第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その51


 テロリストこと、『ルカーヴィスト』をガルーナが受け入れることが決まった。そんなことを『解決策』としてアッサリ認めるということは、テッサ・ランドールもオレがガルーナを奪還することに疑問を抱いていないらしいな。


 評価されているようだ。期待に応えなくてはなるまい。さてと、『ルカーヴィスト』の問題が片付いたのならば、気になることは二つ。辺境伯軍の戦と、テッサの言う通り、ジェド・ランドールだ―――。


「―――最悪の場合、私自身の手で殺すことは厭わん」


 深緑の瞳は、オレをまっすぐ見つめながら、そう語った。殺気の入った言葉だな。


「故郷を守るためには、父親さえも……か」


「そうだ。私は酔狂や好き好んだあげくに、貴様らと組むわけではない。みじめな妥協の果てにある選択として、仕方がなく、この屈辱を受け入れている……ハイランドと組むというな!!」


 彼女のハイランド嫌いは筋金入りだ。シアンは眠ったフリをしているな……というか、イスに座ったまま瞑想している。隣りにいるミアはクッキーと甘そうなココアを楽しんでいるし……キュレネイは、巨大で長いパンを食べているな。


 バカにしていると思われないか心配だが、テッサ・ランドールはオレの部下たちのマイペースさを許容してくれてはいるようだ。マイペースな猟兵女子たちを叱ることはない。


 というか、シアンに無視されているから、感情的になりきれないのかもしれんな……シアンは体力を回復させるために、瞑想に励む。戦のための準備という、大きな仕事をしている最中だしな……戦場帰りは、時々、やさしく歓迎されることもあるのさ。


 しかし、今、気がついたが、ジャンは席を用意されずに、なぜか立たされている。


 テーブルにつくのが、我々への無礼に当たるほどに『下位の従者』として、扱われているのだろうか。凄腕傭兵とは認識されていないらしいな……疲れているのか、本人は立ったまま眠っている。そっとしておいてやるか。


「聞いているのか、ソルジェ・ストラウス!!」


「聞いているさ……まあ、何ていうか。ハイランドもよ?……そこそこいい国だぜ、最近は特に」


「いい国ならば、国力も上がる。人口も増える。そうなれば?領土的野心に駆られるのが国家というものだ!!……そうなれば、当然、『ヴァルガロフ』に進軍してくる。今まさに、それが起きてもいるのだ……そんなヤツらと手を組む?気楽に選べる妥協ではない」


「……だが、帝国よりはマシだろう?ヤツらは、亜人種も『狭間』も認めてはいない。このままでは、いずれ辺境伯との蜜月も終わった」


「分かっている。だからこそ、お前の誘いに乗った。誇りを棄ててな」


「誇りのために特攻している最中に、守るべき『家族』を焼き殺されたことがある身とすればな……君の選択は、賢いものにも思える」


「……そうだろうな」


「辺境伯軍は、難民を何千人も殺していたぞ。新兵たちに経験を積ませるためにな。亜人種を殺す訓練。奴隷として、不適格とされた者たちは、皆、荒野で殺され燃やされていた」


「……聞いている」


「辺境伯軍は、一般的な帝国軍の兵士よりも訓練が施されていて、上等な指揮官も多い。ヤツらは帝国の哲学と信念を、間違うことなく貫いたのさ。亜人種は消えてもいい、それがヤツらの『正義』だ」


 その『正義』に迷いはないらしい。辺境伯ロザングリードが、亜人種から成る『ヴァルガロフ』のマフィアとつるむことに、耐えがたい嫌悪を感じている連中も多いのだろう。


 辺境伯は、軍隊の掌握と運用が上手い。いつか、兵士たちの心をつなぎ留めておく理由で、亜人種との蜜月に終止符を打ったはずだ。アッカーマンが消えた今、ロザングリードは、いつ亜人種を攻撃しようとするか、分かったものではない……。


