第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その40


 負傷者たちを竜で運ぶ。なんとも地味な作業だが、効果は大きいはずだ。あの屋敷へと戻るため、ゼファーは空を駆ける。


 仔竜であるゼファーの体力は無尽蔵だが……雨の中の飛行は、疲れをもたらしたはずだ。オレはその鋼のように硬い鱗でおおわれた首のつけ根、指で撫でてやる。竜は、長く飛ぶことで、この首のつけ根が疲れてくるのさ。


 アーレスに、よく揉まされたもんだ。


『あはは!『どーじぇ』、くすぐったいよう!!』


「そうか。まだ、疲れてないようだな」


『うん!まだまだ、だいじょうぶ!もっと、はこばなくちゃならないしね!』


「ああ。がんばってくれよ、オレのゼファー」


『がんばる!』


「うふふ。ソルジェさまは、竜と……ゼファーちゃんと、心を通わしているのですね」


「仲良し親子さ」


『うん、『どーじぇ』とぼくは、なかよしっ!』


「……ヒト以外とも、分かり合える。ソルジェさまはやさしいですね」


「騎士道とは、そう在るべきさ」


「ステキな道だと思います」


「褒めすぎだ。照れちまうぜ」


「……まあ、ソルジェさまったら、かわいい」


 オレのが年上なんだが、かわいいって言われちまったよ。ますます照れる。彼女に背中を見せていることが出来て良かったな。照れた顔なんて見せたら、カッコ悪い


「……晴れて来ましたね。星が見えます」


 雨雲は消え去り、銀にまたたく星たちが見えた。


「竜の背から見る、星は綺麗だろう?」


「はい。とても綺麗です」


「竜に乗ることの特権さ。誰よりも、星に近づける」


「うふふ。ソルジェさまも、星を見るのが好きですか?」


「空が好きだな。晴れた空も、星空も……嵐の空にも喜びがある。ゼファーがいてくれたら、空はいつでも最高の場所になるんだ」


「お二人の絆を感じますわ」


「そうだな。オレとゼファーはとっても仲良しだからね」


 仲良しだから、また指で首のつけ根を撫でてやる。


『あははは!くすぐったーい!!』


「……ソルジェさまは、おやさしいですね。ちょっと、変わっていますけれど」


「そうかい?」


「はい。だから、ソルジェさまをキュレネイが慕うのでしょう……私たち『ゴースト・アヴェンジャー』は、かなり変わっていますから」


「変わり者同士、仲良くしているってことか」


「はい。私は……ソルジェさまほど変わっているヒトを見るのは、初めてですよ」


「『オル・ゴースト』の面々は、強烈な個性を放っていそうだがな……」


 カルトの連中よりも、変わっている?……そう言われると、ちょっと不名誉な気もしたよ。


「そうでうですね。『オル・ゴースト』は、歪んでいます。私たち、『ゴースト・アヴェンジャー』も含めて……」


「君もキュレネイも、歪んではいない」


「え?」


「『ゴースト・アヴェンジャー』たちは、たしかに変わっているところはある。でも、みんな一途なヤツだった。敵として戦いもしたが……どいつもこいつもマジメで、生まれて来た意味を見つけようと必死でもがいているようにも見えた」


「……生まれて来た意味、ですか」


「ただの印象だがな。与えられた任務を、彼らは必死に貫こうとしていたよ。そうしながら、もがいているように感じた」


「そうですね。私たちは、『道具』……でも、たしかに、それ以上になりたいと、願っていました」


「なれているさ。最初から、『道具』でしかない者などいない」


「……ソルジェさま」


 名前を呼ばれたが、空に沈黙が生まれる。自信がないのかもしれないな。脳を呪術や薬物で改造されて、長らく『オル・ゴースト』の『道具』だった。子供の頃から……いや、『オル・ゴースト』は『血統』さえも管理していた。


 いい猟犬や軍馬を産み出すときみたいに、交配を管理して、『ゴースト・アヴェンジャー』にするための『灰色の血』を女に産ませてもいた。


 エルゼは、自信がないのさ。自分が『道具』でないと叫ぶための根拠を、見つけられないのかもしれない。愛玩用の犬猫や家畜どもみたいな、目的のために創造された『道具』としての命と、自分を重ね合わせているのかもしれない。


 この沈黙に、オレはそんな意味を予想する。存在の軽さに苦悩する乙女は、オレの背中に手を置きながら、言葉を紡ぐ。


 ……あの変わることのない笑顔のまま、『その言葉』を口にしたのだろうか。そんな顔を見なくて良かったかもしれん。それは、とても悲しい光景だからな―――。


「―――私たちは、産まれる前から、『オル・ゴースト』の『道具』です」


「違うね」


「……え」


「たとえ、悪人どもに利用されていたとしても、そいつは違うぜ、エルゼ」


「そう、なのでしょうか?」


「ああ。『ゴースト・アヴェンジャー』たちは、必死にもがいて、生き抜いてみせた。エルゼ、君の同胞たちはね、オレからすれば悪事もしていたが……それでも、必死に生き抜いたんだ。それは、とてもカッコいいことでね、『道具』なんぞには、絶対に出来ない死にざまだ」


「そう、でしょうか……?」


「そうさ。『フェレン』にいたヤツは、クールだった。作戦に忠実で、冷静そうなフリしていたが、ここ一番じゃ感情的。心のなかは熱かったぜ。勇敢で、正義のための礎となるために、命を捧げることを惜しまない、ダガーの二刀流」


