第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その45


「行くぞ、ゼファーッ!!歌えええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


『GAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 竜の歌が戦場の空を揺らし、黄金色に暴れる火球をゼファーは吐き出していた。火球が狙ったのは、最前列の兵士たちではない。その少しだけ後方にいる部隊だよ。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンッッッ!!!


「ぎゃああああああああああああああああッッ!!?」


「りゅ、竜ウウウウウウウウウウウウウウッッ!!?」


「あつい、あついいいいいいいいいいいいッッ!!?」


 十数人が黄金色の爆炎に焼き殺されていく。重傷者も多いだろう。まあ、それはどうでもいいんだよ。肝心なのは『こっち』じゃない。


 真の獲物は、『最前列の部隊』さ。ヤツら、背後を振り向いた……これで仲間と離れすぎていたことに気づくだろうよ。立ち止まり、仲間がやってくるのを待つか、あるいは仲間の救援に向かうか―――どちらにせよ、ヤツらの進軍は止まる。


 ゼファーで、そいつらの直上を飛び抜けていく。


「ミア!」


「うん!『こけおどし爆弾』、投下っ!!」


 ミアの小さな指が、地上に向けて『こけおどし爆弾』を投げていた。それらは兵士たちの中で、炸裂する。強烈な光が放たれて、甲高い爆音が兵士どもの鼓膜を揺さぶった。


 シュバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッッ!!!


「ぐう!?」


「なんだ!?」


「怯むな!!敵の攻撃である!!最前列を歩む我々が攻撃されるのは―――――」


 その部隊長の頭を射抜いたのは、エルゼの弓が放った矢である。『ルカーヴィスト』の攻撃を開始するには、相応しい一撃であっただろう。閃光に視界を焼かれながらも、その部隊は盾を構えて、密集していく……。


 そこに『ルカーヴィスト』たちの矢の雨が降り注ぐ。屋敷の近くに陣取る彼らは、超遠距離の射撃を実行した。竜の歌で大まかな位置を知り、『こけおどし爆弾』の光と音も参考にしていた。この爆弾の役目は、敵を威嚇するだけじゃなく、仲間への信号でもある。


 空に向けて、『ルカーヴィスト』の弓兵たちは矢を放つ。彼らの視界も霧に包まれているし、森林の木々が邪魔して敵影はロクに見えない。それでも、彼らは矢を放つ。我々の『合図』に向けて、超遠距離射撃は雨の密度で降り注いだ。


 当たる確率は高くはないが―――100人の狩人が、3連続で矢を放てば?300の矢の雨が降り注ぐことになる。孤立していた、最前列の辺境伯軍の兵士たちは、その矢の雨を浴びてしまう。


 たしかに、盾を構えていたよ。大きな盾で、敵の矢を受けるための防具さ。十分な防具であるが、それで防ごうとしていたのは水平の射撃。頭上から降り注ぐ攻撃を想定していなかった。当然だな。霧と木々が邪魔をして、遠距離からの射撃など普通ではムリさ。


 それでも音を頼りにすれば、そんな攻撃も放てるのさ。目隠しの狙撃だから、正確さはないが……獲物は、本隊からやや離れた200人近くの敵の集団。小さくまとまることは出来ない。


 この攻撃で、40人近くが矢の雨に射抜かれていた。遠距離で、見えていない敵に対しての射撃とすれば、とんでもない命中率だよ。『ルカーヴィスト』たちには地の利もあるな。


 地形も道も、彼らの頭にはしっかりと叩き込まれている。敵がどこの道にいるかは、想像することも出来たわけだ……いい射撃だった。


 反撃もされることはないよ。この連中が前に出すぎているし、ゼファーの火球により、敵との間に距離を作った。後続の敵は、矢の攻撃を受けたことも気づいていないさ。そして、この連中自身も、矢による反撃は行えないな。


 守ることに必死になっている。矢の雨により、釘付けにされているからな。盾を上に持ち上げるようにして、防御に必死だ。守りを固めても、後退しないのは勇敢だ。仲間が追いついてくるのを待とうとしている。勇敢だが、良い判断ではないな。


 さっき、エルゼが射殺した部隊長が生きていれば、我々の狙いに気づき、盾に身を隠しながらも後退しただろうか?……その可能性もある。


 戦場で孤立したまま動きを止めるという行為は、実に危険なことだぜ。大軍だからといって慢心は良くない。『ルカーヴィスト』は、近接戦闘だって仕掛けてくるぞ?


