第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その46


 北側の敵兵力は、残り1000……半分を殺した。森で殺した敵兵の数を加えると、1500だ。すでに、十分過ぎる戦果とも言えるし、生き残りもケガ人だらけ……退却しろと叫んでやりたいところだが。


 現実の問題として、もう逃げ切るだけの体力もない。降伏を受け入れてくれるような種類の敵でもないさ。『ルカーヴィスト』と辺境伯軍のあいだには、交渉するための窓口も無いし、辺境伯軍にとって彼らを生かしておく理由など存在しないのだから……。


 西から来た敵軍は、屋敷から射撃で森からほとんど出てはいない。分断されて、囲まれると弱兵にも殲滅されることはよくあることだからな。それを避けるために、可能な限り軍隊というものは集団行動を選ぶんだよ。群れることこそ、最大の防御なのだ。


 南は、この北と同様に、屋敷からは一キロ半ほど離れている。しかし、こちら側の攻撃を一切受けていないために、もはや完全に陣形を完成させているな。屋敷の周囲にある、ちょっとした森を抜けられると、あっという間に屋敷を攻め落としそうだ。


 ……南のヤツらは、やや東へとも進んでいるな。屋敷の東西南北を囲むつもりなのだろう。『シェルティナ』の戦力を、舐めきっているワケじゃないらしいな。


 ……終わりは近そうだ。


 農地と冴えない村が広がる、北の戦場―――1000人の敵兵に対して、『シェルティナ』70と弓兵50……勝てそうな戦力ではないが、それでも最後までつき合うぜ、『ルカーヴィスト』よ。


 1000の敵に動きがある。連中の一部が、南に向かう。『壁』となって攻撃に耐えている『シェルティナ』を取り囲もうとするために……しかし。その半数が動かないな。


「……敵の動きが、おかしいよ?」


「500ばかし、ろくに動かないであります」


「きっと、イシュータル草の煙が、効き過ぎているのだと思います。最後尾の方々で、より多くの煙を吸ったはずですから」


「……さすがに、あれだけイシュータル草を燃やせば、効果は出ていたというわけだな」


 500の敵か。圧倒的に劣勢だが、敵が半減したと考えると、元気が出てくるもんだ。


 とはいえ。


 ……これ以上は、オレたち以上に『ルカーヴィスト』がもちそうにないな。ゼファーも体力の前に、集中力が限界になりそうだ。矢の範囲をギリギリで外しながら飛ぶという行為は、精神を磨り減らす。


 決断を迫られているな。


「……エルゼ。援護攻撃の打ち止めになるが、北の敵を一掃する……それでいいな?」


「はい。北へと向かった仲間たちに、最も近い敵ですから」


「よし。ゼファー、歌ええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


『GAAHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 ゼファーが火球を放ち、南下を開始しようとしていた敵兵の出鼻を挫く。黄金色の爆撃に焼き払われた大地が、敵兵十数人を消し飛ばし……その余波を浴びた、兵士たちの身を灼熱の風が焼いた。


「ぐわあああ……ッッ!!?」


「りゅ、竜だあああああああああああああッッ!!!」


「弓隊、ヤツを、射落とせええええええええええええええええええッッ!!!」


 ゼファーに食いついて、空に矢が放たれる。しかし―――。


「『風の妖精よ、残酷なる剣の舞いを踊り、あらゆる敵を切り刻め』―――『ダンシング・シルフ』っ!!」


 ミアが『風』を放つ!翡翠色に輝く、無数の真空の刃が、ゼファーへと向かう矢を切り刻んでしまう。切り裂かれた矢は、空中のなかで散り散りになりながら落下していく。


 薄まる霧の向こうに、黒竜の健在を確かめた辺境伯軍は口惜しそうだった。


「くそ!!」


「手応えがなさ過ぎるぞ!?」


「魔力が、動いた……あの竜、『風』まで使うのか!?」


 『風』を使ったのはゼファーじゃないがね。いい推理力ではある。ゼファーは、三大属性、全てを使うぞ?……今も、あえて回避しなかったのは、攻撃を仕掛けるためだ。『雷』を溜めているところだ。翼が、帯電していることにまでは、帝国人の推理は及ぶまい。


 そして。


 もう一つ、気づいていないことがあるだろうよ。


 竜から、二人降りている。ロープを伝ってするすると、猟兵が二人、戦場に降りていた。


 ぬかるむ地面を蹴りつけながら、『風隠れ/インビジブル』を使う、無音の猟兵が二人いる。オレと、キュレネイ・ザトーだよ!!


