第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その49
我々はゼファーに乗り、辺境伯軍を追い抜いてゼロニア平野へと戻った。目指したのは『ヴァルガロフ』の近くにある、『アルステイム』の屋敷だよ。
そこにテッサ・ランドールはいるはずだ。『アルステイム』と『マドーリガ』は、辺境伯への謀反を起こすことになっているからな、『ヴァルガロフ』でその会議をするよりも、あの屋敷でする方が、情報漏えいの心配は少ないとガンダラが判断した結果である。
『アルステイム』の隠れ家に、ゼファーで着陸するよ。
見張りに、ケットシーだけでなく、『マドーリガ』の戦士らしい戦槌を抱えたドワーフが混じっていたな。同盟の証のようだった。
オレは門番に訊いたよ。ドワーフの方はオレのことを知らないだろうから、ケットシーの方にね。
「ガンダラはいるかい?」
「ええ。軍師殿はここに詰められております、ソルジェ・ストラウスさま」
「『クルコヴァ』は?」
「長は、『ヴァルガロフ』に……その代わり、ヴェリイ・リオーネさまがここにいます」
「事実上、彼女は『アルステイム』のナンバー2か」
「はい。我々は、あのお二人に忠誠を誓っていますから」
「そうか。それで、ニコロ・ラーミアは?」
「ニコロですか?……いえ、彼は戻っていませんね。調査があると言い残して、昨夜から姿を見せません」
……ニコロにはジェド・ランドールの情報を集めさせているのだが、こちらも彼についてかなりの情報を手にしている。情報を共有してみたい頃合いだが……。
「……見かけたら、オレたちに連絡を寄越せと伝えてくれるか」
「はい。分かりました。仲間にも伝えます……さあ、どうぞこちらへ―――」
「―――おいおい。『ゴースト・アヴェンジャー』が二人もいるけど?……いいのか?」
ドワーフの見張りの発現だった。ここの門番に選ばれるぐらいだから、彼も事情には詳しいのかもな。アッカーマンとテッサが、『オル・ゴースト』を潰したときの攻撃に、彼も参加していたのかもしれん。
『ルカーヴィスト』の正体を知っているのかもしれないな。彼は、オレたちに戦槌を向けてきた。
「……そっちの赤毛がVIPってのは聞いてるよ。あんまり気にくわねえが、姫さまの命令には絶対だ……アンタ、『背徳城』を襲いやがっただろ?」
「そうだ。オレたちで襲ったよ。だが、きちんと手加減して、殺さなかった。敵対する意志が無いってことは、分かっているんじゃないか?」
「……まあ。伝わってはいるよ。だから、アンタはいい。でも、『ゴースト・アヴェンジャー』は―――」
「―――問題無いわよ、ドワーフさん。『ゴースト・アヴェンジャー』の首領は滅びたのだから」
ヴェリイの声が聞こえた。ゼファーに気がついて、会いたくなって屋敷から出て来たのかもしれん……そいつは半分冗談だがな。ヴェリイのとなりには、金髪ツインテールのロリ風の女マフィアがいる。テッサ・ランドールだ。
「……通せ。そいつらは全員、私の客だぞ」
「ひ、姫さま!!りょ、了解しました!!」
長に就任したことから、テッサの権力はより強固なモノになったのかもしれない。ドワーフの戦士は、オレに向けていた戦槌を引いて、ケットシーと同様に、無言のまま門番の職務に復帰した。
「……邪魔するぜ」
適切な言葉が思いつかず、そんな言葉を口にしてしまっていた。このマジメなドワーフの戦士に対しては、ちょっと皮肉めいた言葉になったかなとも考えながらも……オレは仲間を引き連れて、その屋敷の中に入っていく。
女マフィアたちに、玄関先で迎えられる。
「ご苦労だったな、ソルジェ・ストラウス。辺境伯軍を妨害して来たのか」
「ああ」
「それで……一人、『ゴースト・アヴェンジャー』が増えているけれど、どうしたの?口説き落として仲間にしたのかしら?」
