第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その50


「……それで。テッサ。君は、どうする?」


「……『ルカーヴィスト』のテロを、帳消しにしろというのか?」


「ああ。かつての攻撃を指揮していたアスラン・ザルネは死んだ。実行犯である、『ゴースト・アヴェンジャー』も、事実上、滅びたぞ」


「生きている『ゴースト・アヴェンジャー』は、私とキュレネイだけです」


「……それで、過去を清算しても良いというのか?……『ルカーヴィスト』は、この世に誕生してしまった。今は弱体化しただろうが……やがては、再び、己の理想のために武器を取るだろう」


 真実ではあるな。彼らは、四大マフィアに不満を抱いている。『ヴァルガロフ』が大きな変革を成し遂げられなければ―――虐げられる者たちは、また聖なる戦士として四大マフィアに挑むことになるだろう。


「じゃあ、テッサよ。君は、何を望む?」


「……私に、その言葉を吐かせたいわけではないだろう」


「まあな」


 ……テッサは理解してもいるのさ。この交渉を破綻させるべきではないことを。辺境伯軍との戦いは、オレたちが勝つだろう。そして、ハイランド王国軍もここにやって来る。彼女はすでに選んでいるのさ、少しでもマシな道を。


 『ヴァルガロフ』を守るために、彼女は妥協して、外敵と手を組もうとしている。ハイランド王国軍を始め、『自由同盟』とな。それは現実的な妥協であり、彼女が心から望んだ行為ではない。


 この結束は、生まれてから数日しか経っていない。まだまだ脆いのさ。


 だから、テッサは口にしない。『ルカーヴィスト』を全滅させろとはな……オレが、それを認めないことも理解しているからね。


「『ルカーヴィスト』は、我々の天敵として生まれている。その組織が存続することは、テロのリスクが消えない。『フェレン』での攻撃と、同様なことが、『ヴァルガロフ』で行われるとすれば……?……しかも、私の親父のせいでだ」


「……君の父親は『ルカーヴィスト』の協力者かもしれないが、『ルカーヴィスト』ではない」


「……そうだ。それこそが問題だ!!親父は、『ルカーヴィスト』ではなく……『マドーリガ』の先代の長だッ!!……決別する必要があるだろう……?」


「ああ。悪しき過去とはな。『オル・ゴースト』も四大マフィアも、悪徳だけに生きられる時代は終わる。変えねばならんのだ。そうでなければ……君らは、自壊することになるだろう」


「……内戦か」


「『ルカーヴィスト』は旗となっている。反抗の象徴であり……『オル・ゴースト』の継承者だと、ジェド・ランドールたち古株は考えてもいるな。彼らは、貧しい若者を過小評価して、力を与え、操ろうとするだろうが……アスラン・ザルネはもう死んだ」


「……操ることは、出来んか」


「そうだ。古株たちの協力と、承認だけが残る。『オル・ゴースト』の継承者であり、変革を望む狂暴な若者たちが集う……」


「我々、四大マフィアの天敵だな」


「そうだ。しかも、アッカーマンがいても、かつての『ルカーヴィスト』を君たちだけで倒すことは出来なかった。辺境伯軍の力を借りて、ようやく倒せた……『次』の『ルカーヴィスト』は、四大マフィアの『悪政』に対する受け皿として、より強大な存在になる」


「……そんなものを、放置しておけと、お前は言っているのだぞ、ソルジェ・ストラウスよ」


「君ならば、今よりもはるかにマシな『善政』が行えるさ。君は賢く有能だ」


「……敵とは、そんな単純なものではないだろう。私が『善政』とやらを行ったところでも、多くの不満は生まれる。その不満の集う先は、『ルカーヴィスト』だ……アレは、もはや器……『ヴァルガロフ』の富と、相反する器だ」


「……存続する限り、安心することは出来ないか」


「そうだ!……親父のように、復古を求める者もいるのだ……象徴となっている。それを許すことこそが、内戦の火種になるのではないか?……ヤツらが、『オル・ゴースト』の旧勢力のコントロールを離れ、独り立ちしたというのなら、なおさら多くが集まるぞ」


「ゼロニアの貧しい民たちがな」


「それだけならばいい」


「何だと?」


「……お前自身の胸に、手を当てて考えてみるといい」


「オレ自身か……」


「そうだ、『来訪者』よ……」


 ……やはり、テッサ・ランドールは賢いな。『ルカーヴィスト』が、ゼロニア全体を脅かす存在になると考えている。内戦?……それもあるが、彼女が恐れているシナリオは、それよりも、もっとヒドいものだ。


「……この土地の者にならば、私を打倒し、この土地を支配する者が現れても、別に文句はないのだ。だが……現実の敵とは、内にのみいるわけではない」


「……そうだな」


 事実として……エルゼ・ザトーは『パンジャール猟兵団』を取り込んでしまっているからな。


 もしも、『ヴァルガロフ』を侵略したければ?……『ルカーヴィスト』を『使えば』、かなり楽に攻略出来るだろう。


 ……たとえば、オレの依頼人である、ルード王国のクラリス陛下が、領土的野心の矛先を、この『ヴァルガロフ』に求めたら?