 空を見ているな。ゼファーに見とれてしまうのは、竜騎士としてよく分かるのだが。戦場には色々な場所に怖いモンがいるんだぜ……?


「……ッ!?」


 斬りかかる直前に、そいつはオレに気づいてくれていた。槍を構えようとするが、一瞬だけ遅い。


 ザギュウウウウッッ!!槍の柄ごと、竜太刀の斬撃が辺境伯の兵士を切り裂く。軽装歩兵の安い鉄の鎧は、その中にある鍛えられた肉と骨ごと両断される。断末魔も遺言も、君は残さなかったが……まあ、悪くは思うな。


 これも戦でね?……戦場ってのは残酷で、死はあまりにもありふれている。


 命を壊す感触を指に覚えながら、地面を蹴りつけ敵へと踏み込む。体ごと竜太刀を回して、まるで剣舞を踊るように、戦場で跳んだ。二人目の首を、横への薙ぎ払いで斬り裂いて……敵はオレに気がついた。


「ち、地上にもいるぞ!?」


「いつの間に!?」


「だが、たった一人で――――――」


「―――団長は、一人ではないであります」


 オレの背後から、キュレネイ・ザトーが飛び出していた。コンビネーションさ。体がデカいし、赤毛で目立つ竜騎士サンの背後から、キュレネイがとんでもないスピードで出撃するのさ。


 『ゴースト・アヴェンジャー』の最大の武器、『戦鎌』。エルゼの『戦鎌』を振り回し、彼女は戦場の竜巻となった。ストラウスの嵐に似ている。四連続の斬撃を放つ技巧。四人の兵士の体が、両断されてしまう……。


 キュレネイ・ザトーは血霧を浴びながら、一瞬のうちに深紅に染まった『戦鎌』の刃を五人目の敵に向かって投げつけていた。


「ぎゅぐうう……っ!?」


 鎌の刃が、軽々しく敵の胴体を貫いていたよ。心臓の先端から、右の腎臓に至る破壊的な投擲だったな。どちらの臓器も急所だが、それらが同時破壊されていた。死者がまた一人、戦場の冷たく無慈悲な地面へと抱かれる。


「この水色の髪のバケモンめッ!!」


「だが、バカな女だ!!」


「武器を捨てやがったぞ!!」


 敵兵が走る。キュレネイは、いつもの無表情だが……オレには分かるよ。彼女、ちょっと喜んでいるのさ―――。


「―――だいじょうぶ。実のところ、私も、ひとりぼっちではないのであります」


 そうさ。ストラウスの嵐が、お前を守るんだよ。キュレネイの背後から、今度はオレが飛び出すのさ!!


 ガルーナ人の野蛮な握力で、竜太刀の重心と一つに融け合う。そのまま、力と技巧に、導かれるように、竜太刀と踊るのさ。四連続の剣舞が、オレのキュレネイ・ザトーに近寄ろうとしていた帝国人を、斬り捨てる。


 その間に、キュレネイは『戦鎌』を回収していたよ。敵兵を踏みつけながら、乱暴にその鎌を抜いた。


「ば、バケモノどもだ……ッ!!」


「ゆ、弓隊!!こ、こいつらを―――」


『―――『まーじぇ』のまね、はっしゃああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』


 世界が白く塗りつぶされる。霧のかかる空で、ゼファーは特大の『雷』を放っていた。まるで、リエル・ハーヴェルの放つ『雷』のようだったな。


 ズドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンンッッッ!!!


 白くかがやく稲妻が、大地を穿っていた。雨にぬかるむ大地の上を、『雷』は駆けて、弓兵たちの体を感電させていく。肉が裂けて、骨が砕ける電流の暴力は、彼らを黄泉路に突き落としていた。


 畳みかけるぞ。この戦は負けるがな……『ルカーヴィスト』の意地に、花を持たせてやることぐらいは……ガルーナの魔王として、してやらねばならんからなッッッ!!!