「弱者を、殺戮したか」


「強者も逆らえば、殺しただろうがな。ロザングリードは、亜人種も『狭間』も、ただの道具としてしか見えちゃいない」


「そう、だろうな……アッカーマン以上の、クズ野郎だ」


「そんな者と、誇り高い君は、いつまでも同じ側に立っているべきじゃないさ」


「まあ、な……」


「乱世は残酷なものだ。こんな時代に、一族を守りたいのならば……時に、妥協も要るのかもしれん。それで、多くが救われることもあるのが現実だ」


 深緑の瞳が屋敷の天井を睨みつける。彼女の強固な白い歯が、ガギリと硬さを帯びた歌を放つ。


「……理想を捨てつづければ、我々は、一体、『何』になるのだろうな!!……とくに、マフィアなんぞをやっている、我々、『ヴァルガロフ』の住民たちは……ッ」


 すでに堕落した身だ。そこから誇りが失われる。


 テッサ・ランドールのような気高さと、十分な知性を兼ね揃える者にとっては、更なる堕落があまりにも恐ろしい。より下らぬモノへと成り果てることに、彼女の自尊心は悲鳴を上げているらしい。


「テッサよ、理想を捨てるワケじゃない。君は、君の理想である『故郷の独立性』を保とうとしているんだ」


「我々は、理想と呼ぶモノから十分に遠い手段を、常用して来た身だ。悪徳は儲かる。それに慣れた我々が、今さら、何を成し遂げられるのか……ッ」


「テッサ・ランドールさま」


「なんだ、大神官」


「まずは、生き残ることが大切です。死ねば、あなたの理想は叶わないのでは?」


「…………ああ。分かっている……ッ!!……すまないな。重責というモノに、押しつぶされそうなんで、そいつを私に押し付けて来た感のある赤毛野郎に、当たりたくなった」


 あきらかにオレのことだ。そんな風に認識されていたとはな……テッサは、イライラしながら、また育たなかった胸のあたりから葉巻を取り出して、その先端を噛み千切っていた。


 ヴェリイ・リオーネがマッチを使って、テッサの葉巻に火を点けてやる。


「……すまん、な」


「いえいえ。テッサは私たちの『市長』候補ですからねえ。いや、ランドール辺境伯?」


「市長だ。古来、ゼロニアの都市は、王が不在の時期には、市民が選出した者が、市長として運営して来たのだ」


 インテリは色んなことに詳しいから感心するよ。市長候補は、葉巻を楽しむ。


 イライラが、アレで消えてくれるならいいんだがな。しかし、見た目が十代半ば以下だから、子供の悪ふざけのようにも見えるな―――実際は、オレより年上らしいが。


「……はあ。心が落ち着く。こんなものに、依存しているなど、堕落の徴候だがな……」


「落ち着いたところで、本題を始めましょうねえ?」


「親父のハナシか……」


「しなくちゃならないでしょ?……とりあえず、現状報告だけ私がしますわね、市長」


「……頼む」


 この二人はいいコンビになりそうだ。ヴェリイのような情報戦に強い秘書がいれば、テッサも『ヴァルガロフ』の支配が楽になるかもしれないな……。


 ヴェリイは、咳払いをして注目を集めると、ゆっくりと語り始める。


「ソルジェくんからの報告で、ジェド・ランドールがアスラン・ザルネと通じていたことが判明したわね。それ以前に、アッカーマンの証言を参考にして、彼を軟禁状態にしていたけれど……今は、より強固な対策をしているわ」