 『ルカーヴィスト』に、オレたち『パンジャール猟兵団』などの傭兵団を貸し与えたり、資金や物資を提供すればいい。マフィアを傭兵が殺して、マフィアの支配下にあった若者たちを味方につけ……若者たちを鍛え、武装させ、四大マフィアを殺せばいい。


 その後で、ゼロニアの支配下を、クラリス陛下が選べばいいだけだな。選んだ者に、資金や人材を貸与すればいい。借金漬けにして、ルード王国の都合が良い商業取引を拒めないように操ることだって可能だな。


 クラリス陛下の傀儡政権は、そうして誕生するのさ。


 そういう理屈を用いることで、内戦を操ることは可能である。表面的には侵略戦争ではないまま……ルード王国に都合の良い、傀儡政権を作ることだって可能だよ。


 ……まあ、クラリス陛下はルード王国の安全保障に関わらない限り、そんな悪趣味なことはしないと思うがね……。


 とはいえ、テッサはハイランド王国という『実例』を知っているからな。


 ルードのスパイたちと、『パンジャール猟兵団』を使い、クラリス陛下は親帝国派であった、ハイランド王国でクーデターを成功させた。


 ハント大佐だけでは、成しえなかった行為であり……ハント大佐は、クラリス陛下に莫大な借りを作っている状況だ。ハイランド王国の経済は、帝国に依存する面も大きかったが、それを失った今では、ルード王国の経済力が頼りではある。


 傀儡政権とまでは言えないが、ルード王国には逆らえない状況にはなっているわけだ。クラリス陛下という大陸屈指の謀略の使い手の、ある意味では『被害者』であるようにも見えなくはないな、ハイランド王国は。


 そんな目に遭った近隣諸国と、同じようなコトが起きようとしている今、テッサは不安になっているようだな。


 クラリス陛下の謀略の手伝いをしている、最大の実行犯は、間違いなく『パンジャール猟兵団』ではあるからな……そんな猟兵団の団長が、『ルカーヴィスト』の親玉を取っ替えた。


 父親が故郷へのテロ攻撃を計画していることを知り、戦を控えたその直前というストレスだけな状況では―――オレの隣でニコニコしているエルゼ・ザトーの存在は、テッサには恐怖の存在でしかない。


「……私の言わんとすることが、分かっているだろう、ソルジェ・ストラウスよ」


「まあ、察するコトはあるかもね。内紛よりも、怖いモノが、乱世にはうようよいる。ああ、オレの雇い主は、素敵な女王陛下だぜ?……ハント大佐よりは、融通は利く」


「より厄介な敵とも言えるわけだな」


「見ようによれば、怖いヒトでもあるがね……」


 オレはクラリス陛下のコト大好きだけどな。尊敬しているし、怖い部分もゾクゾクして来るから好きなんだが―――敵に回ると考えた瞬間、胃袋が痛むのは確かだった。


「……私が、『ルカーヴィスト』を許容しかねるのは、そういう理由からだ。『外』の食い物にされる可能性を、高めることになる……ゼロニア人の土地を、『外』から操られてたまるか……ッ」


 ……『ルカーヴィスト』は、ゼロニア人のための組織などではなく、外国からの侵略者にとって、都合の良い『窓口』となりかねないわけだ。『オル・ゴースト』というゼロニア人の集団から解放された今の方が、テッサからすれば脅威にも見えているのかもしれん。


 外国からの干渉を嫌っている、テッサからすれば……『ルカーヴィスト』の存在というものは、容認しかねるリスクであるというわけさ―――。


「―――テッサ・ランドールさま」


 笑顔のまま、エルゼ・ザトーが語り始める。


「……なんだ、『ルカーヴィスト』の大神官?」


「……ならば。この妥協では、どうでしょうか?」


「……話してみろ」


「私たち、『ルカーヴィスト』は、この土地を去るという選択を、許していただけませんか?」


「……ゼロニアを、去る?」


「ええ。あなたがお許しになれないのならば……『ルカーヴィスト』が、ゼロニアの貧しい者たちのためではなく、領土的野心に駆られた諸国の尖兵になる可能性を恐れるのであれば……私たちは、この土地では生きてはいけません」


「どこに去るというのだ?」


「ソルジェさまのお国に」


「……ガルーナか。奪還されてもいない国に?」


「いずれ、ソルジェさまなら奪還なさいますから。その時は、我々はそちらに移住する。それで『ルカーヴィスト』との暫定的な和睦を、受け入れていただけませんか?」


「……ソルジェ・ストラウス」


「ああ。いくらでも構わんぞ。来る者は拒まん。民がいなければ、国とは言えないからな……それに、この土地の人々は、多種族の共存を果たして来た。オレが求める、ガルーナの国家像とも一致するさ」


「……なるほどな」


「テッサ・ランドールさまの、『政敵』を、ガルーナに『厄介払い』出来るのです。それは、我々、全員が望むことではありませんか?」


「たしかに、その通りだ。くくく!……テロリストを、国民として迎え入れるか!……さすがは、魔王殿だなぁ、ソルジェ・ストラウス」


「意見の一致が見られたようだな」


「……ああ。想像以上に、スマートな解決策だ。それならば、文句はない。『ルカーヴィスト』が、この土地から消え去るならな……殺すよりも、旅立ってもらった方が、楽でいい。文句があるなら、ガルーナに行けと言えるからな」


「文句が少ない国にしろよ?」


「可能な限りはな。この土地には……多彩な産業を根付かせることは、難しい。まあ、お前の軍師殿が、色々と入れ知恵をしてくれたがな」


「インテリ同士、ハナシが合ったようで何よりだよ」


「……とりあえず、懸念は一つ片付いた。大神官のハナシに乗ってやる。問題は、まだ、あるがな……私の父親についてだ」


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