 返り血と白い脂に汚れてしまった竜太刀に、今度は魔力を注いでいくのさ。


 翡翠の旋風が、竜太刀の鋼にまといつく。東から吹く風をも集めて。暴れる竜巻の力を竜太刀の鋼に封じていくんだよ!!鋼が揺さぶられる!!片腕では、抑えきれぬほど、風は怒り狂っているッ!!


 敵兵の群れを睨むのだッ!!


 オレは翡翠の竜巻を宿す竜太刀を、両手持ちで支えながら大上段に振り上げるッ!!


「魔剣!!『ストーム・ブリンガー』あああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 翡翠に煌めく斬撃をもって、戦場を一刀両断に斬り捨てるッ!!翡翠の斬撃は音よりも速く戦場を駆けて、刹那の間を置いた後―――20の兵士の肉体は真っ二つに切断されていきながら、解き放たれた暴風が、死者の骸をも引き裂くように世界を壊す。


 暴風は斬り損なった敵を、翡翠の風で吹き飛ばす。何人もの兵士が、宙で何度か回転した後で、大地へと叩きつけられて墜落死していた。


「……おー。スゴいでありますな」


「まあな。おい!!『ルカーヴィスト』たちよッ!!活路は開いた!!ここから雪崩込んで、敵を取り囲んでしまえッッ!!」


「おおお!!」


『わかったぜええええッッ!!』


「囲めえええええええッッ!!」


『オレに、続けえええッッ!!』


 『シェルティナ』と弓兵の若者たちが、『パンジャール猟兵団』の総力で切り開いた道を走り抜けていく。


 囲むんだよ。正直、それしか基本的にシロウトである『ルカーヴィスト』たちには、使える戦術はない。南に下がろうとしていた敵を、オレたちは止めた。殺しまくって無理やりに止めて、戦場に空白を作ったのさ。


 ……そこを『ルカーヴィスト』たちが走って行く。30の『シェルティナ』の『壁』で東を止める。オレたちで南を止める。北については森だから、逃げ道にはならん。森に逃げても、上手く隠れなければ、弓で背中を射殺されるのがオチってもんさ。


 あとは、オレの目の前を走って行く若者たちが、敵の西へと回り込めば包囲は完成するというわけだ。


 その包囲は、すぐに完成して、『シェルティナ』と弓兵たちは、反撃してくる辺境伯軍の兵士に殺されていきながらも、その何倍もの敵を殺していく。オレとキュレネイも、もちろん、この突撃に参加する。


 一撃必殺の威力を持った、重量級の鋼を振り回し、鎧ごと肉と骨を断ち斬りながら、死を量産するのさ。『シェルティナ』と肩を並べて戦うというのも、良い経験になった。


 彼らに敬意を覚える。シロウト同然の身でありながら、邪悪な呪術に頼った結果とはいえ……ここまでの強さを手に入れたのだから。


 歪められた肉体が持つ力も凄まじいものだがね―――仲間を『未来』へと向かう道に送り届けるために、命を捧げるとは見事だよ。もはや、彼らは、世界の残酷さと邪悪な搾取に追い詰められて、破壊の神に依存し、復讐を願った青二才などではない。


 血なまぐさく、どこまでも罪深い戦士という存在が、帯びることの出来る唯一の善良さ。仲間のために戦う。そのたった一つの素晴らしい美徳を、コイツらはその身に備えている。


 憎しみではない。怒りでもない。若者どもは、今、聖なる祈りのために敵と殺し合っているのだ。オレにも、マネの出来ない境地である……。


「くくく!!フハハハハハハハハハハハッッッ!!!」


 何だか、嬉しくなってね。笑いながら、竜太刀と一緒に暴れまくっていたよ。


 偉大な戦士どもが、そばにいるもんだから。オレもキュレネイも、ただ目の前にいる敵にだけ集中して、斬りまくればよかったんだ。


 気楽なものさ。一つの方向からの敵と戦うだけなんてことは。相手に劣ってなければ、傷一つ負わなくていいのだからな。笑いながらでも何人だって殺せるよ。


 ゼファーから、ミアとエルゼの援護射撃も行われた。全員の戦力が一つに融け合う。


 戦力を集中させる。


 それこそ攻撃のコツってやつだ。少でも多を殺せるんだよ。包囲の『角』は、敵を二つの方向か、あるいは三つ以上の方向で殺されるからな。弱兵でも強兵を瞬殺出来る。そして、今や、偉大な戦士であり、聖なる殉教者でもある若者たちは、弱兵とは呼べなかった。