口調は軽いがね。テッサの瞳には警戒心がある。オレは事情を説明する必要がありそうだ。
「とにかく、状況を報告したい。中で話させてくれるか?」
「ええ。どうぞ、ソルジェくん」
女マフィアたちは独特の風格を漂わせながら、仲良さそうに並んで歩いている。オレたちも彼女につづき……応接間へとたどり着く。そこには、ガンダラがいてくれたよ。
「お疲れさまです、団長」
「そちらもな。色々な仕事を押し付けてしまっただろう?」
「ええ。まあ、問題が起きることなく、どうにかこなしましたよ……まずは、お帰りなさい、キュレネイ」
「ただいまであります」
「……二度と、ムチャな家出はしないように。貴方を探すのに、時間を使いましたから」
「挽回出来るように、がんばるであります」
「期待しますよ。さてと……そちらの女性が?」
「はい。キュレネイ・ザトーの姉の、エルゼ・ザトーです。『ルカーヴィスト』の大神官の職務についています」
「……なるほど。貴方がここに来られたということは、色々と収穫があったようですね。とりあえず、席に着きましょう。テッサ殿とヴェリイに報告すべきですからね、当事者たちの口から」
「ああ……長くなるが、話すとしよう」
並んで座るテッサとヴェリイに相対するように、オレとエルゼも並んで座る。テッサは歯で葉巻を噛み切り、魔術を使って火をつける。深緑の瞳を細めながら、彼女はエルゼを睨んでいたな……。
「彼女は、エルゼ・ザトー。聞いていたと思うが、『ルカーヴィスト』の大神官だ。強硬派のアスラン・ザルネと異なり、君たち四大マフィアとの停戦を望んでいる」
「はい。それが、生き残った『ルカーヴィスト』の総意です」
「……ソルジェくん。私たちが、それを認めるとでも?」
「もしも、そうだとすれば……舐めているのか、ソルジェ・ストラウス?……私たちとその女は、間違いなく、敵同士なんだぞ?」
「敵だったのは、アスラン・ザルネのいた『ルカーヴィスト』だ。作戦の指揮を執れる者は、事実上、ヤツだけ。今、残っている者たちは弱く、交戦を継続する意志はない。それに、『自由同盟』に協力してくれている。今日だけで、敵兵を2500潰した」
「ほう。それは大変な戦果でありますな。おかげで、辺境伯との戦で死ぬゼロニアの民の数が、ずいぶんと減るでしょう」
ガンダラがオレの援護をしてくれる。そう。『ルカーヴィスト』の戦果は、『アルステイム』にも『マドーリガ』にも有益なことだった。
「……『自由同盟』にも、君たちにも、『ルカーヴィスト』は結果的に大きな貢献をしてくれたのだ。対価を支払うべきではないのか?」
「……傭兵らしいというか、ソルジェくんらしいというか……」
「ダメかな、ヴェリイ?……エルゼは、キュレネイの姉なんだ。つまり、彼女は『パンジャール猟兵団』の身内というわけだ。オレは、『家族』のためなら色々としちまうヤツだぜ」
「……ふう。ガンコなんだから」
「悪いな。それに、彼女は多くを提供出来る……アスラン・ザルネ亡き今、『予言者』の治療につながる情報を有しているのは、彼女だけだぞ」
「……アレキノとラナを、長く生きさせることも?」
「……可能だとは、思います。力を消し去り、キュレネイの頭にある『回復の呪術』。それを彼らの脳に刻めれば……」
「……私には、悪くないハナシね。アレキノは、何だか弟みたいな存在になっているし、仇討ちのための道具として、使ってしまった面もある」
罪悪感を抱いているのだろうな。アレキノが『予言』をする度に、アレキノの脳は傷つき寿命を削ることになる。ヴェリイは命の重さを知らぬ女ではないさ……。
「……罪を、償えるチャンスでもあるのね。その、ずっと笑顔の『ゴースト・アヴェンジャー』ちゃんと手を組むことで……?」
「そうなるだろう。それに、無益な戦いも回避出来る。『ルカーヴィスト』の残党に戦闘継続の意思はないが、追い込まれたら、彼らは再び武器を取るだろう」