「……それは、ホークですね。ホーク・レヴィン……」


「ホークというのか。アイツは、自分の正しさを、信じて貫く。誰よりも理想家のようだった。その生きざまには、仲間たちが惚れ込んでいたぞ。死ぬ任務でも、結束が揺らがなかったぜ……『道具』には、そんな仲間はついて来ない」


「……はい」


「『首狩りのヨシュア』は、アスラン・ザルネのお気に入りだったらしいな。ヨゴレ仕事の担当者。暗殺ばかりやっていたんだろう。『予言者』のラナと組んでいた。アイツは罪悪感を口にしていた。ヴェリイの罪無き赤ん坊を死なせたことを、悔やんでいた」


「……ヨシュア・エルードは、やさしかったですから」


「そうだな。やさしいヤツだった。懺悔を出来る暗殺者は、そうはいない。罪の重さから逃げることを許さない。誰よりも冷静で、職業倫理を持とうとしていて……やさしくて強いヤツだった」


「はい、でも……彼は、ザルネの『道具』で……」


「違うぜ。アイツこそ、『道具』じゃない」


「でも……」


「あの野郎、ラナを助けるために、アスラン・ザルネのクソ野郎を裏切って、オレたちにラナの居場所を教えたぜ。だから、オレたちはラナを見つけて確保できた」


「……そんな、ことが……そんな……ヨシュアが……ザルネを裏切ったなんて……っ」


「『妹』を助けたかったのさ」


「……っ!?……ラナを……そう、なのね……」


 アスラン・ザルネは、そのことを教えなかったか。まあ、そうだろうな。悪人ってのは、自分に都合を悪い事実を口にはしないものさ。


 戦になるという土壇場で、結束を乱しては不利になるとでも、判断しただけかもしれないがな。研究熱心なお前のことだ、平時ならば……ヨシュアの見せた抗いすらも、研究の材料にしようとしたかもしれないが、そんなヒマは無かったようで、何よりだよ―――。


「―――ヨシュアは『道具』じゃないよ。妹思いの、大した兄貴さ。死んでも、妹を守った。9年前のオレには、出来なかったことだ」


 セシルを救えなかったオレには、そいつが羨ましくてね。銀色の星を見ながら、ヨシュア・エルードに嫉妬している。ヤツは、偉大な兄さまだ。オレとは違ってな……。


「……今夜、辺境伯軍の拠点に、特攻した子も、オレは知っているぞ。彼女は、すでに疲れ果てていた、それでも作戦に忠実だった。仲間のために、彼女は命を差し出したよ。彼女も『道具』じゃない。必死に戦い、敵から逃げずに死んだ。最高の戦士だ」


「……アイシャ……でしょうか……それとも、マーリイ……っ?」


「いいか、エルゼ。君たち『ゴースト・アヴェンジャー』は、『道具』なんかじゃない。皆、必死に生きて、彼ららしい死にざまをオレに見せてくれた。革命を夢見る理想家で、プロ意識の高い妹思いで、勇敢な戦士たちだった。そんな連中は、『道具』じゃない」


「……はい……っ」


「キュレネイも、もちろん、エルゼ。君だってそうなんだぜ」


「私も、『道具』じゃ、ありませんか……?」


「ああ。君は自分の意志で、仲間を守る道を選んだ。立派なことさ。エルゼは、『道具』じゃないよ。自分で決めた道を、歩ける意志と力を持った、カッコいい女だ!」


「…………ソルジェさま、うれしいです……ソルジェさまは、今、私たち『ゴースト・アヴェンジャー』に、生まれた意味を、与えてくれています。私たちが、ずっと求めて来て、それでも、与えられなかったものを、私たちにくれているのであります」


「オレは、何もあげちゃいないだろ」


「……そうですけれど、たくさん、もらっていますよ……へ、変な言葉に、なってしまっていますが……そ、それでも、この言葉は、間違いじゃないんです。ソルジェさまは、私たち、『ゴースト・アヴェンジャー』を認めて下さいました。だから、私は嬉しいんです」


 ……『ゴースト・アヴェンジャー』を、認める、か。


 そうだな。認めることは、自分だけでは意味がないことかもしれない。いや、『ゴースト・アヴェンジャー』たちは、周囲の者たちに認められたかったのか。『道具』ではないことを、認められたかった。


 なあ、この戦神バルジアの土地に散っていた、若き『ゴースト・アヴェンジャー』たちよ。君たちの死にざまばかり見て来たが……エルゼの喜びに揺れる声を聞いて、君らの生きざまも知れたような気がするよ。


 ……自分の存在が、軽いってのは辛いよな。『道具』としての生き方では、得られない意味がある。それを、自分の命に持たせたかったか。


 呪術と薬物に蝕まれて、『変異』を強いられたその肉体に、自尊を持つことは叶わないまま、アスラン・ザルネのような悪人どもに縛られながらも……君たちは自分だけの物語を生きたぜ。


 血なまぐさくて、鋼をぶつけ合わせることでしか語り合うことは出来なかったが……ダガーの二刀流で、『戦鎌』で、折られた剣で……君たちは、必死にもがいたさ。十分な戦いだった。


 ……我が声を聞け、戦神バルジアよ。


 死んだ戦士たちを安住の血に導くことも、転生させることさえも、お前がその権能で行えるというのであれば……この土地で、お前の教義に従い、散っていった『ゴースト・アヴェンジャー』たちに、楽園での安らぎか―――。


 ―――あるいは、彼らの望んだ願い……生まれた意味を知れる、新たな人生を与えてやるといい。彼らこそが、『ゴースト・アヴェンジャー』。彼らこそが、戦神バルジアに全てを捧げた、聖なる戦士たちだ。


「……ゼファーよ。偉大な戦士たちのために、歌ええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


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