 矢の雨に釘付けにされながら、先頭の部隊は被害が増えていく。盾を持たない者だっているからな。ジワジワと数が削られていくなか、彼らは森の中から現れる。森に身を潜めていた『ルカーヴィスト』たちが、孤立した先頭部隊の左右を取り囲んでいた。


 上空から降り注ぐ矢の雨に、盾を持ち上げて身を隠している辺境伯の兵士たち。ヤツらの脇腹は開いていた。


 『ルカーヴィスト』たちは獲物に矢の雨に釘付けにされる獲物に近づくと、側面からの射撃を行った。敵の脚やら脇腹に、長い矢が次々に刺さっていく。左右50、計100の弓兵だ。彼らは、またたく間にその一団を射殺してみせたよ。


 それを見届けた後で、オレたちは後退する。屋敷の周りにいる遠距離射撃を行った弓兵たちに射撃を中止しろという指示を出すために。


 先頭集団を蹴散らした弓兵たちは、遠距離射撃の雨が止むと、道に姿を現していた。そして、西から迫る辺境伯軍の兵士たちに向けて、矢を放ちつづける。


 辺境伯軍に大きな被害が生まれていくが、敵は反撃することが出来ない。


 先頭集団と分断されていたせいで、ヤツらの全滅をまだ知らないのだ。仲間を誤射するわけにはいかない。100の弓兵に正面から矢を射られているというのに、反撃の射撃を選ぶことは出来ないのさ。


 大勢が殺されていく。イシュータルの煙を吸っているせいで、判断力も悪く。隊列が崩れているままだからな。効果ある対策を作りあげるまでに、時間はかかった。


「盾兵!!」


「集まれ、前進せよ!!」


 盾を構えた連中が、ゆっくりと前進を再開したよ。迫り来る敵影に、攻撃は止められている。彼らに竜の背からエルゼが指示を出す。


「下がりなさい。屋敷まで下がるのです」


「了解しました、エルゼさまッ!!」


「引くぞ!!そして、矢を補充するんだ!!」


 『ルカーヴィスト』たちが撤退を開始する。ほとんど無傷で、300近く削れているな。いい戦果だが……この戦果を作るあいだに、敵の左翼と右翼が進んでいるな。取り囲まれようとしている……。


 辺境伯軍には、混乱は起きているし、損害も出ているが―――大軍を相手に、これだけの被害では十分な抑止効果というわけではない。


 敵は進み続けている。昨日の戦いで、森の中に誘い込まれて大勢が殺されたせいで、森には入らないのは救いだな。曲がったり細かったりする道を、ゆっくりとだが確実に進んでいた。


 それゆえに、罠にも幾つか引っかかっているが、進軍は止まらない。数が違い過ぎる。ゆっくりと呑み込まれていくのが、空からだとよく分かる。分かりきっていたことだが、絶望的な戦いだな……。


 ゼファーで戦場を旋回しながら、オレたちはあちこちを攻撃していく。基本的には矢で上空から敵を射殺していくのさ。火球はゼファーの魔力を消費するからな。ときどきしか放てなかった。


 ずいぶん殺したし、敵を混乱させて、敵の矢を空に捨てさせた。『こけおどし爆弾』を使って、北と南の部隊にも、矢の雨を誘導して、打撃を与えていく。しかし、敵の前進は進み……ゆっくりとだが包囲は完成していった。


 辺境伯軍が、森を抜けてしまうな。罠と矢の雨を抜けて。ヤツらは、こちらの様々な攻撃を受けて、森を突破するのに500人は失っていた。こちらの損害は、まだ無傷だが。屋敷の南北と西に、敵がその姿を現している。


 辺境伯軍は、500の兵士を生け贄にすることで、素早くこちらを囲み終えようとしているわけだ。


 1万3000の全てに囲まれているわけではない。せいぜい、7000というところだな。丘に残っているヤツらも多いからな。北側に、2000。南にも、2000。西には3000もの敵兵がいる。


 やがて、この包囲が完成すれば、どこにも逃げ場はなくなるだろう。『ルカーヴィスト』たちは、緊張と恐怖に身を震えていた―――わけではない。エルゼの説法が効いているのかもしれないな。


 この戦で、敵をより多く殺すことには意味があるのだ。北へと向かった仲間たちを守るために……戦神バルジアの教えの道の果てに訪れる、楽園のような『未来』のために、彼らはすでに命を捨てる覚悟をしていた。


 彼らにとって、これは聖なる戦いだ。オレたちは屋敷の近くに降りて、矢の補給を受けると再び空へと舞い上がる。


 敵に囲まれてしまうのは、どうしようも出来なかったが……この開けた場所に、敵を誘導することが出来たことは、別に悪いことじゃないさ。『シェルティナ』を活かすことが出来る場所だからね。


 霧が薄くなって来ている。取り囲まれることを放置するのも厄介だからな、そろそろ『シェルティナ』の出番だぜ。狙うは、仲間たちの背後に最も近い、北の連中からだ。2000の内、500は移動し終わっているな。


 隊列を組んでいる。重装備の槍持つ歩兵が前列で、後列は弓矢の部隊だ。『シェルティナ』の突撃を、弓矢で牽制し、重装備の槍兵で倒すか……悪くない発想だな。『シェルティナ』も弓矢がしこたま体に刺さってしまえば、槍兵の攻撃一発で仕留められてしまう。


 だから?