「……ソルジェくんは、そのとき、どうするのかしら?」
「自分の正義には忠実に生きている。オレが果たすべきは、その戦いを回避することだ。誰もが何も手にすることなく、ただ失うだけだからな、その戦いは」
「まあ。そうでしょうね。私はいいわよ」
「……ヨシュアは、あなたから大切なものを、奪ってしまったのに……ですか?」
エルゼは、ヴェリイの言葉が意外だったらしいな。そうだ、『ゴースト・アヴェンジャー』を最も憎悪している人物の一人……それが、ヴェリイであるのは間違いない。
だが、彼女は憎悪だけで生きている人物ではない。復讐の道具として、アレキノを利用したことを悔やみ……『首狩りのヨシュア』が死ぬとき、彼女は、彼のために祈ったのだ。
「……『首狩りのヨシュア』は許せない。でも、別にアレは、アイツの責任でもない。指示をしていた連中が悪いことよ……それに、アイツは死んだわ」
「ええ……そして、ラナを、助けてあげた」
「そうね。そう見えたわ……アイツは……最後は、道具じゃなくてヒトだった。だからもう、いいのよ……私はね、もう恨まないわ。全て、終わったことよ。私の中ではね……」
「……ありがとう。ヴェリイ・リオーネ。彼が最も苦しんでいた罪を、許してくれて」
「……調子狂うわ。褒めないでくれる?」
エルゼの言葉が、ヴェリイには気恥ずかしいのか。自分の善良さを指摘されると、恥ずかしくなるというのは、偽悪者に共通する病なのかもしれんな。
「とにかく……ソルジェくんには借りがあるし、『アルステイム』は君に協力するという決断済みよ。私も、長の『クルコヴァ』も、ソルジェくんには逆らわない。『ルカーヴィスト』との停戦を、『アルステイム』は受け入れるわ!」
「まあ。ありがとうございます、ヴェリイ・リオーネ。仲間に代わり、あなたに感謝を」
「……ほんと、調子狂う……とにかく。『アルステイム』には、攻撃禁止ね?」
「ええ。『アルステイム』には、攻撃いたしません」
……あとは、テッサだが。葉巻を吹かしながらも、イライラしているようだ。目の前に、シアンもいるしね。ハイランド人も『虎』も、たぶん、シアンのことも嫌いだもんな。
シアンは、長い脚を組み、瞳を閉じている。眠たそうにしているが、尻尾はリズムを取っている。いつでも動けるようにさ。どうやらテッサが襲いかかって来ることに、期待してもいるらしい。煽らないだけ、マシと納得すべきだろうかな。
なかなか、テッサには、快適な空間と呼べる環境ではないだろうが……彼女も説得しておかなくてはな。これから戦だ。わだかまりは解消して、結束する。そいつが無ければ、軍隊ってのは弱さを含む。
ガンダラがこの険悪な会議を許容したことで、想像はつくのだが。この偽ロリのテッサちゃんには、解消しておきたい『弱点』がある。彼女がイライラしている理由は幾つもあるだろうが、その最大の理由はオレたちじゃない。
彼女の身内だよ。ジェド・ランドール。『ルカーヴィもどき』を使い、『ヴァルガロフ』を攻撃しようとしている人物。テッサの父親さ。
彼女には、その存在が『弱点』だし、『負い目』だ。だからこそ、ガンダラはこの痛々しい対話の場を許容しているんだろうよ。
『負い目』を消す手段は、幾つかあるものだが……『交渉相手のムチャな要求』を受け入れることで、帳消しにするってのもあるじゃないか……ってことさ。
プライドの高い彼女は、自分のことだけは客観視することが難しい。誇り高いことは素晴らしい美徳ではあるが、欠点もあるもんだ。ガンコで潔癖。仲間の弱さは受け入れられても、自分の弱さだけは受け入れられない。
……さてと。テッサちゃんとお話しするとしようかね……この会議は、仲間割れするためじゃなくて、より結束するための場なんだから。
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