 こちらの数を半分以下にしてしまいながらも、その包囲に呑まれていた敵を全滅させていた。残りの500にも、続けざまに襲いかかった。イシュータル草の煙に、すっかりと心を狂わされた敵兵は、防御もすることなく、ただ虐殺されるだけ。


 4分もかからない内に、オレたちに全滅させられていたよ。


 北の2000は、そうして仕留められた。『シェルティナ』は20体ほど、弓兵は10人だけが残っていた……戦闘を継続できるような策は、もはや彼らに与えられそうにはない。


 左眼を押さえて、ゼファーの視野を借りる……敵の動きは、完成しつつある。西の敵本隊は三重の陣形を完成させて、左右に大きく広がっていたし……南の敵も、1500を南に残したまま、東に向かって500の兵士を走らせている。逃げ道をふさいでいるな。


 包囲は完成だ。敵の最後尾は、イシュータル草の煙で、戦力にはならない状態のヤツらだろうがな、他は十分、戦力にはなる……『シェルティナ』も、無傷なヤツはいない。もう、どうすることも出来やしない


 目の前に、ゼファー降りてくる。オレは、エルゼに告げなければならん。


「……戦は、負けだ。敵に包囲は完成された。敵に打撃を与える策は、もはやない。出来ることは、もうないんだ。霧も……晴れてしまったな」


「……包囲されて、全滅するのですね」


「2500を道連れにした。十分過ぎる戦果と言えるだろう。あとは、あの屋敷が落とされれば終わりだ」


「……はい。みんな、よく戦ってくれました。戦神の仔として、真なる意味での『ルカーヴィスト』として、あなたたちは最善を尽くしてくれました。命がけで、逃げる道もありますが……どうなさいますか?」


 聖なる笑顔は、母親のようにやさしく、『ルカーヴィスト』たちに訊いたよ。若者たちは、笑顔だった。


「……最後の戦いを実行します。オレたち、皆の死を、偽装してやらなくちゃいけませんからね!」


『そうっすよ。みんなで村に行って、家に火を放つんすよ。カルト野郎らしく、追い詰められて、みんなで家に火をつけて集団自決したと思わせてみるっす』


「そうすれば、ちょっとは数が少なくても、敵はオレたちが全滅したって、納得すると思うんです」


『だから。オレたち、逃げるのはいいです。皆を、死んだことにするんすよ。そしたら、きっと……皆を、より危険から遠ざけられますよね、大神官エルゼ・ザトーさま!』


「ええ。きっと、そうなるわ……ありがとう。あなたたちの聖なる戦いのことを、忘れることはありません。聖なる祈りを、ありがとう。戦神の、最も偉大な子供たちよ。あなたたちは、何よりも尊い答えを示すために、生まれて来てくれたのね」


 竜の背にいる聖なる笑顔は、自己犠牲を選んだ聖なる者たちのために瞳を閉じて、戦神バルジアに祈りのための歌を口にする―――それは静かで、短い、聖なる言葉。


「……戦神バルジアよ、聖なる仔の命を、貴方にお返しいたします」


 彼女は瞳をあげて、聖なる戦士たちを見つめる。あの笑顔のまま、彼女は全ての仔を見ている。戦場で敵に混ざって斃れた者たちのことも。全ての戦神の仔のために、彼女は祈り、歌い、祝福を与えた。


「勇敢で、やさしく、正義を求め……『未来』のために生きました。この答えこそが、彼らの生まれた来た意味です。彼らを、貴方に委ねます……彼らの死こそ、私にとっての奇跡なのです……生まれて来てくれて、ありがとう。私の、愛しい戦士たちよ」


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