅き殲滅の獅子/ルカーヴィ』へと目掛けて、踏み込むのだ。竜太刀にアーレスの魔力が宿る。鋼が漆黒に染まり……その切れ味を強化する。


 ストラウスの剣鬼は、いつだって竜と共に、戦場で踊るものだ。鋼の重心と己を一つに融け合わせ。全ての力を、斬撃へと集める。ひたすらに加速し、敵の眼前へと突撃し、竜太刀と共に踊るのだ。


 漆黒をまといし斬撃が、『紅き殲滅の獅子/ルカーヴィ』の巨体へと叩き込まれていく。ストラウスの嵐が、黒き竜と共に神へと挑む。


 刃が獅子の巨大な筋肉を、深く斬り裂いていく。胸を、腕を、肩を、腹を。黒の斬撃が、竜の牙と爪と角に化けて、強敵を破壊するのだ。アーレスのように暴れる。戦場に散った、過去の剣鬼たちと同じように、竜の如く力を込めて、ただひたすらの攻撃へと至る。


 指に識るのさ。


 神を壊していく、その感触を。


 オレとアーレスに裂かれて―――神が、その熱き血潮を爆ぜるのだ。深く、胴体の奥に潜む、太い動脈。そいつをズタズタにされたヤツの体からは、炎みたいな血が吹き上がる。 こんなに熱い返り血は、初めてだったよ。


 体の前面を壊されて、大量の血を失った獅子は、ヒトに似たその二つの腕をだらりと下げていた。それらを動かすための筋肉を、断ち斬っているからな。動かせやしないし、その失血は……あまりにも多い。ヤツの意識が、瞬間的にかもしれないが、消失していた。


 再生能力が、あるかもしれない。明らかな致命傷だが……まだ、足りないかもしれん。


 だから、容赦なく、その命を破壊しつづける他に道はないのだ。


 そう。オレたちはタッグを組んでいる。だから、ゆるしてやるのさ。オレの肩を足蹴にして、空高く跳ぶことも。


 テッサ・ランドールが、あの細身の体躯で、宙へと舞った。かなり高く跳んだな。落下の速度も使い、黄金色の戦槌による兜割りが放たれる。


「くたばれ、『ルカーヴィ』いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」


 獅子の頭部に稲妻が落ちた。黄金色の戦槌が、叩きつけられる。頭骨が爆ぜるように砕かれながら、ヤツの巨体が床へと叩きつけられる。首の骨が折れる鈍い音も響いていたな。


 ……そして、あまりにもフルスイングしたせいと、『紅き殲滅の獅子/ルカーヴィ』の強力な骨格を破壊した代償でもある。テッサ・ランドールの、黄金色の戦槌の柄が、鋼の弾ける歌を放ちがながら、折れてしまっていた。


 それほどの強打を放ったというわけだ。まさに神殺しの、兜割りだったよ。紅き獅子から、あらゆる魔力が消失していくのが分かる。捧げた命が、足りなかったということだろうか。


 もっと、多くの命を捧げられていたら?……勝てなかっただろうな。今回はどうにか勝てたが、魔力も体力も尽き果ててしまいそうだし、テッサは武器さえも失っているのだから。これ以上、ヤツとの戦いが続いていたら、成す術もなく殺されていた。


 『紅き殲滅の獅子/ルカーヴィ』が、崩壊していくよ。命に限界が訪れていた。紅き光へと成り果てながら、人の手により創られし神は、この世から永久に消え去ったのさ。


 『予言者』たちの脳に刻まれた、呪術より呼ばれた、悪夢のような神は……灰になり終焉を迎えたのだ。


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