 シンプルなことで、『シェルティナ』の突撃を手助けするのさ。ゼファーで接近して、北にいる敵の注意を誘導する。敵の東側を飛びながら、射撃を誘導した。何回かそんなことを繰り返し、矢を使わせた後で、『シェルティナ』の突撃は始まっていた。


 赤黒い筋肉の塊が、地上を馬のような勢いで走って行く。霧があろうが、麻薬の影響下にあろうとも、敵の弓兵は3メートルを超える『シェルティナ』の巨体を、目視することなど十分に可能だった。


 弓兵の牽制射撃が始まるが、100体の『シェルティナ』たちは止まることがない。ダメージは、皆無だった。なにせ、彼らは『盾』を持っているからだ。


 シンプルな道具だな。それらは倉庫や屋敷の壁を引っぺがして作った、急ごしらえの『盾』ではあるが……常人の矢を止めるには十分だった。怪力の『シェルティナ』には、そんなモノぐらい、簡単に持ち上げてしまう膂力がある。


 『シェルティナ』は、まったくの無傷のまま、横一列に並ぶような隊形のまま、北にいる500の敵兵に襲いかかることに成功していた。


「う、うわああああああああああああああああああああッッッ!!?」


「こ、こんなもの、どうしろっていうんだああああああッッッ!!?」


 『動く壁』に突撃されるようなものだからな、槍兵たちの腕前が、少々、良かったところで……どうすることも出来なかったよ。


 槍を突き出すも、壁の板に受け止められていた。『シャルティナ』は、体重と怪力を使い、槍兵どもを突き崩して、踏み殺す。そのまま突破して、後方にいる弓兵どもにも襲いかかっていた。


 弓兵に向かって、『シェルティナ』は『盾』を投げつける。『盾』と言っても壁の一部だからな。そんなものを投げつけられたら、弓兵は簡単に押しつぶされてしまっていた。


 『シェルティナ』の圧倒的な突破力に、運良く生き残った敵には、100名の弓兵たちが仕上げとばかりに近距離から矢を放ち射殺していく。あっという間に500の敵が死んでいたよ。


 ……こちらも無傷とは言えない。あちこちにケガ人が出ている。だが、怯んでいる場合は無かった。『シェルティナ』は、森から出て来ようとしている敵の左翼……北の部隊を殲滅しなければならない。


 ふたたび壁で作った『盾』を持ち上げて、残りの1500に向かって突撃していく。オレたちもゼファーで先行し、『シェルティナ』に対する矢が、少しでも減るように誘導しつつ、矢を放ち敵を射殺していく。


 突撃していく『シェルティナ』にも無数の矢が放たれる、壁の『盾』とて、完璧ではない。脚や腕などに、『シェルティナ』たちも負傷を負っているのだ。それでも、『シェルティナ』は、突撃を敢行した。


 1500から成る、敵兵の隊列に突撃していた。それは、丁度、それらを1000と500に分ける部分だった。隊列を突破して、その中央へと入り込む。そうすることで、弓兵の遠距離射撃を封じる策だった。


 30体の『シェルティナ』は、1000を受け止めるための『壁』となるのだ。盾を構えたまま、敵の猛攻を受け止める。70体で、前の500を殲滅しにかかる。70体だけではなく、オレたちがいるし……100人の弓兵もその500を取り囲んだ。


 数は少なくとも、包囲することは有効だ。弓兵が矢を放ち、『シェルティナ』たちは敵に向かって突撃していく。


 形は最良ではあるが……さっきとは異なり、『シェルティナ』たちが、死んでいく。最初の突撃で、体力を大きく失い、負傷もしていたからな……あちこちで、30体のシェルティナが倒されてしまう。


 弓兵たちも、襲いかかって来る敵兵たちを受け止めきれずに、その半数が失われていた。だが、それでも包囲攻撃の威力は有効であり、こちらは半減しながらも、あらたに500の敵を殲滅し終える。


 これで殺した敵は、1000……ッ。まだ、やれるか……ッ!?


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