「どんなことをしているんだ?」


「『マドーリガ』の施設から、『アルステイム』の施設に移したの」


「ここか?」


「いいえ。でも、ソルジェくんには馴染みのある場所」


「ホテル・ワイルドキャットか」


「そうよ。あのホテル。高級感があるだけじゃなくて、地下には特別な監禁室もあるのよね」


「何でもある素敵なホテルだな」


「まあね。その監禁室に、彼を閉じ込めている。暴力は振るっていない。健康状態は保証して欲しいけど、だんまりを決め込んでいる」


「……娘の私にも、何も語らない」


「テッサには悪いが、拷問をするべきではないか?」


「親父は、耐えるだろう。戦神の修行も耐え抜いた男だ」


「まあ、スゴいです」


「どんな修行だ?」


「十日間、水だけで過ごす。20メートルほどの崖から、縛られたまま落とされる。棍棒で三日三晩、全身の骨を打たれつづける。そういったものだ」


「……文化ってのは、色々あるな。それで戦神の教えに近づけられるのか?」


「『ルカーヴィスト』はしませんね。『オル・ゴースト』の古来の願掛けです。痛みを戦神に捧げることで、何らかの加護を求めるのですよ」


「……彼は何を求めた?」


「私の母親の、病気の治癒だ」


「……熱い男だな」


「戦神に傾倒しすぎている。その結果が、今ではテロリストだ」


「でも。ソルジェくん、彼は拘束しているわ。『マドーリガ』の連中も、彼がどこにいるかは知らないはず」


「そのために、『アルステイム』のホテルに移したか」


「そういうことね。協力者がいなければ、老齢の彼は、あそこから出られない。無敵の戦士であったのは、もう大昔のことよ」


「病気だとか?」


「……ああ。高齢でな、肺腑の病に罹っている……筋肉もすっかりと落ちた。戦槌があっても、鋼の扉も開けられん」


「技巧を使えば、年寄りでも開けられる。オレの先代の団長もジジイだったが、足の指で握った針金で、金庫を開けたことがあるぞ」


「……わかった。護衛を追加しておくわ」


 ヴェリイは部下を呼び、羽根ペンで何かを記したメモ書きを持たせた。若いケットシーは機敏に動いて、退室していった。


「オレとしては、テッサに父親を殺して欲しくはないんでな……根本的な解決を目指すべきかとも考えている」


「そうだな、私も親父を殺すよりも先に、『オル・ゴースト』どもが呪術で作った『ルカーヴィ』の方を、始末したい。そちらの方が、恒久的に脅威を排除することになる」


「となるとー、その場所が知りたいって言うんで、『アルステイム』のメンバーに地下を探させているんだけど……それが、見つからなくてね」


「……手がかりは?」


「お前の連れている大神官に、質問してみたいところだ」


「なるほど。エルゼ、何か、『ルカーヴィもどき』の場所について、知らないか?」


「地下にあることしか、聞いていませんね。『肉』を持ち帰っていたのは、いつもアスラン・ザルネでした」


「手伝いをしているヤツは、いなかったのか?」


「……毎回、部下を連れて行き、戻った時には、その部下を処分していました」


「徹底した口封じか」


 手紙と配達人の双方に呪いをかけるようなヤツだったな……そう簡単に、『宝』の場所を教えるようなヤツじゃないってことかい。


 皆が黙った。そして、こういう時には知性派の出番だったな。スキンヘッドの巨人族が静かに語る。


「……団長。解決出来る人材が、一人いますな」


「……ん。ああ、そうだな。もしも、『ルカーヴィもどきの肉』が、『シェルティナ』と同じにおいがするというのなら……ジャン、お前なら、追跡出来るな?」


「……え……あ、す、すみません?何でしょうか……?」


「あの貧弱なモヤシのような男に、何が出来るというんだ……ッ」


「ああ見えて、彼は『狼男』なのですよ、テッサ・ランドール殿。『シェルティナ』を追跡する能力はあります……問題は……一つ」


「そうだな。ジャンがいなければ、辺境伯のにおいを追跡出来ん。探索か、戦場か。どちらかを選ぶ必要がある」


 ジャンの体は一つだけだからな。オレとしては、優先度は決まっている。だが、テッサの判断に委ねてみるのも悪くはない。今度の戦の総大将は、テッサ・ランドールなのだからな―――。


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